第10話 共有した小さな秘密
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
妹おすすめのハンバーグ専門の店。
昼の混雑を避け早めの時間を狙ったことで、待ち時間なくすんなりと席に案内された。
入店した後も席に着く直前まで妹の腕が絡まったままで、店員さんは僕たちのことをカップルだと思ったに違いない。
案内された席に座ると女性の店員さんがやってきてお冷を配ってくれた。
午前中だけで疲れ果てものすごく喉が渇いた僕はすぐにグラスに口をつけた。その時、店員さんがこっちを見て小首を傾げる仕草をしたのが気になった。
「あのな、恋。人前で腕を組んだりして誤解されたら困るだろ」
「別に困らんし。誤解されてもいいじゃん。それとも兄貴の方は誤解されるとマズい相手でもいるわけ?」
「そんな相手はいないって」
「なんか、あやしい~」
「ああ~お腹減った~」
ジト目を向けてくる妹の視線を遮るように美味しそうな写真が載ったメニューを広げた。
「あっ、はぐらかした。まだ話は終わってないから。ったく、もう‥‥‥私はもう決めてんだ。ここの濃厚デミグラスハンバーグが絶品。兄貴はこれっしょ―――」
そう言って妹が指差したのは、和風おろしハンバーグの写真。正解だった。そうなんだ、僕は味が濃いものより、あっさりしたものを好む。
小学生の頃から一緒に暮らしている彼女はとっくに僕の好みをお見通しで、昔から注文しようとするものを先に言い当てた。
「ドリンク付けていい?」
「じゃあ僕も」
テーブルに備え付けられている呼出しボタンを押すと、お冷を配ってくれた同じ店員さんがやって来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、えっと‥‥‥」
考えてみれば僕はこういった店に両親以外と来たことがない。そんな時はまとめて父さんが注文していた訳で‥‥‥妹の前でいつものカッコ悪い陰キャな僕が顔を出す。
「濃厚デミグラスハンバーグと和風おろしハンバーグのライスセットで―――あとオレンジジュースと、兄貴は?」
「あ、アイスコーヒーで」
注文すらまともに出来ない兄に代わって妹は馴れた感じで注文を終えた。こういう場面では、陽キャ族ギャル科の彼女がものすごく頼りになる。
これが本物のデートだったら相手に愛想をつかされるのは待ったなしだ。
「百崎くん? だよね‥‥‥」
注文を端末に打ち込んだ店員さんが、遠慮がちに聞いてきた。
―――あれ? なんで苗字を知ってるんだろう‥‥‥!?
不思議に思って顔を上げれば、その店員さんは僕らと年があまり変わらないように見えた。
「やっぱり百崎くんだ」
頭の中の引き出しを片っ端から開けていき―――1つの可能性を見つけ出す。
「もしかして‥‥‥‥‥‥」
たしかこの春から同じクラスになった同級生で、思い出そうとしても名前が出てこない。
「同じクラスの井上」
そう名乗った店員さん―――クラスメイトの井上さんとは1度も話をしたことがなかった。
店の制服姿で余計に誰だかわからなくて。
休日の大きなモール。だから知り合いはいるだろうと思っていたけど、まさかクラスメイトが店員さんというシチュエーションは想定していなかった。
お冷を配ったタイミングを考えれば、当然妹と腕を組んでいたところを見られている可能性は高い‥‥‥。
「そうだ。井上さん、だよね‥‥‥ははは」
「無理しなくていいよ。話したことなかったから」
広い店内の一画に気まずい空気が漂い始め、その場の雰囲気をなんとか笑って誤魔化そうとした。
そんな僕に対して井上さんが苦笑いを浮かべながらチラリと妹の方を見た。
妹はサングラスを外していた。学校では超絶美少女新入生として知られている。
僕たちが兄妹だということは、苗字なんかで意外と周りに認知されていて、たとえ井上さんが妹のことを知っていたとしても、普段のギャルっぽさが薄らいでいる今日に限っては誰だかわからない可能性があった。
「妹と一緒に買い物なんだ」
変な噂を立てられたら困る。だからすぐに妹だと正体をばらした。
腕を組んで歩いていたのが妹なら、シスコンということでぎりぎりオッケーだろう。
それよりも陰キャに彼女がいるとか、ありもしないことを周りに話されるほうが困る訳で。
「あっ、妹さんなんだ。いつもと雰囲気違わない? すごく綺麗」
「そ、そうかな?」
「痛っ‥‥‥」
テーブルの下では足の甲がサンダルのヒール部分に踏みつけられていた。
妹は何食わぬ顔でぺこりと頭を下げ井上さんに挨拶している。
「どうかした百崎くん?」
「あ、いや、別に‥‥‥妹と僕は似てないからね」
「苗字が一緒だから兄妹かなって思ってはいたけど。バイトしてること内緒にしてね」
「誰にも言わないよ」
―――心配はいらないよ、井上さん。僕はクラスの中で話す相手がいないから‥‥‥ね
「じゃあ、ゆっくりしていって」
昼に向かって段々と混雑してゆく店内。
井上さんはそそくさと店の奥に引っ込んだ。
「めちゃ可愛い子じゃん」
妹がジト目を向けてきた。
たしかにアルバイト中の井上さんは学校とは違う雰囲気で、ショートヘアが店の制服とよく合っていてとても可愛く見えてしまった。
「失礼な話だけど、今日初めて名前を知った」
「やっぱ兄貴だな」
「そうさ、陰キャな兄ちゃんだ」
料理を待っている間、とりとめのない兄妹の会話―――僕に好きな女子がいるのかいないのか‥‥‥そんな話が続いた。
しばらくして店員さん―――アルバイト中の井上さんが料理を運んできた。
「お待たせしました」
他のお客さんの目を気にしてか、さっきとは打って変わって完全な仕事モードだ。
「濃厚デミグラスハンバーグのお客様」
じゅうじゅうと音を立てるハンバーグが載った熱々のプレートが妹の前に配膳された。
次に井上さんは、「濃く旨煮込みハンバーグ600グラム欲張りセットのお客様」と言って真っ黒いソースに埋もれた特大のハンバーグが入った器を僕の前に配膳した。
「なっ‥‥‥!?」
「あっ―――!!」
目の前の料理を見て困惑する僕の声と、慌てた様子の井上さんの声が重なった。
僕は味が濃いものよりあっさりしたものを好む。だから、注文したのは和風おろしハンバーグだったはずで、明らかなオーダーミス―――それも特大の‥‥‥。
「ごめんなさい。またやっちゃった‥‥‥」
青い顔をした井上さんが半ば茫然とした感じで手にしている端末を見つめていた。
恐る恐るといった感じで顔を上げ、その視線が厨房の方へと向けられた。
つられて同じ方向を見ればこっちの雰囲気を察した別の店員さんがもの凄く険しい目つきで井上さんのことを睨んで見ていた。
それにしても井上さんが言った、「また」って言葉が引っ掛かった。きっと何回も同じミスがあるんだろう。僕はアルバイトの経験がないから想像することくらいしかできないけど、休日で混み合う店内を見渡せばなんとなくわかる気がしたんだ。
「これでいいよ。大丈夫だから」
「でも‥‥‥値段が、こっちの方が高いから」
「―――すごくお腹が減ってて、じつはこっちと迷ってたんだ」
「本当に? 量もあるよ」
「実はこう見えて大食いなんだ」
「本当に大丈夫?」
「全然大丈夫。逆に良かったまである」
なんとか誤魔化しながら伝えると、井上さんはホッとした表情を浮かべた。
僕もホッとする。
と、新たなお客さんの来店があって井上さんが、「いらっしゃいませ」と声を上げ接客モードに入った。
「ありがと百崎君。助かったよ」
「ホントに迷ってたから気にしないで」
なんとか井上さんが笑顔を取り戻してくれた。
僕たちの席を離れ際、横を通り過ぎるタイミングで耳元に顔を近づけて、「また学校でね」と囁いた。
「痛っ―――!?」
テーブルの下、こんどはサンダルのつま先部分ですねを蹴り上げられた。
「な、なんで蹴るんだよ!」
「なにが陰キャだ! おまえワザとだろ‥‥‥!?」
「ワザとって何が? って兄ちゃんに向かっておまえって言い方!」
「ふん、自分の胸に聞いたら」
再びすねを蹴り上げられた。
「痛っ‥‥‥! やめろって、蹴るなよ。ほら、冷めないうちに食べるぞ」
暴力に訴えかける妹。最近の彼女の言動は、とにかくどこかおかしい。
「兄貴、交換する?」
「大丈夫。これくらい食べれるよ」
顔を青くしていた井上さんは、今までも同じようなミスを犯しているんだろう。
オーダーミスなら料理は交換。叱られるだけでは済まなくて、もしかしたらバイト代で補填させられたりするのかも‥‥‥働いた経験のない僕にはわからないけど、ホッとした様子の井上さんを見たら『濃い旨煮込みハンバーグ』も悪くないと思えた。
それでも舌に絡みつく濃厚な味わいとボリュームに四苦八苦する。やせ我慢と言われればそれまでだけど、店内を忙しくかけ回る井上さんを見ていたら残すわけにはいかない。
額に汗が滲んだ頃、目の前にオレンジジュースの入ったグラスが差し出された。
透明なストローが差してある。
「はい」
「はい‥‥‥?」
グラスの中身は半分ほど減っていた。
「酸味がいるっしょ」
「‥‥‥‥‥‥」
「ほら」
妹がストローの飲み口を僕の口元に近づけてくる。
「手~だる。早くして」
妹の手が止まると透明なストローの飲み口に焦点が合った。そこは明らかにピンク色に染められていて。
「れ、恋さん」
「兄貴、飲んで」
最後は半ば強制だった。こういう時の彼女は何があっても絶対に後には退かない。
ごくりと生唾を飲み込んでから小さく口を開けた。
ストローの先端が口の中へ挿入される直前、妹は口の両端を持ち上げニッと笑う小悪魔的な表情を浮かべていた。それを見た瞬間、妹の手からグラスを奪い取って――――――グラスに口をつけてオレンジジュースを一気に飲み干した。
早めのランチを済ませた僕たちは、プリクラやクレーンゲームが並ぶモール内のゲーセンへ向かった。
妹はもの凄くはしゃいで見える。年相応の可愛い女の子。待ち合わせの時に見せた綺麗な女性の雰囲気は微塵もない。
そんな楽しそうな彼女の様子を隣で見ていたら、こっちもなんだか嬉しい気持ちになってきて、気がつけば久しぶりに兄妹だけの楽しい時間を過ごしていた。
帰り道。
辺りは暗くなり始めていた。
「ちょっと寄り道」
そう言った妹が突然走り出し昔よく一緒に遊んだ児童公園の中へ。
後を追いかけると彼女はブランコに腰を下ろしていた。
「背中100回」
小学生の頃、妹の口からよく聞いたセリフだった。ようするに背中を100回押して自動ブランコ装置になれとのご所望。
彼女の斜め後ろに立つとあの頃とは違って成長した柔らかい背中を押す。
「服、選んでくれてありがとな」
「デート用?」
「だから、違うって。僕がモテるわけないだろ」
「どうだか。井上さんだっけ? あの人もまんざらでもなさそうだったし」
「クラスメイトなのに名前を知らなかった相手だけど」
「井上さんは知ってたんじゃん、名前」
「そういう恋はどうなんだよ。その、か、彼氏とか―――」
地雷なのはわかっていた。でも妹の身に何かあってからでは全てが遅い。
「気になってる人なら、いるよ」
怒るだろうと思っていたけど、返ってきた反応は予想したものと違っていた。
妹の声はいつになく真剣なものに聞こえる。
でも後ろ側に立つ僕には彼女の表情は見えない。
「そ、そうなんだ‥‥‥」
上擦った声に自分でも驚いた。
正直、妹の答えに動揺していた。
「それだけ?」
「‥‥‥」
聞き返されてなんて答えればいいのか正解がわからなかった。
脳裏にブレザーの似合う長身の魔王の顔が浮かぶ。
僕は黙って目の前の背中を押し続けるしかなかった。
「兄貴のバカ」
会話が途切れ暫くして、妹が勢いに任せ不意にブランコから飛び降りた。そのまま走り出す。
「恋―――!」
呼び止めたけど反応はなく、僕は逃げる背中を懸命に追いかけた。
そして家の玄関が見えたところで急に立ち止まった。くるりと反転してこっちを向く。
「はぁ、はぁ‥‥‥急にどうした?」
「今日のこと、お父さんとお母さんに話した?」
息を上げて追いつくと、妹はそんなことを聞いてきた。
「いや‥‥‥恋も言ってないだろ?」
「じゃあ内緒にする?」
「内緒って‥‥‥そんな必要あるのか?」
「ホントに?」
「当たり前だろ、家族なんだから」
「じゃあ、一緒だったこと話す」
そう言った妹は、口の両端を持ち上げてニッと笑った。
「うん‥‥‥?」
「最近、兄貴がしつこく彼氏のこと聞いてくるし。スカートが短いってエロい目で見てくるし。今日は強引に誘われて仕方なく買い物に付き合ったら‥‥‥変なとこ触られたし」
「ぐほぉ―――!? 止めろ、あ、あれは不可抗力だ! そういう言い方をするんじゃない。あぁあああ、やっぱり今日のことは内緒で!」
「2人だけの秘密?」
小首を傾げるあざとい仕草の妹。日が暮れても安定の可愛さだ。
それにしても秘密にする意味ってあるのか? まあそういう年頃ってことなんだろうけど。
「だから、そういう言い方はズルいっていうか―――ああ~もうわかったから、2人だけの秘密でいい」
そう投げやりに言うと、妹は満足した表情を浮かべた。
「じゃあ帰りの時間、ちょっとずらす?」
「‥‥‥だな。恋が帰った後で、少し時間を空けてから戻るよ」
「わかった。じゃあ、先に帰ってるから」
こっちに背を向ける直前、妹が片目を閉じてウインクを飛ばしてきた。
直撃を受けた僕の心臓は誰にも内緒だけど大きく跳ねた。
妹と小さな秘密を共有してみれば、両親に対してなんだかとてもやましい気持ちになってしまう訳で。
日が沈んで辺りがすっかり暗くなった頃、ショップの紙袋を下げて静かに帰宅した。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
もしよかったらリンゴと蜂ミッツを推してくださいね。ブクマ、評価をよろしくお願いします。