序章 第四話 鉱山遠征(1)
「ゼロ──オ──ノ──ベル!!」
授業終了の鐘と同時に、教室内に怒号が飛んだ。
頭を叩かれ、目を覚ますゼロ。
二限目の座学。講義形式のその授業は少年にとって退屈なものであった。
魔術学校とはいっても、一重に魔術に関する知識だけを学ぶわけではない。
年齢に見合った通常の学問も必ず受講しなければならないのだ。
ここ≪ロンドエルナ魔術総合学校≫では、生徒が興味のある授業をある程度選択できる形式になっているのだが、今まで勉学に触れてこなかったゼロにとって、それは苦行以外の何ものでもなかった。
「貴様は今日も補習だ! 放課後私の所へ来るように。もし来ないようならば、貴様にくれてやる単位なぞない!!」
(バン!!)
全く……、いつになったら任務の依頼は来るのだろうか。
ゼロが窓の外を眺めていると、いつも通りあの眩しい青年が近づいてきた。
「……たった一週間で二十個もの補習授業、ロンドエルナ始まって以来の記録らしいよ」
いちいち嫌味を言いに来たのか、コイツは……。
いや、どうせ何かあるのだろう。ゼロは一応話を聞くことにした。
「そんな不名誉な記録いらねーんだよ。で、なんか用か?」
「うん、最初の任務が決まったよ、ゼロ。出発は二日後、明日のパーティーでの授業は任務内容の確認を行うから必ず来るように。と、ロゼリア先生からのお達しだ。それじゃあ、また寮でね」
遂にきた。ゼロは精気を取り戻したように立ち上がる。
考えてみれば、自分は任務とやらをこなすためにこの学校に入学したのだ。
それが一週間もの間、ただ座って講義を受け続けている。見当違いも甚だしい。
ようやく、本来の目的に立ち返る時が来たのだ。
そう思い、ゼロは颯爽と教室を後にした。
※CHANGE
「よし、全員揃っているな。今から具体的な任務内容を確認するぞ」
そう言って、ロゼリアは三人に任務に関する資料を配布した。
「行き先は王都郊外に位置する小さな集落。なんでも、炭鉱で働く作業員たちが丸二日経っても帰還していないらしい。様子を見に行った他の村人も消息を絶ったと報告されている。よって我々に課された任務は、その村の鉱山内で発生した問題の調査にあたることだ……」
鉱山とは、資源として有用な鉱物を採掘する場所のことである。
石炭や石油などの化学燃料は、機関車や蒸気船の動力源となり、鉄鉱石のような鉱物は加工され、生活に必要なありとあらゆる用途に使われている。
無論それらは王都バルデンにとっても貴重な資源であり、一部でも搬入が滞ると国の経済に支障をきたすことになる。
そのため、本任務の重要性は高いと言えた。
「先生、そのような大事な任務を、初級魔術師である私たちに任せても良いのでしょうか?」
「そう心配するな。この時期は魔術師の人手が足りていなくてな。我々はあくまで偵察班として先行するだけだ。もし危険があればすぐに撤退し、援軍を待つことにする」
ゼロはそれを聞いてつまんなそうな顔をしている。
「集合日時は、明朝七時。南部の関門から発つ。遅刻なぞした奴はただじゃおかんからな。常肝に命じておけ (ジー……)」
ロゼリアがゼロに視線を落とすと、向かい側でリンはクスクス笑っていた。
貴族様はご満悦のようだ。
※CHANGE
初めての任務、それに加え南部から出発するということでゼロの心は躍っていた。
いつもより早く目が覚めたほどである。これで遅刻の心配はない。
ライトと共に学校の南門を抜け、石段を下りる。相変わらずバカみたいに長い。
しかし、魔術師である彼らにとってそれを下るのは造作もないことだった。
勢いよく跳躍して、あとは風に身を任せて着地するだけでいい。無論多少の受け身は取る。
最も、この二人と同じことができる者は少ないだろうが……。
久しぶりの南部の街の空気。
早朝で人通りは侘しいが、見慣れたその風景に二人は安らぎを覚えた。
郷愁、というやつである。
やはり貴族蔓延る気品漂う校舎よりも、こういった素朴な雰囲気の街並みの方がどことなく落ち着くのだ。
「時間に余裕があるから少し歩こうか」
珍しくまともな事を言う青年。セロはもちろん賛成した。
しかし、ライトの提案で街々を見回っていると、次第に時は流れてしまい……。
── 王都バルデン南部 関門前 ──
「貴様ら……、後五秒遅れていれば、八つ裂きにしてやったところだ。出発するぞ、早く乗れ!」
早速ロゼリアからの説教を食らい、二人は馬車に乗り込んだ。
一方、リンはすでに外張の中にいた。またも不機嫌そうな顔をしている。
原因は自分たちが遅れたこと、あるいはここが南部だからだろうか。
考えるだけ面倒なので、ゼロは放っておくことにした。
最後にロゼリアが乗車するとまもなくして、騎手が馬車を走らせた。
この国の主な交通機関は馬車である。
南部でも馬車は普通に走っているが、ゼロたちが今乗っているのは、ドアに紋章が刻まれ、ボディの外側に装飾があしらわれた上等なものだった。つまりは、上流階級のための馬車である。
列車や蒸気船も交通機関として存在するが、いまだ路線と運河網に乏しく、郊外に行くとなると使えない。また運賃が高いため、乗れるのは基本富裕層に限られている。
最近では、魔力で列車を動かす魔術列車の開発も進んでいるらしいが、南部出身の少年にはいささか関係のない話であった。
学校から支給された朝食のサンドイッチを摘まむ。
馬車に揺られしばらくすると、やがて王都は見えなくなり、眼前には雄大な草原が広がっていた。
遠方に見える山々と美しい空の対比。
川のせせらぎと小鳥たちのさえずりが耳に届く。
リンは南方の郊外に出るのは初めてらしく、目を輝かせながら外の情景を眺めていた。
都市の張り詰めた空気が彼女をあんな性格にしたのだろうか。
こうやって見ていると、普通の可愛らしい少女なのだ。普通の……。
だがその時、舗装された一本道を馬車が進んでいると、何やら後方が騒がしくなってきた。
「なんだ?」
ゼロが窓の外を覗き見ると……。
乗馬したカウボーイ姿の男二人組が、煙を立ててこっちに突撃してくるではないか。
「ヒイ──ハア──!! 来たぜ!! 来たぜ!! 泣く子も黙る俺ら盗賊二人組!! 其方王都からの貴族御一行とお見受けした! 痛い目見たくなかったら、荷台の品は置いてきな!!」
「来たな」
「先生、何なんだ? アイツら……」
「貴族狩りだ。王都から郊外に出た者を道中で襲い、金品や食料を奪い取る。富裕層かどうかは馬車を見れば一目瞭然だろう。今回の標的は我々らしい。まあ、我らが魔術師ということが、奴らの運の尽きだがな……」
「先生とやら、このままじゃ追いつかれますぜ」
騎手が馬を鞭で打ち、手綱を強く握りしめる。
「ちょっとアンタ、早く片付けてきなさいよ! あのバカ共!」
貴族様に動くつもりはないらしい。優雅に座席に腰掛けている。
しかし、ゼロが剣の柄を取るとライトがそれを制止した。
「いや、ゼロはダメだ。馬車が攻撃に巻き込まれる危険性がある。悪いけどリン、ここは頼めるかい?」
「……うん、分かった……」
(態度が違いすぎるんだが!?)
リンが腰脇のポーチから何かを取り出した次の瞬間……。
(ボンッ!!)
急激に膨張したそれはなんと箒だった。
「なんじゃこれ!?」
「拡張魔道具よ、見て分からない?」
リンは箒に素早く飛び乗ると、馬車の上空に飛翔した。
「まったく、これだから下民は嫌なのよ……」
ポーチから取り出したもう一つのアイテム、木製の杖を構え、唱える。
『水粒子 波打ち』
空を切るように杖を一振り。
魔力による波の水圧に、盗賊たちは為術なく転げ落ちた。
少女が操るは、水の魔術。その姿はまさしく、高潔な魔女そのものであった。
「ふん、そこで黙って寝てなさい。あなたたちにはお似合いの寝床よ」
リンは荷台に降りると、素早く箒を折りたたみ、馬車の中に戻って来た。
座席に着くと脚を組み、窓際からの景色を眺める。
「お前やればできるんだな、見直したぞ」
「なんでアンタにそんな事言われなきゃいけないのよ! 私が出たのよ、当然よ! それが分かったら私を敬い、感謝なさい!!」
そう言って、リンはまたそっぽを向いた。
(なあ、あれが魔道具ってやつか? 飛べるんだろ!? 俺も乗ってみてーな)
(いや、あれを扱うには緻密な魔力コントロールが必要なんだ。魔術師としての彼女はとても優秀なんだよ。性格に難ありなところを除けばね……)
「聞こえてるわよ」
「「ごめんなさい、そしてありがとうございました。リン様……」」
※CHANGE
「ところで先生、さっきのなんちゃら粒子ってなんだ?」
「ん? そうか。まだ≪詠唱≫については話していなかったな。いい機会だ、補講といこう……」
詠唱とは、技を正確に撃つための言の葉のことである。
詠唱をすることで、その技の威力上昇および精度向上が見込めるのだ。
≪詠唱破棄≫と呼ばれる詠唱を省略し、技を発動する技法もあるが、それができるのは卓越した魔術師に限られる。
詠唱に関してはもう一幕あるのだが、今はこの程度で十分であろう。
※CHANGE
あの人は今日も居ないのだろうと思い、司令室の前で立ち止まる。
トウカの秘書官であるマリー。彼女は日々苦労していた。
王都の最高司令官である彼は多忙だ。学長の仕事に加え、王の補佐役まで担っているからだ。
そのため、学校関連の書類の大半は秘書官の彼女が処理している。
……だが、いかんせん量が多すぎる。
もしかしてあの男、こっちの仕事は全て私に押し付けて何処かふらついているのでは?
そんな事を思いながら、判を押す毎日。気づけば日は暮れている。
私のプライベートは何処にと言いたい。
そうして作業をしていると、憎たらしい笑顔を張り付け、貴族街で買ったケーキを片手に司令はいつも帰ってくるのだ。
ケーキ一つでごまかされるのも癪だが……、ケーキはおいしい。
極上の甘味が疲れた脳に染み渡る。
それを口に運んでいると、「なんだかんだ自分の事を大切にしてくれているんだな」などという甘い感情が込み上げてくる。
気をしっかり保たなければ! 彼女は自分に言い聞かせていた。
(今日はケーキに騙されないぞ。ビシッと言ってやるんだから!)
そうして今日も扉を開ける。
「あれ? マリーちゃん……、お疲れ様。丁度良かった。そこの書類取ってくれるかい?」
「司令……? 今日はちゃんとお仕事されてるんですか!? いや、これが私の幻覚という可能も……」
「私をなんだと思ってるの。この通りやるべき事はやっているさ」
トウカが居ることにマリーは驚きを隠せなかった。
だが、こちらとしても都合が良い。彼女には一つ聞きたいことがあった。
「そういえば司令、この前ロゼリア先生のパーティーに依頼した任務、ランクの記載がありませんでしたが、あれは……」
「あー、あれかい? あれは文字通り分かんないってことさ。危険があるかもしれないし、ないかもしれない。疲れてたからそのまま成り行きで任せちゃった。(テヘッ)」
「(テヘッ)ではありませんよ!! もしAランク以上の任務だったらどうするんですか!? 相手は生徒たちですよ!!」
全く、見切り発車もいいところだ。本当にこの人は……。
マリーの喚声が放課後の静かな館内に木霊した。
「カルムダウン、マリーちゃん……。落ち着いて。……とはいっても依頼したのはただの偵察、危険があればすぐに撤退するよう伝えたさ」
「そうだったのですか……。すみません、大きな声をだしてしまい……。ですが、やはり心配ではあります……」
うつむいたマリーの表情が横目に映る。
「そうだね……。でも彼らなら大丈夫さ、例え困難に巻き込まれようともね。なんせ私が直々に編成したパーティーだ。みんな優秀な私の自慢の生徒たちだよ」
彼女の顔色が穏やかになるのを確認すると、トウカはいつも通り懐からケーキを取り出した。
「じゃじゃーん!! 新作が出てたので、寄り道ついでに買ってきました!! マリーちゃんも食べるかい?」
「食べます! 今お茶入れますね!」
※CHANGE
「そういえば先生、到着時刻はいつ頃なのですか?」
「確かに聞いてなかったな」
ゼロとライトは目を見合わせた。
馬車に揺られて数時間。いまだ村の姿は見えてこない。
「明日だぞ、まだ当分着かん」
「「え?」」
時刻はもう夕暮れ。太陽が地平線の彼方に帰ろうとしていた。
ゼロは馬車の中で寝るのかと思ったが、それはどうも違うらしい。
もしそうなら、リンが黙っていないだろう。
「問題はない。あと一時間ほどで魔術師のための休息所、≪簡易区≫に到着する」
それからしばらくして、ロゼリアが騎手に馬車を止めるよう言った。
しかし、周りには何も見当たらない。あるのはせいぜい、立派に生い茂る草木たちである。
「少し下がっていろ」
そう言って、ロゼリアは呪文を唱え始めた。
『姿を現せ!』
突如、地面から扉のようなものが現れたではないか。
しかし、ゼロ以外の三人は全く驚いていない。
ロゼリアがそのドアノブに手を掛けると、扉の向こうは真っ暗だった。
ゼロにはそれが落とし穴にしか見えなかった。
だがリンとライトは、何の躊躇もなく扉の中へと入って行く。
いや、落ちていくと言った方が正しいだろう。
「何をやっている、貴様? 早く行くぞ」
中に入るのを憚るゼロに、ロゼリアが一蹴りいれた。
(ヒョイ)
「ウワアアア────!!」
暗闇に落ちて数十秒、ゼロが恐る恐る目を開けると、そこには居住空間が広がっていた。
学校の教室より広い。そこには大広間の他に、それぞれの部屋も完備されていた。
リンはすでにソファでくつろぎ、ライトは支給された食料で夕食の用意をしている。
「お前は初めてだったようだな。どうだ? これが簡易区だ。少し狭いかもしれんが、まあ好きにくつろげ。夕飯を済ませたら任務の最終確認をするぞ」
「先生……」
「なんだ?」
「俺、やっぱり入学して良かったよ。魔術って……、最高だな!!」
「そうか……」
夕飯を済ませ、作戦会議。明日はいよいよ初任務だ。
読んで下さりありがとうございました。
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