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一章 第九話 星降る夜に


(ゴーンゴーン……)


 放課後の学校に鐘の()が鳴り響く。

 帰路に着く生徒たちの賑やかな足音もまばらとなり、いつしか静寂が訪れた。

 雑踏が消えた校内のとある礼拝堂、エルはそのカウチに腰かけていた。


「……ゼロ=ノーベルか。面白い奴だ、この俺にあんなことを言う奴がいるとはな。なるほど、トウカが気にかける訳だ。だが、ノーベルって……」


 眼前の聖像が静かに微笑んでいるように見えた。


「……いや、まさかな……」


(ギギ──ッ)


 重い扉の隙間から突如として一筋の光が差してきた。

 それと同時に白い冷気が聖堂内に立ち込める。

 木目の床板(とこいた)を打つ足音が近づくに連れ気温が下がり、白い肌を震わせた。

 振り返るまでもない、エルはその人物を知っていた。


「なんで南部になんて行ったんだ? 何もないだろ、あそこには」

「お前から話しかけてくるなんて珍しいな? アトラ」

「質問を()らすな、エル」

「なに、少し興味が湧いただけだ……」


 エルは立ち上がると、そのまま光差す扉の方へと歩きだした。

 その後ろ姿をアトラはただ眺めていた。



 ※CHANGE



 南部六番街の端に位置する酒場、≪グリーンハット≫。

 ルネアはゼロが帰省するため、今日は早めに店を閉めるつもりでいた。

 のはずだったのだが……。閉店間際、ふと入口の(ベル)()が鳴った。


(カランッ)


「すみません、今日は早く店を閉めるつもりでして……」


 そうディアが伝えると。


「ここが奴の主屋(おもや)か……」

「あの……、あなたは?」

「失礼、名乗るのが遅れた。俺はラビ、訳あってゼロの面倒を少しの間見ることになったんだ。伝え忘れた事があった故、こうして直接伺ったのだが、まだ留守だったか?」

「ごめんなさい、弟はまだ帰ってなくて……。伝言であれば、私が預かりますが……」

「いや、間が悪かったようだ。また出直すとしよう」


 ラビが店を後にしようとすると、奥からルネアが顔を出した。


「……あら、イケメン。ディア、あなたの彼氏?」

「ちょっ……!? 母さん!?」

「わざわざご足労ありがとうございます。さあどうぞ、こちらへ。今なにか用意しますね!」


 いつになく上機嫌なルネア。

 母さんはこの手の話が大好きなのだ。


「違うってば、母さん!! この人は!! ゼロに用があって来たの!!」

「あら、残念。そうだったのね。学校の先生かしら?」

「いや、どちらかと言えば師匠と言ったところで……」

「まあ! お師匠さんでしたか。でしたらそちらに掛けて少々お待ち下さいな。あの子ならもうじき帰って来ますから」

「……では、お言葉に甘えて」


 ラビはルネアの大胆不敵な接客に押され、その場でゼロの帰りを待つことにした。

 椅子に腰かけ、静かに店内を見渡してみる。

 棚上(たなあげ)に綺麗に陳列された酒のボトルと水滴一つない磨かれたグラス、年季の入ったイスやテーブルの様相から長年愛されている老舗(しにせ)だということがひと目で分かった。


「何かお好きなお酒などありますか? そうでなければ、別のものを用意しますが……」

「では……、そこのブランデーを」

「承知しました。すぐに用意しますね」


 酒は種類によって、風味を引き出す注ぎ方がそれぞれ異なるとされている。

 特にブランデーやウイスキーのように度数の高いものは、大量の氷をグラスに入れ、水で割るのが一般的だ。

 冷えたグラスを素早くステアすることで、香りと味を引き立たせる。

 ルネアの慣れた手つきに関心していると、まもなく注文の品が出てきた。


「どうぞ……」


 懐かしい味がする。思い返せば最近は故郷に帰っていなかった。

 郷愁(きょうしゅう)の味にラビはゆっくりと喉を潤わせた。


「それで、どうですか……? あの子は上手くやれてるでしょうか?」

「教師ではないのでそれは何とも。それに、今日弟子に取ったばかりですし……」

「今日ですか!? それはまた……」


 ルネアは驚いた表情を見せると、今度は顔を曇らせた。

 ゼロが慣れない環境になじめているのか、内心不安だったのだ。


「あの子は強いですし、周りの人達からもよく好かれます。ですからあまり心配はしていないのですが……。少し背負いすぎてしまう癖があるようなので、宜しければ気にかけていただけると幸いです……」

「……ここはいい店だな」

「……?」

「心配は無用だ。俺が何かするまでもない」


 しばらくルネアと談笑していると店の扉が開く音がした。

 どうやらゼロが帰ったらしい。


「ただいまー」

「お帰り、ゼロ。当然だけど、アンタにお客さんが来てるわよ」

「俺に?」


 ゼロがカウンターの方を見ると、そこには先程別れたはずの師匠の姿があった。


「おっさん!? なんで!?」

「お兄さんと呼べと言っただろう。何度言わせる。……ん、どうした? 何か浮かない顔をしているな」

「ああ、実は……」



 ※CHANGE



「ええ──!!? 王族がこの街に!? しかもこの国の第二王子って!!」


 ディアは驚嘆と悲鳴が混じったような声をあげると、ゼロの胸ぐらを勢いよく掴み、前後に激しく揺らし始めた。


「アンタ、何も変なことしでかしてないでしょうね!? ……全く、目を離すとすぐに厄介事に巻き込まれるんだから!! その様子だと命がいくらあっても足りないわよ!?」

「分かってるよ!! 大丈夫だって!!」


(たぶん……)


 ゼロは口が裂けても無礼を働いたとは言えなかった。

 だがどうせ先の騒動は街の住民たちにより、やがては二人の耳にも入るだろう。

 幸い、明日には学校に戻ることになっている。面倒事になる前にここはお暇させてもらおう。

 そう思ったゼロであった。

 


「てか、なんでおっさんがいるんだ? もしかしてディア姉に惚れたとか?」

「アンタ母さんと似たような事言うわね。そんなに言うなら、お姉ちゃんの大切さを今一度理解できるよう……、一緒にお風呂入ったげる!!」


(げっ!?)


 ディアがゼロを追いかけ回す。ルネアはそれを見てクスクスと笑っていた。

 ゼロはその魔の手を避けながら、ラビの話に耳を傾ける。


「先程伝え忘れたことがあってな。最早(さいそう)明日から修業に取り掛かるぞ。明朝(みょうちょう)五時に起きておけ」


(……え、学校は? てか、早めに寝ないとじゃん!?)


 ……結局、ラビも晩餐を共にすることになり、四人で談笑していると寝るのは存外遅くなってしまった。



 ※CHANGE



 昨晩ルネアに寝泊まりするよう催促されたラビであったが、流石にそれは(はばか)られたので、一度帰宅することにした。

 にしてもいつぶりだろうか。二日酔いのせいか、(いま)だ頭が()けている。

 自分がこの面持ちでは、ゼロは十中八九起きていないだろう。


「仕方がない、目が覚めるようあれ(・・)をやるか……」


(────ヒュオオオ!!)


(ムニャムニャ……。なんか涼しいな、でも……、妙に風を感じるような)


「はっ!?」


 それは彼方(かなた)空の上。

 目が覚めると、ゼロは自分が急激に降下していることに気が付いた。

 蒼の空から(へき)の原を振り返る。


(受け身だ、とりあえず受け身を!! 魔力を脚に集中させろ!!)


 間一髪、ゼロはなんとか着地に成功した。

 一方ラビは、すでに地に足をつけていた。


(ほう……、昨日言われた事を早速やってのけたか。身のこなしも申し分ない。存外魔術の才も悪くないな。いや、当然といえば当然だが……)


「死ぬとこだったじゃねーか!!? ……てか、ここどこだ? おっさん」


 そこは見渡す限りの草原で広がっていた。


「王都からかなり(はず)れた郊外だ。修業には最適だと思ってな」

「学校はどうすんだよ?」

「問題ない。今朝お前を迎えに行く前にトウカに休暇申請を出しておいた」

「おっさん、司令と知り合いだったんだな」

「まあな……」


 ──遡ること数分前。司令室。


「う……、そのまま眠ってしまったか……」


 昨日も徹夜だったのか、トウカは来客用のソファの上で目を覚ました。

 マリーが中央にある机の上で事務処理に(いそし)しんでいるのがぼんやりと眼に映る。

 重い(まぶた)を持ち上げ視線を落とすと、一枚の紙切れがテーブルの上に置かれていることに気が付いた。


 ──俺、しばらく休みます ゼロより──


「マリーちゃん、何これ……?」

「ゼロくんからですよ、司令」

「これは……。ロゼリア先生、後で何て言うだろうね……」



 ※CHANGE



 ラビから伝えられたことは、主に二つ。

 一つ目は≪魔術戦線≫が開催されるまでの約三週間は、この辺り一面山と草木しか見えない場所で自給自足の生活を送ること。

 そしてもう一つは、一日に一度この場所に戻ってくる自分と手合わせをすることであった。

 魔術に関する質問はその時にしろとのことらしい。

 ほとんど古代ギリシア時代のスパルタ人と同じ考え方である。

 だが、弱音を吐いてる場合ではない。強くなるために今は少しでも時間が惜しい。

 それに、やるべき事はすでに預かった。


 ──ゼロは言われた事を思い返しながら、一人修業に明け暮れる。

 

「やはり()ずは魔力のコントロールからだな。先刻も言ったことだが、魔力を意識して扱うのとそうでないのとでは歴然の差がある。常に体の内側で魔力を感じ続けろ。魔力にお前という人間を理解(わか)らせるんだ。実力はそれから付いてくる。お前の持つ固有の魔術云々(うんぬん)の話はその後だ……」


 それと、もう一つ伝えられていた事が……。


「ここには多くの魔獣が昼夜問わず湧いて出る。お前にはそいつらと戦い、倒してもらう。俺はこう見えても忙しい身でな、悪いが助けには来れん。だからまあ……、死ぬ気でやれ。強くなりたいのであればな……」


 野獣の肉で腹を満たし、荒ぶる魔獣を打ち倒し、夕刻にはラビの容赦ない指導が待っている。

 修業が終わると一日の汚れを滝水で洗い流し、広大な草原の上に横たわる毎日。

 そんな極限生活の中で、ゼロには一つ気づいたことがあった。

 どうやら自分は一つの技しか使えないらしい。

 ≪貫通剣(ペネトレイト)≫。魔力を収束し、斬撃として飛ばす技だ。

 正確には、自分の魔術にあった最適な技がこれしかないと言った方が正しいだろう。

 リンのように自由自在に魔術を操れる訳ではないし、ライトのように圧倒的な魔術の才がある訳でもない。

 だが、悲観することはない。

 ≪貫通剣(ペネトレイト)≫は強力な技だ。大型の魔獣にも十二分に通用する。


 ──見つけるんだ。自分にあった技の型、戦闘のスタイルを。

 技が一つしか使えないのであれば、その一つを極限まで極めればいい……。


 ── 魔術戦線開催の前日 ──


「どうだった、この三週間? 俺から一本取る準備はできたか?」

「ああ、今なら何でもやれる気がする。実感したよ、確かに(かなめ)にあるのは魔力だった。どんだけすごい魔術を持っていようと、それを制御できなきゃ意味はない。最終日、俺の持てる全てをぶつけて、アンタから一本取ってみせる!!」

「そうか……。では、最後は俺も真剣を取ろう。答え合わせと行こうか!!」


(ドオオ──ン!!)



 ※CHANGE



「いや──!! 結局一本もとれなかった──!! おっさん、俺ってば魔術のセンスない?」

「いや、よくやったさ。今日対峙した時から気づいてはいたが、強くなったな、ゼロ……」


 ラビは頬の切り傷を抑えながら話した。

 星降る夜空の(もと)(ほむら)に移る二つの影が草木に揺れていた。

 修業の最終日、ラビはゼロと夕食を取りながら少し話すことにした。


「何か聞きたいことはあるか? 特別に、なんでも一つだけ答えてやる」

「お、いいのか? じゃあ……」


 ゼロはラビと過ごしたこの三週間をとても短く感じていた。

 無論、一日に一度手合わせの際にのみ会っていたというのもあるが、何よりそれはゼロ自身が修業にのめり込んでいたからである。

 魔獣に殺されかけたこともあったし、何度もラビに打ちのめされた。

 それでも、強くなるために多くのアドバイスを授けてくれた。

 トウカとはまた違う、不器用なれど愛がある人柄。

 ゼロにとってラビは、初めて心から(した)える師匠だった。

 

「おっさんの夢は?」


 その問いにラビは一瞬驚きの表情を見せた。そこに(にじ)むためらいの余地。

 されど男は語り始めた……。

 

「……そうだな、俺には昔親友がいたんだ。あの頃の俺は子どもでな、性格も今とは真反対だった。後先考えずに行動を起こす。もしかすると今のお前に近いかもしれない。そんな危なっかしい俺を(さと)してくれた奴がいたんだが、俺はそれを(かたく)なに聞き入れようとしなかった。ある日、俺が捕らわれた同胞を助けるために一人で敵地に潜り込むと言ったら口論になった。そんなのは無謀だからやめておけってな。本当にその通りだったよ。結局、そいつも俺と一緒に来たんだが、死んでしまった。俺の目の前でな。後悔した。悲嘆にくれた。絶望した。自分はこんなにも無力だったのかって。その日、俺は全てを失った。救うはずだった同胞の命も何一つとして助けることは出来なかった。だから、その時誓ったんだ。俺は俺の愛した者が幸せになれる世界を創る。そのためなら妥協もしないし、容赦もしない。残忍になれるのは、信念がある者だけだ……」

「おっさんの過去の話? 難しくて俺にはさっぱり……」

「はは……、そうだな。こんな暗い話をするべきではなかった。ただの昔話だ。忘れてくれ」

「まあでも、おっさんにもあるんだな。夢! それだけは分かったよ!」

「……ところで、お前の夢はなんだ?」

「俺か? 俺はな……」



 ※CHANGE



「うお!! おっさん、あれ!! 流れ星だ!!」

「たまにはこういう場所に来るのも良いものだな。綺麗だ……」

「知ってるか? あれが見えてる時に願いを託すと本当に叶うんだってさ!! 何願おうかな?」

「無論知っている、ただの迷信だろうがな……。願いは自分で叶えるものだ」

「ちっ、つまんねーの。……お! そろそろ次が来そうだ!」


 星月夜に駆ける流星が一筋。

 二人が何を願ったのかは知る由もない。




 

 


 


 


 


 




読んで下さりありがとうございました。

いいねやブックマーク是非よろしくお願いします!!


── 本話のおまけ ──


 今回からこう言った形で作中で登場した難しい言葉や事柄を少し解説しようと思います!

所詮はおまけなので読んでくれなくても結構です。興味のある方だけでも読んでみて下さい。


 文章中に登場した古代ギリシア時代の「スパルタ人」。彼らは一体何者なのでしょうか。そもそも古代ギリシア時代って紀元前の話なんですよね。つまり相当前ってことです。紀元前12世紀にドーリア人とかいう民族がギリシアの地に侵入したことで文明が築かれていきました。そして紀元前8世紀になると都市ポリスというものが形成されます。このポリスで有名なのが皆さんもご存じアテネです。スパルタもポリスの一つであり、その都市内の人達をスパルタ人と呼称します。よくスパルタ教育という言葉を耳にしますが、これは古代ギリシアが由来だったのですね。ではなんでそんな言葉が生まれたのか。それはスパルタ人の慣習にあります。一説によれば、スパルタ人の少年は七歳になると、ポケットナイフのような武器を手渡され、森の中に放り込まれるそうです。目的は生存競争を生き抜くために多くの技術や体力を身に着けることにありました。スパルタ人の男性には戦争に耐えうるため強靭な肉体と強さが求められたのです。ちなみに僕は貧弱なので絶対に嫌ですね。


 どうだったでしょうか。実は僕大学では歴史学科に所属しているので、世界史には人並みに詳しいつもりです。この作品、結構世界史の内容から取っていたりするので、着眼点を変えてみても面白いかもです。これからも作家活動頑張りますので、『Change』《チェンジ》をよろしくお願いします!!

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