一章 第十八話 御家騒動(1)
少し期間が空いてしまいましたが、楽しんで頂けると幸いです!
ここからが第一章の後編となります! もしかしたら後編の方が長いかも……
魔術学校の北館である中央管理棟の上階。
バルデン王との謁見を済ませ、トウカは司令室に戻っていた。
相変わらず卓上には書類が山のように積み重なっている。
だが綺麗に整頓されているあたり、マリーが最前訪れたのだろう。
学校全般の書類の処理から細かい任務の調整まで、彼女には本当に頭が上がらない。
そんな事を思いながら、トウカは窓辺から行き交う生徒たちの姿を眺めた。
何か考え事をするように顎に手を当てる。
「……やっぱり、アルジュナートに魔道具を持たせたのは失敗だったかな。サンプル品の回収も出来なかったし。まあでも、確かな収穫はあったからいいか。もう少し改善は必要だろうけど、性能の確認はできたしね。……大丈夫、歯車は少しずつ、着実に回り始めているのだから……」
※CHANGE
── 最終ステージ 前日 ──
「おい、あれって……」
「なんでアイツがあの方と一緒に……!?」
「確かに先日の活躍は凄かったが……、それにしても……」
真昼間から喧騒が広がる校内の食堂。
昼食を取ろうとするゼロの向かい側には、白亜のローブを身に纏った鋭い眼光の少年が腰掛けていた。
南部で出会った時以来だろうか。
周りからの奇異な視線も気にせず、ゼロは料理を口に運びながら物怖じしない態度で話しかけた。
「……で、なんでお前がいるんだ? えっーと……、王子様??」
「エルでいい。きな臭いだろ、それ」
「じゃあ、それで。で、なんか用か? エル」
一瞬表情を引きつらせたエルであったが、そのまま続けた。
「用も何も、俺はお前を労いに来ただけだ。明日の最終ステージは俺も参加する。お前には万全の状態で臨んで欲しいからな。まあだが、その様子を見るに問題はなさそうか」
「待て、お前も参加するのか、この大会に!? でも、途中からでもいいのか?」
「そこは立場上の都合として大目に見てくれ。無論、熾烈な闘いの末敗れた他の生徒に敬意がない訳ではない。その非礼は詫びよう。だが、パーティーを持たない俺たちは、こうでもしないと出場の機会がないんだ」
「……ん? 確かライトから聞いた話では、王族の奴も一人参加してたような……」
「アルジュナートのことか? 奴は半ば強引にパーティーを作ったに過ぎない。王族の権威を振りかざしてな。俺はそんな手荒な真似はしない」
「なるほどな……。でも、大丈夫か? 途中参加で足元掬われても知らないぜ? 俺が言うのもなんだが結構強いぞ、アイツら」
「心配には及ばない。お前の期待に応えると誓ってここに約束しよう」
エルは疑念のない眼差しでそう言った。面構えを見るに、余程の自信があるのだろう。
そしてもう一つ、ゼロには尋ねたい事があった。
「そう言えば、なんでお前は大会に出たいんだ? 無理に参加する必要もないはずだろ? この国の王子なんだし……」
「まあそれもそうだが……、少し事情があってな」
「……もしかして、別の王族の奴のことか?」
「驚いた、意外と鋭いんだな。そうだ、俺はこの大会で必ず奴を倒し、優勝しなければならない。これは生徒としてではなく、この国の王子として俺に課された責務だ……」
そう言ってエルは視線を落とし、揺るがない意志を表明するかの如く拳を握った。
だがその表情はどことなく曇っているように見える。決意の裏側に潜む確かな迷い。
エルの不確かな様相に、ゼロは首を傾げた。
……しかし、また首を突っ込みすぎると絶対にろくな事にならない。
今までの経験からそう相場は決まっているのだ。ましてやこれは、王族と王族の問題。
ゼロのような卑賎の者が水を差していいような案件ではない。
リンからの忠告を思い出し、ゼロは話題を切り替えた。
「……まあ、細かい事情は知らねーが、俺とお前もライバルってことだな! 言っとくが手加減はしないぞ、例えお前がこの国の王子だろうとな。勝たなきゃならねえ理由なら俺にもあるんだ。やるからには、本気で優勝を取りに行く。だからもし当たったら、そん時は正々堂々闘り合おうぜ!」
ゼロは力強く拳を胸に当てた。
エルの張り詰めた表情が次第に解れていく。
「……ああ、是非そうさせてくれ。手加減なんてされたら、それこそ王族としての顔が立たない。今日は話せて良かった。……それと、また話してくれるか?」
「おう! いつでもいいぜ! またな、エル!」
「……ありがとう。じゃあな、ゼロ……」
(ゴーン……ゴーン……)
荘厳な鐘の音が不躾に響く。
いけない、今日はラビとの先約があったのだった。
エルを見送り、冷めた昼食を搔き込むと、ゼロは慌てて食堂を飛び出した。
※CHANGE
太陽が地平線の彼方に迫る夕刻。
慌ただしい校内の雑踏は薄れ、東雲の空から校舎に陽光が差している。
夕暮れの下、ゼロは用事を早めに済ませ、寮の自室に戻っていた。
どうやらライトはまだ帰っていないらしい。
(……分からねえ。本当にあれがリンの本心なのか? もしそうじゃないとしたら? いずれにせよ、本人の口から聞かないと埒が明かない。問題はどうやって会うかだけど……)
(バ──ン!!)
ゼロが物思いに耽っていると、突然大きな物音を立ててドアが開いた。
扉の奥には何やらたくさんの荷物を両手に抱えたライトの姿が。
「いやー、大変だったよー!! ストーカー行為も大概にして欲しいよね、全く……」
お前が言うなと、ゼロは心の中で思った。
ライトがひとまず机の上に置いたそれらは、よく見るとどれも丁寧にあしらわれたものばかり。
ゼロからみてもひと目で上等品だという事が分かった。
「どうしたんだ、それ?」
「ああ、これかい? 女子生徒たちから貰ったんだよ。なんかこの前の試合の労い……、みたいな?
まあよく分かんないけど、高級な菓子や茶葉もあるよ。これでしばらくは買い出しに行く必要はなさそうだね!」
新手の嫌味なのか、何なのか。
一つ言うことがあるとすれば、この場にリンが居なくて良かったということだろう。
不幸中の幸いというやつだ。
新しく手に入った茶葉に心躍らせるライトを薄い目で見つめるゼロであった。
「……ところで、リンの件だけど、君はこれからどうするつもり?」
「俺は……」
後先のことなんて今は考えなくていい。
ゼロは胸の内に秘めた思いを声に出した。
「……俺はやっぱり、会って直接話したい! 皆で掴んだ勝利なのに、俺たちに何も言わずに棄権なんて、そんなのおかしいだろ!? だから俺は、アイツの本心を直接聞くまでは信じない。誰がなんと言おうと、絶対にだ!」
「……うん、そうだよね! 君ならそう言うと思っていたよ! じゃあ早速行こうか!」
「行くってどこにだ?」
「決まってるだろ、東貴族街さ」
(バ──ン!!)
ライトがそう言った矢先、先程と同様勢いよくドアが開いた。
扉の向こうに佇んでいたのは……。
「その話!! 篤と聞かせてもらった!! ……だったら幼馴染として、この俺様が登場しないわけにはいかねーよな!?」
「君は……」
「誰だ……??」
※CHANGE
紅蓮の髪に紅蓮の瞳。
突如として二人の前に姿を現したのは、赤に好かれた少年だった。
──合流後、ライトが詳しい事情を説明した。
「……お前がライトが助けてもらったって言ってた奴か!」
「僕もこうして会うのは初めてだよ。改めてお礼を。あの時は本当に助かったよ、バルド君」
「いいってことよ! 傷ついた奴がいたら助けてやる、当然のことをしたまでだ! それと、別に呼び捨てで構わねーぞ。気使うのは苦手なんだ。第二ステージを共に乗り越えた戦友として、これからよろしくな!」
「おう!!」
ゼロとバルドは力強く拳を交わした。
(気が合うみたいで何よりだよ)
「……ところで、その山のように積み上がったものはなんだ?」
「あー、これか? ライトが面倒なことに女子生徒から大量にプレゼントを貰ってきたんだよ。労いがどうとかで。まあ、おかげで食料にはしばらく困らねえんだけどな」
──女生徒からの、プレゼント、だと???
ゼロの返答にバルドは体を硬直させた。
高級な菓子と茶葉。それに加え手紙のようなものまである。
つまりは、恋文…………?
「てめえ、こらああ!!? ちょっと面がいいからって、女子からチヤホヤされやがって!? だいたい何なんだよ、この量は!!? お前みたいなのがいるから、俺にいつまで経っても女の子が近づいてこねーんだよ!! 今すぐ全部返却してこい!! そしてお前は焼き殺す!!」
バルドは火山の如く感情を爆発させた。
どうやら彼は、とことん女生徒との関わりがないらしい。
バルドが平静を取り戻すのはしばらく経った後だった。
「……それじゃあ気を取り直して、そろそろ行こうか! こうして役者も揃ったことだしね!」
「おう!!」
「……いや、いやいやいやいや、ちょっと待て。まさかお前ら、何の策もなしに潜入する訳じゃないよな?」
「「……ん??」」
どうやら話はそう簡単ではないようで……。
「……いいか。まず東貴族街に行くには文字通り学校の東門から出なきゃならねえ。そこには四六時中衛兵が立っていやがる。そのまま行けば確実に門前払いを食らうだろう」
「じゃあどうすんだよ?」
「それに関しては心配無用だ。西貴族街の出身とはいえ、バーナード家嫡男であるこの俺様がいれば難なく通してもらえるはずだ。お前たちは俺の付き添いとでも言えば差し支えないだろう。問題はどうやって魔力感知をくぐり抜け、屋敷に忍び込むかだが……」
「待って、別に無事に屋敷に着けば逃げ隠れする必要はないんじゃない? 僕らはリンとさえ話せればいいわけだし……」
「そんな簡単に事が運ぶと思うか? 同じ魔術師とはいえ相手はあのフレミア家、東貴族街随一の名家だ。当然見張りも多くいる。俺は百歩譲っていいとして、お前たちは見つかった瞬間に侵入者として掃討されるぞ。西部とは違い、東部は南部出身者に対して辛辣だからな」
「なるほど。つまりリンに会うまでもなく追い返されると……」
「まあ、そういうことだ」
「……いずれにせよ、ここで考えても仕方ねーだろ? 細かい事はあっちに着いてから考えりゃいい。それに、もう日が沈みそうだ」
「うん、それもそうだね。ゼロの言う通りだ。そう言えばバルド、君はさっき僕たちは付き添いとしてって言ったよね?」
「ああ、言ったが。それがどうかしたか?」
「つまり僕らは君の、いやバーナード家嫡男の護衛として赴くわけだ。……であれば、それ相応の格好をしないとね!」
という訳で……。
「作戦名『東貴族街潜入調査作戦』!! 現時刻を以て発動フェーズに移行する!! (バ──ン!!)」
ライトが高揚した面持ちで勢いよく扉を開けた。
何故だろう、この状況をとても楽しんでいるように見える。
初任務の時といい、こういった寸劇が好きなのだろうか。
まあ特段作戦に支障をきたす訳ではないので問題はないだろうと、ゼロとバルドも後に続いた。
暗がりの回廊に月明りが差している。
静けさの中、三人の足音だけが甲高く響く。
ゼロたちは慎重に、そして緊張感に身を浸しながら寮内を進んだ。
バルドを先頭に、ゼロとライトが後方に付き従う配置。
ちなみに名目上護衛の二人の格好はというと……。
──ライトの提案でタキシードとなったのだった。
※CHANGE
「案外余裕だったな!」
「まあ学生寮にいるのは管理人さんくらいだからね。職務室の教員たちも大方は帰途についただろうし、僕らを咎める大人はもういないさ」
なぜ性懲りもなくそんな伏線を立てるのだろうか。
いやな予感しかしない。
バルドが談笑するゼロとライトを尻目に、寮の正面玄関差し掛かった、その時……。
「……貴様ら、こんな夜更けにどこへ行くつもりだ?」
ほら、やっぱりこうなった……。後はお決まりの展開だ。
「「先生……」」
ゼロとライトはその場に立ち尽くす。
待ち伏せでもするように、ロゼリアは腕を組みガラス戸に背を向けていた。
煙草の火を点け、三人の行く手を阻むように立ち塞がる。
「違うんだ先生、これは……」
「……ロゼリア先生、ここは俺の顔を立てて貰えねえか? 後で親になんて言おうと構わねえ、処罰も受ける。だから通してくれ。この先にどうしても、会わなきゃならない奴がいるんだ」
「言ったはずだぞ、リンの棄権は決定事項だ。いくらバーナード家のお前の頼みであろうと、私は教師としてお前たちを通すわけにはいかない」
教師としての使命、大人としての責務。
どうやらロゼリアに三人を先に行かせるつもりはないらしい。
ゼロとバルドが口をつぐむ中、沈黙を破るようにライトが口を開いた。
「あの時先生は言いました、この決定に異論の余地はないと。認めない、ではなくです。それは逆に言えば変化を望むのであれば言動ではなく、実際に行動に起こせってことですよね?」
「何か勘違いしているようだな、ライト。あの発言にそのような意図を含ませたつもりはないぞ」
「ではなぜ一人でここへ?」
「…………」
「もし本当に貴方が僕らを止めるつもりなら、単身では来ないはずだ」
末恐ろしい生徒。まるで全てを見透かしているような発言。
この青年は、一体どこまで…………。
「…………はあ。ゼロ、お前は本当に行く気か?」
「もちろん! 俺はまだ、リンの口から聞いてないからな!」
「そうか……」
深いため息の後、ロゼリアは後ろから何かを取り出した。
「持ってけ、何かの役には立つはずだ」
「おっと……」
「これは……?」
ゼロとライトが受け取ったそれは、一見するとただの大きめの風呂敷にしか見えない。
「生憎二つしか用意していない。まさかバーナードまでいるとは思わなかったからな。後は好きにしろ、自分たちが思うように。事が大きくなった場合、私の首だけでは足りないかもしれんが、まあ後は時効に託すとしよう」
「ありがとう、先生……。行ってくる」
ゼロたちはロゼリアに礼を言い、その場を後にした。
「ああ、達者でな……」
外に出て二本目の煙草を蒸かす。
月明かりの照らす下、ロゼリアは三人の後ろ背を静かに見送った。
緩やかになびく夜風に白煙の揺曳が溶けていく。
「姉様って、ほーんと甘々だよね??」
「……っ!?」
すると、背後から何やら聞き覚えのある声が……。
「ルナ……、いつからそこに……?」
「今さっきだよ、自習を終えて通りかかったら偶然ね。……それで、本当に行かせて良かったの? 手助けまでしちゃってさ。バナムコット先生の言う通り、低俗な連中と連るんで頭がおかしくなっちゃったのかな?」
「それは……。うん、そうなのかもな……」
「へー。否定しないんだ。変わったのね、姉様」
「用がないならさっさと帰れ。下校の時刻はとっくに過ぎているだろう」
「翌日には無職になってるかもしれない、そんな可哀想な姉様と今日は帰ってあげてもいいよ?」
「私にはまだ残業がある。悪いが一人で帰ってくれ」
「連れないなー。じゃあ姉様が終わるまで待っててあげる」
「……なん、だと!??」
「いいじゃん別に、たまにはさ!」
苦悶の表情を見せるロゼリアに、ルナは幼子のような煌びやかな視線を向けた。
いつものサバサバとした面影はもはやなく、完全に末っ子モードである。
これぞ姉妹ならではの独特な距離感といったところだろう。
ロゼリアはまた溜め息を漏らした。
「……はあ、分かった。だが、割と遅くなるぞ」
──やっぱり甘いね、姉様は……。
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── 本話のおまけ キャラクター紹介 Part5 ──
⑩エル=A=バルデン:バルデン王国の第二王子。同じ王族であるエティネス家のアトラとは幼馴染のようだ。しかしある事が理由で二人の間には現在軋轢が生まれてしまっている。また一連の騒動でゼロのことを気にかけている。普段はもの静かなので、いまいち何を考えているのか分からない少し不気味な少年。実は甘党らしい。
⑪ウィット=ウィンディバーン:西貴族街に一等地を持つ上級貴族の一人。だが平民に対して偏見などは持っておらず、相手が強ければ興味を示すという戦闘狂。第二ステージでのゼロとの闘いが余程楽しかったのか再戦を心待ちにしている。ちなみに一人称は「ぼくちゃん」と子ども地味ている。特に深い訳はない。