序章 第二話 岐路
昨夜の豪雨の影響で、石廊下に雨音が響く。
光があまり差さないせいか、そこは少し肌寒かった。
鉄格子の外には、衛兵の格好をした看守が一人佇んでいる。
……そう。少年は今、牢屋の中に囚われていた。
「な──ん──で──だ──!!?」
悪人を退治した者に対して何なんだこの扱いは……。
そんな事を思いながら、ゼロは小窓の外の空を眺めていた。
事の経緯はこうである。
確かにゼロは街を悪人から守り、見事に人質(姉)を救ってみせた。
しかし勢いよく放ったあの青白い斬撃は、六番街の大通りの建物を半壊させ、幸い怪我人は出なかったものの、街に甚大な被害をもたらした。
この騒動はすぐさま王都中に伝播し、テロ行為と認定される。
王直属の護衛騎士がただちに南部に赴き、ゼロは国家転覆罪の容疑をかけられてしまった。
警備隊の説得もむなしく、現在は判決を待っている状況にある。
独房の中の退屈な時間に嫌気がさしていたその時、看守の男が声をかけてきた。
おそらく判決が下ったのだろう。
「なあ、どこ行くんだ? もしかして死刑宣告とか……」
「黙ってついてこい、面会人だ」
「……?」
そう言われ、訳もわからず面会室に入るとそこには、高貴な装いをした見知らぬ人物が一人椅子に腰掛けていた。
右目は黒、左目は真珠の如き双色瞳。
黒と白の双色髪に、長髪を三つ編みにして束ねている。
その美しい顔立ちから、ゼロは女性だと認識した。
「……お? やあ、君がゼロくんかい? 会えてとてもうれしいよ。さあ、張り詰めた空気はよくない。まずは座ってくれたまえ」
どうやらその人物は男だったようだ。
「長い時間待たせてしまってすまない。王様のせいで手続きが中々進まなくてね……おっと、まずは軽い自己紹介から。私の名はトウカ、王都バルデンの最高司令官だ。以後お見知りおきを……」
それを聞いて、ゼロは目を丸くした。
最高司令官と言えば、王の補佐役に加え魔術学校の学長まで兼任している言わば超人だ。実質王都の NO.2 と言っても過言ではない。
そんな人物が現在、なぜか薄汚い南部の刑務所の面会室にいる。
普通はありえないことだった。
「へえー、そんなお偉いさんがなぜこんな場所に? 司令みずから死刑宣告とは、光栄の極みだね」
「報告書通りの性格だな、君は……。ところで、このままここで過ごす気はあるかい?」
「ないね、隙あらば逃げてやろうと思ったぜ。まあ、いかんせんこの警備でそれは厳しい。そうそうにあきらめたさ。……でも、やり残したことならたくさんある。獄中でずっと考えてた。華咲かせないで何が人生だって話だ!!」
ゼロは本心をありのままに語った。どうせ死刑になるのだ。
ならば、最後くらい愚痴の一つでも吐いてやろうと思った。
「おっ、いい事言うね。ますます気に入ったよ」
そう言ってトウカは胸ポケットから封筒を取り出すと、ゼロの前に差し置いた。
「これは……?」
「私が学長を務める魔術学校、その入学手続きの書類だよ」
「俺に……? でも、なんで……?」
「いいかい、ゼロ。君には二つの選択肢がある。このまま覆りもしない判決を待ち、死刑になるか。もしくは魔術学校に入って、命懸けで任務をこなし、私のために尽力するか……」
「それはアンタに飼われろってことか?」
「いささかキツイ言い方をしてしまったかな。そんな物騒なものじゃないよ。学校では、君は自由にしてくれて構わない。無論、いくつか任務は請け負ってもらうけどね」
ゼロにとって、それはとても魅力的な提案だった。
学校に行けば、多くのことを学べるし、幾重の出会いがあるのだろう。
それも、司令自らが学長を務める超エリート校でだ。
断る理由などどこにもなかった。
──でも、ディア姉とルネアさんは?
無論、学校に行けば二人の手助けはできなくなる。
それに加え、王都一番の魔術学校、当然学費もすごいのだろう。
今まで育ててくれた恩もある。これ以上迷惑はかけたくなかった。
「……行きたい。……でも、身内を蔑ろにする訳にはいかねえ。貰った恩もまだ返せてないしな。後は俺一人で何とかしてやる。悪いけど、その人達のためにもまだ死ぬつもりはねえんだわ」
「そうか、それは残念だ……」
トウカは封筒を破り捨て、席を立った。
「ま!! 君の入学はもう決まってるんだけどね!!(テヘッ) 悪いね、少し君を試させてもらったんだ。やはり私の眼に狂いはなかった。流石だね、私!」
(……どゆこと??)
「学費の心配かい? 何、問題はない。貴族共から巻き上げた金がたんまりとある。今更南部の少年から搾取しようなんて、そんな卑劣なことはしないさ。それでも君が後ろめたさを感じるのなら、任務達成による成果報酬制としよう。そういうタイプだろ? 君。報酬の半分は仕送りにでもすればいい」
「……マジ?」
「うん、マジ」
「おっと、いけない。そろそろ時間だ。早く行かないと、マリーちゃんに怒られちゃうからね。さて、明日はいよいよ入学式だ。時間厳守で来るように! ちなみに学校は寮制だから、荷造りも忘れずにね! それじゃあ、また。アディオース!!」
(パンッ!!)
「マジか…………」
両手で一拍、その場で男は消え失せた。
おそらく魔術の類だろう。
流石は王都最高司令官。立ち去り方まで爽やかだ。
※CHANGE
「これが、シャバの空気ってやつか……」
苦渋の刑務所生活から一週間、ゼロはようやく解放された。
後ろの衛兵の目が気になるが、そんなの今はどうだっていい。
明日が入学式ならば、帰ってすぐに身支度を整える必要がある。
時刻はすでに正午過ぎ。
皆に会える期待を胸に、ゼロは軽い足取りで六番街へと駆け出した。
「やっ、ゼロ!! 久しぶりだね。子どもの頃以来かな? 君の帰りを待っていたよ」
近辺にいた警備隊にひとまず合流すると、そこには見知らぬ青年がいた。
金色の髪と黄金の瞳。背丈はゼロより少し高く、白のシャツに黒のネクタイをしている。貴族街からの来訪者だろうか。
癇に障るような眩しい笑顔で、そいつは話しかけてきた。
「なんだ、知り合いじゃなかったのか?ゼロ」
青年の後方から、ゼムが声をかけてきた。
疎遠になって一週間しか経っていないが、なんだかすごく久しぶりな気がする。
「知らねーよ、こんな奴。誰なんだ、お前……?」
「なるほど、幼馴染劇的再開作戦は失敗のようだね……」
微妙な間が空いた後、ゼムがたちまち口を開いた。
「とにかくだ、ゼロ! よく無事に戻ってきたな!! ディアとルネアも、すでに店開けて待ってるぜ。釈放そして再会祝いだ!! お前さんの歓迎会もまだだったしな。野郎共!! 今日の仕事は飲むことだ────!!」
「オオ────!!」
※CHANGE
「で……、何でお前までいるんだよ!?」
「当たり前じゃないか、僕は君の大ファンだからね」
その青年は図々しくも、警備隊の隊員たちと共についてきていた。
「いいじゃない、私はいつでも大歓迎よ。若い子が来てくれることなんて滅多にないもの。私含め、ここにいるのは年季の入った大人たちばかりだから……」
「僕で良ければ、いつでも来ますよ。こんな綺麗な方と話せるのですから」
「あら、やだ。お上手ね」
どうやらルネアさんはコイツのことが気に入ったらしい。
全く、勘弁してほしいものだ。
「そうよ。この子ったら、友達を連れてきたことなんて、一度たりともないんだから。良ければ、仲良くしてあげてね!」
「もちろんです!!」
会話にディアも加わり、余計に追い払える空気ではなくなってしまった。
一方、警備隊の隊員たちはというと……。
すでにそのほとんどが酔いつぶれ、中には地べたに横たわっている者もいた。
ルネア曰く、ゼロが連行されてからというもの、ゼムが何度も店を訪れては、謝罪をしに来ていたらしい。
警備隊が市民の一人も守れず、年若い少年に頼りきってしまっていたことに不甲斐なさを感じていたのだ。
だが、ゼロは嬉しかった。
一度は首が飛ぶ寸前までいったが、警備隊の隊員たちが自分を信頼してくれていたこと。何より、こうしてまた皆で集まって笑いあえていること。それだけで、十分だった。
「そうだ、ゼロ。あなた、明日から学校に行くのでしょう? ならこれで必要な物を買い揃えて来なさい」
ルネアから渡されたそれは、小包一杯の金貨だった。
ゼロにとっては初めて見る大金である。
「これって……? いや悪いよ、そんな……」
「母親に遠慮する子どもがどこにいるの? いいから早く行って来なさいな。そのお金、私とディアからの分も入っているけれど、それはほんの気持ち。ほとんどはあなたが警備隊で稼いだお金よ。仕送りのお金、何かあるんじゃないかと思って貯めておいたの」
「……そっか、ありがとう。ルネアさん」
「ええ……」
※CHANGE
五番街の大通り。
ゼロは渡された金貨を手に、必要なものを取り揃えに来ていた。
六番街が例の一件以降、一部封鎖されていたためである。
鍛冶屋の老人含め、街の住民たちからは「気にするな」、「お前は良くやった」などと言われたゼロであったが、今六番街に赴くのは少々肩の荷が重かった。
「三千エネよ。いつもありがとうね、ゼロちゃん」
「サンキュー、おばちゃん!」
店が閉まる前に何とか買い出しが完了したが、思った以上に荷物が多くなってしまった。
学校というのは、学費の他に出費も荷物も嵩むのである。
「持つよ、荷物」
「ああ……」
他方、この青年はまだついてきていた。
一度は断ったものの、それは他ならぬディアとルネアからの提案だった。
ゼロは心配をかけた二人の言葉を無下にはできなかったのである。
「なあー、いつまでついて来るんだ? もう買い出しは終わったぞ」
「君を家に送り届けるまでは一緒さ。言われただろ? 君がまた揉め事に巻き込まれないようにって。それに、僕はとても楽しいよ。こうして君と一緒に歩けているからね!」
(結構気まずかったんですけど……)
と、その時……。
「キャ────!! 引ったくりよ!! 誰かアイツを捕まえてちょうだい!!」
突如、大通りで声が上がった。どうやら年配の女性がカバンを盗られたらしい。
犯人はやはり……、魔術師か。
「ゆっっふう────!! 最高だな、この街は!! これじゃあ、治安もクソもねえ!! 誰も俺のスピードには追いつけないぜえ!!」
ひったくり犯は奪ったカバンを片手に、風のように飛び去っていく。
(荒事は避けなきゃなんねーが、しゃーねえ……)
そう思い、ゼロが駆け出そうとすると……。
「ゼロ、ちょっと持っててくれるかい……?」
訳も分からず、荷物を預けられ前を向くと、そこにもう先程の青年の姿はなかった。
「最近、警備隊の魔術師が逮捕されたって話は本当だったんだな。やっぱりここに魔術師はもう……」
(メキ……メキ……、ドゴォ────────ン!!!!)
けたたましい音と共に男の顔が地面にめり込んだ。
ゼロは何が起きたのか、全くもって分からなかった。
気づけばあの青年が、倒れた男の上に座っている。
「君の敗因教えてあげる。遅すぎる。以上!!」
爽やかな笑顔で女性にカバンを返し、そいつは颯爽と戻って来た。
「お前は……、一体……」
「ああ、そうか。自己紹介がまだだったね。僕はライト、君と同じ南部出身の魔術師さ!」
※CHANGE
ムカつくことに名前まで輝くライトに別れを告げ、翌朝。
ゼロは現在、魔術学校に行くための階段の前に佇んでいた。。
「いや…………、長すぎんだろ────!!?」
目の前に映るは、数千にも達する段数の石段。
灰白色のそれは、天にも昇る勢いだった。
「……お疲れ様、待っていたよ。ゼロ君」
最後の段差を踏み越え校門が見えると、そこにいたのは学長を務めるトウカ本人であった。
「俺じゃなかったら、途中でリタイアしてるぜ、これ……」
「すまないね。昔から貴族連中は、南部への嫌がらせに関しては一流らしい。この階段が何よりの証拠だ。南部の生徒は受け付けませんっていうね。もう少し自重してほしいものだよ、本当……」
そう言って、トウカは一歩後ろにさがった。
「さて、それでは紹介しよう!!」
── 魔術師の魔術師による魔術師のための学校 ──
「歓迎するよ、ゼロ=ノーベル。ここが私の……、そしてこれからは君の……、≪ロンドエルナ魔術総合学校≫だ!!」
読んで下さりありがとうございました。
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