一章 第八話 邂逅
遂に第一章スタートです!!
それではお楽しみ下さい!!
── 第一章 魔術戦線 ──
ゼロたちが初任務から帰還した後日、トウカは改めて報告書に目を通していた。
結果的に鉱山の作業員たちは≪ケルベロス≫という魔獣により、帰らぬ人となってしまった。
加えて結界を構築した術師当人の行方もいまだ掴めていない。
結界内にいなかったとすると、その術師は必然的に外側から結界を張ったことになる。
そんな荒技ができるのは……。
トウカは物思いに耽っていた。
「長ツバ帽子の男はいいとして、結界を張ったのはやはり……」
窓の外の空を眺める。
彼には一つ、野望があった。
「和国はすでに落とされてるし、ここもじきに危ないかもね。……だとしても、計画は円滑に進めてみせる。決戦はその後だ……」
瞼を閉じて、また見開く。
「来てみろ、アンネ。次こそお前たちを根絶やしにしてやる……」
※CHANGE
草木が風になびいている。
広大な草原の上に少年は一人佇んでいた。
予期せず高難易度の任務を引き受けることになったゼロの所属するパーティーは、学校から数日間の休暇を言い渡されたのであった。
それと同時に、身体に異常がないか今一度病棟で診察を受けるよう要請されたのだが、報告書で重症を負ったとされたゼロへの問診は特に長かった。
流石は超名門校、アフターケアも一流なのだ。
おまけにこの学校の看護婦たちは杞憂であり、治療に関して一切の妥協をしない。
軽い切り傷すらも見落とさず、治るまでは絶対に返してくれないのだ。
ついには患者が逃げぬよう拘束具まで取り出す始末。
そんな過保護すぎる対応に嫌気がさしたゼロは、隙を見て学校から抜け出していた。
南部に下り、酒場にいるルネアとディアに顔を出してから、今ここに至るという訳である。
──ちなみに二人に報酬の金貨を渡すと、驚きで口をつぐんでいた。
仲間を守ることが出来なかった不甲斐なさから、強くなるため、ゼロは修業に取り組むことにした。
周りに迷惑が掛からぬよう、こうして何もない郊外の野原に来たのである。
下手なプライドは捨て、一度はあの金髪に修業を頼んでみたのだが……。
「……悪いね、ゼロ。実は僕、他のパーティーからも助っ人を頼まれているんだ。でも心配はいらない、きっといい出会いがあるさ」
……とのこと。
他のパーティーとは魔術学校の生徒で構成される仮初のそれではない。
正真正銘、王都公認の魔術師で構成される正式なパーティーのことである。
あの強さだ。納得はできるのだが、こういう時に限って役に立たないのかとゼロは思った。
だが、無理ならば仕方がない。もっと強くならなければ。
先日話に聞いた≪魔術戦線≫とやらのためにも。
とは言っても話はそう単純でない。
今までのように単に体を鍛えるのではなく、魔術の側面を伸ばさないといけなかった。
一連の騒動で自分の魔術はある程度理解したつもりである。
大気中にある魔力の残滓、≪粒気≫とやらを自身の魔力に変換し、斬撃として発散する。
だが本当に理解できているのだろうか。ゼロは半信半疑でいた。
困ったことに二人のように、己の魔術には水や光と言った具体性がない。
そのため、ゼロは魔術を伸ばすと言っても具体的に何をすればいいのか分からずにいた。
「まずは自分の魔力の流れを読む……か」
ライトが言っていた。
己の魔力を感じ取ることが、強くなるための第一歩なのだと。
とりあえず岩の上に座って瞑想してみることにした。
──すると。
「魔力の流れにムラがあるな」
「そうなんだよ。まだよく掴めねー……って!?」
ゼロが慌てて後ろを振り返ると、そこには男が一人佇んでいた。
年齢は自分よりもだいぶ上、三十代半ばくらいだろうか。
裾の長い白のローブを羽織っている。
薄っすらと顎髭を生やし、黒髪を後ろで束ねた色気のある男だった。
「誰だ、アンタ!? いつの間にそこに……」
ゼロは自分では気配に敏感な方だと自負していた。
酒場でルネアたちの手伝いをしていた時も、床下をはい回るネズミの気配すら逃したことはなかった。
それが、こうも容易く背後を取られるとは……。
ただ者ではない、ゼロは直感的にそう思った。
「ほら、構えろ。少し見てやる」
そう言って男は、腰部に携えていた剣を一振りこちらに投げてきた。
それはなんの変哲もないただの鉄剣だった。
一方男は、ちょうど足元に落ちていた木の枝を拾い上げる。
「冗談だろ、おっさん? 怪我しても知らないぜ」
「お前程度これで事足りる。いいから来てみろ。それとおっさんではない、せめてお兄さんと呼べ」
舐められたものだとゼロは思った。
魔術師見習いとはいえ、身体能力には自信がある。
それに加え、最近任務で修羅場をくぐり抜けてきたばかりだ。
あんな木の枝が鉄の刃に対応できるわけがない。
ゼロは軽く勢いをつけると、剣を引き抜き踏み出した。
光沢ある鉄の刃先と平凡な木片が衝突する。
(────キンッ)
「……嘘だろ」
ゼロは地に両手をついた。気づけば自分の剣は真っ二つに折れている。
それに比べ、男の握る木の枝には傷一つついていなかった。
「だから言っただろ? これで十分だと。それより、今ので何か気づいた事はあるか?」
一瞬の出来事だ。何かを感じ取る余裕などなかった。
……でも、刃と枝が衝突した時のあの押し出されたような感覚は……。
「そうか! 魔力!」
「そうだ。魔力で強化できるのは何も身体だけではない。武器や道具、あらゆるものを強化できる。魔道具があるだろ? あれは魔力を事前に補充して、必要な状況において使えるように改良されたものだ」
「なるほどな。リンの箒はそういう仕組みだったのか」
「お前は無意識のうちに魔力で体を強化しているようだが、意識するだけで全然違う。早く動きたければ脚に、武器を強く振るいたければ腕に、それぞれ魔力を集中させてみろ。きっと今までの漠然としたイメージの中で魔力を練るのとでは、歴然とした差が生まれる」
的確な説明。そしてとても明快だ。
ゼロは自分でも驚いていた。勉強嫌いのはずが食い入るように聞いていた。
この人しかいない、ゼロはダメもとで尋ねてみることにした。
「なあ、おっさん……。俺を弟子にしてくれないか!?」
「ああ、分かった。三週間後に≪魔術戦線≫とやらがあるのだろう? それまでお前を見てやろう」
その男はえらくあっさりと了承した。
何か試練的なものを与えられるのかと思ったが、どうもそんなことはないらしい。
その淡泊とした返事に流石のゼロも困惑した。
「そうは言っても、時間は中々にない。少し無理を強いるが、ついてこれるか?」
「当たり前だ、音を上げてる暇なんて俺にはない。この前の任務で実感したんだ、俺がもっと強かったらって……。そうじゃなきゃ、誰一人救えない……」
「……そうか」
男はその言葉に頷くと、何故か目を逸らした。
瞳孔内の光は消え、黒く淀んでいるように見える。
「そう言えばおっさん、名前は?」
「今はラビで通している。後おっさんではなくお兄さんと呼べ……」
※CHANGE
「分かってはいたけど、魔術って難しいんだな……。頭と体両方使わなきゃなんねーし、おっさんも見かけによらずスパルタだったし。……まあ、それは承知してたけど」
ラビに修行をつけてもらった後、ゼロはルネアにおつかいを頼まれていたので、帰りに六番街の大通りに寄ることにした。
ここも大分修復が進んでいるようだ。人々の活気も徐々に戻りつつある。
ゼロはディアを助けるためとはいえ、街を壊してしまったことを深く反省していた。
だが今はその様子を見て少し安堵している。
「もうこんな時間か、早めに済ませて帰らないとな。どれどれ、メモは……。マジか……」
ポケットをいくらまさぐっても紙切れは出てこない。
どうやらどこかに落としたらしい。
「郊外に落としたのか? ……だとしたら、マズいな」
この前も元はと言えば、自分がおつかいに失敗したせいでディアがあんな目にあったのだ。
もうミスは許されないと、ゼロが慌てふためいていると……。
なにやら周囲が騒がしいことに気づいた。この時期、お祭りなどはなかったはずだが。
「なんでこんな場所にあのお方が……」
「おい、いいから皆面下げろ! 殺されるぞ!」
「第二王子のお通りだ!」
街の人々が瞬く間に道の端にずれ、大通りの中央を歩く少年に全員が平伏した。
それは老若男女に関わらず、子どもでさえ例外でない。
群衆が頭を垂れたおかげで、ゼロが覗き込む必要はなくなった。
大通りには現在、二人だけが地に足をついている。そしてまもなく相対した。
「ゼロ!! お前も早く面下げろ!! 殺されんぞ!!」
「ゼロちゃん、早くこっちに!!」
しかし、ゼロは周りの助言に耳を貸さなかった。命知らずもいいところである。
コイツが通るだけで人が捌けた。なんかムカつく。
いやそれよりも……、ゼロは道の端に視線を向けた。
「……お前が、ゼロ=ノーベルか?」
声をかけてきたのは、自分と同じくらいの年の少年。
白金色の髪に鷲のような鋭い眼光を持ち、上等なシャツに身を包んでいる。
今までに経験したいずれとも違う、異質の威圧感を放っていた。
「初対面だろ? そっちから名乗るのが礼儀じゃないのか?」
ゼロの無礼極まりない受け答えに周りの群衆は冷や汗が止まらない。
「……失礼、俺の名はエル=A=バルデン、この国の第二王子だ。これでいいか?」
「ああ、それでなんか用かよ? そもそもなんで王子様が一市民の俺のことなんて知ってんだ?」
「お前、知らないのか……? いまや学舎ではお前のパーティーの話題で持ちきりだ。Aランク相当の任務を一年生がこなしたとな。……それに、お前はこの六番街の騒ぎの張本人、俺が知らない方がおかしいだろう」
(コイツも魔術学校の……。しかもバルデンって、リンが言ってたこの国をまとめ上げてる王族じゃん!?)
馬鹿な真似をしている事は自分でもよく分かっている。今からでも反芻すべきだ。
しかし、ゼロの横目にはさっきから幼い少女の姿が映っていた。
父親に無理やり頭を押さえつけられ、苦しそうにしている。
小さなその足はすでにほつれかけていた。
──王族が来たらこんな事を強制させられるのか?
──あんな幼い少女までも?
この際下民かどうかなんて関係ない。
ゼロは思いの丈をそのまま述べることにした。
「……第二王子? 人から恐れられて何が王子だよ? 上に立つ者は下の者の気持ちを汲み取るんだろ? バカな俺でも知ってるぜ。聞かせてくれよ、この現状がお前にはどう映ってるんだ……?」
その言葉に八百屋の老婆が失神した。
エルはゼロの視線が自分に向けられていないことに気づくと、周囲を見て悟った。
「すまない……、こんな大事にするつもりはなかったんだ。そこの親子、どうか頭を上げてください。そしてここにいる皆様も。騒ぎを起こし、申し訳ない」
恐る恐るゆっくりと立ち上がる少女にゼロは歯に噛んで見せた。
群衆に動揺が走る。
無理もない、王族がこの国で最底辺の身分の者たちに陳謝しているのだ。
群衆は状況を鑑みて一人、また一人とやがてその場を後にした。
「ああ、そうだった……」
(ヒラリ)
エルは紙切れを一枚取り出すと、自身の前に舞うように投げた。
中指と親指を擦り合わせる。
(パチンッ)
すると、ひらひらと舞い落ちる紙切れに短剣が刺さり、そのままゼロめがけて飛んできた。
……やはり、こうなるか。ゼロが剣の柄に手をかけると。
短剣は地面に勢いよく突き刺さった。
よく見ると、それは落としたはずのおつかいのメモ用紙だった。
「落とし物だ。今日は君に会えてよかった、また学校で会おう。……それと、もう少し発言には気を付けたほうがいい。俺でなかったら打ち首だ」
そう言って、王子と名乗るその少年は去っていった。
全身の強張った力が一気に抜け落ちるのが分かる。
全く、王族と関わるのはもうこれっきりにしてほしいものだ……。
故意ではないが、また王族に無礼を働いてしまった。
学校に戻ったらリンになんて言われることやら。想像しただけで耳が痛い。
「そう言えば、結局何しに来たんだ? アイツ……」
かけがえのない二つの出会い。
しかも後者は王族で王子だ。この前に引き続き、何か王族と縁でもあるのだろうか。
運が良いのか、悪いのか、よく分からないゼロであった。
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