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第三節 決戦の前日 ①

『──わかった。約束するよ。その時は、私が君を殺す。被害を最小限に留めるために。君を救うことに固執して、仲間の誰かが死ぬなんてことは避けたほうがいい。……今のところ、君を救うことに固執して死にそうな人がひとりいるからね』


 テオドルスは、後ろ向きな事を言うなという叱責をすることなく、ユリアが心のどこかにある一抹の不安を汲み取って約束してくれた。

 この人なら、こう言ってくれる。その確証があったから、ユリアは素直に最悪の場合が起きた時の不安と、その場合はしっかりと対処してくれる約束がほしいという気持ちを吐露することができた。

 ユリアを救うことに固執してしまう人物とは、ラウレンティウスだ。彼は、良くも悪くも諦めない性格である。だから、方法がないと言っても、ユリアの命を救うことにこだわるだろう。


『お前さんら……まだまだ若ぇのに、そういったことは迷いなくできるんだな……。姫さんだって、まだ死にたくねぇだろうに……』


 ダグラスは、若干、気持ちはついていけていないといった口調だが、殺してくれと言ったことには怒らなかった。

 彼は、ユリアに対して無茶をするな、ひとりで抱え込むなと叱ったが、この件に関してはそうは言えない。聖杯の欠片を封じて管理することは、ユリアにしか出来なかった。だから、どれだけ怒っても彼女の状況は変わらないし、どうすることもできない。


「もちろん死にたくはないですし、自分の命を軽視しているわけでもありません。……それでも、私の犠牲だけで被害が最小限に抑えられるのであれば、私はその選択をします」


『私とユリアは、互いに『半身』という感覚なのです。だから、あの日……ユリアは私を『殺して』くれました。なので、私もそうします。望まないことであっても、それが必要なことであれば実行します』


 ユリアとテオドルスが落ち着いた口調で語ると、ダグラスは深く息を吐いた。


『……お前さんらは、そういう世の中で生きてた人だもんな……。それに、ヴァルブルク王国の次期国王と副王だった──場合によっては、自分の命を捨てる覚悟なんざとっくの昔から出来てるか……。一緒にいると、あまりに現代に馴染みすぎてるからうっかり忘れちまってたよ』


 ユリアは、過去のトラウマが原因で、他者の命が脅かされると動揺してしまうようになってしまったが──戦士として、それは致命的な一面でもあるが──、自分の命のことになると動揺はせず、その選択を受けいれることができる。それは、今も抱き続ける戦士としての誇り、民を想う王族としての誇り、そして心のどこかではまだ過去に引きずられてしまい、無意識に自分は罰せられるべき存在だと抱いてしまっている精神が彼女をそうさせている。

 先ほどのダグラスの言葉は、頼み事の了承の意が含まれているとユリアは感じた。明確な言葉がなくとも、彼は解ってくれている。


『……アイオーンも、それで大丈夫かい?』


 テオドルスも、ダグラスからの言葉を了解してくれたものだと感じ取ったのか、詳しい返事は聞かずにアイオーンへ問いかける。


「ああ。異論はない」


『……本当に、その覚悟はあるんだね? ユリアへの気持ちが、その覚悟を邪魔しないという自信は信じてもいいのかな』


 テオドルスは、口調は穏やかながらも厳しく追及する。ラウレンティウスと同じく、想うという情が邪魔するのではという疑念が拭えていないようだ。


「むしろ、ユリアを殺す役目は、わたしだけが担おうかと思っていた。テオドルスであろうと、辛いだろう?」


『ああ、辛いよ。けれど……アイオーンだけで、ね……。仮に、ユリアを殺したあと、君はどうするつもりなんだい?』


「ユリアの意思を継ぐ。今を生きる人々のために極秘任務を遂行する。──もっとも、極秘任務に関しては、ユリアの生死に関係なく任務を受け続けるつもりではあった」


『ユリアを殺すことになった場合、ラウレンティウスたちは私たちの行動を止めようとするだろうね。でも、それを振り切って殺すのだから、ひどい場合は四人とは分かり合えずに喧嘩になってしまう可能性がある』


 やむを得ないことであっても、その場合は仲間としての繋がりが揺らぐ可能性もある。テオドルスは徹底的にアイオーンの精神を問いかけるつもりのようだ。


「そうだな……」


 やや間を置いたのち、アイオーンは口を開いた。


「──それでも、たとえ皆に非難されようとも……最悪の選択を選ばざるを得ないとき、私はその道を行く。ローヴァイン家とベイツ家との縁が切れてしまったとしても、その選択を選んだことに後悔はしないだろう」


 それは迷いのない毅然とした態度からくる口調だった。偽りのない決意なのだと伝わってくる。

 たとえ喧嘩をして縁が切れる可能性があったとしても、ユリアとしては自分を殺してほしいと思っていた。

 このような状況になって、ユリアはなんとなく未来の自分の行く末を感じた。穏やかな日常を過ごしていたら、自分も『普通の現代人』になれるかもしれない、少しずつ変わっていくのかもしれないと思っていたが──現代でもこのような状況になるのなら、特別な力を持つ戦士として戦い続けたい。だから、死ぬまで本当の意味での『普通の現代人』にはなりきれないような気がする。

 これが、私の生き方なのかもしれない。


『……わかった。ユリアの件の判断は、アイオーンに任せるよ』


「了解した」


『……変わったね。パーティーの翌日から、ラウレンティウスとの関わりが変化していたけれど──まさか、きみの口から迷わず『ユリアを殺す』なんて言葉を聞くようになるとは思わなかったな』 


 それにはユリアも内心驚いていた。今もアイオーンの顔には、一切の迷いも戸惑いも見えない。平然と重い事態を受け止めている。


「ユリアたちがパーティーへ行った夜、わたしはモルガナと対面していた。奴との会話の時に、このままのわたしでは、いずれユリアの精神に負担をかけてしまうだろうと思うようになった。そして、ユリアだけでなく、他の人にも迷惑をかける可能性もあると思った。あれだけ永く生きていながら、このような精神にしかなれていなかった自分が恥ずかしいと感じたのだ。──だから、変わりたいと思った。わたしが変わらなければ、わたしの未来は変わらない」


『そして、口調も変えたのかい? 前のままでも良かったと思うけれど』


「わたしも『今を生きている存在』だ。だから、心機一転して、現代の若者らしい口調に変えて今を生きてやろうかと思ってな。……自分でもうまく説明できない感覚だが、この口調に変えてみると、意外としっくりきている。前からこのようにしゃべっていたかのような感覚だ」


『……そうなのか。──でも、そうだね。君も、今を生きている』


 そう言うテオドルスの口調は、どこか嬉しそうだ。


『──けれど、きっかけはそれだけじゃないだろう?』


「ああ……。もうひとつのきっかけは、ラウレンティウスとの話し合いだ。彼が、わたしが変われる言葉をくれたんだ」


『やっぱり、ふたりでいろいろと話していたのか。話していたことは、やっぱりユリアのことじゃないかい?』


「ああ。そのせいで、少し喧嘩のような雰囲気になってしまったがな」


 思わぬ事実を知り、ユリアはアイオーンを見つめながら目を見開く。それに気がついたアイオーンはユリアと目線を合わし、「すまない」と言いたげに少しだけ眉を下げながら微笑んだ。無線機からダグラスの反応は聞こえないが、彼も呆気にとられていそうだ。


『喧嘩をしてもお互いに前に進めたのなら、それはして良かった喧嘩だと思うよ』


「そうだな……。してよかった喧嘩だと思う」


 テオドルスからのフォローの言葉に、アイオーンは穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。そんな顔で言われたら、喧嘩のことについてとやかく言えなくなってしまう。


『そうか。──では、雑談はいったんここまでにしておこう。総長には、これから急いで魔術を習得してもらわなければいけないからね。明日、準備が出来次第そちらへ向かうよ』


「ああ。頼む」


『……今のアイオーンなら、ユリアを任せられる。ユリアのことを頼んだよ』


 その後、プツッという音がして、無線機からは何も流れてこなくなった。通信が切れたようだ。


「……少しは、精神的にしっかりとした人物として認めてもらえたということか」


 アイオーンがひとりごとを呟くと、無線機のスイッチを切って鞄に入れた。


「……ラルスと喧嘩……していたのね……」


 落ち込んだ雰囲気でユリアは目線を落とし、ぽつりと呟いた。


「……それっぽい雰囲気になっただけだ。その後、ラウレンティウスとは買い物も一緒にしたし、稽古も一緒にした。喧嘩をしたからといって険悪な間柄にはなっていないし、きみのせいでもない。気にするな」


 だが、ユリアは浮かない顔を消さなかった。アイオーンはユリアに近づき、目線を合わせるために片膝をついてしゃがみ込んだ。

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