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第四節 黒い飛竜 ②

 目覚めると、岩陰の外はまだ暗かった。雨足は聞こえてこないため雨は止んでいるようだが、月明かりがない。雲はまだ空を隠している。ユリアが起きたことに気がついたアイオーンは、岩陰のなかに空中を浮く小さな光の玉を作り、明かりを灯してくれた。今までずっと見張りのために起きてくれていたようだ。


「眠れないのか」


「……アイオーン。ヴィヴィアンは、まだ生きているわ」


 前置きもなく、ユリアは単刀直入に伝えた。アイオーンは静かに目を見開く。


「夢のなかで語りかけてきたの。この呪いは、聖杯が生み出したものではなく、地のなかから滲み出てきたものらしいわ。そして、それが付近にいた星霊に憑き、その呪いを受けたせいで精神に異常をきたして聖杯を奪うという行為に出た……。聖杯によって呪いの力が増幅したから、ここまで強い力となってしまった。すべての事件の元凶は、この呪いよ。──ヴィヴィアンは、呪いに汚染された聖杯と一体化しかけている。だから、聖杯もろとも自分を消してほしいと言われたわ」


「──!」


 アイオーンが動揺している。ユリアは、信念を秘めた目と言葉を向ける。


「けれど、私はヴィヴィアンを助けたい。きっとまだ助けることができると思うわ」


「……できそうなのか?」


「やってみる。聖杯、呪い、ヴィヴィアン、私──それらの繫がりをすべて断ち切り、それぞれをもとのあるべき形に戻す」


 もう恐れない。弱音など吐くものか。挑んでやる。アイオーンに憎しみを向け、ヴィヴィアンを取り込もうとする呪いを許さない。

 やってやる。


「……わかった。きみを信じる」


 ユリアは、あえて呪いがアイオーンに殺したいほどの憎しみを向けていることについては言わなかった。それを伝えるのは後でもいいだろう。そのことで、アイオーンの精神状態が揺らぐことはないだろうが、何かの疑問が生まれ、それが雑念となって戦いの邪魔になるかもしれない。この人も立派な戦士であることは重々承知しているが、念のためだ。



◆◆◆



 天が明るくなってきた。太陽が登るも、雲はまだ厚い。またひと雨来るかもしれない。

 それから数時間が経っただろうか。

 岩陰の入り口で立っていたアイオーンから、「来たか」と嬉しさを混じえた呟きが聞こえた。

 そして、遠くからアイオーンの名前を叫ぶテオドルスの声が聞こえてくる。


「──ここにいたんだね」


 リュックを背負い、さらに手提げ袋を持ったテオドルスが岩陰の上から降りてきた。続いて仲間たちも続々と降りてくる。テオドルスは、手提げ袋の中から極秘部隊の制服を取り出すと、それをアイオーンに渡した。受け取ったアイオーンは、岩陰の奥へと向かう。

 やってきた仲間たちは、障壁に閉じ込められているユリアを案じる顔で目に映している。しかし、それに対してユリアは、仲間たちの姿を見た瞬間、不思議とすべてがうまくいくという自信が湧き出てきた。

 みんながいたほうがやる気が湧いてくるわね。文字通り、みんながいないと私は駄目みたい。少し情けないことだから、今はそんなことは言えそうにないけれど。


「……本当に、この方法しかないのか?」


 ラウレンティウスは絶望の淵に立たされた顔をしている。前向きで諦めないのが彼の強みなのに、どうしてこんな時に信じてくれないのか。そのことにユリアは少しだけむくれ、彼を真っ直ぐに見つめた。


「馬鹿げた行動に見えるかもしれない。けれど、私はこの方法に賭けてみたいの。──ヴィヴィアンは、聖杯の中でまだ生きているわ。助けるためには、聖杯を完全な状態にしないといけない」


 見栄を張っているわけではない、信念のこもった力強い声。そして、絶対にやり遂げてやるという目。仲間たちから漂う絶望の気配が少しだけ薄まった。


「ヴィヴィアンは、聖杯と一体化しつつあるの。──私は、ヴァルブルクの事件で、テオに宿っていた不信派の思念を切り離すことができた。だから、ヴィヴィアンと聖杯、呪い、そして私にできた繋がりも断ち切れると思うの」


 しかし、仲間たちはまだ不安な顔を消さない。

 ユリアも引かない。もう決心はついているのだから。


「……みんなには、具体的にどうするのかが判らないから不安だとは思うわ。でも、私はできると思っているからやってみたい。私の手が届く範囲のなかに苦しんでいるひとがいる。だから、私はヴィヴィアンを助けたい。それをみんなにも手伝ってほしいの」


「……どれだけ止めても、やる気か……」


 ラウレンティウスが決心を感じてくれたことに、ユリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「わかってくれて嬉しいわ」


「笑い事じゃないだろ!」


 彼は大声で怒鳴った。ユリアは笑みを引っ込め、改めて決意を伝える。


「ラルス。私は、死ぬために挑みにいくのではないわ。任務を完遂して、みんなとローヴァイン家の屋敷へ帰るために挑むのよ。その自信があるから言っているの。──必ず戻ってくる。だから、私と一緒に戦ってほしい」


 その後、ラウレンティウスはゆっくりと深く息を吐いて目を伏せた。


「……わかった」


 他の仲間たちもまだ少し不安の残る目をしているが、ユリアの決心が変わらないこと、そして信じることを選んでくれた。


「ありがとう。──そうと決まれば、さっさと終わらせてごはんを食べましょうか」


 仲間たちの緊張をほぐすため、今の素直な気持ちを見せた。危険なことを挑もうとする本人がこんなにも笑顔でいつも通りならば、少しは不安の気持ちもどこかに行ってくれるだろう。


「いや、オレらは食べたばっかりなんだけど」


「違うのクレイグ! ねぇ、聞いてくれる!?」


 突然、ユリアはため込んでいた愚痴が抑えきれないというふうな口調で声を張りあげ、怪物のように変化した手を地面にバンバン叩きつけた。ちょうどアイオーンの着替えが終わったようで、こちらへと戻ってきた。そのままテオドルスの手提げ袋に寝間着をねじ込む。


「私はこれでも昨日の朝から何も食べていないし、お水すら飲んでいないの! なぜか欲しくならないの! けれど飲食が必要ない身体なんておかしいわ! お腹が減らない体質なんて間違っているわ! こんなことがあってたまるものですかッ! 私の楽しみのひとつを勝手になくすなッ! 嫌がらせにもほどがあると思わない!? めちゃくちゃ腹が立つわこの呪いーッ!」


 そして、ひとつひとつの愚痴に憎しみを込めながら力強く吐き出していった。そして、両手を力強く握りしめて厚い雲が伸びる天へ向かって咆哮する。


「──絶対に全部断ち切って元凶をこの世から消したあとにたらふく食べてやるんですからぁぁぁッ!!」


 心の底に溜まってたであろう怒りが爆発した。暴発後、ユリアは満足げに息をつく。

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