第五節 仲間と身内と ①
「……ん」
目を開くと、そこには白い天井があった。自分の身体には白い布団が被せられている。顔を横に向けるとベッドガードが目に入り、隣には小さな机とテレビ。ここは病院の一室だろうか。
そして、反対側に顔を向けると新聞に目を通すダグラスがいた。
「……おう、姫さん。起きたか」
「……総長……」
「身体、起こせるか?」
ユリアは、言われたとおりに身体を起こそうとした。だが、少し身体がだるい。そのうえに変な感覚もある。体内で生み出される魔力が、勝手に力を抑制しようと動いている──術式だ。体内に、複雑な術式が組み込まれている。力が出しにくい感覚の原因はこれだ。
身体を起こしだユリアが訳の判らない術式に混乱していると、ダグラスは彼女の頭に手を乗せた。そして、そのままゆっくりと指先に強烈な力を入れはじめる。
「──作戦変更したのは別にいいんだがな? 姫さんは、とりあえず自分は頑丈だから無茶してもいい、あるいは無茶しないといけないっていう変な勘違いをしてるっぽいように見えんだけどさぁ……?」
ダグラスはとてもいい笑顔を作っているが、それが怖い。こんなにも怖い彼を見るのは初めてだ。それよりも指先があたっている部分がとても痛い。
「すすすすみませんでしたッ!!」
ユリアは血の気を引かせた顔で即座に謝ると、ダグラスは盛大なため息をついて手を離した。
「……もう、やめろよ。そういうの……。姫さんが封じてる聖杯のことは、姫さんにしか判らん。だから、俺たちは姫さんが大丈夫ってんならそれを信じるしかない。……こうなる不安は、心のどこかであったはずだ。──無茶するな。嘘つくのも止めてくれ」
「……はい……。ご心配をおかけしました……」
「イヴェットも怒ってたぞ。『聖杯のせいでどうなるか判らないのに、ユリアちゃんは自分だけで抱え込んでひとりになろうとする』って」
「……すみません……」
この戦いは、もう千年前の戦争のようなものではない。戦場の環境が違えば、求められる戦い方も違う。ただ、あの時代のような、傷ついても我慢してがむしゃらに敵を屠ればいいという『化け物』のような戦い方とはまったく違うのだ。
そんなこと、昔からわかっていたはずなのに。仲間を頼り、みんなで対策を考えていけばいいのに──恐怖があっても呑み込んで、ひとりでやろうと動いてしまう。我ながら、どうしようもない悪癖があるものだと思う。
「けど、姫さんの『もうひとつの判断』は正しかったと思うよ。子どもたちを出口に向かわせるんじゃなくて、姿を隠してやり過ごすこと──出口付近は、ホムンクルスがうじゃうじゃ集まってきやがったんだ。だから、もし向かわせていたら戦闘に巻き込んでしまってただろうな。隠れてたおかげで全員、怪我もなく保護できた。魔力探知機を持ったホムンクルスもいたそうだが、それにもバレなかったしな。研究所にいた奴らも全員拘束された」
「……そうですか。良かった……」
「姫さんも、とりあえず無事で安心したよ。今は大丈夫そうだな」
「はい。……本当に、今は大丈夫です」
「ん。そうか。アイオーンの魔術が効いてるんだろうな。長い時間、術をかけてたよ。聖杯の力を抑える代わりに、姫さんが戦えなくなるとか言ってたぜ」
ここまで身体も重たく感じる複雑な術式をかけられたら、間違いなく足手まといになる。今の自分には、こうされていたほうが相応しいだろう。
前に進みたいと思っていたのに、進めていない。
「……ところで総長、ここはどこですか?」
「スミスさんが手配してくれた病院だ。子どもたちはほとんど魔術師のような感じだからな。魔術師を診れる腕の良い医者がここにいるんだと。姫さんは極秘部隊の一員だから、部屋を一時的に借りてるだけで細かい検査はされていない。ちなみに、姫さんが倒れてから一日と少しが経ってる」
一日以上も眠っていたことを知り、ユリアは小さな声で「えっ」と驚いた。
「他のみんなは、どこへ……?」
「イヴェットは、大部屋の特別病室にいる子どもたちの遊び相手になってる。他のみんなは、研究所にある資料や機材の回収の手伝いに行ってもらった。パーシーも一緒に行ってる。俺は、姫さんの目付け役」
「目付けって……」
「姫さん、目が覚めたら勝手にどっか行きそうだからな」
「そんな子どもみたいなことはしませんよ」
また子ども扱いされた。
ユリアはそっぽを向いてむくれた。
「どうだかな。姫さんは、誰かが見ててやんないと無茶する性格だってのが判ってきたし……。これは、任務を一緒にやってないと見えなかった一面だな。テオドルスも、その一面にはもっと自分も干渉するべきだったかってボヤいてた」
「……」
テオドルスの反応がまるで親のようで、そう言われる自分は大人ではなくまだ子どもだったのだと感じた。子ども扱いのようなことをされると反抗するから、いつまでも自分は『子ども』なのかもしれない。素直に聞き入れて、直していかねば『大人』にはなれない。
「何かが起こっても、みんなで考えていこう。俺たちはチームなんだからな。イヴェットが怒ってたのは姫さんが無茶したこともあるが、不安があるはずなのにそれを仲間に話そうとしてくれなかったからだよ」
千年ほど前の戦争では、自分が強い戦士として振る舞えば家臣たちの士気があがり、鼓舞することもできた。しかし、今はそうではない。仲間を不安にさせまいと考えていたが、それは間違いだ。
自分は、チームのリーダーでもなんでもない。それに、このチームは『身内』だけで構成されているようなもの。上下関係すらありそうでないものだ。だから、希望も不安も共有する。そして、共に進む。
それが、この極秘部隊特務チーム。
「……はい──屋敷に帰ったら、今抱いている不安をみんなに言います」
「ああ。そうしてくれ」
そうだ。ちょうどいい機会だ。
騎士団に所属していた期間が長い彼に、聞きたいことを聞いてみよう。
「……総長。あんなにも、子どもたちが酷い環境で閉じ込められていた事件って、今までにありましたか……?」
それを問うと、ダグラスは複雑そうに目線をそらした。
「……ここまで酷いのは初めてだ。子どもたちには食べ物が与えられてたとはいえ、栄養状態はあまり良くないらしくてな……。だから全員、健康的に問題がなくなるまでは入院する予定とのことだ」
ここまで酷くはないが、これと近い事件はあったような口ぶりだ。近年そのようなニュースは聞いたことがない。もっと昔のときだろうか。
「そのあとは、養護施設に入るのでしょうか?」
「たぶん、そうなる。──このことに気負い過ぎるなよ、姫さん。これは、俺たち現代社会に生きる人間たちの課題だ。姫さんはこの極秘任務な」
「……はい……」
ユリアは現代社会に属していない。戸籍もなく、世間からは秘匿されるべき存在だ。その課題に関わることはできない。今、ユリアがやれることとやるべきことは、ダグラスの言う通りこの任務だ。
「ガラードもここに入院してるんだが、少し前に目が覚めたみたいだ」
ガラード。
自身の知らぬところで研究所の悪行は露呈されたが、彼の復讐心は消えているのだろうか。それが少し気になる。そして、別のことで自分の気持ちが落ち着かないところもある。
「……あの子に、会いに行ってもいいですか? ガラードに言いたいことがあるんです」
「わかった。案内するよ」
◆◆◆
「ん……? クレイグにパーシー。なんだ、お前さんら帰ってたのか」
ガラードがいる個室の扉を開けると、そこには研究所に行っていたはずのクレイグとパーシーが、椅子に座ってガラードと話していた。
「あー、総長。とりあえず、オレらが手伝えそうな作業が終わったんですよ。だから、ほかのみんなもここに戻ってきてて、今は大部屋で子どもたちの面倒見てます。……ユリア。アンタ、もう頭痛は大丈夫なのか?」
他のチームのメンバーなら、この時点でユリアに無理をしたことについて詰め寄っていただろう。しかし、クレイグはあえてそうしない性格だ。こういう淡白というか、細かいことはあえて流してくれることは有り難いと感じる。怒られ続けるのも堪えるからだ。
「ええ。少しガラードに言いたいことがあったからここに来たの」
ユリアは、ガラードを見据えながら入室した。ガラードは寝台に座りながら、ユリアから少しだけ目線をそらす。
「……なんですか……」
「あのときは敵同士だったとはいえ、私はあなたの生い立ちを知らずに偉そうなことを言ってしまったから……。自分の気持ちが落ち着かないから、謝りにきたの。──偉そうなことを言ってごめんなさい」
彼らは、実親から愛を貰えず、自由すら取り上げられて、閉ざされた空間で生きなければならなかった。復讐心すら湧き起こっていた人に、もっと世の中のことを知れなどと──。そのような心の余裕などあるはずがない。自分がガラードの立場なら、同じく怒りを抱いたことだろう。
「……パーシーを信じてくれて……子どもたちを助けてくれて……ありがとうございます」
ガラードは謝罪に関することには触れなかったが、ユリアを見て感謝を示した。
「……復讐心は、きっと消えないかもしれないけれど──」
「安心してくださいよ。退院できたら、大人しく刑務所に入るつもりですから」
「……そう」
その後、病室が妙な静けさに包まれた。その空気を払おうと思ったのか、パーシーが口を開く。




