第14話 井上さん その2
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
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HRが終わると、教室の中は部活の準備に追われる生徒や、帰宅を急ぐ生徒なんかで一気に慌ただしくなる。
でも、そんな喧騒は長く続かない。潮が引くみたいにクラスメイトの姿が消え、後に残るのはいつも僕だけ。
図書委員の当番日は、帰り支度を整えてからカバンを持って図書室へ移動する。
静かになった教室で、ゆっくりと椅子から立ち上がった―――。
「百崎、ちょっといいか?」
「うん‥‥‥? えっと―――」
「同じクラスの池山」
「あっ、ごめん。あんまり接点ないから」
「ちょっと傷つくけど、まあいいか」
突然、話しかけてきたのはクラスメイトの池山くん。名乗ってくれたんだけど、正直ピンとこなかった。髪型や雰囲気から、クラス内カーストは上位なんだろう。
「ある人から頼まれた。イメチェンしたいって?」
「ある人‥‥‥」
イメチェンと聞いて『寝取り作戦』の第2段階―――服装や髪型の外見を整えることだとピンときた。ある人とは、孤高の存在にして高嶺の花と噂される彼女のことで間違いない。
「百崎の髪型をコーディネートしろってさ」
満月さんに頼まれたからって、どうして池山くんが僕の面倒を見なければいけないのだろうか?
素朴な疑問だけど、聞いてはいけない気がする。この学校で得体のしれない情報網を構築する満月さん。その人脈に触れるのは‥‥‥今は止めておこう。
「―――安心しろって。俺の姉ちゃんが美容師の見習いしててさ、練習台でよければタダでいいって」
「あ、ありがとう」
「でさ、急なんだけど明日の夜とか大丈夫か? 姉ちゃんの働いてる美容室が閉まった後でしか練習できないみたいでさ」
「‥‥‥わかったよ。いったん家に帰ってからお邪魔させてもらう」
人生初の美容室。陰キャを拒む、陽キャの聖地。その場所を訪れる段取りが、放課後の教室でとんとん拍子に進んでしまった。
図書委員の活動は当番制だ。主に蔵書管理と貸出を行う。
書架には流行りのラノベから高価な事典が並び、貸出の手続きが緩やかだった頃には、行方不明になった本がけっこうな数あったとか‥‥‥。
そのため貸出手続きは厳格になり、こうして毎日、委員の誰かが図書室に詰めることになっている。
―――今日は利用する生徒の数が少なかった。空いた時間でラノベの続きを読んで、気がつけば最終下校時刻が過ぎていた。
「百崎くん」
昇降口を出たところで、後ろから声を掛けられた。
振り向くとクラスメイトの井上さんが立っていた。
「図書委員なんだね」
誰に聞いたのか、井上さんは僕が所属する委員会のことを知っていた。
「‥‥‥そうだけど。井上さんは?」
「私は陸上部」
ショートヘアの似合うスレンダーな体型の井上さん。セパレート型のユニフォーム姿でグランドを颯爽と駆け抜ける場面が思い浮かんだ。
「なんとなく、イメージ通りだよ」
「い、イメージしたんだ‥‥‥」
何も考えず頭に浮かんだ情景を口に出すと、井上さんはその場で顔を伏せてしまった。
「ご、ごめん―――今のは訂正するよ‥‥‥へ、へんな意味はないんだ」
「‥‥‥‥‥‥」
慌てた僕はさぞキモイだろう―――そんなことを考えてしまう。
地面を見つめる井上さんは黙ったままで‥‥‥あんまり話したことがない女子との距離感を間違えてしまったみたいだ。
「い、井上さん‥‥‥?」
「一緒に、帰ろ。私も電車だから」
「えっ‥‥‥!? あっ、うん」
最終下校時刻をとおに過ぎているので、最寄り駅へ向かう生徒の数は疎らだ。
そのため、陰キャな僕はあまり人目を気にすることなくクラスメイトの井上さんと歩いて帰ることができた。
「妹さんと似てないね」
「よく言われる」
僕たち兄妹を知っている人は、揃って同じ感想を口にする。
小学生の頃は、そう言われるともの凄く嫌な気持ちになって‥‥‥もう聞き慣れてしまった今は、なんの感情も生まれない。
「モテる妹がいると、お兄ちゃんとしては心配だね」
「えっ!?」
「ふふ、凄い人気なんだから。うちのクラスにも狙ってる男子がいるみたいだし」
「その話、詳しく―――」
「おっ、食いつきいいね」
共通の話題に乏しい僕らは、駅に着くまでの短い時間の中で、妹についての話に終始した。
井上さんは妹と魔王がたまに一緒に登校していることも知っていて、一部で色々な噂が飛び交っているとか。
口下手な僕と井上さんの会話は、彼女のリードもあって普通に盛り上がった気がする。
駅で別れる間際、彼女から「ちょっといいかな?」と言われ、お互いに電車を1本遅らせることになった。
井上さんは隣町―――アルバイト先である大型ショッピングモールの近くに住んでいるらしい。
「ごめんね」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「この前のことなんだけど、ホントに助かったんだ。だから、その‥‥‥なにかお礼がしたくって」
井上さんが言っていることは、バイト先でのオーダーミスの件だ。
でも、そんなお礼をされるようなことではないと思っている。
きっと間違えた料理を、「大丈夫です」と気さくに言って食べるお客さんは少なくないはずで。
「別にいいよ。そんなに気にしなくても」
「私が気にすんの。バイトしてるとすごく偉そうにするお客や、めちゃくちゃ怒鳴るお客とか‥‥‥百崎くんみたいなお客さんは少ないから。あの時、ホント助かったし、嬉しかったから―――だから、お礼させてよ」
そう言った井上さんは運動部に所属して休日にはアルバイト。
たぶん、僕なんかより勉強も頑張っているんだろう。
そんな彼女からの思いがけない申し出だった。
働いたことがない僕は彼女の気持ちを完全には理解することができないけれど、「嬉しかった」と言われればこんな僕でも向けられた感謝の気持ちに応えるべきだと思ってしまった。
「わかったよ。じゃあ、遠慮なく」
僕の返答を聞いた井上さんは少しほっとした様子で小さく頷いた。
「じゃ、またね」
「うん、また」
改札を入ってから井上さんと別れた。
やってきた電車に乗って吊革に掴まると、向かいのホームに井上さんの姿があった。電車が走り出すと一瞬だけ彼女と目が合ったような気がした。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
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