序章 第五話 鉱山遠征(2)
(オオ────ン!!)
鉱山内に獣の遠吠えが木霊する。
その場には、幼子と黒狼が三頭。周囲には死体が跋扈していた。
「くふふ……、いい場所だな、安心するなあ。人が居なくて愉快だなあ。まあ、みんな僕様が殺しちゃったんだけどね、くふふ……。ほーら君たち、餌の時間だよ」
肉が裂け、頭蓋骨の割れる音が何処かしこに鳴り響いた。
血肉を貪るその姿を見て、幼子は不適な笑みを浮かべる。
「ターンと食べてね。僕様の芸術のために……」
(──シュルルルル)
次の瞬間、三頭の黒狼は幼子の手のひらの上で凝縮された。
混沌とした黒の球体を、頬で愛らしい玩具のように愛でる。
「……さて、まずは試運転、試運転。今回はどんな魔獣が生まれるかなあ? 楽しみだなあ、待ちきれないなあ、くふふ……」
※CHANGE
≪簡易区≫を発って数時間、パーティーは任務先の集落に到着した。
一行が依頼主である村長の自宅を訪ねると、その娘と思しき女性が出迎えてくれた。居間に案内され、村長と向い合せで三名は腰かけた。
何やらライトは荷車に忘れ物をしたらしい。
全く、初任務だというのに何ををやっているのだろうかあの青年は……。
ゼロが落ち着かない様子で部屋の中を見渡していると、先程の女性が丁寧に紅茶と茶菓子を出してくれた。
注がれた茶を一口、ロゼリアは早速切り出した。
「まずは、情報提供を。詳しい話を伺えますか?」
「分かりました……」
どこか怯えているように見える。老人は弱々しい声で語り始めた。
「この村の男性の多くは、鉱山で働いています。そこで採掘される資源がここの特産品だからです。ですが、一週間ほど前から事態が急変しました。作業員たちが日が暮れても帰還せず、心配して様子を見に行った者たちも消息不明になったのです。私も村長として事の解決に努めねばと思い、鉱山のある洞窟付近まで行くとそこには……、暗がりの中からこちらを凝視する眼が六つ。私は怖くなってすぐに逃げ出しました。それ以降はもうあの場所に行っていません。……ああああ、私もじきにあの怪物に……」
「お父さん……」
よろめく身体を支える娘。老人の顔はすでに蒼白としていた。
「すみません、父はもう話をできる状態にないかと……。宜しければ、他の村人に聞いてみてください。彼らも何か知っているかもしれません」
「いえ、十分参考になりました。ありがとうございます」
ロゼリアが礼を言い、三人は家を後にした。
「あの爺さん、すげー怯えてたけど大丈夫か?」
「人間って不思議よね。恐怖を目の当たりにすると、ああして精神疾患になっちゃうんだから。まあ、魔術師の私には関係ないけど……」
「軽口はそこらへんにしておけ、次をあたるぞ」
次の訪問先は、既婚女性の自宅。
女性の夫もまた数日前に鉱山に働きに出て以来、帰っていないようだ。
気の毒なのは承知だが、話を聞かせてもらえることになった。
──すると、遠くの方から人影が。ライトが何やら妙な格好をして戻って来たではないか。
「……すみません、情報収集をするということで、肝心のアイテムを忘れていました。こういうの一度やってみたかったんですよ」
どうも忘れ物とは探偵用の衣装だったらしい。
「バカだな、お前……」
この先二度とないであろうゼロからの合いの手である。
「よーし、貴様には五ポイントの減点をくれてやる! ……まあ、やる気があるのは良いことか。ここはお前たちに任せよう。私は他を当たってくる。自分たちで考えて行動するのも大事だからな……」
ロゼリアが立ち去ると、ライトは早速訪問先の女性と会話を始めた。
にしてもコイツはコミュ力が高い。容姿がいいからだろうか、さっきまで強張っていた女性の表情も心なしか朗らかに見える。
格好も相まって、まさに『シャーロック・ホームズ』さながらの手際の良さだ。
ゼロはその間、女性の飼っている犬と戯れていた。
リンは呆れながらそれを見ている。
(ワフッワフッ!)
「すみません、あまり緊張感がないみたいで……」
「いいんですよ、その子も元は主人が可愛がっていましたから。きっと久しぶりに遊んでもらえて、嬉しいんだと思います……」
女性の話を聞くうちに、とある事が判明した。
二週間ほど前、明らかにこの村の住民でない者が目撃されたという。
黒装束に身を包んだ子ども。
顔までは見えなかったようだが、鉱山内の事件となんらかの関係があるかもしれない。
ゼロたち三人は女性に挨拶を済ませると、その後ロゼリアと合流した。
「どうだ、何か分かった事はあったか?」
「ええ、思った以上でした……」
集めた情報を列挙してまとめる。
二週間ほど前、この村に黒装束の子どもが現れ、その約一週間後に事件が発生。
この日を境に作業員含め、鉱山に行った住民の何人かが消息を絶った。
つまり、その幼子が来てからこの事件が起きたと見える。
まだ、鉱山内に犯人が潜伏しているかもしれない。
本当に子どもがそんな事をするのかという疑問はあったが、パーティーはそう結論付けた。
「最初からそのつもりではいたが、後は実際に赴く他ないな。これ以上の情報は見込めないだろう。村長の語った六つ眼の怪物の話は、結局耳に入らなかった……」
「そうと、決まれば早速行こうぜ! ちょうど退屈してたところだ!」
今に至るまで、長きに渡る情報収集。ゼロの出番はほとんどなかった。
少年は気晴らしに体を動かしたくて仕方がないのだ。
「いいか、ゼロ。我々の目的はあくまで偵察。危険があればすぐに撤退するからな」
「へいへい、分かってますよ……」
村から鉱山のある洞窟までは少し距離がある。
そのため一行は一度引き返し、馬車で目的地に向かうことにした。今はその道中である。
「ゼロは行くとして、他に偵察へ行きたい奴はいるか?」
「彼が行くのであればもちろん僕もついていきます。……ところで先生、全員で行くのでは?」
ロゼリアの質問にライトが覆いかぶせた。
一方貴族様は、というと……。いかにも待機する気満載の御様子である。
リンは馬車の中で優雅にお茶を嗜んでいた。
「いや、それはダメだ。騎手は残るが、第三者の奇襲に備え、馬車の見張りは必要だろう。王都に帰れなくなったらそれこそ困る。私は教師として同行するとして、残るはリンだが、女子生徒に任せるというのもな……」
……という訳で。
「いってらっしゃーい! 気を付けてね!」
ゼロ、リン、ロゼリアが偵察班。
ライトが馬車の見張り役となった。
※CHANGE
「もー!!こんな辛気臭い場所嫌よ!! 暗いし、なんかジメジメしてるし、私の神々しい気品が損なわれるわ! 今すぐ帰りましょう!」
鉱山内をかき分けるように進む三名であったが、リンはすでに音を上げていた。
当然ここには貴族様が好くきらびやかな物など何一つとして存在しない。
あるのはせいぜい岩壁とコケ植物くらいである。
「我慢しろ。もうじき中心部に出るはずだ」
「先生も貴族街出身ですよね? よくそんな悠々と進めますね」
「教師になる前はそれなりに任務をこなしていた。大半は初級任務だったがな。こういう場所にもよく来たものだ。そのうちお前も慣れるだろう」
(慣れたくないんですけど……)
リンは心の中で断固拒否した。
ちなみにゼロはというと、一人張り切って前を先導している。
根が野生児の少年にとって、こんな場所はなんてことなかった。
むしろ好奇心が勝っている程である。
「ゼロ、光はどっちを指している?」
「右だな、今のところ順調だぞ。たぶん……」
── 数十分前 ──
「そうだ、鉱山内は暗いだろうからこれを。きっと役に立ちます」
『光よ、照らせ』
そう唱えると、リンゴほどの大きさの光の球体が現れた。
この男は魔術まで眩しいのかと、ゼロは思った。
やはり、あの時ひったくり犯に一瞬で追いついたのはそういうこと。
「その光の玉には少し細工を施しました。より強い魔力に引き寄せられるように。犯人がまだいるとすれば、おそらく鉱山の中心部、つまりは作業場です。そこまでのナビゲーターになるでしょう」
(恐ろしいほど器用だな、やはり魔術の才は随一か)
ロゼリアはライトからそれを受け取った。
「了解した。さっきの減点は不問にしてやろう……」
「感謝します」
※CHANGE
光のナビにしたがって、三人は順調に鉱山内を進んでいた。
相変わらずリンはブツブツ言っているが、なんとか遅れずについてきている。
「よし、後は一本道みたいだ。このまま行けば……」
「キャアア────!!」
ゼロがそう伝えた矢先、突如後方から叫び声が聞こえてきた。
リンが腰を抜かしたように地面に座り込んでいる。
その背後には朽ちた剣を持った骸の姿があった。
無防備なリンに向かって刃を振り下ろそうとしたその時……。
(ガシャン!!)
間一髪、ロゼリアの拳がその骨格を砕き割った。
この通り彼らは脆い、だが……。
「先生!?」
「≪スケルトン≫か……(死霊の一種だな)。気をつけろ! こいつらは倒してもすぐに蘇ってくる! 束になられると厄介だ! 全力で突っ切るぞ!!」
しかし、時すでに遅し。気づけば周囲を≪スケルトン≫たちに埋め尽くされていた。
カタカタとした気味の悪い音が、空気を伝って三人の肌を震わせる。
リンは恐怖で言葉も出ない。
どうやら貴族様に亡霊への耐性はなかったようだ。
「(くっ、いつの間に!?)囲まれたか。……ゼロ、お前の技で奴らをまとめて吹き飛ばせるか?」
「多少時間を稼げれば……、でも技は一方向にしか撃てねーぞ?」
「……十分だ。では行くぞ!!」
(ガッシャ──ン!!!!)
ロゼリアは自らの拳に魔力を込めると、≪スケルトン≫の大群に向かって風穴を開けた。
この瞬間、少年はこの先生にはあまり歯向かわない方がいいとを悟った。
あのゴリラパンチは勘弁だ。
骸の雲霞から脱すると、ロゼリアはリンを連れて素早く待避する。
一方ゼロは、すでに剣を引き抜き構えていた。
この鉱山内はなぜか異様に魔力が満ち溢れている。
故に魔力を剣に込めるのに、そう時間はかからなかった。
『粒気収束 百パーセント!! 貫通剣!!』
青白い魔力を帯びた斬撃が≪スケルトン≫たちを貫く。
しかし、その骨格はすでに再生し始めていた。
「今だ!! そのまま突っ走れ!!」
一本道を全力疾走。……すると、作業場と思しき開けた円形の場所に出た。
暗くてよく見えないが、近くの荷台には積まれた鉱石や作業道具が放置されている。
おそらくここが鉱山の中心部、なんとか無事に目的地に到着したようだ。
「……よくやった、ゼロ。上出来だ」
「アンタやればできるじゃない、少しだけ見直したわ」
「おう!!」
村長に精神疾患がどうだとか言っていた貴族様。
さっきまでの怖じ気づいた様子は一体どこにいったのか。
リンはいつもの調子を取り戻していた。
「先生、もう帰りましょうよ。あんなのが出るなんて聞いてません!」
「ここの様子を確認したらな……。あの数は予想外だったが、あくまでこれは任務。あれくらいのハプニングは百も承知だ」
光の球体が広間の中心に明かりを灯す。
鉱山内の全貌が明らかになった途端、三人は絶句した。
──黒の毛並みに、三つの頭を持つ巨獣。
邪悪な牙をむき出しに、それは床についていた。
ギリシャ神話におけるその名を、≪ケルベロス≫。この世ならざる怪物だ。
「……いいか、静かに聞け。あれは我々の手に負える魔獣ではない。偵察はここまでだ。来た道を引き返すぞ」
ロゼリアの言葉にリンが勢いよくうなづく。
すると、ゼロがなにやら異変に気が付いた。
「先生、俺たちどっから来たんだっけ? さっきまでの通路がねーんだけど……」
「何? そんなはずは……」
ロゼリアが岩壁に触れると、そこには魔術の痕跡があった。
膨大な魔力に包み込まれた鉱山の中心部。
(これは……、結界術か!?)
六つ眼の怪物が目を覚ます。
領域に入り込んだ三人を外敵として認識した。
読んで下さりありがとうございました。
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