第13話 井上さん その1
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
「――――――はっ!」
スマホのアラーム音で飛び起きると、僕を抱き枕に寝ていたはずの妹の姿が見当たらなかった。
起き上がろうとしたら全身に激痛が走る。
―――ぐっぁ!
始めたばかりの筋トレの成果は筋肉痛となって全身に表れていた。
明け方近くまで起きていたのは覚えているんだけど、いつの間にか限界を迎え意識を手放したみたいだ。
距離感の掴めない妹に翻弄されるまま、まだ週の前半だというのに深刻な寝不足に陥ってしまう。
こっちとは真逆で妹のほうは安心した様子で爆睡していた。
寝取ると決意したのはいいけど、この状況はまったく喜べない。そう、異性としてまったく見られていないという現実。だけど兄妹なんだからあたりまえのこと‥‥‥。
「目の下のクマ‥‥‥ちゃんと寝れてる?」
1階に下りると僕の顔を覗き込んだ母さんが心配そうに聞いてきた。
先に起きた妹が素知らぬ顔で朝食を口に運んでいる。
寝不足の原因は母さんに口が裂けても言える訳がない。
「行ってきます」
「一緒に登校すればいのに」
毎度の母さんの言葉。それを聞き流しながら先に家を出た妹に続いて靴を履いた。
車両は違うけど彼女と同じ時間の電車に乗る。
学校最寄りの駅に到着すると正門までの緩い上り坂でギャルな見た目の妹の背中を見つけた。
その隣には長身の男子の背中。それが魔王だと認識した瞬間、心臓が鷲掴みにされたようにぎゅっと縮み上がる。
2人は朝の通学風景に溶け込んで楽しそうに会話していた。
新入生と3年生。帰宅部と剣道部の主将。どう考えても接点が見つからない。
それに魔王には付き合っている彼女がいるって話だ。
噂の超絶美少女新入生と王子様―――目立つ2人が一緒にいれば、魔王が付き合っている彼女の耳にも変な噂が届くんじゃなかろうか。
接点が見つからない以上、やっぱり魔王が妹の可愛さに目を付け一方的に言い寄っている可能性が高い。そうは思うんだけど嬉しそうな妹の様子を見ているとものすごい違和感を覚える。
結局、昇降口で2人が別れるまで僕の心はざわめき続けた。
始業前の教室。
朝のざわついた雰囲気が苦手だった。
それは単純にボッチだからなのかもしれない。親しい友人でもいれば少しは違ったのかも。
別に自分のこと嫌いだとか人生に疲れているだとか、そんな中二病を拗らせているつもりは全くない。
あえて言うなら人間関係に煩うより一人で面白い小説を読んでいる方が気が楽だし、なにより心が落ち着いた。
だからホームルームまでの短い時間は読書タイムと決めていた。
「おはよ」
でも今朝はいつもと違った。
読みかけの本から顔を上げると机の傍には最近名前を知ったクラスメイトの姿があった。
「‥‥‥お、おはよう」
朝の挨拶で躓く自分。恥ずかしさのあまり視線を逸らせる。遅れて顔が熱くなった。
「なんの本?」
「‥‥‥‥‥‥」
彼女の問いかけに答えることができなかった。
無視するかたちになったけど、悪気はなかった。ただ教室の中で本のタイトルを口にする勇気がないだけで。
静かに本を閉じると机にしまった。
「いつも読んでるね」
「何かようかな、井上さん」
「用がないと話しちゃだめなの?」
「そういう訳では‥‥‥」
僕の席は窓際の列の真ん中。廊下に近い井上さんとは席が離れていた。
彼女はわざわざ僕のところにやってきて声を掛けている。そんな普段とは違う様子にクラス中の好奇な視線が突き刺さっていた。
「あの時―――お店の人に叱られたばっかりだったんだ。だから、すんごく助かった」
あの時とは井上さんのバイト先でのオーダーミスのこと。
「別に大したことはしてないよ」
正面からお礼を言われると照れ臭くさい。
周囲を気にして小声で返すと、彼女は真っ白い歯を見せて大きな笑顔を向けてきた。
そんな井上さんを端的に言い表せば、ショートヘアが似合うスレンダー系の美少女。
―――こんなに可愛い女子が同じクラスにいたなんて‥‥‥
今まで彼女の存在を知らなかったということは、僕が普段からいかに周りに関心がないのかということを示していた。
でも今日は―――窓から差し込む午前中の淡い日差しに照らされ、井上さんの笑顔はとても印象的だった。
「大食いって無理あるよ。正直にメニューが違うって言ってくれてもよかったのに」
「‥‥‥」
笑みを浮かべたままの井上さん。言い方は冗談めかしていた。
こういう時ってどう答えるのが正解なんだろうか‥‥‥全くわからない。
「クラスが同じだから助けてくれたんだ?」
「どうだろう‥‥‥名前知らなかったし」
「じゃあ注文間違えて可哀そうな奴に見えたとか‥‥‥」
「そ、そんなことは―――」
「あっ、私のことが密かに気になってた、とか」
「それは、ない」
僕の一言に井上さんの笑顔が引っ込んだ。一転して無表情。
―――あれ!? 何を間違ったんだ?
会話のキャッチボールが苦手な陰キャには、その答えは永遠に見つけることはできない。嗚呼、やっぱり人間関係は煩わしい。
もし陽キャだったなら、「可愛い子に貸しを作って損はないだろ。お礼なら井上さんの手料理でもいいぜ」なんて軽い感じで返答できたんだろうけど‥‥‥。
陰キャには天地がひっくり返ってもそんなセルフは吐けない訳で。
笑顔を引っ込めた井上さんが何を考えているのかがまったくわからない。
もしかしたら僕の陰キャっぷりにキモイとか思ってたりして。きっとそうだ。そう考えると急な表情の変化にも説明がついた。
一緒のクラスだけど、この先はもう話すことはないのかも‥‥‥だから最後にあの時の正直な気持ちだけは伝えておこうと思った。
「あの時、井上さんが「また」って言ったから。ただ、それだけ。本当にそれだけなんだ。僕はバイトしたことなくて、だから注文間違えたら罰金とかペナルティーみたいなことがあるのかなって‥‥‥そう考えたら煮込みハンバーグでもいいかなって。実際に食べてみたら美味しかったし」
「‥‥‥嘘。食べるの結構苦労してたでしょ」
「み、見てたんだ‥‥‥。変に気を遣ってごめん。なんかキモいよね、ははは‥‥‥」
ああ、やっぱりキモがられてる。
現に井上さんは黙ったまま下を向いてしまった。
「あ、あの、井上さん?」
僕の呼びかけに俯いた彼女の唇がわずかに動いた。
「――――――」
でも、井上さんの声は教室の喧騒に掻き消されて殆ど聞こえなかった。
「―――えっ?」
咄嗟に聞き返すと彼女の視線は宙を彷徨った。
少しの間を置いて彼女がポツリと零す。
「また、後で」
直後に予鈴が鳴って彼女は自分の席へと戻っていった。
―――また、後で? って、なんだろう‥‥‥
そんなことを考えていると、隣の男子に声を掛けられた。
「おい、百崎。いつの間に井上さんと仲良くなったんだよ」
「‥‥‥」
とりあえす軽く無視をした。
昼休み―――。
場所はいわずもがな。
「酷い寝不足の顔には理由がある、か‥‥‥」
手すりに体を預けた宗助が、腕組みしたまま指先で鼻を触る。
眉間にシワを寄せ、どこか渋めの雰囲気を纏っていた。
―――うん!? 今日も二枚目キャラなのか?
レパートリーの多い宗助にしては、少しローテーションが早い気がする。
「それでモモッチはどうしたんだ?」
「どうもしないし」
「あんなに可愛い妹と一緒のベッドで―――それも朝までだぞ! 健康な男子と女子の間で何も起こらないわけがない!」
「僕たちは兄妹なんだ―――! 逆に何も起こらないよ」
「そんなもんか? もうそこまでいったら本当に寝取ってしまえばいいんじゃないのか?」
「そんなことできないから、こうして相談してるんだろ」
「はぁあ~モモッチは妹のことをどう考えてる? 好きなのか?」
「好きに、決まってる。妹のことを嫌いな兄なんて、この世に存在しないよ」
「俺の言ってることは、そういう事じゃない。男として、どうなんだってことだ」
「男として‥‥‥」
宗助の言いたいことはわかる。
僕は妹のことを異性として意識していた。この想いは思春期を迎えた頃から―――もしかしたらもっと前から‥‥‥。
いつの頃からか罪の意識みたいなものが段々と大きくなっていた。
それはつまり僕たち家族を養ってくれている両親に対する罪悪感であって、兄として僕を慕ってくれている妹へ対する罪悪感なんだ。
そんな負の感情を抱えたままで宗助の質問には簡単に答えることはできなかった。
「この『寝取り作戦』で一番の懸念材料はそこだ。モモッチの気持ちが俺にはハッキリ見えん」
「‥‥‥正直、僕によくもわからないんだ」
「あんなにスタイルがよくって可愛い妹なら、俺でも―――」
「―――や、やめろ! それ以上言ったら満月さんに報告するから」
「も、モモッチ。い、今のは物の例えというやつで‥‥‥」
と、ここでカン、カンと鉄製の床を蹴る甲高い音が辺りに響き渡った。
二枚目キャラを演じている宗助の顔がみるみる青くなる。
「全て聞かせてもらったわ」
既視感を覚える満月さんの登場シーンだった。
階段の中央で立ち止まり、感情の失せた瞳で宗助を睨みつけていた。
「ち、違うんだよぉ~」
泣くように言った宗助は、オロオロと這いつくばるような格好で階段に両手を着いた。
「おだまりなさい! 放課後、お仕置きだから」
「はぃ‥‥‥」
「キャラが違うわよ。私はイケメンキャラをやめていいなんて言った覚えはないわ」
慌てて立ち上がった宗助が腕組みをした。
「了解したぜ、マイハニ~。この罪深き俺様を煮るなり焼くなり君の好きなようにしてくれ~~~」
「‥‥‥」
一体僕は、何を見せられているんだろうか‥‥‥。
「―――話を戻しましょう。百崎くんは義妹のことを一人の女子として意識している―――それで間違いないのかしら?」
「ぐっぅ‥‥‥意識はしてると思う」
何とか声を絞り出した。それは僕がひた隠しにしている本心だった。
真剣に相談に乗ってくれている2人には嘘を吐きたくなかった。
「じゃあ義妹はどういう気持ちであなたのベッドで一緒に寝たのかしらね。兄と慕って?」
「そうだと思う」
僕が答えると満月さんが目を細めた。
「そう‥‥‥。でも、もしかしたらあなたの事を異性としてものすごく意識していた可能性は考えられない? 寝たふりをしているだけで、何かを期待して待っていた可能はなかったのかしら」
「そ、それは絶対にない」
「絶対に―――? そう考える根拠は?」
「根拠って言われても‥‥‥」
意地の悪い質問だと思った。根拠なんてなくて、ただ、兄として漠然とそう思うだけで‥‥‥。
「満月さんにもらった香水を使ったんだよ。それで妹の様子がおかしくなって―――昨夜の妹の行動はきっとあの香水のせいだったんだ」
「あれ、ただの香水だから」
「―――へっ!?」
表情を変えないまま平然と言ってのけた萬月さん。
思わず間抜けな声が漏れた。
「ある意味、全ての香水は擬似的なフェロモンと言えるわ。でもそんな効果てき面な香水があればノーベル賞間違いなしね。少子化問題も解決よ」
「じゃあ、なんで昨日は‥‥‥」
「―――ふつう高校生になって兄の布団に入る女子なんていないわ。血が繋がっていないならなおさらよ。だから、そういうこと。あなたは義妹を寝取るって決めたんでしょ? うじうじと考えてないで義妹の心が欲しいなら腹を括りなさい!」
「‥‥‥‥‥‥」
満月さんに指を差され返す言葉を失う。
「今朝、義妹と王子様は一緒に登校したそうね。学校中の噂よ。本気で義妹を守りたいのなら取り返しがつかなくなる前に相手から寝取ってしまわないと―――後悔するのは百崎くん、あなたよ」
「やるよ―――僕はやる! 妹のことを寝取る。絶対に守りたい!!」
「そう、その目よ! 王子様と寝取られシスコン兄との死闘。その先に見える敵同士だった男たちの禁断―――」
「美音―――!」
満月さんの言葉を宗助が慌てて遮った。
「―――はっ!? い、いけない‥‥‥」
我に返ったように見えた満月さん。その瞳の奥に妖しい光が見えたのは、きっと気のせいだ。
と、ここで満月さんが階段を下りて僕の傍へ。
整った顔を寄せてきて、くんくんと鼻を近づけてきた。
「‥‥‥お!? み、美音!」
彼女の突飛な行動に、彼氏の宗助が驚きの声を上げた。
「今日も香水つけてるわね。ただの香水だけど、清潔感のある香りは武器になるわ。汗臭いのもいいのだけど」
満月さは、彼氏の動揺を無視するように平然として言った。
そして、僕の匂いだけでは飽きらず、ボディタッチを始める始末。
「一朝一夕で筋トレの効果は出ないけれど、メニューはきっちりこなしているようね。筋が張っているわ」
肩や腕それに太ももの筋肉までもを手の平で確かめるように撫でまわす。
宗助のこっちを見る目が怖かった。
「―――ねぇ宗助、今どう思ったか教えて頂だい?」
「な、何が?」
満月さんが、流し目で宗助を見た。
宗助がごくりと唾を飲み込んだ。
「嫉妬、するでしょ?」
「あわ、あわ、み、美、音―――」
「これよ、この反応。百崎くん、この反応こそが次の段階で仕掛ける作戦」
満月さんが悪い笑みを浮かべた。
そんな彼女の表情を見ていたら、もう後には退けないと悟ってしまった。
だから「必ず妹を寝取ってみせる」と改めて心の中で誓った。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。