第9話 ハンバーグ専門店までの長い道のり
カレー大好き『リンゴと蜂ミッツ』と申します。いつも読んでくださっている方は、大変ありがとうございます。
10万字を目指して(完結目指して)頑張ります。モチベーション維持のために感想を頂けると大変嬉しいです。
朝起きると妹は1人で先に出掛けていた。
今日は隣町にある大型ショッピングモールへ買い物に行く約束だったはず。
スマホを確認してみると、待ち合わせの時間と場所を知らせる妹からのメッセージが届いていた。
「あら? 郁人も出掛けるの」
「う、うん。ちょっと買い物」
脱衣所で歯を磨いている僕に、洗濯している母さんが聞いてきた。
含みのある言い方ではないんだけど僕の心臓が小さく跳ねた。
「恋はデートかしらね」
「な、なんで」
「だって朝早く起きたと思ったら、あんなに準備に時間をかけて―――あれは絶対に男よ」
確信めいた言い方をする母さん。残念ながら今日の相手は僕なんだ。バリバリのキャリアウーマンで仕事は出来るみたいだけど、推理力は低い。
両親は僕ら兄妹が一緒に買い物へ行くことを知らない。今日のことは別に隠している訳ではないし、そんな理由もない。ただ家族の中で話題に上がらなかっただけのこと。
さっきの母さんの発言から、妹は今日の僕との予定を伝えないまま外出したみたいだ。
だから僕も、あえて母さんに伝えず家を出た。
妹から指定された場所はベンチのある最寄り駅前の広場だった。
待ち合わせ時間より少し早めに到着した僕は、空いているベンチに腰を下ろす。座った勢いのまま空を見上げれば、気持ちのいい青空が広がっていた。今日は暑くなりそうだ。
―――妹は別の用事があったんだろうか‥‥‥
約束の時間を過ぎても現れない。
駅舎の前を行き交う人たちを眺めていると、こちらに向かって歩いてくるまん丸いレンズのサングラスを掛けた綺麗な女性が目に止まった。
黒いぴちっとしたシャツの上に裾が長い水色のカーディガンを羽織り、ダボっとした真っ白いズボンを履いている。着古した服装のお洒落に疎い僕でもセンスの良さが窺えた。
颯爽と歩く姿はモデルみたいで、すれ違う多くの男性が二度見していた程だ。
その女性は駅舎を目指しているのか、どんどんと僕に近づいてきて―――陰キャな僕は慌てて視線を外した。
―――たぶんキモがられているんだろうな‥‥‥
挙動不審な態度を反省しているとベンチに座る僕の前に影が落ちた。
「うん‥‥‥!?」
誰かの気配と鼻をくすぐる花のようないい香り。思わず顔を上げると、そこにはさっきまで視線を向けていたお洒落な女性が立っていた。
まさかジロジロ見ていたとか、そんな苦情でも言われるんだろうか? 少し身構える。
「お待たせ」
「‥‥‥」
新手の詐欺とか美人局的な!? まったく良い事が浮かんでこなかった。
こういう時は下手に反応するとマズい。
「おい無視すんな」
「はぁ!? れ、恋なのか‥‥‥?」
聞こえた声は確かに聞き慣れたもので‥‥‥。
遠慮がちにそれでも顔をよく見れば間違いなく僕の妹で―――普段のギャルっぽさが影を潜め、お洒落で年上の綺麗な女性に見えたんだ。
「そうだよ。感想は?」
その場でくるりと回転して見せる妹。羽織っている水色のカーディガン―――後でロングカーディガンと教えてもらったんだけど、その長い裾がひらりと舞って、その瞬間、僕は思わず見惚れてしまった。
まさかとは思うけど、僕を驚かすために一足先に家を出たんだろうか‥‥‥? いやそれは考え過ぎだろう。
「で、どう?」
「すごく綺麗だ‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
自然と漏れ出た言葉にハッとした。
それは1つしか年の違わない妹に聞かせるには、あまりにも恥ずかしいセリフで‥‥‥陰キャな僕の言い方も相当キモかったに違いない。
現に妹は、サングラス越しでもわかるくらいに顔を真っ赤にしてプルプルと体を震わせていた。
「いや、その‥‥‥服が、な」
「―――言い直すな!」
機嫌を損ねた妹は僕を置いて駅舎の方へさっさと歩きだした。
隣町の大型ショッピングモールへ到着する頃には、なんとか妹の機嫌が直ってくれた。
電車の中で、交渉人となった僕は、ランチを奢ることに加えてゲーセン代を全額負担することでなんとか許しをもらえていた。
それにしても妹の存在が電車の中で相当な視線を集めていたということは、僕の感覚が正常な証だ。
けして身内のフィルター越しに妹を評価しているわけじゃない。
そう、今日の妹は間違いなく超絶可愛い。
軽やかな足取りの妹。その後を追いかけて服や小物が売っているショップをはしごする。
前を歩く妹はヒールのあるサンダルを履いていて、目の位置が僕とあまり違わない。
超絶美少女がお洒落な服に身を包み颯爽と歩いているんだ。電車の中と同様にモール内でもやたらと人の視線を集めていた。
「兄貴どした? こんどは、あれとこれ―――あと、それも。ほら試着室」
「わ、わかったから‥‥‥ちょっと休憩しませんか?」
陰キャな僕は普段からあまり着るものに関心がないので、初めて入る店の雰囲気にのまれてすぐに疲れてしまった。
「服選び舐めんな!」
背中を強引に押されて試着室に放り込まれる。そんな僕はもはや妹の着せ替え人形になり果てていた。
彼女が選んだ服に袖を通すとタイミングよくカーテンの隙間からスマホが差し入れられ、何枚も写真を撮られる。
「と、撮りすぎじゃないか‥‥‥」
「―――う、うっさい。減るもんじゃないし。今後の参考! 大人しく撮らせろ」
そんなこんなで午前中の内に、妹いわく「お洒落で無難な服」とやらを何着か選んで購入できた。
そして、混雑を避けるために早めのランチへ―――。
飲食店が並ぶフロアに向かって歩いていると、僕ら兄妹と同年代に見えるカップルの多さに驚いた。
皆一様に手を繋いだり腕を組んだりしてデートを楽しんでいる。
―――みんな彼女や彼氏がいるんだな‥‥‥
そんなことを思っていたら、僕の腕に隣を歩いていた妹の腕が絡みついた。
「恋さん?」
「なん?」
「何って‥‥‥」
何事もないように平然とした態度の妹。だから絡みつかれた片腕を持ち上げるようにしてアピールしたんだけど―――僕の肘がとてもとても柔らかな感触を捉えてしまう。
「‥‥‥う、ん!?」
確かめるようにもう一度肘を動かすと‥‥‥、「エッチ」と感情の読み取れない声で妹がポツリと零した。
「うぉお―――!」
咄嗟に体を捩って腕を振りほどこうとすれば、逃がさないとばかりに妹がしがみつく。
「ふ、不可抗力なんだ。離れてくれ」
「イヤ」
「嫌じゃな! 頼むから離れてくれ」
「なんで? 兄妹なんだから別にいいじゃん」
脂汗をかきながら懇願する僕に向かって平然と言ってのける妹。
密着された片腕は、すでに柔らかいものの間に完全に挟まっていた。
近頃の妹は、こういう際どい場面になると免罪符のよにやたらと兄妹を主張する。
それでも兄妹だからこそダメなことがある訳で‥‥‥それも実の兄妹じゃなく義理の兄妹なんだから―――保たなくてはいけない適切な距離ってものがある。
結局、妹の腕は絡みついたまま離れることはなく、僕たち兄妹はすれ違うカップルと同じように寄り添って歩き、目指すハンバーグ専門店に辿り着いた。
読んで頂きありがとうございました。
平日は最低でも2話以上(毎日が理想(無理です))の更新ができるようにと考えています。
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