出会いとオリエンテーション
気づけば、前回の更新から約二週間ほど経っていました。
翌日、春休み真っ只中にも関わらず、俺は電車に揺られて大学へと向かっていた。その理由は、二年次の講義に関するオリエンテーションが行われるからだ。
面倒だが午後から開始されることが、生活リズムが狂った俺にとっての唯一の救いになっている。朝っぱらから始まっていたら、遅刻不可避だったかもしれない。
しかし、今の俺の心中にあるのは負の感情ばかりではなく、少しばかりの高揚感と期待感である。と言うのも、俺は工学部に所属しているのだが、一年次の成績に基づき二年次のコース分けが決まる仕組みになっている。コース別になるということは、自身の周囲にいる人間が大きくかわるということである。
つまり、新たな友との出会い、そしてあわよくば可愛い女子とお近づきになりたいという健全な男子大学生としての期待を胸に抱いているのだ。
一年生の頃は、会ったら話す程度の知り合いはできたものの、休日に一緒に遊びに行くような仲に発展した者はいなかった。残りの大学生活のほとんどを同じコースの人間と過ごす以上、ここで友人関係を構築しなければ、その先は灰色の学生生活にちがいない。最低でも一人以上と連絡先を交換することが今日のミッションだ。
そんなことを考えているうちに大学近くの駅に着いたらしく、慌てて荷物をまとめ下車する。ここから十分ほど歩けば、大学に着く。今は春だからいいものの、梅雨や夏の時は汗が体に張り付いて、不快感に包まれること間違いなしだ。
大学に着き、オリエンテーションが行われる講義室に入室する。開始二十分前だが、全体の三分の一の席は埋まっているように感じる。自身の席を確認し、座った。周りを軽く見渡すと、俺のように一人の奴もいるが、既に気が合う者を見つけたのかグループが形成されているところもあるようだ。実に羨ましい。
いや、一年の頃からの付き合いがある奴らが固まっているだけだろう。いくら何でもそう短時間で仲良くなるなど不可能だ。そうでなければ、俺のコミュニケーション能力の欠如が浮き彫りになってしまう。だが、俺の隣の席は空いている。まず、話しかける第一候補としては、隣に座った奴が妥当だろう。脳内で話かけ方や相手に振る話題をイメージする。
相手に呼びかける形よりも、自然な感じを装いたい。最初に目があうようにしよう。次に相手がアクションを起こすより前に、俺から話しかける。
「俺は、鏑木一郎っていうんだ、名前教えてくれない?」
相手が名前を教えてくれたら、友達が同じコースに既にいるか確認しよう。いなければ、自分もそうだと言って距離を縮める。友達がいると答えた場合は、ソイツ経由で交友関係を広げていく。
そして今、春休みに何をしているのか、他には趣味とか聞いて、最後に連絡先を交換す―――
「ねぇ君、名前なんて言うの?」
「あっ、えっと……」
それは、突然の出来事だった。例えるなら、目の前を流れ星が一瞬で流れていったように。前の席に座っている奴から話しかけられたようだ。意表を突かれた俺は少し取り乱し、情けない返事をしてしまった。
「まぁまぁ、そんな固くならないでよ。俺は平戸孝介っていうんだ」
俺が脳内でイメージしていたムーブを目の前の男はサラリとやってのけた。これがコミュ強ってやつなのか。
「考え事してたから、少し驚いたんだ。俺の名前は鏑木一郎、よろしく」
何とか現実へと帰還し、返事をする。
「おっけー、一郎ね、よろしくぅ~」
話しかけてきた男は、茶髪で身長は百七十センチ前半ぐらいだろうか。イケメンではないが、人懐っこい顔をしており、話し方や雰囲気がそれに拍車をかけている。間違いなく、友達百人つくれるようなオーラをまとっている。
「俺のことはコースケとでも呼んでよ、あと連絡先交換しようぜ~」
「いいね、交換しよ!」
渡りに船のような提案だったため、承諾する。早くも本日の最低限の目的が果たされたため、テンションは右肩上がりだ。残りの時間をスマホを見てつぶす。
オリエンテーションの開始時刻が近づいてきていることに伴って、座席がだいぶ埋まってきた。気になる男女の比率は7:3で男が多いくらいか。男子学生がほとんどを占める理系において、この割合は喜ぶべきものだろう。教授達が講義室に入ってきた。そろそろ始まるようだ。
それにしても、俺の隣は空席のまま。指定席とはいえ、何だか俺に友達がいないように見えないか?
スマホを片付け、教壇に立った教授の方へ顔を向けようとしたその時
「ガタン!」
荷物を机においた音が隣から聞こえる。初っ端から遅刻ギリギリとは、一体どんな冴えないやつだと顔を横に向ける。
――めっちゃ、美人やー
肩甲骨の辺りまで伸ばした艶やかな黒髪。彫りが深く、凛とした顔出ち。ハッキリ言って、俺の好きなタイプにどストライク。
「よろしくお願いします」
目が合い、そう言われる。声も透き通っている、素晴らしい。
「こちらこそ、よろしく!」
親しみやすさを出そうとした返答だったが、どう受け取られただろうか。次なる言葉を発そうとしたが、
「はい、じゃあ今からオリエンテーションを始めます、顔あげろー」
間が悪い。オリエンテーションが始まってしまった。仲を深められる貴重なチャンスを潰してくれた教授陣に対し、心の中で恨み言を言う。
正直、まだ名前も知らない隣の美女が気になって話が入ってこない。あとで、コースケに確認を取ろう。それに話す機会が多いほど、親交は深まるはずだ。
三十分ほど経過したあたりで説明は終わった。
「残り三年は、この教室にいるメンバーで動いていくことになるので、親交を深めるためにもこれからレクリエーションをします。」
大学生にもなってこんなことをするのかという気持ちもあったが、コミュ弱の俺にとってはまたとない機会だ。それに、隣の人とペアになって行動する可能性は低くはないだろう。教授ナイスだ、心から尊敬してます。
「まずは、自己紹介を四人一組でやってもらおうと思っています、早速始めてください。」
俺のグループは、コースケと隣の可愛い子、そして陰気そうなメガネをかけた男。最初に口火をきったのは、やはりというべきかコースケだった。
「俺は、平戸孝介っていうんだ、よろしく。じゃあ、時計回りで自己紹介していこうか」
コースケの進行に従い、次に話し始めたのはメガネをかけたやつだ。
「僕の名前は亀井哲といいます。よろしくお願いします」
博識で優しそうなやつだ。是非とも仲を深めておいて、頼りにしたい。そして、ついに口を開いたのが
「黒見凛といいます。よろしくね」
うん、名は体を表すというがまさにその通りだな。最後が俺。
「鏑木一郎です。三年間よろしく」
「みんなの名前が分かったところでさ、趣味とか教えてよ!」
その後は、コースケが場をまわしていき、そこそこ盛り上がったように思う。レクリエーションも全体的なものへと移り、つつがなく終わった。
多くが教室を去ろうとしている中、このまま帰ってしまうのは何だかもったいない気がして、三人に声をかける。
「このグループになったのも何かの縁だからさ、連絡先交換し合わない?」
「いいですね。困ったことがあったらお互いに助け合えますし」
「おっと、一郎とは交換したけど二人とはまだだったな」
「せっかくだから、グループラインとかも作ります?」
すぐに賛同してくれたのは、亀井君。次にコースケ。黒見さんが以外にも積極的なのが、うれしい誤算だ。
「じゃあなー」
「それでは、また」
連絡先を交換した後、解散となったがコースケと亀井君は帰る方向が一緒らしく二人で帰っていった。
なら、俺は黒見さんと一緒にっと言いたいところだが、別方向らしい。
「じゃあ、この辺で。大学始まったらまたよろしく!」
「ここでお別れですね。こちらこそよろしくお願いします」
今朝わずかに感じていた不安も、知り合いと呼べる人ができたことで吹き飛んだ。それに、こんな美人といきなり関わりを持てるとは、実に幸先がいい。
「でも、鏑木さんから連絡先をと提案されたのは意外でした」
ん?何が意外だったのだろう。
「だって、教室に入ってきたとき平戸君から話しかけられるまで、ずっと下を向いてたじゃないですか。そのあともスマホばかり見てましたし」
「え、見てたの?」
「先に教室に入って離れた席にいた友達と話してたんですよ。これでも一番に大学に来たんですからね」
遅刻ギリギリではなく、既に入室していたのか。見られていたとは恥ずかしいような、少し嬉しいような。あと、コースケは君づけで俺はさんづけって何かモヤモヤするな。まぁ、可愛いからいいや。俺の理想の彼女像そのものだし、ゆっくり、距離を縮めていきたい。
「友達できなそうな冴えない人だなと思ってたんですけど、声かけてもらえて嬉しかったです、それでは」
そういって、彼女は帰っていった。その背を見ながら、俺は
「訂正。理想というには毒が強すぎるかもしれない」
そんなことを思った。




