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第五節 薄明 ④

「うっそやろ。天変地異でも起きるんか……!?」


 アシュリーが驚嘆している。


「あのヘタレラルス兄がユリアちゃん抱きしめてるーっ!?」


 わりと容赦ない表現で、イヴェットも同時に驚きの言葉を発した。


「おーおー。アイオーンもだけど、ラウレンティウスも変わったなぁ」


 面白そうに言っているのはクレイグだ。にやにやと笑っている。


「いや、待て待て。そんなことしたら──」


 唯一、ダグラスだけは止めに入ってくれた。そして彼の予感は的中する。ラウレンティウスの右肩あたりにドンという低い音が鳴った。拳で肩を殴られたようだ。その拳は、彼の肩部分の服を掴み上げる。明らかに怒りがこもっている。

 そして、ユリアは後ろにいた人物から肩を掴まれ、ラウレンティウスから引き離された。


「……誰が、ユリアに抱きついてもいいと言った……?」


 ユリアが顔を上げると、そこには喧嘩腰に睨みつけるアイオーンがいた。


「……そんな許可がいるか? ユリアは誰のものでもないだろう」


「──ほれ見ろ修羅場が始まった!」


 ダグラスが叫ぶ。

 アイオーンとラウレンティウスが睨み合っている。

 そういえば、ふたりは先日、喧嘩をしたと言っていた。しかも自分のことで。


「……!? ──!?」


 ユリアはますます混乱に陥った。

 何を言えばいいのかわからない。どんな反応をすればいいのかもわからない。混乱のあまりに感情の表し方が頭からすっぽりと抜けてしまい、ユリアはスッと真顔になった。同時に思考回路も収拾がつかずに大混乱となってしまい、何を思ったのか、彼女は睨みあうふたりの胸ぐらを抉るように掴み上げた。

 その瞬間、アイオーンとラウレンティウスの顔が恐怖の顔に染まる。アイオーンはラウレンティウスから手を離し、彼と同時にユリアを見る。


「い、いや、待つんだ。落ち着け」


「い、いや、早まるな。落ち着け」


 妙に息の合った言葉をふたりは重ねる。

 ああ、なんだ。良かった。やっぱり仲は良いのね。

 頭がおかしくなったユリアはそう理解した。


「──ユリア! そのままふたりの頭同士をカチ割る勢いでぶつけて制裁してやりなさい! 私が許可する!」


 後ろからテオドルスの声が届いた。

 あの人がそう言うなら、それをするのが正しいのだわ。許可ももらったことだし。

 頭がおかしくなったユリアは真顔のまま両腕に力を込めた。その刹那、アイオーンとラウレンティウスはものすごいスピードでユリアの腕をそれぞれ片方ずつ掴み、ユリアがしようとする行動を阻止した。


「き、きみはどちらの味方だ!? テオドルス!?」


 アイオーンがユリアの馬鹿力を必死に押さえつけながらテオドルスに疑問をぶつけるも、彼はアイオーンとラウレンティウスに氷のような目を向けていた。


「どちらの味方でもない。そもそも、ユリアを困らせるような真似はするなと、任務が始まる前に言ったはずなのだがね……? ──もう忘れたのか、卑小(ひしょう)な理性しか持たぬ愚か者どもめ」


 その瞬間、温厚で理知的な仲間から静かな怒りの罵倒を浴びせられたふたりは背筋が凍った。仲間たちも唖然とするか呆れかえっている。そんななか、ユリアはエネルギーの限界値が来てしまったのか、急速に力を失っていき、ふたりの胸ぐらを掴んでいた手を下ろして首を項垂れさせた。


「……テオ……眠い……運んで……」


「ああ、良いよ。おんぶしようか」


 テオドルスはいつもの優しく親しみやすい人柄の雰囲気がにじみ出る柔和な顔つきに戻り、子どものようなユリアのお願いごとを嫌な顔することなく了承した。ユリアは「おんぶ」と幼い声色で言いながら両手をテオドルスのほうに伸ばして近づき、テオドルスは背を向けた。ユリアがテオドルスの背中にもたれると、彼は慣れた手つきでユリアの両足を持ち上げて、何度かユリアの身体を持ち上げておんぶの体勢を整える。テオドルスにおんぶしてもらったことで妙に安心感を抱いたのか、ユリアは眠気に襲われた。


「……お腹、空いた……」


 だが、やはり食事も摂りたい。


「そうだろうね。まずは十分に寝てから食べようか。とても頑張ったからたくさん食べなさい」


 まるで幼い妹をあやす兄のような光景には誰もつっこむことも反応もしなかった。今、変に触れたらテオドルスに何かされそう──誰もがそう思ったからだ。唯一、ヴィヴィアンだけは不思議そうに見ているが、仲が良いのはいいことだと思ったのか特に言及しなかった。


「……結局、一番強くて頼られるのはテオドルスだな」


 と、クレイグが呟く。

 ユリアは、テオドルスの頭の上に頬を置いて今にも閉じかけている目で仲間たちの姿を見た。目立った怪我はないが、誰もが極秘部隊の制服がボロボロになっている。


「みんな……制服を、新調しないと……。ヒルデブラントだから……時間かかる……。スミスさんへの報告は、私だけで……行ってくる……」


 大きな任務の完了報告は直接するのが礼儀ではないだろうか。だから、ユリアはそのことが気になった。そんな、彼女の言葉を聞いていたテオドルスは笑う。


「そんなこと、今は気にすることはない。ゆっくりと眠って、飽きたらたらふく食べなさい。今、君がするべきことはそれだ」


「……わかった」


 では、そろそろ眠ろうかしら。ユリアがそう思ったとき、ヴィヴィアンが近づいてきた。


「お礼が遅れてしまい、申し訳ありません──助けていただき、本当にありがとうございました。ユリア・ジークリンデ様は、わたくしの自慢の友でございます」


 友。

 私と友達になってくれるのね。嬉しいわ。ユリアは微笑む。

 その前に、ひとつ気にあることがあった。


「……この時代の魔力、薄いけれど……」


 母なる息吹がある地域とはいえ、現在の魔力濃度は、心臓でもある核が存在維持できるほどとは言い難いような気がした。それなのにヴィヴィアンは聖杯の力を使っていなかった。


「長く聖杯と融合していたおかげでしょうか──。体内に、魔力を生成する能力を得ているようです。なので、魔力濃度の低さを心配する必要はないかと思われます」


 それならよかった。そう言いたかったのだが、もう声が出ない。とても眠い。ひどく疲れた。


「──ユリア。眠る前に言っておく。約束どおりに、きみの好きな料理を大量に作っておくつもりだ。だから、どれだけ長く寝てしまったとしても二日か三日で起きてほしい。作り置きのものがダメになってしまうからな」


 そんな言葉をかけてきたのはアイオーンだった。疲れているというのに、なかなか難易度の高いことを要求してくる。食べ物で釣れば何でもできるとでも思っているのか。

 簡単に言ってくれるけれど、無理そうだからそんなに急かさないで。私が起きてから作り始めてもいいから、と文句を言いたかったが、とうとうユリアは瞼が落としてしまった。しばらくしてから身体の力が抜け、ユリアは寝入った。最後に耳に届いたのは、「おやすみ」と優しく囁くテオドルスの声だった。

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