第12話 フェロモンは義妹にふりまくもんじゃない。
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
妹が夕食の準備をしている間にシャワーを浴びた。
いつもより丹念に体を洗う。
脱衣所で体を拭いてから、例の怪しい小瓶を手に取った。
「性フェロモンか‥‥‥」
満月さんいわく、昆虫や哺乳類は生殖行為のために体から誘引物質―――フェロモンを分泌しているとのこと。なんでも匂いみたいなものらしい。
その仕組みを利用した商品が小瓶の中身で、フェロモンを科学的に再現した香水ということなんだけど‥‥‥。
目を爛々とさせて説明する満月さんが少し怖かった。
それに「生殖行為」って言葉がものすごく引っ掛かる。真剣に考えてくれている満月さんには悪いけど,
正直なところ眉唾物だ。
そうは言っても、実際に試さないと真偽のほどはわからない訳で。
「手首とか、うなじだったかな?」
とりあえずネットで調べた香水の使用方法に倣うことにする。
フェロモン自体には香りがないとのことで、もらった香水には石鹸のような香りがついているんだとか。
陰キャがいきなりフローラルな香りを周りにふりまけば驚かれること間違いなし。けれど石鹸の香りなら自然な感じでなんとかやり過ごせるのではないだろうか。
さっそく使ってみた。
それは香水というよりは控えめな感じで、清潔感のある風呂上がりのボディーソープのような香りだった。
「どう? 美味しい?」
「すごく美味しいよ」
今夜のメニューは親子丼だった。
隣に座る妹がこっちの反応を窺うように聞いてきた。
卵のトロトロ具合が好みで正直な感想を口にすれば彼女の顔には向日葵のような眩しい笑みが。
「お替りある?」
「おっ、珍しいじゃん。でも、あと2人分しかご飯ないんだ」
「じゃあ、いい―――」
「―――わ、私のあげる。お菓子食べ過ぎちゃって」
慌てたように言った妹がこっちへ体を寄せた。
「あ~ん」
「‥‥‥!?」
「ほら、あ~ん、して」
突然の「あ~ん」イベント勃発だった。その相手はまさかの妹。
顔を真っ赤にした彼女が、箸ですくった親子丼を僕の口へと近づける。
お替りが欲しいとは言ったけど‥‥‥食べかけのものをよこせなんて言ったつもりはない訳で。
それに目の前でそんなに恥ずかしがられると、こっちまで意識してしまう―――。
「い、いいよ」
「可愛い妹のあ~んだよ♡」
断ると妹の目がすわった。
小首を傾げたあざとい仕草で僕を追い詰める。
「別にそういうつもりじゃなくて」
「あ~~~ん♡」
どうしても直接食べさせたいらしい。
このまま拒否すれば間違いなく面倒なことになる。
「ほら、あ~~~ん!」
「あ、あ~ん」
諦めて口を大きく開けた。
口元に近づいてくる箸の先端がふるふると震えていた。
思春期真っただ中の兄妹の間で、普通はラノベ定番のイベントなんかは起こらないはず。
間違ってもこんな恥ずかしい場面を両親には見せられない。
口の中に半熟の卵と鶏肉、ほどよい量の白ごはんが運ばれた。
でも、口を閉じて妹の箸をくわえなければ舌の上には載らない。
迷うこと一瞬。思い切って口を閉じ、彼女が使用している箸から直接食べた。
「‥‥‥どう?」
ますます顔を赤くした妹は、もぐもぐと咀嚼する僕の口元を見ながら遠慮がちに聞いてきた。
「うん‥‥‥」
こういう場合、なんて答えるのが正解なのか。
こっちの顔も火照っていた。
小学生の頃は兄妹でペットボトルの回し飲みなんて平気だったはずなのに、今は妹の箸に少し口をつけただけでこんなに心臓の音がうるさいなんて。
こういう時、僕たち兄妹の間に血の繋がりがないことを痛感させられる。
「残りは自分で―――」
「―――あ~~~ん!!」
恥ずかしいイベントはまだ終わっていなかった。
「あっ、あ~ん‥‥‥」
言われるままに妹の箸で親子丼を食べる。
少し俯いた妹の上目遣いの視線がずっと僕の口元に注がれていた。
親子丼は好みの味付けでものすごく美味しい。だけど、めちゃ食べにくい。
最近は何かと彼女との距離感に悩まされる。
夕食を済ませ自室で勉強していると両親が一緒のタイミングで帰宅した。
僕と妹はそれぞれの部屋から1階へ下り、今日の出来事を話してからそれぞれの部屋へ―――ではなくて、気がつくとなぜだか彼女は僕の部屋にいた。
「なんか用?」
「スイ〇チ貸して」
妹の言うスイッ〇は泣く子も黙る超有名ハード。子供から大人までみんな大好きな携帯ゲーム機である。
「いいけど‥‥‥これから?」
「なん?」
「別に‥‥‥」
夜更かしするなとか、勉強しろとか、中間テストの成績が学年20位だった妹にとやかく言える立場にない。
早々に貸し出して僕はラノベを―――って、なんで僕のベッドでゲームを始めてるんだ‥‥‥!?
「あの、恋さん?」
「なん?」
妹はうつ伏せになり、その視線はゲーム画面に固定されていた。
こっちの呼びかけにまったく動じることはない。
「何じゃない。兄ちゃんはもう寝るんだ。ゲームなら自分の部屋でやってくれ」
「あっ、早く言ってよ。音量下げっから」
「ち、違う、そういうことじゃなくて‥‥‥」
「とっ、ああ、逃げんな―――」
「恋」
「ゲットだぜ!」
ゲームに興じる妹は完全に無視を決め込む。
こうなったら僕の言うことは絶対に聞かない‥‥‥。
だからしばらく好きにさせるしか手はない訳で。
諦めて読みかけのラノベを手にして椅子に座った。でもゲームの音と妹が漏らす独り言が気になって全く集中できなかった。
しかたなく満月さんから渡された筋トレメニューを黙々とこなす。
「珍しい~。筋トレなんてしたことないっしょ。モテたいんか?」
「うるさい。早く自分の部屋へ戻ってくれ」
「ヤダ」
そして30分ほどが経過した頃、もう一度声を掛けてみた。
「そろそろ寝たいんだけど」
僕が言うと、顔を上げた妹が面倒くさそうに体を壁側へずらした。
そして横の空いたスペースをポンポンと叩く。
「‥‥‥‥‥‥?」
「寝たいんだろ、兄貴」
「恋はどうするんだ?」
「今イイとこだから先寝ていいよ」
妹はさも当たり前のように言ってから、もう一度横の空いたスペースを叩いた。
シングルベッドは思った以上に狭い。横に寝れば体が密着してしまう。
「と、隣で寝ろって?」
「ほらぁ~早く。終わったら自分の部屋に戻るから。それとも妹の私を意識してんの?」
「―――す、する訳ないだろ。わかったって‥‥‥早めに寝るんだぞ」
1階には両親がいる。これ以上騒がれては面倒だった。
それに経験上、こういう訳が分からない行動を取る時の妹は要注意なんだ。
本棚にラノベを戻すとワザと大きな溜息を吐いてからベッドの端に腰掛けた。なんだかものすごく恥ずかしい。それでも思い切って妹の横の小さなスペースに寝っ転がった。
「恋、こういうところを親に見られたら兄ちゃんマズいと思うんだけど」
義理の兄妹が同じベッドで横になっているなんて、1階の両親は夢にも思わないだろう。
案の定、体のいろんな箇所が接触事故を起こしていた。自然と腰が引ける。
「2階に上がってこないから。もし見られても大丈夫っしょ、兄妹だし」
あっけらかんとした妹はゲーム機の画面に視線を落としたままで、僕たちの関係を免罪符みたいな言い方で‥‥‥。
「大丈夫って‥‥‥そういう問題じゃないだろう。兄妹だからこそダメなこともあるんだ」
「意味わからんし。兄妹だから大丈夫なんでしょ」
「違うって、兄妹だからダメなんだ。兄ちゃんと恋は本当の兄妹じゃないから余計に‥‥‥」
「他人だって言いたいわけ?」
ゲーム機から顔を上げた妹の鋭い視線と、横を向いた僕の視線がぶつかった。
「ち、違うって、そういう意味じゃない‥‥‥。兄ちゃんが言いたいのは、もう僕たちは子供じゃないってことなんだ。だからお互いに考えないと‥‥‥ダメなんだ。兄ちゃんは陰キャだけど、これでも健康な男子だから‥‥‥」
ついつい口が滑ってしまった。
恥ずかしい本心を妹の前で曝してしまう。
妹は恥ずかしい告白を聞いて、さっきまでのご機嫌斜めな様子から態度を一変させた。
口の両端をニッと持ち上げ、揶揄う時に見せる小悪魔的な笑みを浮かべた。
「いやぁあああ~~~! 兄貴に襲われる―――」
妹がふざけたように声を上げた。突然横を向いてがばっと抱き付かれる。
「お、おい―――!? 止めろって!」
妹の顔が胸元辺りにグリグリと押し付けられる。
「た、頼むから離れてくれ」
「なんか今日の兄貴っていい匂いがする。ボディーソープ変えた?」
「おい、クンクンするなって」
「兄貴、下に聞こえるぜ」
「うっ」
「すぅ~はぁ~~~いい匂~い。兄貴、今夜は抱き枕な」
「だ、抱き枕って‥‥‥!?」
どうやら満月さんにもらった香水は本物だったみたいだ。
もの凄い効き目に慄きながら、抱き枕な僕の夜は更けていった。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
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