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01話

初投稿です。

よろしくお願い致します。





「エリシア・ファスティオン、お前との婚約を破棄する!」


 エルドリア国第一王子、マルドリッヒ・ローデン・エルドリアは金髪の巻き毛と豪華なマントをなびかせてそう叫ぶ。


 中央王国の厳かな国葬会場の端で放たれたその一言で、大勢の貴族の視線が一人の女性に集中した。


「おん?」


 およそ乙女らしくない声で応じたのはこの国で聖女として認定されたエリシア・ファスティオン子爵令嬢である。

 まるまると太った膨よかな体だが、その目鼻立ちは美しく、痩せたら美人なのだろうなと思わせる品格のようなものがあった。

 だが彼女は両手に巨大なドラゴンの肉の揚げ物を掴んでおり、片方にかぶりつきながら返事をしていた。


 そして食事をやめる様子もない。


「おい、聞こえなかったのか! エリシア! お前との婚約は破棄するとこのオレが宣言しているのだぞ!」


 エリシアはもぐもぐと頬を膨らませながら、美しい青色の瞳でマルドリッヒ王子を見つめていた。

 苛立つ王子をだいぶ待たせたあと、やっと口に頬張った肉を飲み込むと彼女はゆっくりとコップの水を飲む。

 いよいよ口を開くかと皆が注視する中、彼女はもう片方の肉に口をつけた。

 

 ずっこけた。

 貴族達はずっこけた。

 第一王子もずっこけた。

 第一王子マルドリッヒ・ローデン・エルドリアとその取り巻き達も大衆もそれはもう綺麗にずっこけた。


「何をやっとるかー貴様っ! オレの話を聞いていたのかーっ!」


 マルドリッヒ王子がそう叫ぶと、エリシアはもぐもぐと頬を膨らませながら小さく首を縦に振った。


「何だその態度は! だから癒やし手の力を得ただけの平民など反対だったのだ! 皆の者みたかっ! これが、こんな女が栄えあるエルドリア王国の王女として私に隣に居座るなど許せるものではない! みよ! こんなにもブクブクと太り、私のことを敬いも慕いもしない女がっ!」


 きらびやかな会場の中心で、いたたまれなさそうな顔をする面々の顔を一瞥しながら王子は大きく声を上げた。

 だがエリシアは口に物を含んだままうんうんと頷くと、またコップの水を一杯飲んでふぅと一息ついた。

 

「殿下、私の聖なる力は大量のカロリーを消費するのです、食事は私にとって何よりも優先すべき事項であることをご存じでしょう? 今日は竜退治で多くの兵士をいやしたのです、食べなければ私が死んでしまいます」

「なら死ね! 私の言葉を物を食いながら聞く奴があるかぁーっ!」


 怒鳴るマルドリッヒ王子にも動じず、エリシアは再び肉に口をつけた。

 しかしこれは本当に仕方のないことなのである。

 彼女は刻一刻と迫る魔力の消費限界に、命をつなぐためにも今すぐ大量のカロリーを摂取しなければならないからだ。

 胃にものをいれた先から消化されて言ってしまうのだ。

 

 なんてったって今回はドラゴン討伐のために兵士千人に付与魔法や治癒魔法をかけた。

 彼らの魔法抵抗力、体力、筋力を数倍にも引き上げたため少なくともその人数の倍数ぶんの食事をとらなければならない。

 つまり一人で三千から五千人ぶんの食事を流し込まなければならないのだ。

 

 彼女は竜退治後、朝から晩まで食べ続けており今なお食物庫がからになるほどの量を食べてもまだ足りないのである。

 

 ぶくぶくと太ったのも、元はといえば緊急に治癒魔法を最大出力で使わなければならなくなったときのために強制的に肥え太らされたためだ。

 彼女は別に太りたくもないし、戦場に行きたくもないし、王子の嫁になりたくもなかった。

 

 ただただ聖女の力に目覚め、あれよあれよとこの中央王国の道具として人生を縛られただけなのである。

 だが、そんな聖女エリシアに王子は容赦なく糾弾する。


「今回の竜討伐で父上が崩御なされたのは天命だったのかもしれない、思えばこの国は聖女を大切にしすぎていた!」

「お、王子様、その言い分は流石に……!」


 焦った臣下がマルドリッヒ王子をいさめるも、彼の怒りはとどまることを知らない。


「貴様の力などただの癒やし手の上位互換ではないか! これから我が国は治癒魔道士の育成に注力する! これからは一個人の治癒能力にすがる時代は終わりだ!」

「で、ですが王子!」

「特に今代の聖女の対価は酷すぎる! 先代の聖女も金銭で国庫に大きなダメージを与えたが、こいつはよりヒドイ! 国民を餓死させるつもりなのかっ!!」


 ギラリと瞳を光らせたマルドリッヒ王子はマントを再び翻し、改めて決めポーズをした。


「聖女エリシア! 貴様は今日をもって追放する!」


 そう言い放ったマルドリッヒ王子は目配せすると、それにあわせて聖女エリシアは近衛兵に囲まれた。

 そのまま引きずられていく聖女を見た幾人かの臣下がはらはらするも、彼女はそのまま囚人用の馬車に詰め込まれて国境まで搬送されていくのだった。


 ……後日その馬車が鉄砲水にあって行方不明となった事で一騒ぎあるのだが、それはまた後の話。



◆◆◆



「全くあの女は本当に疫病神だったな。やっと片付いた」

「ええ、本当にその通りです。穀物庫が空になることでした」


 マルドリッヒ王子のイエスマンとしてここまで上り詰めた宰相ソノトー・オリスが肯定する。

 

「国王は全く王子の話を聞き入れてくれませんでしたからね」

「ああ、父上は本当によくあのタイミングで死んでくれた。このままでは国が傾く所だった」


 自分の父親の死に対してなんの感慨も湧いていない様子のマルドリッヒは軽口を叩いてせせら笑った。


「みていろよソノトー、この中央王国はこれからオレの手でよみがえる、隣国もすべてオレの手中に収めるほどの大王国を気づいてやろう」

「……流石です、王子……いえ、国王とお呼びした方がよろしいですかな?」

「ふふふ、気が早いぞソノトー。まだあの大食い聖女を追い出しただけだ、戴冠式も済んでいない」

「はははは、それは失礼しました王子」


 二人はお互いに笑い合った。

 父王と元々折り合いの悪かったマルドリッヒは今回の竜退治で父が戦死したことを最高の結果と捉えていた。

 

 また、父王を戦死させた罪で聖女を断罪することも考えたが、あんな丸っこいブタのような女でありながら人々にとっては素晴らしい癒やし手であることは間違いない。

 

 不愉快ながらその件で彼女を断罪してはこちらの名声が落ちてしまう。

 彼女は国境から外国に追放されたように偽装し、その道中で側近の部下に殺害させるつもりだった。


 しかし聖女エリシアは生きている。

 南東でおきた鉄砲水が、彼らの運命を変えてしまった。

 

 今晩のエリシアの追放劇が今後どのような事態を引き起こすのか、まだこの二人は知らない。

 もちろん、エリシアも……。



◆◆◆



 中央王国の南東の外れ、隣国との国境沿いで鉄砲水が発生した。

 運悪く土砂崩れに巻き込まれた馬車と数名の護衛騎士達。


 その中にはもちろん、爆食い聖女やブタ聖女の通り名で呼ばれていた聖女エリシアもいた。

 彼女は消費した魔力のかわりに要求されるカロリーによって空腹状態になり、ガリガリに痩せ始めていた。


(ああ、私、ここで死ぬのかな?)


 エリシアは冷たい金属の足かせにつながれて、土に埋もれた馬車の中、滴る泥水をすすって生命を繋いでいた。

 空腹と寒さにおびえながらも自らの体がどんどん干からびていくのを感じていた。


(思えば、ろくな人生じゃなかったな……)


 聖女エリシアは自分の人生を振り返る。

 子供の頃、村で母親がケガをしたとき痛そうでたまらなかった。

 

 膝から沢山の血が出て、ポタポタと流れて。

 母親の苦痛にゆがんだ顔がたまらなく可愛そうで思わず手で母親の膝から流れる血をとどめようとした。

 

 そして自分の手から光が漏れ出し、母親の膝を包み込んだ。

 光が収まったとき、母親のケガは綺麗さっぱりなくなっていたのだった。

 

 エリシアの中に聖女の力があるとわかると、すぐさま噂は王都まで届き彼女は一代限りの子爵として王都に招集された。

 大好きな母親と別れさせられ悲しみに暮れているとき、マルドリッヒ王子を紹介された。

 初めて見る王族に緊張し、ふるふると震えながら頭を下げたのを覚えている。


「あぢめまちて! エリちア・フあスちオンでしゅ!」


 そう言って頭を下げ続け、しばらく反応をまったが何も返答はなかった。

 不安になってちらりと上を見ると冷めた顔のマルドリッヒと目が合った。


「こいつがオレの嫁になる女なのか」


 そういうとマルドリッヒ王子はとてとてとこちらにやってきて、不服そうに片眉をあげた。


「田舎くさい奴だなぁ、お前自分の幸運がわかっているのかぁ?」

「はい! おーじさまのおよめさんになれてうれしいです!」

「……ま、きちんと教育を受けてそれなりになってくれよ? でないと王族のコケンに関わるからな!」

「あい!」


 少しの思いやりもないマルドリッヒ王子の言葉だったが、エリシアは緊張のため傷つく暇すらなかった。

 その後、聖女としての力がカロリーの消費を対価にして発動すると判明し、エリシアはぶくぶくと太らされた。

 こうしてまるまると太ったブタのような聖女が誕生したのである。

 

 そして家臣からも王族からもブタやらデブやらと呼ばれ続けた。

 特に戦場にかり出されるときは度重なる治癒の奇跡の発動のために、常に食パンやら肉やらを口に突っ込み続け、ドスドスと戦場を駆け回った。

 その姿は衆目にさらされ、実際に癒やされた兵士以外の物笑いの種だった。


「思えばろくな人生じゃなかったな……」


 エリシアは自信の記憶を思い返す。

 流行病で母は死に、戦場での功績で爵位があがり子爵になっても一番喜んで欲しい人の顔は見られなくなった。

 父もエリシアが物心つく頃には山の崩落事故で死亡しており、彼女は天涯孤独の身だったのだ。


 村の平民が一気に子爵へ。

 それだけを効くとシンデレラストーリーのように思えるが現実は違う。

 

 常に癒やしの力を求められる彼女は太り続けなければならず、起きている時は常に食事をする時間であり、癒やしの力の使いすぎで疲労はたまり続け身だしなみに気をつける時間もない。

 次第に食事の喜びも失い今や食べて癒やすだけの機械だった。

 

「もう辞めろよこんな生活」

 

 こげ茶の髪の男の子がそう私に話しかけてきたことがある。

 名乗らなかったが風の噂で聞いたことがある。

 小さい頃から国王と反発している第二王子だろう。

 

 兄のマルドリッヒ王子とはまったく違う雰囲気の少年で、プリプリと私以上にエリシアの境遇に怒ってくれていた。

 

(そういえば、あの第二王子は、12の頃になると国を出ていってしまったと聞いたっけ)


 エリシアは瀕死の体が修復していく熱を感じながらぼぉっと過去を思い出す。


(はたして本当に出奔したのか、それとも追放だったのか……話したことは少なかったけど、一番私を心配してくれたのは、あの城であの第二王子だけだったな……)

 

 エリシアは記憶をたどりながら痛みに耐える。

 王城で強制的な食事と治癒魔法の訓練を重ねられてからというものエリシアの感情は死んでいき、今のような食事をするか癒やすか寝るかの廃人のような聖女が誕生したのである。


「幸せになれなくてごめんね、お母さん……」

 

 エリシアがそういって目を閉じた。

 痛みはなかった。

 土砂崩れによって回転した馬車の中で彼女は諦めた。

 

 何度も骨折と打ち身を繰り返した体も、癒やしの力で治っていく。

 それは彼女に訪れる残酷な運命を先延ばしにしたに過ぎなかった。

 

 足かせや手錠は外れないかぎり、彼女はこの馬車の中で朽ちる運命だったからだ。

 

 だが、ここで思わぬ事が起きた。

 都合の良いことに、彼女の痩せ細った手足から手錠や足かせがするりと抜けたのだ。

 

 治癒の力で生き延びたことによって消費したカロリー。

 そのため痩せてしまった自分の足首からするすると足かせ落ちていく。


 そしてエリシアが「あ」と言うが早いか、足かせはそのまま馬車の床に落ちた。

 その重たい金属音をはまるで運命の始まりを告げる鐘の音のようだった。

 

「え? えっ? どうして?」


 自らの癒やしの力が求める対価を払っていった結果、彼女のまるまるとした体型はシュルシュルと縮む。

 彼女の観ている目の前であれだけぷっくりと丸みを帯びていた手はすっと弓なりに反って綺麗な曲線を描いた。

 

 痩せた自分の体は信じられないほど身軽だった。

 体の感覚に戸惑いながらも、恐る恐る馬車の出口に歩むと軽く押してみる。


 だが、外から何かが押しつけているような感覚があり、より強く押してみると隙間から土が漏れてきた。


 どうやら馬車は横転して土砂の中らしい。

 それでも押せば土くれが動くのを感じ、より強く踏ん張って押してみる。


「ふんぎ、ぎっぎぎぎぎぎ、うううううっ、えいっ!」


 再び精一杯扉を押す。

 するとガコンと大きな音がして大量の土砂が馬車の屋根から流れてくる。

 

 エリシアは土砂に金髪を茶色に染めながらもなんとか外に出る。

 すると周囲は夜闇に包まれていた。

 周りはひどく荒れており土の中に金属のプレートや馬の足が見え隠れしている。

 とてつもない土砂の力に押しつぶされたのかプレートメイルの凹んだ騎士が一人倒れていた。

 

 エリシアは騎士達の死骸に目をつむって冥福を祈りそのままそこを離れた。

 

 彼女が冥福を祈ったその騎士達こそが彼女の命を奪おうとしていたとのだ。

 だが彼女はそんなことは夢にも思わなかった。


 彼女はかけた。

 以前、戦場を走り回るときよりも遙かに軽やかな歩みで。

 エリシアはその夜はじめて自由に野を駆けた。

 

 雨雲のすぎた月明かりの下、冷たく湿った泥が彼女の足を凍てつかせるが、それでも彼女はわくわくとしていた。

 子供の頃に戻ったようだった。


 心を閉ざさなければならなくなったすべてから解放された。


「あはははは……」

 

 彼女はぎこちなく笑う。

 それでも星々のきらめきを閉じ込めたようなその青い瞳は、今や満天星空のごとく輝いていた。

 彼女自身も理由も分からず流れる涙をそのままにした。


(そうだ、流れたければ流れろ、走りたいなら走れ、私は今……自由なんだ)


 エリシアは幼い頃の記憶を頼りに野山をかけ雨風そしのぎ癒やしの力による空腹を癒やすために木の実や可食の植物を見つけては口に入れた。

 彼女はどんどんと南下している。

 とっくの昔に中央王国の国境に近づいているとも知らず。 



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