表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/73

第三節 決戦の前日 ②

「きみは、わたしたちの気持ちのことで苦しまなくていい。ユリアはユリアの行きたい道を歩いてほしい。それが、わたしとラウレンティウスの願いだ」


「……わかった。ありがとう」


「それと……先ほどは『もしも』の話をしてしまったが、わたしはユリアが聖杯に負けるはずがないと思っている。わたしがユリアを殺す未来などあり得ない。きみには、わたし達がついているのだからな。きみならやり遂げられる──ユリアにも、その自信はあるのだろう?」


「ええ。私は負けないわ」


 今も恐ろしさはある。けれど、その気持ちに負けてたまるものか。聖杯の呪いに打ち勝ってやる。アイオーンからそう言われたことで、ユリアが抱くその気持ちが強くなった。

 やっぱり、私にはまだ誰かから言葉をかけられないと弱ってしまうのだとも再認識した。いつか、たったひとりになってしまっても恐怖心に囚われない強さを持てる人になりたい。

 必ず、この任務を達成する。またローヴァイン家の屋敷に戻る。エゼルベルトたちにも無事で帰ってくることを約束したのだから。


「ああ。だから、わたしはユリアを信じている」


 アイオーンは微笑み、障壁に左の手のひらをくっつけた。


「ありがとう。私も、アイオーンを信じているわ」


 ユリアも、内側からアイオーンの手のひらと重ねるように左の手のひらで障壁に触れる。直接肌で触れていなくとも、心は触れ合っている。ふたりは目を合わせて笑いあった。

 その直後、アイオーンの目つきが変わった。雨が降る空に目をやり、じっと睨みつけた。何かを警戒している目にも見える。


「……」


「……どうしたの……?」


 ユリアも外を警戒する。障壁によって力を封じられているため、何も感じ取れない。だが、アイオーンが少しも気を緩ませないことから、漂う気配の主は相当な力を持っているのだろう。


「……こんな時だというのに、わたしたちは不快な時間を過ごさなければならないらしい」


 と言って、アイオーンはため息をついて立ち上がり、岩陰の入り口に近づいた。この人が嫌悪感を隠せないほどの存在。誰のことだろうと考えていると、空から大きな翼を持った四足歩行の獣が降りてきた。鷹か鷲のような羽毛が生えた上半身に二本の前足は猛禽類の足に似ている。背には大きな翼、馬のような背筋に沿って生えたたてがみ、下半身と後ろ足の二本と尾は獅子のそれのようだ。現代では有り得ないさまざまな生き物を合成したような見た目の獣の背には、ふたりの人が乗っている。それは、入院しているはずのガラードとパーシーだった。ふたりは雨除けにフードがついたレインコートを着ている。


「ご機嫌よう。〈予言の子〉と我が同胞よ」


「その声は──モルガナ……!?」


 ユリアが驚嘆の声を上げる。


「おや。いい反応をしてくれるじゃないか、〈予言の子〉。これが、あたしの真の姿ってやつさ。カッコいいだろう?」


「……貴様、なぜガラードとパーシーを連れている?」


 アイオーンはちらりとガラードとパーシーを見る。ふたりは、悪魔のように邪悪なものへと変貌しているユリアの右腕を見て言葉を失っていた。


「このふたりに、ちょっとした社会勉強が必要となったからね。ちょうどその勉強としてよさそうなヤツがここにいたから連れてきたのさ」


「何が社会勉強だ。ユリアは見世物ではない」


「この子らは、いずれアヴァルの極秘部隊の一員になるつもりみたいだからね。だから、今の〈予言の子〉の状態を見るのは必要な経験だろう?」


 このふたりが、アヴァルの極秘部隊の一員になる?

 ユリアはガラードとパーシーに目を向けた。


「……なぜ、貴様はユリアの現状を知っている?」


「あたしはね、ときどき母なる息吹があるこの区域でも暮らしているのさ。現代人にとっちゃ、ここは猛毒の地だから基本的には誰も来ないし、たまには本来の姿でのびのびしたくなるときがあるんだよ。──そして今朝、ちょうどタイミングが重なって、聖杯の呪いをまとった〈予言の子〉がやってきた。前日に、スミスから聖杯の事件を起こしたふたりの子どもが極秘部隊の隊員候補になったという情報を聞いていたから、これはいい教材になると思ってね。すぐさま病院に向かってこの子らを連れだしてきたのさ。間に合って良かったよ」


 やりたいことがあれば、即座に行動に移す行動力を持っているようだ。モルガナには、大気中から魔力を作れる能力があるため、空間転移術もできないことはないのだろう。でなければ、ここまで素早い行動はできない。


「……どうして、ふたりが極秘部隊に……?」


 ユリアが怪訝な目で問いかける。


「文句を言いたけりゃスミスのやつに言いな。スミスが極秘部隊の話を持ちかけたらしいからね。なんでも、被害者とはいえ今は罪人で、元『持たざる者』で魔術師となっていても、魔術師社会で生きていくのは難しい。だから極秘部隊の一員となったほうがまだ生きやすいんじゃないかってことらしいけど」


 今の魔術師社会でも、『持たざる者』への偏見はまだある。しかも後ろ盾となってくれる人間はおらず、罪を犯していることも枷となっている。元『持たざる者』と罪人という経歴と前科が死ぬまでついてくるのだ。だから、スミスの提案した極秘部隊となることが、彼らにとって一番生きやすいのかもしれない。


「そうか。──それにしても、社会勉強と称するわりにはアポイントなしでやってくるのだな。社会人として、それはどうなのやら」


 やる気を失ったような雑さと呆れを混じらせたユリアらしからぬ口調に、アイオーンは意外そうに目を見開いた。先日、初対面でのやり取りでユリアは礼儀を欠けた対応をとられ、さらにはその態度を改めなかったことでモルガナを許せなかった。ここでもモルガナは、ユリアの反応を面白がり、ふざけた口調で言い返す。


「あたしは別に人間社会に属してるつもりはないからねぇ。そんなマナーは知らなかったよ」


「嘘をつけ。それとも寿命が近いせいで、脳が使い物にならなくなっているのか? 隠居したほうが世間のためになるぞ」


「ああ~、そうかもしれないねぇ。でもさ、脳ってのは使わないとさらにダメになるらしいじゃないか。だから、あたしは隠居したらダメだと思うんだけどねぇ」


 ユリアはため息をついた。こういうふざけた返答しか返ってこないのは解っていた。だが、それでも腹が立ったから一言物申したかった。


「──よく目に映しときな、坊やたち。あんたらがあの遺跡から聖杯を持ち出さなけりゃ、〈予言の子〉もこんな姿にはなってなかったよ。その時は、なんで聖杯がおとなしかったのか知らないけど、あんたらの行動せいでひとりの命を犠牲にしないといけなくなってる状況だ」


 自分のせいだと改めて突き付けられたふたりは、言葉を発することができなかった。モルガナの言葉に、ユリアはため息混じりに言い返す。


「ふたりは罪を自覚していて反省もしている。罪を過剰に自覚させ、子どもを追い詰めることが趣味なのか?」


「まさか。そこまで悪魔じゃないよ。これも極秘部隊の一員となるための勉強の一環さ。身勝手な行動ひとつで、巡り巡って誰かがこうなっちまう力があるってことを身を持って知っておかないと、極秘部隊は務まらないだろうからね」


「そんなことは、これから少しずつ知っていけばいい」


 ユリアがそう言うと、モルガナは笑いながら言葉を紡ぐ。


「お優しいねぇ、〈予言の子〉。あんた、もう極秘部隊なんか辞めちまったほうが身のためじゃないのかい? ──ああ。これは別の意味で、ってことだよ」


「……どういう意味だ」


「あんたの記憶を見るついでに、あんたの身体がなんか不思議な感じだったからね。ついでに調べさせてもらってたんだよ。あんたが同胞殿の核を身に宿した影響で得たという不老不死の力──それは眠っている状態になってるだけで消えちゃいない。同胞殿も、そのことは気づいてるんだろう? 言わないなんて意地悪だねぇ」


 現代の技術の力で消せたと思っていた不老不死の力は、実は消えておらず、眠っているだけの状態──。ユリアはアイオーンを一瞥した。アイオーンは、モルガナを睨んだまま黙り込んでいる。

 不老不死の力のことは、ユリアもなんとなく察しがついていた。だから特に驚きはしない。不老不死の力がまた発現しても、自分のやることは変わらないのだから。


「力が眠ったままということは、何かのはずみでまた目覚めちまう可能性があるってことさ。人間ごときに、ある種の神の領域でもある不老不死の力なんか消せるはずがない。いくら長生きしてる星霊のあたしでも無理だよ、そんなこと」


 と、モルガナは呆れまじりに笑い、さらに言葉を続ける。


「まったく、我が同胞ながらなんて力を持って生まれてきちまったんだい、アイオーン。……むしろ、あんたは本当に『我が同胞』なのかい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ