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03話



 ある日、要塞都市に幾人かの貴族が訪れた。

 誰もが身なりのいい人々で、活気はあるが無骨な街の風景には似合わなかった。

 だが、それをみたエミリーこと聖女エリシアはぞっとした。


(ウソでしょ!? あの人達王都の貴族じゃない! 私の顔を知ってる人もいる! ど、どうして!)


 連れ戻されてしまう!

 顔面蒼白になったエリシアはとっさに店に売っていた旅人用のフードを買うと、頭にかぶって顔を隠した。

 やや怪しいがそういうファッションだといえなくもない。

 そのまま深々と顔を隠して貴族達をやり過ごそうとしたその時、一人の男がこちらを指さして声を上げた。

 

「見つけたっ! 見つけましたぞっ!」


「ひぃっ」


 びくりと肩をはねさせてエリシアは震えた。

 もしここで捕まったらまた王城に戻されるのだろうか?

 それともこの要塞都市をも追われて本当に山を越えて隣国に追放されてしまうのだろうか?

 王都に戻されてこの身軽な体を失うぐらいだったら、隣国に渡った方がまだ楽かもしれない。


 そんなことを考えながらビクビクとしていたエリシアの前を貴族達が通り過ぎる。


「えっ?」


 予想外の貴族達の動きにきょとんとするエリシアだが、貴族達はかまわず次々とエリシアを通り過ぎて大通りの中央に駆け寄っていた。


「みつけましたぞ! 若様!」

「どうして王都に帰ってきて頂けないのですか!」

「王城の話を聞いていないわけがないでしょう? 国王が崩御なされたのですぞ!?」

「お願いですから戻ってきて下さい! そうじゃないと私、私っ!」


 貴族達が囲む集団は昨日一緒にジビエを楽しんだ冒険者達だった。

 その中の一人に向かって貴族達は次々と訴えている。

 見るとその中心にいるのは……。


「……ジルトさん?」


 みるとあの黒髪に空色の瞳の美青年、ジルトが困ったような顔をして大勢の貴族達から目をそらしていた。

 貴族の中には年頃の美しい女性もちらほら混ざっており、その身につけた貴金属から相当高位の貴族と見受けられた。


「わかった! わかったから! こんな人の往来でやめてくれ! 悪いな皆、ちょっとオレはこいつらの相手をしなきゃいけないから」


 そういってジルトは貴族達を連れてどこかへいってしまった。

 誰にも気づかれなかったことにほっとしつつも、エリシアはジルトの事が気になった。

 

(中央国の大貴族達があんなに沢山、わざわざジルトさんに会いに? それに若って一体?)


 好奇心は猫をも殺す。

 折角ここまで生き延びてきた自分が一時の感情でのこのこと貴族達の後をつけるなんて、自分の行動が信じられない。

 

 そう、エリシアの足は不思議と貴族達の背中を追っていたのだった……。

 

 

◆◆◆

 

 

 

(何やってるんだろう私……)


 そう思いながらも何故か歩みは止められなかった。

 どうしてこんなに不安になるのだろう。

 王城にいたときの方がよっぽど酷かったのに。

 

 今はあのときのつらさよりも胸が締め付けられる。

 ジルトのあのオオカミのような髪質の黒髪や空のような青い瞳がほかの誰か……ううん、他の女性を瞳に移している様を考えただけで心が沈む。

 デブだブタだと言われてきた私がこんな気持ちもつのもおこがましいのだけれども、彼に迷惑なのだけれども。

 どうしようもなく泊まらない。

 心がジルドに飢えている。

 近くにいたい。

 どうしてこんなに気持ちが動くのだろう?

 ゴブリンの群れから助けて暮れから?

 この要塞都市で居場所を与えてくれたから?

 毎日笑顔で挨拶してくれるから?

 時々おいしい食事に誘ってくれたから?

 

 ジルトは所作が綺麗。

 一つ一つ、相手への思いやりを感じる。

 相手が安心できるような挨拶を心がけているし、相手の悩んだ顔にもすぐに気づく。

 優しい声音で、思いやりをやどした瞳で、あの穏やかな笑顔で……。

 それを全部独り占めしたいと思ってしまうなんて。

 きっと私、聖女をやめて、ちょっぴり悪い人間になってしまったんだろうな。

 もう、救える命があったとしても、きっと救えない。

 聖女だとバレたくない。

 私はもうみんなのモノになりたくないから。

 

 だって皆は怖いから。

 皆というは容赦がないから。

 人をモノ扱いできるほど、遠いところからこちらに口を出す人たちだから。

 

 ……誰かのそばにいたい。

 私だけの誰かの。

 ううん、ジルトさんの隣にいたい。

 

 私は彼らが入った倉庫のようなレンガの建物の前で立ち止まった。


(こんなところでウロウロして、バカみたい……)


 自分が如何に馬鹿馬鹿しい行いをしていたか自嘲する。

 冷静な部分が強くでてきた私は、フッと自嘲して踵を返すと大通りへ向かった。

 でも……

 

「何者だ貴様」

「えっ?」


 背後からいきなり腕をとられ、何がどうなってるのか肘を固められて全く動けない。

 それだけではなく、首筋にはナイフが突きつけられている。

 

「先ほどからずっと若を突けていたな、どこの間者だ、言えっ! 言わなければ……」

「わわわわ、わたし間者なんかじゃありません!」


 ミシリと肘の固定が強くなった。

 

「イタタタタタ!」

「そんなフードで顔を隠していて、怪しむなという方が無理というものだっ!」

「わたっ! 私! ジルトさんが気になって、ちょっとついて来ちゃって」

「何故だ? 何故若が気になる? 何を考えて、いや、何を知っている!」


 そういうとさらに腕に痛みが走る。

 もう折れるのではないだろうか?

 エリシアはそう思った。


「折れちゃいます折れちゃいます! ちょっとまってください!」

「バカが、もう一本残っておるのだ、問題あるまい」


 あかん、この人あかんやつや、そう思った私は声をあげた。

 

「誰か助けてぇ~~~~っ!!」

「ええっ!?」


 私を間者だと思い込んでいた背後の人物はまさかの私の行動に驚愕し、周囲を見回す。

 動揺したせいで腕の関節に固めに緩みが生じたので、私はすかさずか背後の人物を押しのけて前のめりに倒れた。

 急いで距離をとってその人物の顔を見ると、見覚えのない人物が立っていた。

 黒塗りの頭巾に黒い麻の衣をまとっている。

 

「いや、どう考えても貴方の方が怪しい格好じゃないですか! 何で私こんなフードぐらいで痛い眼に会わなきゃ鳴らなかったんですか!?」

「な、何をわけのわからないことを」

 

 わけがわからないのは、お前だ!

 私がそういおうと口を開きかけたとき、よく通るあの低いくも優しげな声が響いた。


「スィーナ! エミリーさんに何をしている!! よさないか!」


 それに続いて大勢の貴族がぞろぞろと外へと出てきた。

 

「若? その女は一体?」

「なんと美しい。こんなに美しい女性はみたことがない!」

「バカ、いまはそれどころではないだろう!」


 三者三様に私を見つめる貴族達だが、誰一人として私を聖女エリシアだと考えた者はいなかったようだ。

 私はスィーナと呼ばれた黒衣の戦士から距離をとると、それをジルトさんが優しく片手で抱きすくめてくれた。

 

「離れて下さい若! そいつは若のあとをおってここに……間者かもしれません!」

「そんなわけないだろう!」


 ジルトは強く言い放った。

 

「彼女は道中でゴブリンに襲われているところをオレが助けた。街の人々にも治癒師として感謝されている、何の裏表もない素敵な人だ」

「す、すてき……」


 おもわずジルトさんの言葉に反応してしまうが、申し訳ない。

 都合の悪いことに、今まさに自分の裏表で悩んでいました。

 私、そういう人間なんです。

 

 さっと顔をそらす私。

 

「あっ! 若! みてください! 今絶対やましいことがあった顔をしましたよ!」

「あ~うるさい! わかった! ここまできたならもう仕方がない、エミリーさんすみません、あなたも一緒に来て下さいますか?」

「え?」


 不意に彼の腕の力が強まり、自分の体を引き寄せてくる。

 すっぽりと彼のマントに収まってしまった私は、そのまま先ほどの倉庫のような建造物に案内された。

 スィーナとやらはフードの奥から不満げな瞳でこちらを睨んでいたが、それ以上の問答はせず、大人しくついてきた。

 

 「ほんとうに巻き込んでしまってすみません」

 「いえっ、私こそ、こんな大切お話に、無断でついてきてしまって……」

 

 私達はぎこちなく会話しながらも地下へと進んでいく。

 そして最後には、底の深い地下室が広がっており、倉庫の下とは思えないほど広い空間があった。


「す、すごい」


 私がそうつぶやくとスィーナさんがふてくされながら答えた。


「この要塞都市の司令部だ、それなりに堅牢なのは当たり前だろう?」


 トゲのある言い方をするスィーナさん。

 先ほどは低い声を作っていたのでわからなかったが、女性のようだ。

 ジルトさんはずっと気が進まない様子で中央の座席に座り、各々の貴族達に目配せをすると全員が示し合わせたように着席を始めた。

 執事のような人がやってきて私に下座の席を勧めるが、ジルトさんはそれを静止させた。

 

「ああ、彼女は僕の隣にしてくれるかな? 友人なんだ、先ほどはこちらの都合で失礼な態度をとった者もいたしね」


 そう言われてスィーナがショックをうけたような顔をする。

 なんだか子犬みたいで可愛そうだ。

 私は気まずい雰囲気の中、ジルトさんの隣に座った。

 触れられているわけでもないのに、暖かいオーラのようなものが私の右肩に包み込んでいるかのようだ。

 ふと、彼は悲しそうに私を見つめてからそっと前を向いた。


「彼女は僕の正体を知らない、すこし事情を説明する時間をくれないか?」


「何をおっしゃっておいでですか若!」

「平民の娘に割く時間など!」

「まさかその娘を妃にするおつもりですか!? この大変な時世に!?」


 貴族の殿方が机を叩いて反論する。

 妃?

 妃ってつまり、妃ってこと!?

 それってつまり、妻になるってこと!?!?!!?


 私は妄想した。

 ジルトさんとの生活を。

 ジルトさんは料理が上手。

 たまにケガをして帰ってくることもあるけれど、冒険者に危険はつきもの。

 私は彼の無事を祈って、いや、もうそうなったら私も一緒にいって治癒魔道士として彼専属のアシスト魔術師になってもいい。

 そしたら彼と一緒に狩った魔物を調理して、おいしい食事を毎日食べて、野草をみつけて、ジャムをつくって……エヘヘ。

 

「あっ、ホラ! みてください若! バカっぽい! すごくバカっぽい顔をしておりますぞこの女!」

「そうですこんな村娘はおやめ下さい! よだれ垂れてるし!」


「えっ!?」


 周囲の貴族に注意され、自分がだらしない顔をしていたことに気づく。


 はしたないと感じて口を閉じる。

 貴族達は呆れたようにジルトさんを説得しようとする。

 

「たしかにその娘は美しい、先ほどから観ていればまるで絵画の美の女神が現実に抜け出してきたかのようだ、だが、身分差というものをお考え下さい」

「そうですとも、いくら絶世の美女とはいえ、あなたは王子なのですから、村娘では身分に問題がありすぎます」


「えっ!? ジルトさんが王子!?」


 私がそういって驚くと、横にいるジルトは頭を抱えて嘆息した。

 

「私の口から伝えたかったのですが、あらためてすみませんエミリーさん」


 そういうとジルトさんは頭を下げて私に謝罪する。

 周囲の貴族のどよめきなどお構いなしだ。

 

「私の本当の名前はジークフリート・ローデン・エルドリア。この中央王国の第二王子、うわさの放蕩王子です」


「へ?」


「昔この国には聖女と呼ばれる方がいらっしゃいまして……最近行方がわからないのですが、ともかく非人道的なことも裏で平気でやっているような王政だったので私は父に反発してこうして冒険者に……」


「え? 非人道的?」


 私がそうやって応えるとジルトは深く頷いた。

 

「ええ、昔私も一時彼女と接点があったので、王城が何を行っていたのかは存じています。一人の少女に無理矢理食事を詰め込ませ、それはそれは観ていて耐えがたい光景でした」


「ああ……」


 私は幼少の頃を思い出した。

 私はソレが聖女の勤めで、当たり前のことなのだと思っていたが、周囲の貴族もいたたまれなそうな顔をしている。

 

「一人の子供、それも少女に国難の殆どを押しつけ、玉座の利権だけはしっかり搾り取る。そんなこの中王国に私は嫌気が指しましてね、ある日父王の大げんかになり、そのまま少数の側近達と共に王家を出て行ったのです」


 ジルトさんことジークフリート様はそういうと不快気な顔でギロりと貴族達を見渡した。


「それになのにわざわざここまで嗅ぎつけて気負って、王宮のゴタゴタは貴様らの責任でもあっただろう! 今更私を神輿に担ぎ上げようなど都合が良すぎるのではないか!?」


 ジークフリート様の叱責に貴族の人々はしゅんとする。

 こんな光景今まで観たことなかった。

 ジークフリート様はマルドリッヒ王子の兄弟ということなのだろうか、全然似ていない。

 マルドリッヒの取り巻きの貴族達は、とりあえずヨイショしておけばいいでしょう、という気配がビンビン伝わってくる人々だったが、今この場にいる貴族の面々は誰もが重要な交渉ごとに挑む商人のように真剣な顔をしており、悲痛ささえ見受けられる。

 

「私は十代でこの国を出た、そして小さいながらもこの身一つで冒険者としてのチームを作り上げ、成り立たせた。それが貴様らはどうだ? そろいもそろっていつもは威張り散らしているくせに、いつもは鼻で笑う冒険者の身分のオレにすらこうしてすがりつこうというのか!?」


 ジークフリート様の怒声が周囲に響く。


「情けなさ過ぎるぞ我が国の貴族は! 大体聖女を失ったこの国に何の価値があるというのだ? 何故マルドリッヒ兄上がエリシア様を追放しようとしていたとき、貴様らは助けなかった!?」


 あ、マルドリッヒが兄さんで、ジークフリート様は弟なんだ。

 私はこの場にふさわしくないことを考えてしまい首をふる。

 

「聖女追放の話を聞いたときは耳を疑ったぞ! 故郷の国難とはあっては仕方なしと二度と戻るまいと考えていたこの国にわたり、エリシア様の行方を捜索していたが、何もない、何も見つからなかったっ! 私が四方をかけずりまわっていたとき貴様らは何をしていたっ!?」


 ああ、だからジークフリート様はこの土地にきていたのか。

 私が納得していると貴族の一人が苦しそうに吐露した。

 

「あれだけ目立つ容姿なのです、必ず見つかる筈でした、あんなその、象のように太ったお方……」

「……あとは金髪で星のようにまばゆい青い瞳が特徴的でしたな。あれほど美しい瞳の方はそうそうおらんでしょう」

「はぁ、思えば我々はあの方に頼りきりだった」

「再び戻って下さるのなら二度とあのような境遇にはさせまいのに」


 そういう貴族達に再びジークフリート様の激が飛ぶ。


「もう聖女は戻らないものと考えろ! それより貴様ら、この期に及んで兄の首をうちオレに次期国王になれとはどんな了見だ! 恥を知れ恥を!」


 再びジークフリート様は貴族の皆様を叱責した。

 そうとうお冠なのだろう。

 となりにいる私も緊張に喉が鳴る。

 

 その時だった。

 

「敵襲! 敵襲!」


 外から大きな声が響いた。

 貴族達がざわつき始める中、誰よりも早くジークフリート様はおろしていた大剣を背中に背負い、颯爽と地下会議場を出る。

 私もすぐさま彼の後について歩き始めた。

 

「危険です、エミリーさん、ここは我々冒険者や衛兵に……」


「私も治癒師として戦場を駆けていたことがあります。是非お供させて下さい!」


「エミリーさん……」


 そういって私をみつめる晴れた青空のような瞳。

 そこに私の星空のような青い瞳が映し出されていた。

 私は、戦闘の高揚か、先ほどのジークフリート様のやりとりのせいか、自分の正体を明かしたい気持ちになっていた。

 あんなにも嫌だった過去の話を。

 

「ジルトさ、いえ、ジークフリート様、実は私……」


 すると悲しげにジークフリート様は首を横に振った。


「後にしましょう、エミリーさん、話したいことは山のようにありますが、あれは兄上の近衛師団です、ここも戦場になる、気を引き締めねば」


「……はい」


 そうだ、つもる話は後にしよう。

 今はこの戦いを生き延びることだけを考えなくては……。

 私は心強い黒髪の背中に決意の炎を燃やし、その人のあとを追いかけた。

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