序章 第三話 ファーストパーティー
そういえば、この作品って一人称視点にするか三人称視点にするかで迷ったんですよね。でもどこかのタイミングで必ず「ゼロ」ではないキャラクターが主人公に置き換わります。より多角的に物語を進めるためにも三人称視点を採用しました!
≪ロンドエルナ魔術総合学校≫は王都唯一の魔術学校であり、言わずと知れた超名門校である。
全校生徒、総勢五百七十二名。将来有望な魔術師の卵たちが王都含め、地方からも一斉に集う。
魔術師の家系は貴族に多いため、通う生徒も大半はそのご子息やご令嬢となる。
整った施設環境に管理された授業カリキュラム、選りすぐりの教師のもとで日々最上級の教育が提供されている。
紳士淑女たちはそこで学び、戦い、研鑽を積んで一人前の魔術師を目指すのだ。
故に南部出身の者など、ここにはよっぽどいないのである。
──だが今日、南部から来たみすぼらしい格好の少年が一人。
少年の名はゼロ=ノーベル、魔術師の端くれだ。
※CHANGE
門をくぐると、そこには別世界が広がっていた。
赤とカーキ色で織りなすレンガ造りの校舎は、レトロな雰囲気を醸し出し、まさに魔術学校と呼ぶのに相応しい外観である。
窓はステンドグラスに彩られ、吹き抜けた中央の広場には噴水があり、周りには手入れの行き届いた花壇と長椅子が設けられていた。
校舎は中央の広場を囲むように並び、北館、そして東館と西館に分かれている。
行き交う生徒は黒のローブを身にまとい、上品に挨拶を交わしていた。
貴族階級の社交辞令というやつだろうか。
トウカに「ひと通り校内を見学したら、私の所へ来てほしい」と言われたゼロ。
しかし、案の定道に迷ってしまった。
誰かに道を尋ねようにも、周りが自分を避けて歩いていることは、門を越えてからすぐに気づいた。
大方、南部から来た田舎者を腫物扱いにしているのだろう。
そうして立ちすくんでいると……。
「あの……、何かお困りでしょうか?」
振り返るとそこには、白のローブに身を包んだ少女がいた。
宝石のように煌めく瞳に、リボンを巻いた長いブロンドの髪をなびかせ、こちらを見ている。
その人形のような白く美しい顔立ちは、王宮に住まう皇女を連想させた。
「……ああ、えーっと……、司令の部屋に行きてーんだけど」
ゼロが珍しく少し緊張した様子で尋ねると。
「それなら、この館の五階ですよ。制服も着てないようですし、転校生でしょうか?」
「まあ……、そんなとこだ。ありがとな、おかげで助かったぜ!」
ゼロの無邪気な笑顔に少女は少し動揺した表情を見せた。
するとまもなくして、後方から慌ただしい足音が……。
「お嬢様!! 今話されていたのはもしや、南部の下民ではありませんか!?」
ゼロが去った後、少女の付き人と思われる人物が急いで駆け寄って来た。
「なりませんよ! あのような下賤の者とお嬢様が話すなど。察するに、あの下民から話しかけてきたのでしょう? 御許可を。今すぐ切り捨てて参ります!」
「よしなさい、レグ。私から話しかけたのです。『誰であれ、困っている者には手を差し伸べよ』と、お父様からの言葉を私は無下にはしません」
「……ですが (ああ、なんて慈しみのある御方なのだ……。お嬢様、生涯お供致します!!)」
「行きますよ、レグ。もうすぐ式典の時間です。遅れるようなことは断じてなりません」
「……仰せのままに」
※CHANGE
司令室に入ると、トウカが中央の椅子に腰かけていた。
卓上には書類が積み重なり、部屋には多くのきらびやかな装飾が見られる。
「校内は気に入ってもらえたかな?」
「広くて全部は見れてねーが、……まあ良かったぜ」
「それは何より……」
すると、トウカは後ろの棚から何かを取り出した。
「さて、まずは君にこの学校の制服を送らないとね」
黒ベースの生地に、赤のラインと標章が入っている。
トウカに言われ、ゼロは早速それを着用した。
「君のは少し改良を施しておいた。武器の持ち運びがしやすいようにね」
「おー……、これが制服か」
どうやら、制服のデザインは生徒によって異なるらしい。
サイズやカラー、形状に至るまで自由に改造可能だそうだ。
なおゼロの制服には、トウカの差配で赤の刺繍といくつかの金具が取り付けられていた。
「そして、もう一つ。君も今年で十六歳だ。であれば、必然的にパーティーを組んでもらう必要がある」
「パーティー……?」
「言っただろう? 君には任務を請け負ってもらうって。でもそれは決して一人でじゃない。担当教員に加え、スリーマンセルの班で任務は遂行してもらう。生徒の安全のためにもね。それでは登場してもらおう。これが君のファーストパーティーのメンバーだ!!」
トウカの号令と共に、後ろの扉が開く音がした。
この学校に入って、初めて班を組む仲間。一体どんな人たちなのだろう。
ゼロは後ろを振り返り、期待に胸躍らせながら、固唾を飲んだ。
──しかし、その期待は一瞬にして消え失せることとなる。
「やあ、ゼロ。昨日ぶりだね。元気だったかい?」
「ふんっ、下民ね。分かるわ。だって貴方……、顔が下民だもの」
「お前がゼロ=ノーベルか。体つきは悪くない。これからみっちりしごいてやるから精々覚悟しておけよ」
見知ったストーカーに。
小生意気な貴族の娘。
そしてきつめの女教師。
「司令!! チェンジでお願いします!! (わりと真面目に……)」
「それはこっちのセリフよ!! なんでこの私がアンタみたいな下民とパーティーを組まないとならないのよ!!」
黒髪の少女が自分を目の敵にしているようだ。
貴族と言うのは本当に面倒だなと思いながら、ゼロは尋ね返した。
「それで言ったら、お前の横の金髪も南部出身だぞ」
「それは……、(そうかもだけど……)」
すると、顔を少し赤らめた様子で急にモジモジし始めた。
(あー、そういう……。マジで面倒くさいな、コイツ!)
「……ともあれだ、諸君! これで最後のパーティーの完成だ。今はこれでも、きっと仲良くできると私は信じているよ」
「最後?」
「君の入学手続きがギリギリだったからね。間に合って何よりさ。では、後はよろしくお願いします、ロゼリア先生。三人を会場に、まもなく式典の時間です」
※CHANGE
無事に式典が終わり、ゼロは最初の授業を受けるため、今しがた教室に向かっていた。
どうもこの学校では、初日から授業を実施するらしい。
流石は王都一番の魔術学校、始めからスパルタだ。
「なあー、こういうのって普通初日は休みなんじゃないのか?」
「普通はそうかもね。でもここは他とは違うのさ」
「そうよ。そんなこと言ってる怠け者はすぐに退学よ、退学。まあ、私は一向に構わないけど……」
「……へいへい、気を付けますよ」
前を歩くライトと少女と共に、ゼロも同じ教室に入った。
なんでも一限目は、同じパーティーメンバーで受講するらしい。
本来パーティーでの授業は、主に任務内容の確認やチームの連携を強化するための訓練に当てられるのだが、初日ということでオリエンテーションから入るようだ。
要は、自己紹介というやつである。
教室の棚には、魔術の研究で使うであろう魔導書や薬品、フラスコなどが並んでいる。
前方には黒板があり、中央には丸テーブルとそれを囲うようにして円形の椅子が用意されていた。
ゼロたち三人はひとまずそこへ腰かけた。
(──ガラ)
ライトの執拗な語らいに耳を貸していると、先ほど司令室で会った女教師が入ってきた。
艶のある紫色の髪を後ろで束ね、黒のスーツを華麗に着こなしている。
いかにも教師らしい背格好だ。
「さて、早速パーティーでの授業なわけだが、まずは私の紹介を軽くしておこう」
煙草を燻らせ、チョークを手に取ると、黒板に自分の名前を書き始めた。
「私の名は、ミア=ロゼリア。西の貴族街≪ウェストアリア≫の出身だ。これからお前たちの担当教員として任務の引率などを務めさせてもらう。以後よろしく頼む……」
紹介を終えると、ロゼリアは少女の方に目配せした。
その意図を受け取ったかのように、少女は清らかに席を立つ。
「私の名はリン=フレミア。東の貴族街≪イーストアリア≫に一等地を持つ上級貴族よ。平伏なさい!! そこの下民!!(ビシッ)」
・・・・・・。
(面倒だな、無視しておこう……)
「よーし。次はライト、お前だ。パッパッと済ませろー」
「ちょっと!! この私が無視されたみたいじゃない!!」
なにやらリンが騒がしいが、自己紹介はひとまず済んだ。
しかし、時間はまだ多く残されている。
次は何をするのだろうか。ゼロがそんな事を考えていると……。
「時間に余裕があるのでな。ひと通り魔術の基礎についておさらいしておくぞ。ゼロ、魔術に属性がある事は知っているな?」
「……属……性??」
言うまでもないことだが、ゼロには魔術の知識が全くと言っていいほどない。
今まで学舎に行くことは疎か、最近になってようやく己が魔術師であることを自覚した少年だ。
当然無知なのである。
「貴様本当に何も知らぬな。余程知識に疎いと見える。いい機会だリン、教えてやれ。お前の勉強にもなるだろう」
「はい、先生! この私が直々に教えてあげるわ。感謝なさい」
捨て台詞の後、リンは説明を開始した。
「いい? 魔術は主に自然魔術と派生魔術の二つの属性に分けることができるの。前者は文字通り、自然に関する魔術。一方後者は、前者から派生した魔術のことよ。種類はこっちの方が圧倒的に多いわ。ただ、自然魔術を扱う術師の方が比率的には多いわね……」
「うーん……、結構難しいな」
「まあ、まずは魔術には主に自然と派生の二つの属性があって、前者を扱う魔術師の方が多いけど、後者の方が種類は多い。最初はこんな認識でいいと思うよ」
「なるほど! やるな、ストーカー!」
「ライトね……」
青年は微笑んで返してきた。
「続けるわよ。流石のアンタも≪固有魔術≫については聞いたことがあるでしょ?」
「あー、あれか。うん知ってる、まあ詳しいことはよく分かんねーけど……」
「≪固有魔術≫とは、魔術師の体に生まれながらに刻まれているもの。手の甲の≪粒刻≫と共にね。魔術師の家系は多くあれど、基本親から子へ魔術が相伝されることはない。元来魔術は、自らの意志によってその宿主を選ぶとされているわ。だから術師の数だけ魔術があると思ってくれてもいいわよ」
「……。あとは頼んだストーカー」
「うん、ライトね……」
青年はまた微笑んで返してきた。
「要は、≪固有魔術≫は生まれながらにランダムに決まるってことさ。一部の例外を除いてね。だからある程度鍛錬を積まないと、己の魔術を扱うことすら難しいんだよ」
「へー……」
(じゃあ、俺が倒したあの盗っ人共も一応魔術師としては一人前だったわけか……)
「うむ、二人とも良き解説だった。ゼロには伝わらなかったようだが、魔術についてある程度知識のある者が聞けば、リンの説明は百点と言えよう。よく勉強しているな。ライトも助言ご苦労だった。ゼロも少しは理解できたはずだ。……さて、もうすぐ鐘が鳴りそうだが、最後に何か質問のある者はいるか?」
「はい!」
生徒の大半が黒のローブを身に纏う中、唯一目にした白のローブを着た少女。
彼女は一体何者なのか、ゼロは今朝から気になっていた。
「式典前に会ったんだけどよ、白のローブの奴は一体何者なんだ?」
・・・・・・。
その問いかけに、突如教室の空気がピりついた。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
……しばらく間が空いてから、リンが静かに口を開いた。
「アンタねえ……、それは王族よ……」
「え……?」
その言葉に、ゼロは愕然とした。
王族。それは貴族よりもさらに上の階級であり、この国の中枢を担う者たちのことである。
王都バルデンには現在三つの王家があり、彼らは北の王族街≪ノースアリア≫と呼ばれる場所にそれぞれの領地を持っている。
そのうちの一つがバルデン家であり、現在王国をまとめ上げている王族だ。
そして、王族出身者は魔術師とは根本的に異なる力を持つとされているのだが、その話はまた後ほど……。
「間違っても彼らの前で粗相を起こしたら駄目よ。アンタなんてその場で首が飛びかねないわ。貴族出身の魔術師であっても、彼らには触れることすらできないの。絶対にね……」
※CHANGE
「やっと終わったあ────!!」
(ボフッッ!!)
ゼロは叫びながら、勢いよくベッドにダイブした。
魔術における知識があまりにも欠如しているということで、初日からロゼリアに補習を言い渡されたのである。
夜の校舎を照らすのは、すでに月明りのみとなっていた。
北館の後ろに位置する学生寮。
各部屋にはベッドと机、本棚など簡易的ではあるが、必要な物は全て揃っていた。それに広さも申し分ない。おまけに預けた荷物もすでに運び込まれていた。
これで二人用なのだから、かなり贅沢と言えるだろう。
問題はルームメイトなのだが……。
「お疲れ様、ゼロ。はい、これハーブティー。リラックス効果があるよ」
ライトは微笑みながら茶を渡してきた。
なぜ、ここでもコイツと一緒なのかと問いただしてやろうと思ったが、面倒なのでやめておく。
コイツのことだ。どうせ何か仕組んだのだろう。
「そう言えば、リンは寮の方に向かってなかったけど、まさかまだ授業中か?」
「あー、彼女ならすでに自分の家へ帰ったさ。貴族街は門を越えれば目と鼻の先だからね。寮で寝るのは、僕ら南部の生徒か、地方から来た生徒たちだけだよ」
「流石は上級貴族様、いいご身分ですこと……」
ハーブティーをゴクリと飲み干すと、ゼロはベッドに横になった。
今日あった出来事を振り返りながら、ゆっくりとその瞼を閉じる。
思えば今日は、生きてきた中で、最も刺激的な一日だった。
初めての学校に初めて着た制服のローブ。
初めてできた同年代の仲間と偶然出会った王族の少女……。
──そんな事を考えていると、夢を見るには時間が掛かった。
読んで下さりありがとうございました。
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