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第二節 雨のなかの決意 ③

「……ありがとう」


 ユリアが礼を言うと、アイオーンは彼女に背を向けた。雨が降る空を見上げながら黙り込んでいる。何かを考えているようだ。アイオーンが何を考えているのか──自分の姿を見ようとしないことで、なんとなく判ってしまった。

 さて、これからどうすればいいだろう。ユリアは考えを張り巡らせる。

 その時、ふと自身を囲む障壁に目を移した。今は、これのおかげで聖杯の力を完全に抑えられている。非常に強力な術式だ。しかし、きっとそれでも長くは保たないだろう。次に、その外側で細い鎖のように連なっている血を見た。その血からは、自身の魔力とテオドルスの魔力、そしてアイオーンの魔力を感じる。


「──まさか、この時代でも血を使う時がやってくるなんて思わなかったわ。戦場ではよく使っていたけれど……」


「……そうだな。いつかのきみは、流れる己の血を刃に変え、傷を負っても攻撃を止めない狂戦士のように戦っていたな」


 と、背を向けたままアイオーンは言った。あんまりな単語が飛んできたためユリアは口を少しあんぐりとさせる。


「狂戦士……と、呼ばれるほどだったかしら……?」


「あの頃は、まだわたしの血を飲んでいなかった普通の人間だというのに、きみは深い傷を負って血を流しながらも、攻撃の凄まじさは衰えさせず、なおかつ猪突猛進に敵に向かっていただろう。あの姿は、まさしく狂戦士という表現が相応しいものだった。外見は年端もいかない少女だったが、戦闘時の凄みはヴァルブルクの歴戦の戦士たちを圧倒していた。〈予言の子〉という肩書きを持って生まれただけのことはあると、当時のわたしも思ったものだ。……一部の戦士は、きみに対して畏怖の目を向けていたな」


 呆れた声色ではないが、それでもあれはなかなかの異様さだったと言いたげにアイオーンは話す。今思えば、〈予言の子〉という期待に恥じない戦い方をすることにこだわりすぎたせいで、ある種の狂戦士になっていたかもしれない。


「……いちから魔力を凝固して物質化させて、それを武器として維持させるよりも、高濃度の魔力を含有する血を固めて武器化したほうが少し楽だったんだもの。武器としての威力は少し落ちてしまうけれど、血を流してしまったらどうしても集中力が弱まってしまうから……。だから、血を武器として使っていたの。隙を見せたらこちらが殺られる──不信派の異形は、一般的な星霊や人間にとってそれほど難敵だったわ」


 言い訳がましい話に聞こえるかもしれないが、これが正直な理由だった。それを伝えると、アイオーンはユリアに背を向けたまま腕を組みはじめる。


「……その後、きみは、わたしの血の影響でさらなる魔力生成力と治癒能力を得た。その結果、共存派は君を重要な戦力としてさらに期待し、きみはそれに応えて英雄となった。しかし、〈予言の子〉という肩書きが持つ『重さ』に、きみの心は苦しんでいたというのに、誰もそのことには気が付かなかった……。わたしも、言われるまで気が付かなかった……」


 急に謝罪するかのような言葉を口にするなんて、どうしたのだろう。まるで力を与えたことを後悔するかのような口振りだとユリアは思った。

 確かに周囲からの期待に対する苦しみはあった。けれど、決して悪いことばかりではなかった。


「その時の私は、その一面を見せようとは思わなかったし、見られたくもなかったからよ……。けれど、アイオーンの血があったからこそ、私は不信派の異形に勝ち続けることができた。あなたがいなければ、共存派はかなりの苦戦を強いられていたと思うわ」


 アイオーンは沈黙する。

 こうして振り返ってみると、やはりアイオーンは特別な力を持った星霊だと改めて感じる。他の星霊と比べて遥かに長寿であり、簡単には死ねない身体を持つ。それだけでも星霊としては異常なのに、さまざまな力をいとも簡単に扱える。そして、極めつけは過去にも未来にも行くことができるという時間超越ができること。本人は、その力を使ったことはないようだが、それを無闇に使えば、今あるこの世界の歴史が変わってしまうおそれがある。まるで『神様』のような力だ。

 しばしの沈黙の後に、アイオーンが口を開く。


「……朝から何も食べていないだろう。腹が減って仕方がないだろうが、しばらく我慢できるか?」


「大丈夫よ。……お腹が減っている感覚がないのよ……」


「……聖杯の影響か」


「ええ。おそらくは……。それに、体感温度もよくわからないわ。今は雨が降っているけれど、肌寒いのか、そうでもないのかがわからない。……五感まで奪われるとは思わなかったわ」


 こうして感覚がないのだから、何かを食べれたとしても味がわからないかもしれない。

 アイオーンはまた黙り込んだ。

 相変わらずユリアを目に映そうとはしない。雨を降らす深い灰色の雲ばかり見上げている。それは、何か言うことを躊躇っているように見えた。

 ──もしかして、そういうこと?

 そして、ユリアは口をへの字に曲げる。

 水くさいわね。今さら何を遠慮しているの、こんな状況だというのに。私は戦士であって一般人ではないのよ。言いにくいのであれば、私から言うわ。


「……アイオーン。みんなに『準備』をお願いしましょう。その『準備』が整い、みんながこちらに来てくれたら、私はこの近辺にあるはずの最後の聖杯の欠片を取り込んで、完全な『怪物』となる。そのあとに、あなたはみんなが持ってきた『準備』から力を封じる障壁を作る。そのおかげで、私は完全には操られずに済むだろうから、内側で聖杯の力を剥がし取るすべを探す──『怪物』との戦闘になるはずだから、その時の判断はあなたに頼むわね」


「──」


 ようやくアイオーンはユリアのほうへと振り返った。口を閉じ、静かに驚いた目を向けている。

 自分の考えていることは、私にはなにひとつ判っていないと思っていたの? 残念でした。とてもよく判るわよ。だって、ずっと一緒にいたじゃない。そして、ときには文字通りに一心同体だった。だからということではないけれど、意外とアイオーンと私の思考回路はよく似ているのよ。

 ユリアは、決意の笑みを向けた。


「アイオーン。あなたが考えていることと、私が考えていることはきっと同じだわ。だから、わたしのことは大丈夫よ。みんなにも頼みましょう。ふたりだけでは無理なことだから。──こんな方法だから、テオ以外のみんなは簡単には飲み込んでくれないかもしれないけれど……それでも、これが一番可能性があると思うわ」


 ユリアの言葉を静かに聞いていたアイオーンは、彼女のことを真っ直ぐに見つめていた。やがて静かに息を吐き、頷いた。


「……わかった。きみに決心がついているのであれば、わたしも覚悟を決めよう」


 アイオーンは、鞄の中から魔導無線機を取り出し、スイッチを入れた。無線機からザーッという雑音が流れると、静かな音に切り替わった。


『──こちら、テオドルス。聞こえているかい?』


「ああ。聞こえている。アヴァルの母なる息吹がある地にて、ユリアを見つけた。今は、血液と遺品の剣によって聖杯の力を封じている。ユリアも今は正気に戻っている」


「テオ。私は大丈夫よ」


 無線機まで届くようにユリアは声を張った。その声が届いてくれたようで『そうか……良かった』というテオドルスの声が返ってくる。


『……では、アイオーン。私たちは何をすればいい?』


「これから伝えるものを揃えてから、こちらに向かってほしい。あと、わたしの制服と靴を持ってきてくれないか。さすがに寝間着姿では戦いづらい」


 緊張感のある空気にはそぐわない言葉が出てきたことにより、テオドルスが小さく笑った。


『わかった。では、用意するものを言ってくれ』


 アイオーンは望みのものを伝えていく。

 採血した血が入った試験管を残り全部持ってくること。戦いに響かない程度にテオドルスの血を採血できそうなら採血しておくこと。研究所に頼んでいた道具に、魔力を完全充填してから持ってくること。そして、テオドルスの弓矢とダグラスの新しい武器となる別の武器へと変形可能な長銃。ダグラスには、魔力融解が可能となる弾を用意するか、その術を一日ほどで習得すること──それらのことをアイオーンは伝えた。

 物資の用意だけでなく、技術の習得という無茶振りに無線機の向こう側でざわめきが起きている。その理由に、テオドルスが気づいた。


「アシュリーが持つヴァルブルクの杖から学べば不可能ではないはずだ。それには魔力融解の技能習得の情報が書き込まれていたはずだからな」


『──待ってくれ。アイオーンが思い描いている作戦は……』


「拘束を解除した後、ユリアには最後の聖杯の欠片を取り込んでもらい、そのまま聖杯の力をまとって『怪物』となってもらう。そして、わたしたちはその『怪物』と戦う。聖杯の欠片は、おそらく完全な聖杯へと戻ったあとにユリアの精神を殺すか、あるいは抵抗できないように操り、肉体を乗っ取って我々を殺す行動に出るはずだ」


『待て! アイオーンッ!!』


 ラウレンティウスの怒声が響いてきた。

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