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第四節 ただ、守るために ②

 そして、翌日の明け方。作戦は静かに開始した。


「──それじゃ、三人とも。頼んだぜ」


 ダグラスの言葉に、ユリア、イヴェット、パーシーの三人は頷いた。パーシーが背負う小さなリュックには、騎士団から借りたヒルデブラントヒツジモドキのマントが入っている。

 研究所の敷地は広大だった。そのうえ、大きくて似たような建物がいくつもあり、どこが何をするための建物なのかという案内表示もない。

 まず、三人が研究所の敷地内に侵入し、パーシーの案内で子どもたちが閉じ込められている建物に向かう。他の仲間と警察機関の人たちは敷地の外に待機だ。

 現在は明け方であるため、出勤してくる人はまだいない。しかし、研究所内で寝泊まりしている研究者も多数いるとのことだ。

 建物の中や外には防犯カメラが作動していると仮定し、ひとまずユリアとイヴェットは、研究所の制服に近い見た目服を着て、姿を隠さずに歩いていくことになった。案内をするパーシーは目くらましの術で姿を隠している。姿が見えていなくても、近くにいればユリアがパーシーが生み出す魔力を感知できるため、どこにいるのかが判る。防犯カメラはあれど、魔力を感知する機能はさすがに備わっていないだろう。脅威となるような魔術を扱える人は少なすぎるからだ。

 少し意外なことに、この敷地には守衛がいなかった。陰で違法なことをしているため、共犯となってくれる研究者以外は雇っていないのだろうか。そのおかげで敷地内には潜入しやすいものだった。


「……ここにあるのね」


 何もないところからユリアの服が引っ張られる。パーシーだ。この建物に子どもたちがいるということだろう。

 建物の扉には、何かを読み込むための認証機器が備え付けられている。本来なら社員証のようなものが必要なのだろう。ひとまず、これらの建物の鍵については警察機関が動いてくれたので問題ない。このセキュリティ機能を作った会社に連絡し、事情を説明してマスターキーとなるカードを用意するよう依頼してくれたからだ。ユリアの手にそれがある。

 カードを認証機器にかざすと、鍵の開く音がした。扉を開いて建物の中に入ると、誘導灯やフットライトしかついておらず少し薄暗い。始業時間前とはいえ、いつ電気がついて人に見つかるかは判らない。


「……少しだけ、魔力が濃い……?」


 イヴェットが首を傾げると、ユリアは頷いた。

 外に比べて魔力濃度が少し濃い。ちょっとした魔術が使えそうなくらいだ。まさか、建物の中にも人工魔力を流せるほどに生成できるとは。侵入者対策として流しはじめたのかもしれない。何の対策もしていない魔術師なら、少しずつ体調に不調が現れる量だ。

 目を凝らして廊下を見ていると、給湯室と書かれた室名札を見つけた。ユリアたちはそこに入り、まず外にいる仲間たちに、携帯端末のメールで建物の内部に人工魔力が漂っていることを伝えた。警察の人々は防護服を着なければ入れない。

 そして、ユリアとイヴェットも気配遮断と目くらましの術を発動した。互いに見えなくなるため、パーシーがユリアとイヴェットの手を繋ぎ、誘導することとなった。体内から生成される魔力の気配を追えるのはユリアだけだ。


(……人が来た……)


 しばらくして廊下に電気がついた。向こう側からふたりの研究者が歩いてくる。防護服は着ていないため、魔力耐性があるのか、あるいは薬を服用しているかのどちらかだ。今日の研究の話でもしているのか、小難しい会話が聞こえてくる。すれ違うタイミングが訪れた。三人の気配は、ふたりの研究者にまったく気付かれていない。

 さらに広い館内を歩いていると、長い廊下があるだけのフロアに入った。その突き当りには、他とは違う大きくて頑丈そうな扉がある。そして、扉の中央部には認証機器がついている。


「……ここなんですが……さらに頑丈そうな扉に作り変えられてますね……。ご飯の時間を待たないと、どうにもできません」


 パーシーがそう呟く。

 この先に子どもたちがいる。そう思うと落ち着かない。ユリアは、急く気持ちを鎮めながら認証機器に手を触れた。


(……あら……?)


 認証機器から、かなり微々たるものだが人工魔力を感じることに気が付いた。そういえば、人工魔力を使ったセキュリティがあると言っていたか。

 ユリアは、目くらましをして見えない手をかざして機器から漂う魔力を調べていく。二種類の魔術を発動し続けながら調べなければならないが、ユリアにとってはそう難しいことではない。魔力のことならば負ける気がしない。たとえ現代人が造った人工魔力であろうとも。

 極秘部隊に就く前のユリアは、ヒルデブラント王室研究所の研究者として働いていた。そこでは人工魔力についての研究も行っていたため、人工魔力のことについての知識がある。なので、魔力には例外なく情報を記録する特性があることも知っている。だから、ユリアはそれを利用したセキュリティかもしれないと直感した。こんな場面で、まさか前の職場の仕事内容が役に立つとは。

 やはり、人工とはいえ魔力は魔力なのだと実感する。母なる息吹から噴き出る魔力と違い、質が粗いところはあるが、人工魔力から機器が求める情報を読み取ることができた。そして、ユリアはその情報を手のひらに集めた体内の魔力に書き込む。細かく魔力を編み、術式を作るのはテオドルスの得意分野だが、ユリアは魔力の解析に長けている。この情報の読み取りは解析能力の類だ。

 やがて、認証が完了した音が鳴った。認証機器が、ユリアの手のひらをセキュリティカードと誤認した。


「……あ」


 頑丈な扉が、少しずつ開いた。


「んぇっ──!?」


 驚きのあまりパーシーとイヴェットは、喉から声を出しかけた。何とか声を飲み込み、周囲を見渡す。誰もいない。よかった。


「……開いたわ」


 まさかここまでうまくいくとは思わず、ユリアも少し呆けている。かなり身勝手な行動をしたものだが、警報装置が動いている様子はない。


「……と、とりあえず中に入って扉を閉めよう。見つかったらマズいと思うから」


「そうね……」


 三人は扉の向こうに進んだ。扉を閉めると一面が真っ黒になった。明かりはひとつもない。

 だが、ここにも人工魔力が漂っている。ユリアとイヴェットは発光術で指先に明かりを灯して周囲を確認した。すると、地下へ行くためのスロープがあった。三人はゆっくりとスロープを降りていく。


「……また、扉……」


 スロープの先には、先ほどの認証機器よりもさらに濃い人工魔力を感じる扉があった。そして、形状が違う認証機器。上のものとは違うものだろう。

 その時、上から扉が開く音と足音が聞こえてきた。


「いけない……」


 発光術を消し、再び気配遮断をする。三人は、扉のすぐそばの隅に移動した。

 カラカラという音がするが、それはカートに付いている小さなタイヤの音に近い。すると、スロープから明かりが降りてきた。防護服を着た人物が、食事が盛られた皿を乗せた配膳カートを押している。時刻は、食事の時間となっていたようだ。

 防護服の人物は、認証機器を操作して扉を開けた。その隙に、ユリアたちは扉の隅を通り部屋の中へ進む。

 部屋に入った瞬間、濃い魔力を感じた。この部屋も真っ暗だ。防護服の人物は、ライトを持って壁側に向かい、部屋の電気をつけた。


「……!?」


 ユリアたちの目に映ったのは、扉から続く広い道の両側に、鉄格子の牢屋がいくつもある光景だった。牢屋には、ひとりずつ子どもが入れられており、子ども立ちはみすぼらしい寝台の上で寝ている。


「起きろ。朝食だ」


 防護服を着た人物は、感情のない女の声を発した。牢屋の前に食べ物が入った器を置いていく。

 簡易的な食事だ。子どもたちの身体を見ると、かなり痩せている。パーシーと同じく育ち盛りと思わしき年頃の子たちであるため、これだけでは栄養がまったく足りていないはずだ。


「──七番。一時間後に研究室に連れていく。早めに食べろ」


「……はい」


 怒りが収まらない。

 駄目だ。抑えろ。殴り倒してしまうと、計画がうまくいかなくなる。この者たちを裁くのは自分ではない。

 用が済んだ防護服の女は部屋から去っていった。ドン、という重い音を響かせて扉は閉まる。

 子どもたちは、牢屋から出されることなく、鉄格子の隙間から食器を使って食べはじめた。子どもたちが着ている服はよれよれで、汚れも多い。刑務所に入っている囚人でも、もっとまともな扱いを受けるはずだ。しかも名前で呼ぶことはなく、番号だった。おそらく管理番号だ。これが、パーシーが言っていた『人扱い』されていないということなのか。


「……みんな。ただいま」


 パーシーは、イヴェットとユリアの手を離し、気配遮断と目くらましの術を解いた。


「……パ……パー、シー……!?」


 牢屋に入れられた子どもたちのなかで、一番年上らしき少女が驚嘆する。


「な、なんで──」


「しーっ。静かに。みんなを助けに来たんだよ」


 ユリアとイヴェットも、目くらましの術を解いて姿を現した。子どもたちは食べることを止め、驚きと戸惑いの声を漏らす。それでも小さな希望を見つけた目をしている。


「大丈夫よ。落ち着いて。私たちは、みんなを助けに来たの」


「……で、でも……」


 ユリアは、一番手前側の牢屋に近づいた。そこには十歳ほどの少年がいる。

 鉄格子を掴むと、内部には人工魔力が流れていた。簡単には壊せないようにしている。牢屋の鍵も人工魔力を利用したものだ。ユリアは魔力を調べ、しばらくしてから鍵が開く音がした。


「さあ。おいで」


 扉を開けて、ユリアは微笑みながら少年に手を差し伸べた。少年は、ゆっくりとユリアの手を掴む。その手は、とても細く弱々しかった。逃げる力はあるだろうか──そのことが少し不安だ。

 その後、ユリアは、すべての牢屋を開けて子どもたちを外に出した。強制されることなく外に出られたためか、子どもたちは全員ぽかんとしている。


「まずは、朝ごはんを食べてちょうだい。脱出するには体力がいるから」


 ユリアは子どもたちに促した。イヴェットとパーシーも食べることを勧め、子どもたちはようやく自分の食事が入った器を手に取って食べはじめる。

 その間に、ユリアは扉から流れる人工魔力を読み取った。

 どうやら、こちらから開けば警報装置が作動する仕組みのようだ。脱走防止のためのセキュリティだろう。


「──ユリアちゃん。食べ終わった子から魔力生成量を調べてあげて」


「わかったわ。パーシー、リュックを」


 ユリアは、パーシーからリュックを受け取ると、一番初めに牢屋から出した十歳ほどの少年に近づく。威圧感は出していないのだが、少年はびくっと怯えてしまった。


「な、なにする、の……?」


「……大丈夫よ。痛いことは何もしないわ。ちょっと手を触らせてね」


 膝を曲げながら優しく伝え、少年の手を両手でふわりと包んだ。

 魔力は生み出せている。しかし量が少ない。気配遮断か目くらましの術のどちらかが不安定になってしまう。少しの肉体強化術ならば可能性だろう。この子は、持ってきたマントを使うべきだ。


「今から、私が持つ情報をあなたの魔力に教えるわね」


 マントの使い方と、魔力を用いて肉体を一時的に強化する魔術を、魔力に伝えていく。

 この子たちも、クレイグと同じく何らかの特異体質が原因で『持たざる者』だったのだろう。それを無理やり変質させて魔術師にした。下手をすれば身体に異変が起こっていたかもしれない。それを、こんな小さな子どもに強制していたなんて──。


「──では、これを使ってみて。直感で何をすればいいのか判るはずだから」


 そして、リュックから取り出したマントを少年に手渡す。少年は、マントの肌触りを確かめるように触れていくと、やがて何かを理解したかのようにそれを羽織り、魔力を操った。少しずつ姿が透明になり、やがて完全に見えなくなった。


「消えた……!」


 他の子どもたちが驚く。

 マントを羽織った少年は再び姿を現すと、ユリアはマント越しから頭を撫でた。


「よくできました! とても上手だったわよ。筋が良いのね」


 マントを脱いだ少年は、恥ずかしそうに微笑んで目をそらした。褒められ慣れていないのだろう。そのことを思うと、ユリアは堪らず少年を抱きしめてしまった。


「……ごめんなさい、急に抱きしめて……。……今までずっと怖かったと思うわ……。ずっと我慢して、頑張ってきたのでしょう……? もう大丈夫だから。安心して」


 優しく声をかけると、少年は無言になった。そして、ユリアの服の裾を掴み、鼻をすする音が聞こえはじめる。ユリアはしばらく少年の頭を撫で続くけた。

 タイムリミットは一時間。それまでに、ユリアは全員の魔力生成量を調べ、目くらましの術を使えそうか否かを判断し、魔力を使って子どもたちに情報を与えた。


「──これで全員、目くらましと気配遮断の術、あるいはマントを扱えるようになったわね。……さて、ここからが本番よ。この扉は、向こう側から開けたら何も起きない。けれど、こちら側から鍵を開くと警報装置が作動するようになっているようなの」


「えっ、そうなの?」


 イヴェットが問う。


「ええ。扉に流れている人工魔力には、そうなるように情報が書き込まれていたわ。だから、防護服の人が来た時、扉を閉じずに開けっ放しにしていたのだと思う。──ということだから、私が扉を開けたら、みんなは術とマントを使って姿を隠し、人のいないところへ逃げて。警報装置が鳴ったら、私たちの仲間や警察が来てくれるから心配しないで。騒動が収まるまで姿を隠していてほしいの」


 子どもたちは不安そうにしながらも頷く。そして、ユリアはイヴェットとパーシーにも指示をした。


「パーシーとイヴェットは、姿を隠して出口に向かって。私は侵入者として表に出て、目を引きつけておくわ」


「待って、ユリアちゃん。みんなで出口を目指すんでしょ? すぐに合流できるように。総長もそうするものだと思ってるはずだよ」


「ええ。けれど、子どもたちの力では、術を使いながら逃げるのは少し厳しいと思うわ。きっと、すぐに体力の限界が来る。建物に人が増えているかもしれないし、誰かが囮になるほうが安全かもしれない。この作戦の目的は、子どもたちの保護──子どもたちは逃げるよりも、隠れることに専念したほうがいいと思うの」


 ユリアがそう説得するが、イヴェットはあまり聞き入れようとはしない。


「そうかもしれないけど……それなら、あたしも残る。聖杯が何か悪さをするかもしれないから気をつけなさいって、テオさんも言ってたじゃない」


「そうね。たしかに、その可能性はあるとは思う。けれど、私はそう簡単には死なないわ。酷い怪我を負っても大丈夫な人間だもの。だから、イヴェットは、パーシーを安全な場所まで連れていってあげて」


「死なないとかそういう問題じゃなくて。ユリアちゃんは──」


 案じるイヴェットの言葉を遮るようにユリアは首を振り、彼女の肩を優しく叩いた。おろおろとするパーシーにも「よろしくね」と言って肩に手を置く。

 顔には出さなかったが、その時のユリアは胸の中に不安が渦巻いていた。ふたつめの聖杯の欠片を取り込んでから、自分が『自分ではない何か』になってしまうのではという漠然とした恐怖を感じるようになったからだ。そのせいで、そばに誰かがいると傷つけてしまうのではないかという不安が生まれていた。

 その不安を言わなかったのは、悪い意味で誰かの精神を揺さぶりかねないことだと思ったからだ。子どもたちも不安がるだろう。しかし、たとえまた頭痛が起こっても我慢すればいい。あの程度ならば、まだ大丈夫だ。


「大丈夫よ。みんながすぐに来てくれるわ。──さあ、始めましょう。子どもたちは姿と気配を隠して。できる人は肉体強化を」


 ユリアは、そう指示しながら扉へと向かっていく。イヴェットは、何も納得できていない目線で彼女を見つめていた。

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