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第四節 ただ、守るために ①

「そ、そんなにも……悪いです……。ただでさえ、着替えの服まで買ってもらってますし──」


 ガラードを救出してから一夜が開け、昼時となった頃のこと。

 特務チームとパーシーは、屋敷の食事室と隣接する台所にいた。パーシーは、新しい年相応の服装に身を包んでおり、台所の調理場にいるアイオーンに食事を盛ってもらっていた。


「外見的に育ち盛りの年齢だろう。遠慮などするな」


 と言って、アイオーンは無表情で食事を盛っていく。今日の昼食は、米といくつかの具材を炒め、調味料で味付けした料理だ。皿のうえにはどんどん大きな山が出来上がっていく。


「ワァ」


 パーシーは呆気にとられ、口を開きながら皿の上に聳え立っていく山を見つめた。そして、アイオーンから山が乗った皿を差し出されるも、開いた口が閉じられないまま呆然として料理を見つめている。


「あら。おかわりはたくさんあるけれど、そんなにもいらなかった? 食べられないのであれば、残しても大丈夫よ。残りは私が食べておくから」


 アイオーンと同じく調理場にいたユリアは、火にかけた大きなフライパンの中にある具材をお玉で炒めながら微笑んでそう言った。


「なんで毎日そんなにも食えるんだ、お前は……」


 皿に盛られた料理を食事室に運びながらラウレンティウスが呟く。


「ユリアちゃんの魔力生成量が凄いからとかじゃないの?」


 同じ作業をしているイヴェットが首を傾げながら言うと、調理の際に出た生ごみを集めて袋に入れていたダグラスが「いやいや」と否定する。


「それなら魔力生成量が増えた俺も食欲が増えると思うんだが、別にそんなことないぞ」


「ユリアの内臓が異次元レベルなだけだって」


 食器を取り出して並べているクレイグが呆れた笑みを浮かべた。


「絶対それや」


 人数分のコップに茶を注ぎながら、アシュリーも弟の言葉に同意する。


(たが)が外れたらこんな大食いになるなんて思わなかったな……。誰に似たんだろう……。ヴァルブルクの国祖様の隔世遺伝かな……」


 使い終わった調理道具を流し台で洗っていたテオドルスは、遠い目をしている。

 極秘部隊は、他愛もない会話が途切れることなく食事作りと片付けを両立させて作業を進めていく。そんな光景に、山のように盛られた皿を持っているパーシーは目をぱちくりとさせていた。


「なんというか……皆さん、庶民派ですね……。それに、ここって拠点というかどう見てもお金持ちの人が住む家ですよね……?」


「そうだけど、ここは借り物でな。オレらのじゃねえんだわ」


 クレイグが答える。パーシーは食事室に皿を置き、その言葉に首を傾げた。


「……どんなことになったら、こんな大きな家を借りれるんですか?」


「ウチらは、ヒルデブラント王国軍の極秘部隊やからな」


 アシュリーの言った単語が聞き慣れないものだったのか、パーシーは困ったように眉を顰める。


「まあ、要するにヒルデブラントっていう国のトップに認められた魔術師ってことや」


 やがて、調理を終えて、すべての皿が食事室に運び込まれた。全員がそれぞれ適当な場所に座ると、ダグラスが窓際に置いていた折り畳まれた紙を持って着席した。


「──さてと。それじゃ、食いながら聞いてくれ。午前中に警察機関と話してきたことを伝える」


 その時、緩やかだった場の空気が引き締まった。


「話し合いの結果、警察機関側は、パーシーの情報を信じて調査をしてくれることになった。パーシーとガラードの身元を調査して、ふたりの魔力検査の結果からいろいろとツッコみどころがあると解ってくれた。もともと、その研究所を所有してる企業が、ちと疑惑があるとこだったらしくてな。けど、子どもの証言だけで調べさせろと言っても、素直に応じることはないだろう。血液検査の結果だってそんなことは知らんと突っぱねるはずだ」


 病院からの情報によると、ガラードは命に別状はなかったが、意識はまだ戻っていないという。聖杯の魔力にあたり過ぎたのが要因かもしれないが、理由は不明とのことだ。


「──だから、こっそり忍び込んで調べたほうが早いかもなってことになった」


「まさかの潜入調査ですか?」


 ラウレンティウスが意外そうに問う。


「変に研究所の人間を刺激して、子どもたちを人質にとる行動をされたら面倒だからな。優先順位は、研究者どもの逮捕よりも、子どもたちを探して保護することだ。身寄りのない子どもたちを孤児院から買い取って軟禁していること自体、すでに法律に触れてる。だから、子どもたちを見つけてから、その捜査という名目での一斉突撃だ。研究所の機材や資料は、逮捕理由であり裁判の際に必要な証拠品となる。だから戦闘になっても壊すのはできるかぎり避けてくれ。そんで、だ──」


 ダグラスは、折り畳まれた紙を広げ、それを長机の上に広げた。赤いペンで丸印が描かれた大きな地図と、建物が写った写真だ。


「パーシーの記憶から、研究所の場所を割り出したのがこれになる。この建物が研究所だ」


 建物はいくつもあり、そのどれもが大きなものだ。すると、写真を見ていたラウレンティウスが何かに気が付く。


「建物に付いているこの企業マーク……わりと有名な製薬会社のものじゃなかったか?」


「だよね。あたしも薬局とかで見たことある」


 イヴェットが頷く。

 さらに、アシュリーが何かを思い出したかのように「あー」と声を出す。


「マーク見て思い出したわ。この製薬会社の代表取締役って、元貴族で魔術師の家系の人やったな。魔力研究者やったけど辞めて、それから起業して製薬会社立ち上げた人」


「そうだ。元貴族ということだけあって顔が広くてな。良くも悪くもいろんなコネがあるとの噂があるらしい」


 ダグラスの言葉に、クレイグはため息をつく。


「……またデカい企業が違法研究か……。研究するには、どうしても大量のお金が必要になるからだろうけどよ」


「違法研究者の大半がお金持ちなんは、それが理由やからなぁ……。特殊かつ貴重な素材を手に入れるルートも必要やからコネもいるし。中流階級やと、正直ちょいムズい」


 と、アシュリーがクレイグの呟きを補足する。


「この施設は、とても広そうですね。気配遮断と目くらましの術の維持に自信がある人が行ったほうがいいかと思います。──なので、総長。子どもたちの捜索は、私に行かせてください」


 ユリアはそう理由づけたが、本当は子どもたちの安否が心配だった。子どもたちを目的に動いていたほうが、まだ落ち着いて行動できそうだ。


「あたしも行く。一番得意な魔術だから」


 そして、イヴェットも名乗り出た。彼女は、現代人の中では一番、気配遮断と目くらましの術の技能レベルが高い。問題なく捜索できるだろう。


「子どもたちを探すのは、少数人で行ったほうがいいかもしれない。建物の中は広そうとはいえ、大所帯だと動きにくくなるだろうからね」


「ああ。子どもの人数は全員で十人だ。なかなか多い。それと、あとで突撃する方にも人数がほしいな。別の建物から敵の増援が来ちまうかもしれん」


 と、テオドルスとダグラスが言う。


「それでは、子どもたちを探すのは、私とイヴェットとパーシーで行きます。──パーシー。子どもたちがいるところは判る?」


「はい。でも、その部屋に行く途中に、人工魔力が用いられたとても頑丈な扉があるんです。壊すと警報装置が作動すると思います。なので、一日に二回目、決まった時間帯に食事が運ばれてくる機会を狙いませんか? 食事は、いつも防護服を着た人が配膳カートで運んできます」


「……なぜ、防護服を……?」

 

「魔力耐性の実験の一環で、みんながいる部屋は人工魔力の濃度が高いんです……。子どもたちの体調によって室内の濃度が変わります」


 子どもたちは、常に実験体として扱われている。体質によっては耐えられても苦しんでいるはずだ。どれだけ過酷な環境下に置かれているのだろう。ユリアは眉間に皺を寄せた。


「食事は朝と夜の二回目あります。人が少なそうな朝を狙ったほうがいいかもです」


「……わかったわ。それでは、子どもたちを見つけた後は──」


 ユリアは、ちらりとダグラスを見る。


「子どもたちを見つけた後に、人がぞろぞろ来ちまっても、子どもたちと一緒に突破して出口に向かってくれ。監視システムが作動した音が聞こえたと同時に、俺たちは警察の人たちと一緒に中へ突撃する」


「突破、ですか……。守りながら抜けられなくはないかもですが……」


 侵入者対策のものが作動すれば、武器を持って攻撃してくる者もいるだろう。そのことよりも、子どもたちの体力が不安だ。脱出できたガラードもパーシーも筋肉も少なく身体が細かった。おそらく食事は満足に貰えていないのだろう。そもそも子どもたちは全員、魔術は使えるのか。それで突破できるかの難易度が変わる。

 そして、自身の身体のことも不安要素に入る。今は何も問題は起こっていないが。聖杯の欠片には、このまま大人しくしていてほしいものだ。


「パーシー。他の子どもたちは魔術を使えるの?」


「いいえ……魔術を扱える子は少ないと思います」


「それでも、魔力耐性があるということは、魔力生成力は備わっているのかしら?」


「たしか、一応全員は……。それでも、薬を飲まされているから魔力を保有できている子もいたと思います」


「薬を──。せめて、目くらましの術だけでもできれば逃げやすくなると思うのだけれど……」


 ユリアは思案する。何か、便利な道具はないか。そういえば、少し前に後ろから『魔術殺し』の薬を打たれて誘拐された時があった。あの時、犯人たちはマントを羽織っていた──。


「……そうだわ。ヒルデブラントヒツジモドキのマント。あれなら、少ない魔力でも簡単に気配遮断と目くらましができるわ」


 今やヴァルブルクの環境下にしか生息しない、羊に似た魔物から採れる毛で織られたマントだ。体内の魔力をマントに通すだけで、気配遮断と目くらましの術が発動できる機能を持った優れものだ。


「アヴァルとヒルデブラントは、そこまで距離は離れていない。だから、今からでも騎士団から持ってこさせることはできそうだが……押収したマントの数で大丈夫なのか? 五枚か六枚ほどだったと思うぞ」


 ラウレンティウスが問うと、ユリアは頷いた。


「魔力生成量がある子には、私が魔力で直接、気配遮断と目くらましの術の技能を教えるわ。逃げる前に、私が子どもたちの魔力生成量を調べて、誰がマントか魔術で隠れるかを判断するわ」


「可能性の話やけど、人工魔力がそれほど作れる研究所ならホムンクルスとかも作ってそうやと思うわ。それもわりとデカめで性能もいいやつ」


 と、アシュリーも魔力研究者としての予測を出す。

 ホムンクルスとは、人工魔力を動力とする魔術師を模した人型機械の総称だ。特殊な素材で造られており、その強さは魔術で肉体強化を施した魔術師ほどか、それ以上の強さを有するホムンクルスもあるという。


「ああ。侵入者対策用のホムンクルスはあると思っていいだろうな。一部の研究者は、おそらく一目散に逃げていくだろうが、研究者は警察機関に任せて、いるならホムンクルスを倒したほうがいい。姫さんが言ったマントについては、ヒルデブラント王室研究所の誰かに頼んで、適当な理由をこじつけて騎士団から持ってきてもらうことにするよ。なんとか今日中に持ってこさせる」


「お願いします。総長」


「……姫さん。一応、聞いとくが、身体は大丈夫なんだろうな?」


「はい」


「……わかった。なら、それを信じる」


「──それで、ダグラスよ。研究所へ向かうのはいつだ?」


 食事をとりながらアイオーンが問う。 


「決行は明日だ。警察機関とは、明日の未明に待ち合わせ場所で落ち合う約束となってる。今日は、英気を養ってくれ」


 子どもたちのためにも、できるだけ早いほうがいいと思ってくれたのだろう。有り難い。


(……聖杯……相変わらずよくわからないわね……)


 今のところ内側に封じている聖杯の欠片に奇妙な動きはない。力を調べようにも気配すら見せてこない。

 欠片は、すでにふたつ。ひとつだけでも『夢』を見せる、身体の一部を操るといった妙なことが起きた。それがふたつもあれば、任務中に何か邪魔なことをしてくるかもしれない。すでに激しい頭痛が起こっている。

 それでも、恐れを抱えながらも進むしかない。聖杯の欠片の力からみんなを守るために。

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