第五節 仲間と身内と ②
「……クレイグさんって『持たざる者』だったのに、極秘部隊の一員になれるなんて凄いですよね」
「いや、オレは──ただ、運が良かったんだよ」
と、そのことを話題にされたクレイグは気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「……オレには、師匠がふたりいるんだ。その人たちが、オレが『持たざる者』だった原因が特異体質だったことを解明してくれて、その体質を治してくれた。戦闘技能や魔術技能も、そのふたりの師匠が教えてくれたものだ」
「すごい……そんな凄い人たちがいるんですか」
パーシーが感嘆の声をもらす。
クレイグが、こうして素直に自分の思っていることを話すことは珍しい。同じく『持たざる者』として生まれ、苦しんだガラードとパーシーがいるからだろうか。普段ならば、気持ちを聞いてもはぐらかすか、表面的なことしか言わないときが多い。そのため、ユリアとダグラスは口を挟むことなく彼の話を聞いている。
「……世の中には、確かにクソ以下なヤツがいる……。けど、太陽みたいな人もいるんだって、今は思える」
「……はい。今ならボクもそう思えます。ね、ガラードくん」
クレイグの言葉に頷いたパーシーは、ガラードに顔を向けた。ガラードは、自分の手を見ながらやや間をおいて「そうかもしれない」と小声で呟く。
クレイグの家族曰く、ユリアとアイオーンに出会う前の彼は、明るい口調で話しながらも猜疑心と諦念が内側から滲み出ていて、ときに魔術師に対して嫉妬心を見せることもあったという。家族の中では、クレイグだけが世間から差別を受けていた。だが、心根がねじ曲がらなかったのは家族に愛されてきたからだろうか。彼自身が精神的に強かったこともあるだろう。
「素敵な人たちに出会えてよかったですね」
そう言ってパーシーが微笑むと、クレイグは困ったように視線を泳がせる。
「素敵──素敵か……。まあ……師匠たち、家族、助けてくれた人たちには感謝してるよ」
その本音を聞いたユリアは、弟子を誇る想いが溢れた目線をクレイグに向けながら思わず胸を押さえた。
よかった。この子の将来はきっと明るい。こんなにも強い子なのだから。
そんな師匠を、クレイグは流し目で見ていた。ものすごく鬱陶しそうな目だ。ユリアもそれに気づく。
「──いや、師匠のうちのひとりは『素敵』というよりはただの暴食魔人だったわ」
「誰が暴食魔人よ!」
「え?」
突如としてユリアが怒りだす。
そのことに、パーシーとガラードがきょとんとした。ダグラスは「また始まったよ」と呆れの言葉を呟く。
「オレの師匠、この姉さんなんだよ。もうひとりは長い銀髪の美形」
「えっ!? あのすごくかっこいい人がですか!?」
パーシーは目を輝かせながら大きな声を出す。
「……いろいろと聞きたいことがあるんですが」
目を輝かせるパーシーとは反対に、ガラードはユリアとクレイグをまじまじと見つめながら言った。しかし、ユリアは「駄目よ」と首を振る。外見的にユリアのほうが年下という印象があるため、ガラードはそのことが気になったのかもしれない。
「極秘部隊だから詳しく話せないわ」
「訳あり集団ですか」
「……少なくとも私たちはそうね」
「やっぱり……。あの聖杯をどうにかできていることから普通じゃないですよね」
今思えば、全員が『訳あり』だ。約千年という時代を越えてきたふたりの人間とひとりの星霊。そして、星霊に近い人間の血を飲んで特別な力を得た現代人が五人という特殊なチーム。
「ええ。全員が『普通』ではないわ。だから、私たちは一般人には秘匿されるような仕事をしていて、一般人に情報を開示することはできないの」
「……それでも、なんだかんだ言いながら少しは教えてくれるんですね。……『普通』でなくても別にいいんで、大部屋にいるあの子たちにも顔を見せてあげてくれませんか。助けてくれたお礼を言いたがっていましたので」
『普通』でなくても、心はただの人間。だから、ユリアは頷く。
「わかったわ。では、これから大部屋に向かうわね。お大事に、ガラード。──行きましょうか、総長。クレイグ、あなたも」
「へーい」
三人は病室を出て、子どもたちがいるという大部屋を向かった。ダグラスとクレイグが場所を知っているというので、ふたりについていく。
やがて、病院内にある空中庭園に繋がる区域にやってきた。すると、ちょうどその空中庭園から室内に入ってきた人がいた。品格のある中年の男性だ。その手には携帯端末を持っていることから、先ほどまで電話をしていたのだろう。
「──おや。極秘部隊の方々ではありませんか。ちょうどいいところに」
この言葉は、ヒルデブラント語。ダグラスは中年の男性の顔を見、驚きの声を上げる。
「こ、これは、スミスさんではありませんか! どうして、こちらに?」
ユリアたち特務チームを出迎えてくれた、アヴァル王家に仕える魔術師であり王の側近のスミスだった。極秘任務が終わるまで顔を合わせることはないと思っていたため、ユリアとクレイグも驚いている。
「──少々、皆様に直接お話ししたいことがございましたので。そして、あの子どもたちのことについてのご報告を申し上げようかと。ここでお話しするのは迷惑になりますので、こちらの庭園でお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
ダグラスは即答する。ユリアとクレイグも「はい」と答えた。断る理由はない。
庭園に出ると、スミスはさっそく話を始めた。
「警察機関との話し合いの結果、子どもたちは、わたくしの知り合いが運営する養護施設で保護することになりました」
「そうですか。スミスさんが知っている施設であれば安心できます。ありがとうございます」
ダグラスは礼を言うと、「とんでもない」とスミスは笑った。が、すぐに神妙な面持ちになる。
「……そして──わたくしは、皆様に謝らねばならないことがございます」
「謝る? スミスさんが謝ることなど何もないのでは……?」
「皆様は、高級車に乗った老紳士からサンジェルマン伯爵の手紙を受け取られましたでしょう。そして、聖杯の欠片を回収したあとに発見されたであろう鉄格子門に括りつけられていた手紙……。それらの手紙を書いたのは、わたくしなのです──サンジェルマン伯爵から命じられて書いたものです」
「──なっ!?」
三人は言葉を失った。高級車に乗った老紳士からサンジェルマン伯爵の手紙を受け取ったことはスミスにも報告しているが、聖杯の欠片を回収したあとにあった鉄格子門に括りつけられていた手紙については、彼に報告していない。
サンジェルマンは老婆の姿をした星霊だった。彼はそのことを知っているのだろうか。ユリアは足を一歩動かし、スミスに近づく。
「お待ちください、スミスさん。まさか、あなたはサンジェルマン伯爵の正体をご存知なのですか……?」
「はい──星霊であることも……真の名が、モルガナであることも存じております。ユリアさんの情報を読み取る魔術に驚いたことも、そういうフリをさせていただきました」
モルガナ。
ユリアは、かの星霊の名を小さく口にする。一瞬だけ冷ややかな目を空にやり、目を閉じた。ダグラスは静かにため息をつき、クレイグは戸惑いつつも腕を組んだ。
「……やはり、皆様はさほど驚かれないのですね。この世に星霊が生きていることは有り得ないとされているというのに」
そう。普通ならば有り得ない。しかし、ユリアたちの仲間にはアイオーンという星霊がいるため、そこまで驚くことはなかった。その態度で、ユリアたちは別の星霊をすでに知っていると言っているようなものだったが──ユリアは無言でスミスを見据えていると、察したように彼は首を振った。
「申されなくとも結構です。極秘部隊の方なのですから」
「……なぜ、スミスさんはモルガナという星霊と知り合いなのですか……?」
ユリアが問うと、スミスは目を伏せた。
「話せば長くなりますが──わたくしは、幼い頃に両親を亡くしてしまい、孤児となってしまいました。しかし、その後は『本物のサンジェルマン伯爵に助けられた人たちの意思を継ぐ者』たちによって助けられたのです」
「本物の、サンジェルマン……? 助けられた人たちの、意思を継ぐ者たち……?」
「モルガナに助けられたとかではないんですか?」
クレイグが怪訝そうに問いかけると、スミスは「違います」と否定した。
「モルガナ様も『サンジェルマン伯爵』と名乗ってはおられますが、それは三百年ほど前までに生きておられた本物のサンジェルマン伯爵ととても好い仲だったからです」
「えっ!?」
「んっ!?」
「はいっ!?」
星霊と普通の人間が恋人同士。衝撃の事実に三人は同時に驚きの言葉が飛び出した。




