一章 第十話 開幕
≪魔術戦線≫は一週間に渡り開催され、全部で三つのステージに分かれている。
大会に出場できるのは基本上級生に限られており、七日目の最終ステージ以外の種目はパーティーでの参加が義務付けられている。
もし一人でも欠場者がいればそのパーティーの出場は無効となるが、救済措置として同じ境遇の者同士で臨時のパーティーを組むことも可能である。
なお、王族出身の生徒の参加は個人の自由となっている。
※CHANGE
── 魔術戦線 当日 ──
魔術学校の中央広場。
リン、ライト、ロゼリアの三人は定刻通り開場に来ていた。
そして今まさに、トウカから第一ステージの種目が発表されようとしていた。
「アイツ、本当にどこで何やってるのかしら? もうすぐ開会式だって言うのに……」
「修業してくるって言ってたよ、どこにいるかは知らないけど……。先生なら何か知ってるんじゃないですか?」
「知らん。私が聞いたのは司令室に殴り書きの休暇申請書が置かれていたことくらいだ」
「全く、テキトーな奴ね」
「奴が帰ってきたら私が適当な処置を施す。手始めは尋問室にでも放り込んでやる」
ロゼリアが腹を立てるのも無理はない。なんせ約三週間の無断欠席だ。
彼女のしかめっ面に、自業自得とはいえ二人は少しだけ先方を気の毒に思った。
(キーン!!)
急なハウリング音に広場の雑踏が消え、周囲は静寂に包まれた。
壇上に立つトウカに生徒たちの注目が一斉に集まる。
「紳士淑女の皆々様、大変長らくお待たせいたしました!! 本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます! 年に一度の魔術の祭典。己を高め、仲間を鼓舞し、競い合う。一年生は初の舞台となりますが、結果次第で貴方のこれからの運命は、大きく変わることでしょう! さあ、今年は一体誰が、勝利の栄冠を手にすることになるのでしょうか!? それではここに、≪魔術戦線≫の開催を宣言致します!!」
(オオオ──!!!!)
会場の熱気は最高潮。
それもそのはず、本大会は単に生徒同士が魔術の才を競い合うことを目的としたものではない。
最終日には各国の要人たちが王都に集い、若き才能の視察に来る。
大会で相応の活躍をした生徒には、王国中の一流パーティーから声が掛かり、卒業後はそのパーティーに所属するという者も少なくない。
故に、本大会は生徒たちにとって見逃すことのできない一大イベントなのだ。
無論、莫大な経済効果が見込めるという点も忘れてはならない目論見である。
「それでは発表させて頂きます!! 栄えある第一ステージ!! その競技種目は……」
(ドゴオオオ────ン!!!!)
──突如として広場に鳴り響いた轟音。
次の瞬間、生徒たちは背後に立ち込めるどす黒い魔力に身震いした。
土煙が掃け、その場に姿を現したのは……。
「なあ、毎度空から落ちる必要なくないか?」
「問題ないだろ? 今のお前なら……」
「「エエエエエエ────!!?」」
静寂が一変。広場が急にどよめき始めた。
「おい、あれって……!?」
「ええ、王都最強の魔術師様だわ……」
周りの生徒の噂話がゼロの耳にも入ってくる。
「お、なんだ? 皆こっち見てるぞ! もしかして俺、注目されてる!?」
ゼロはそう思ったようだが、残念ながらそれは間違い。
生徒たちの注目を集めていたのはラビの方だった。
「あの堂々たる立ち振る舞い、気品に加えて、なんて端正な顔立ちなのでしょう……」
「私、後でご挨拶に参ろうかしら……」
「そんな!? 恐れ多い……」
貴族出身の女子生徒たちでさえ、彼の威厳ある風格にはご乱心の様子だ。
一方ゼロの評判はというと……。
「それで、何なのかしら? ラビ様の横にいるみすぼらしいのは?」
「例の下民だろ? 最近初任務で大手柄を挙げたっていう……」
「どうせ他の二人が優秀だったんだろ? アイツは前に南部で起きたテロ事件の元凶だ。一体誰の差し金でこの学校に入学できたかは知らないが、そんな奴が手柄を立てれる訳がない」
「それもそうね、あのパーティーには例の金髪もいるようですし、あんな下民が活躍したなんて何かの間違いに決まっているわ」
どうやら貴族連中が陰口を叩いているようだ。
だが今はそんな事どうだっていい。あとは実力で証明してみせる。
軽蔑も、罵倒も、地位さえも、全ては結果次第でひっくり返る。
ゼロは確かな自信を胸に、その場に堂々と佇んでいた。
「全く……、何で普通に登場できないのかしら?」
「まあ、間に合って良かったじゃないか。……さて、それじゃあ僕はあの陰湿な連中を殴ってくるから、君はここで待っていて」
「絶対ダメよ、アンタ……」
(キーン!!)
リンとライトが話していると、先程のハウリング音が鼓膜を打った。
動揺した広場の空気が一時の平穏を取り戻す。
「私の神聖なる演説を邪魔しないで頂けるかな? ラビ殿……」
「すまない、急いでいたものでな。少々手荒になってしまった」
(ゼロ君の魔力練度が格段に跳ね上がっている。……となると、修業をつけたのはラビだね。変な事吹き込まれてないといいけど……)
「おかえり、ゼロ!」
「おっす、司令! ただいま!」
トウカからの歓迎の言葉に、ゼロは無邪気な声で返答した。
「トウカ様にもタメ口だなんて!?」
「なんと無礼な……」
ラビの魔力に気圧されて気付かない者が大半であったが、一部の猛者達は理解していた。
ゼロ=ノーベルという少年も同様、只者ではないということに。
彼の魔力はすでに並みの術師のそれではない。
鍛え上げられた肉体とその魔力には、ラビにも勝る何かがあった。
「へえ、彼がゼロ=ノーベルか。派手な登場痺れるね! 僕ちゃん好きだよ、そういうの。戦うのが楽しみだなあ……」
「あの下民と同じパーティーだったか、ライト=ウィリアムズ。次会った時がお前の最後だ……」
「上がってこい、ゼロ=ノーベル……。続く第二ステージ、麗しのお嬢様のためにも近づく虫は切り捨てる! (この私がお褒めの言葉を預かるためにも!!)」
「最後で会おう、ゼロ……」
※CHANGE
先の騒動で言いそびれたが、トウカから告げられた内容は以下の通りだ。
第一ステージの競技種目は魔獣の討伐。
学校の地下に位置する魔獣の牢獄、そこから選別された魔獣と戦い、打ち倒したパーティーのみが次のステージへの切符を手にする。
また、競技に参加する前に体に異常がないか軽い身体検査を受けるように、との事だった。
※CHANGE
波乱の開会式のその後、ゼロは無事に三人と合流した。
「ただいま、みんな! わりーな、遅くなっちまって。ラビのおっさんの長話に付き合ってたら、寝るのが遅くなっちまった」
「俺のせいにするな、寝坊したのはお前だろう」
「おかえりゼロ! まずは無事でなによりだよ! これで皆揃って出場できるね!」
「もうちょっとマシな登場しなさいよね! こっちまで恥ずかしい気分になったわ!」
「ゼロ=ノーベル…………」
おっと……、ここからはロゼリア先生によるお説教の時間だ。
そう思い、リンとライトは無言で耳を塞いだ。
「なんだ、この休暇申請書類は!!? 三週間の無断欠席!? 魔術学校舐めてんのか!!?」
耳が痛い。確かに字体は似てなくもないが、そんな書類に見覚えはなかった。
……そういえば、修業の初日にラビが何か言っていたような……。
「わるい、それは俺が司令室に直接提出したものだ。時間がなかったもので大分端折って書いたんだ。コイツの字に見えるよう一応工夫はしたのだが……」
(そんなん余計にややこしくなるじゃん!?)
「それとこれとは話が別です。教員の許可もなく、勝手に郊外へ出歩いていたのは問題行動以外の何ものでもありません。必要な措置はこちらで施させていただきます。……分かったな、ゼロ?」
「はい……」
「貴様には小テスト二十個に加え、中間テストもあるからな。事が済んだら必ず取り組んでもらうぞ」
(二十……、だと!?)
「まあだが、この大会の成績次第では小テストの方は一部不問にしてやらんこともない。最も、簡単ではないだろうがな……」
「先生……」
「……ん?」
「俺、勝つよ。やるからには本気でトップ獲りにいく。俺はもう……、敗けない」
復帰直後の勝利宣言。ゼロは真っ直ぐな目でロゼリアに言い放った。
「ラビのおっさん! 修業つけてくれてありがとな! あとはただ見ててくれ、勝ってくる!」
「俺が見てやったんだ、勝てよ……」
「おう!!」
拳を前に突き出し、ゼロはリンとライトの元へ駆け出して行った。
それぞれの思いを胸に、三人は戦線へと赴く。
その後ろ背を二人は静かに見送った。
「精々あがけよ、お前たち……」
「……一本貰っても?」
「……ああ、ええ。どうぞ」
ラビはロゼリアから拝借した煙草を吹かした。
いい機会だ。彼女には一つ尋ねたい事があった。
「ちなみにゼロにどんな修業をさせたのか、聞いても?」
「ああ、それは……」
・・・・・・。
「聞かなかった事にしておきます……」
まだ見ぬ強者と密かに蠢く黒い影。
貴族の者にはさらなる地位の向上を、平民の者にはまたとない出世の機会を。
その権利はこの場において平等に与えられた。果たして誰が、勝利の栄冠を手にするのか。
狂瀾怒涛の戦線がここに開幕を告げる。
──だが彼らはまだ知らない。この結末が絶望の始まりになるということに……。
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── 本話のおまけ ──
作中で「最終日には各国の要人たちが王都に集い~」とありましたが、この世界には国と地域がいくつか登場します。よく「王都バルデン」と書きますが、バルデンはバルデン王国内の都市の一つにすぎません。首都なので現状そこだけにフォーカスしています。ですので、これからいろんな国と地域が出てくると思います!(名前はまだ未定……(>_<))