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第四節 黒い飛竜 ④

「……な、何……?」


 アイオーンが、仲間たちがいる付近の山の頂に到着すると、イヴェットが息を呑んだ。

 地上から獣のような大きな唸り声が聞こえてきた。そして、巨大な何かが舞い上がってきた。黒い二枚の翼を持っているが、あきらかに鳥のそれではない。

 全身が黒く、いかにも硬そうな鱗を持つ爬虫類に近い姿をしている。口から見えるのは、大きく鋭い牙。それも何本もある。頭上には雷のように曲がり、枝分かれした長い角が四本。首筋、背、腕、足、尾にも角らしき突起があり、それは大小あわせるとおびただしいほどの数がある。四本の足先にも鋭い爪、紅い瞳の目つきも鋭く恐ろしい。身体の大きさは、尾を含めなくてもおよそ五、六メートルはあるだろうか。


「これ……ドラゴンやん……」


 現代では見ることはできない光景を目の当たりにしたアシュリーが呆気にとられている。彼女だけでなく、現代人はみんなそうなっていた。


「魔物や共存派の星霊にも、こんな姿の存在はいたな。でも、それらに比べたら少し小柄なほうだよ」


 テオドルスがフォローの言葉を入れるも、クレイグは小さく笑うしかなかった。


「これで小柄なのかよ……。ずっと飛ばれたら厄介すぎんだろ」


「そのためにも術で拘束するんだ。大丈夫。今の君たちなら挑める相手だよ。やれるさ」


 そう言って、テオドルスは手提げ袋を遠くに放り投げた。リュックはまだ背負ったままだが、ここには戦いに必要な道具が入っているのだろう。

 そして、左手に愛用の弓を時空の狭間から呼び出し、右手に矢を魔力で作り出した。今まではユリアだけが得意とする技能だったが、彼もこの任務の機に習得していた。仲間たちも各々の武器を次元の狭間から呼び出す。アイオーンの血を混ぜられて新たに作られたダグラスの剣に変形できる長銃もそこにあった。

 しかし、アイオーンだけはなぜかユリアの剣を構えようとはせず、茫然としながら黒いドラゴンを見ていた。黒いドラゴンも、アイオーンを見据えて攻撃を仕掛けてこようとはしない。


「……あの、紅い目は……。いや、違う……。白い体躯で……わたしの髪のような、白銀のたてがみが──」


「アイオーン!」


 ラウレンティウスが、アイオーンのひとりごとをかき消すほどの大声を出すと、アイオーンはハッとした。


「──すまない」


 アイオーンが剣を構えた直後、ドラゴンが咆哮した。すると、遠くから黒く輝く光が飛んでくる──聖杯の欠片だ。ドラゴンは、口を開けて黒い光を飲み込んだ。ドラゴンの体内の魔力がさらに強くなる。


「最後の聖杯の欠片……まさか呼び寄せるとはな……」


 ダグラスが呟くと、ドラゴンは周囲に高濃度の魔力を収束させた。そこから、全長一メートルほどの小型の有翼ドラゴンが数多現れ、アイオーンたちを襲おうと向かってきた。


「あれらは実物ではなく魔力の塊だ! 武器に魔力をまとわせ攻撃をするか、術を用いて魔力の結び目を解け!」


 アイオーンが仲間たちに命じると、アイオーンはその場を仲間に任せ、姿を消した。次に姿を現した場所は、黒いドラゴンの背面。ドラゴンの動きは鈍い──だが、アイオーンの側面から鋼をも切り裂く風が襲った。

 アイオーンは障壁を作って切り裂く颶風(ぐふう)を防ぐ。だが、すでにその時には、ドラゴンが長く鋭い突起がいくつもある尾を振り上げていた。ドラゴンは、そのまま尾をアイオーンに向かって叩きつけ、尾は地面にめり込んだ。地面から砂埃が舞い、木々は粉々に粉砕される。

 ──遅い。わたしは、ここだ。

 大気中の魔力から、そんな思念が届いた。思念の発信源は、一番標高のある平たい山の頂からだ。あそこの山は、高いだけでなく頂の平面の面積も一番広い。そこに小さな人影が見える。ドラゴンは翼を広げ、そこに向かって高く飛んだ。平たい山の頂よりもさらに高く飛ぶ。真下には、人のかたちをした生き物が七つ。ドラゴンは、体内の高濃度の魔力を口内に集め、それを炎に変えた。


「──いくでぇ! ドラゴン一匹、ご案内や!」


 炎を吐く直前、アシュリーのふざけた号令によって、ドラゴンの胴体の周囲に光の輪が三つ出現し、ドラゴンを締め上げるように光の輪が狭まった。魔力の動きを封じる拘束術だ。

 ドラゴンの魔力が弱まり、口の中の炎が消えた。翼の動きが鈍くなり、じょじょに山の頂へと降りてくる。だが、それでも力はドラゴンのほうが強いようで、輪を千切ろうとしている。

 術を発動した六人の人間たちは、慌てることなく術が破壊されないように抵抗している。慌てていないのには理由がある。この術は、ただの時間稼ぎにすぎないからだ。

 そして、ドラゴンの周囲の空間に異変が起きる。


「わたし以外はただの人間で、貴様のように自在に飛行することはできない。だから、せめて広範囲に飛ばないでもらおうか」


 アイオーンから言葉が放たれると、テオドルスが持参したたくさんの円筒形の容器がすべて空中に舞い上がり、ドラゴンとアイオーンたちを囲むように等間隔に並んだ。地から赤い線が現れて円筒形の容器と繋がってゆき、広範囲を取り囲んでいく。やがて、それらは半透明の障壁を作り上げた。

 この円筒形の容器こそが研究所に製作を頼んでいた道具だ。赤い線は、ユリア、アイオーン、テオドルスの血であり、この血は屋敷に保管していた分すべてが使われている。

 障壁が囲んだ空間の広さは、現代の言葉で例えるとアリーナクラスの会場ほどだろうか。ドラゴンと戦うには少し狭いかもしれないが、この空間は対象を閉じ込めるために力の出力は抑制される効果がある。アイオーンたちはその対象に入っていないが、力が抑制されていてもドラゴンは強いだろう。それでも、大きな魔術が飛んでくる可能性は低く、そのおかげで戦いやすい。母なる息吹にある山は魔力を含み、そのおかげで頑丈であるため崩れる心配も少ない。

 ドラゴンがまた眷属を生み出しはじめている。それほどの力はまだあるらしい。


「まだ眷属を生み出せる力はあるのか……。聖杯の力は想像以上だな……」


 小さくため息をつきながらラウレンティウスが呟く。


「前衛は、眷属を払いながらドラゴンの身体を抉ってくれ。相手は、高濃度の魔力で編まれた身体。ならば、魔力を込めた攻撃を加えれば、身体は少しずつでも壊れていくはずだ。テオドルス、ダグラス、アシュリーは、魔力融解の術式を込めてドラゴンに攻撃を加えてくれ。聖杯の力を抑制できてはいるが、ドラゴンの技は未知数だ」


 と、アイオーンは全員に指示を出す。ダグラスに習得するよう指示していた術は魔力融解だ。この術を使える者が多いほうが目的を達成しやすいと判断したようだ。

 アイオーンが気を配らないといけないことは、ドラゴンからの攻撃、障壁の状態、仲間の状態、そしてユリアの魂の状態。ただでさえ肉体が弱体化した『器』だというのに、やるべきことが多い。


「相手は、神が造ったという伝説を持つ聖杯だ。気を抜くな。──だが、きっと勝てる。わたしは、きみたちを信じている」


 それでも、今のアイオーンには仲間がいる。現代の人間といえど信頼できる仲間がいる。

 ユリアを信じている。仲間を信じている。この状況は、苦ではない。

 ドラゴンが大きく口を開けて咆哮した。身体の奥まで響く恐ろしい声だが、誰も怯むことはなかった。

 アイオーンは、剣の切先をドラゴンに向けた。


「──いくぞ。ユリアの助けとなるために」

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