第15話 アシンメトリーな僕
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
「おはよう」
「兄貴、昨日はなんで遅かったん?」
テーブルに着くと隣に座った妹が聞いてきた。
遅いと言われて駅での井上さんとの会話が脳裏に浮かぶ。
夜のうちに聞いてくれれば正直に答えたんだけど、朝はなにかと忙しい。ウザ絡みされると面倒なのでとりあえず曖昧に濁すことにした。
「お、遅かったかなぁ~?」
「電車一本分遅いけど」
「‥‥‥」
鋭すぎる指摘に返す言葉を失った。
近頃の妹はやたらと兄の行動に敏感な気がする。
「で、何してたん?」
「べ、別になにも‥‥‥」
「ふぅ~ん、まっ、いいけど」
言葉とは裏腹に妹は納得していない様子。
だけど時間がないのは彼女も同じで。
しばらくジト目を向けてきたけど、結局は時間通りに家を出た。
僕も後を追うように靴を履いた。
学校最寄りの駅を出ると、正門まで延びる緩やかな上り坂の途中で昨日とまったく同じ光景に出くわした。
長身の背中の隣には丈の短いスカートを履いた妹の背中がぴたりと寄り添っている。
王子様と称される人気者の男子と超絶美少女新入生と噂の女子。
だれが見てもお似合いの2人は、朝の平和な通学風景に溶け込んでいるように見えた。でも、やっぱりよく見ればそんな訳もなくて‥‥‥周りの生徒たちの好奇な視線を集めていた。
頻繁に妹の顔が隣を歩く魔王へと向けられる。
その度に後ろを歩いているこっちに眩しい笑顔を晒した。
遠目にも親し気な雰囲気が伝わってきて、こっちはそわそわと落ち着かない気持。
不意に妹の腕が魔王の腕に絡みついた。
少し驚いたように魔王の顔が横を向く。
そして僕の目の前で見つめ合う形になると2人はその場で立ち止まった。
互いの口が動いて短く言葉を交わしたのがわかった。
次に魔王の手が妹の頭に触れた。
そのままよしよしをするように僕の大切な妹の頭を撫でると、彼女は頬を染めすこし照れた様子で俯いた。
心臓が痛いほど動悸を打っていた。
喉が渇いて視界が狭まる。
これ以上は見ていられなかった。妹の幸せそうな顔を。
両足に力を込め、なんとか倒れないようにする。
なんでこんなに苦しいのか。
なんでこんなに‥‥‥憎らしいのか。
歪む視界のなか、心に宿る感情の正体を唐突に理解してしまう。
それはつい昨日の出来事。満月さんが僕の体に鼻をよせ香水の匂いを間近で嗅いだ。あの時に宗助がのぞかせた表情と自分の顔が頭の中で重なった。
―――ああ、そうか、僕は嫉妬してるんだ‥‥‥
心配する気持と同じくらいか、もしかしたらそれよりも大きな感情なのかもしれない。
心を締め付けてくるものの正体にこんな場面で気づいてしまった。それでも冷静な自分が俯瞰していて、抱いた強い感情が兄として妹に向けるにはものすごく歪なものだと理解できていた。
妹の絡まった腕が離れた。
前を向いた2人は肩を寄せあい歩きだす。
その場に立ちつくし遠ざかる2つの背中を見つめ続けた。
夕食の後。
父さんは少し帰りが遅くなるみたいで、妹は入浴中。夜の外出には都合のいい条件が揃っていた。
リビングにいる母さんに理由を言ってから家を出た。
服装は先週末に妹が選んでくれたもの。普段から無頓着な僕でも、さすがに着古したもので陽キャのフィールドに立ち入る勇気はなかった。
最寄り駅から電車に揺られること20分。
クラスメイトの池山くんが紹介してくれた店は、彼のお姉さんが働いている美容室だった。
「いらっしゃ~い」
緊張しながら『close』サインの掛かったドアを開けると、中にいた女性が笑顔で出迎えてくれた。
お洒落な雰囲気の店内に他の人の姿はない。笑顔の女性は白いシャツに濃い色のジーンズを履いていて、胸に『池山』と書いてあるネームプレートを付けていた。
「話は愚弟から聞いてるよ。高校2年生デビューだって? ちょっと遅いけど、うん、素材は良さげかも」
「よ、よろしくお願いします」
「美人なお姉さんに緊張してる?」
「あ、はぁ~」
「なにその反応。可愛い~~~って言うか、実験台だけど大丈夫?」
実験台って‥‥‥練習台、ですよね?
池山くんのお姉さんはガチガチに固まった僕に対して気さくな感じで話しかけてくれた。
こういうフランクな感じも接客業のテクニックなんだろうか? かなり緊張がほぐれた気がする。
「今日はよろしくお願いします」
少し池山くんに似ている美容師のお姉さんに大きく頭を下げた。
容姿を整えることは妹を寝取るための作戦の1つ。イメチェンして陰キャな見た目からの脱却を目指す。
「まだ緊張してる?」
「大丈夫です。でもこういうところは来たことがなくて」
「じゃあ、お姉さんが君の初めてなんだ」
揶揄うように言った池山くんのお姉さんは流し目をよこしてきた。
女性耐性ない僕の顔は冗談だとわかっていてもすぐに火照ってしまう。
「ふふ、百崎くんだっけ? 安心して年上のお姉さんに任せなさい」
「あっ、は、はい」
言われるまま大きな鏡の前にある椅子に座った。
背もたれの後ろに立った池山くんのお姉さん。何やらブツブツとつぶやいていると思ったら、その表情が鏡越しに真剣なものへと切り替わった。
「両目が前髪で隠れてるけど、全体的に重いわね‥‥‥。そう、うん、うん、ガラリと印象を変えるより今の髪型を活かしてアシンメトリーに―――」
いつのまにか目の前にはハサミを手にしたプロの美容師さんがいた。
雰囲気がガラリと変わり、ついさっきまで冗談を言っていたのが嘘のようで。
同級生の姉ということは、たぶん自分とそう年は離れてないはず。そんな女性のリアルに働いている姿を身近で見るのはすごく新鮮な感覚だった。
井上さんのアルバイト姿を見た時にも感じたことだけど、そろそろ自分の進路について真剣に考えないといけない。
「これが僕‥‥‥」
出来上がった鏡に映る自分を見て、自然と間抜けなセリフを吐いてしまった。
長さはそんなに変わらないように見える。それなのに全体的なボリュームが抑えらた感じで、スッキリと清潔感があった。
両目にかかっていた陰キャを象徴する前髪は、片側に流れるように寄せられて、ぎりぎり左目だけにかかっていた。
「気に入った? 朝はワックスをほんの少しだけ手に取って、手ぐしでいいからね」
池山くんのお姉さんはまだ見習いだと聞いていた。でも彼女は今夜僕にとってのカリスマ美容師になった。
「あ、ありがとうございました」
「じゃあ今度は正式なお客さんとしていらっしゃい。美里花―――池山美里花って名前だから指名よろしく」
椅子から立ち上がると全身を映す姿見の前に立たされた。
横からぱしぱしと肩や腕を触られる。なんだかやたらとボディタッチが多いような‥‥‥。
「カッコいい」
「えっ‥‥‥!?」
ぼーっとした表情の池山くんのお姉さんがポツリと零した。そんなことをふだん言われ慣れてない鏡に映る僕の顔が真っ赤になる。
褒めてくれるのはものすごく嬉しいけど、面と向かって言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。
今の格好は先週末に妹が選んでくれたお洒落なもの。
鏡の中の自分がなんだか別人に見えてしまって―――、『寝取り作戦』の第2段階は順調に進んでいた。
「これからもよろしくお願いします」
「お姉さんに任せなさい」
「はい。本当にありがとうございました」
改めて礼を言った。
そして店を出るために入り口の扉に手をかける。その直後、池山くんのお姉さんに呼び止められた。
「あ、ちょっと待って百崎くん。よかったらお姉さんと連絡先交換しましょ」
振り向くと池山くんのお姉さん―――美里花さんがにっこりと笑っていた。
読んで頂きありがとうございました。
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