第三節 持たざる者たち ④
「あなたたちがいた研究所のことね」
「はい……。研究所には、人工魔力を用いた研究機器がたくさんありました。閉じ込められていたところも頑丈なところで、力がなければ復讐どころか研究所から逃げ出すこともできないところです。……だから、ボクたちは人体実験を進んで受けていって、力と魔術の扱い方を手に入れていったんです」
「……そんな……」
イヴェットが呆然として呟く。
囚われ、監視され、都合よく扱われ、そして実験体としての日々。実験によって、身体が悲鳴をあげることもたくさんあっただろう。大人でもそんなことをされていれば発狂する。パーシーとガラードは、幼い頃からそれに耐えてきたのか。
「……そんなとき、研究所の人たちが発見された聖杯について話しているのを偶然耳にしたんです。聖杯は、求める者に力を与えるって──だから、その力を借りれば、研究所や実家に復讐できるかもしれない。研究所をめちゃくちゃにしたら、研究所がしていることも世間にバレて警察が捕まえてくれる。それに、他の子たちも逃がすことができるから……」
「……待て。その前に気になることがある。研究所から脱出したあとお前たちは何をした? 水や食料はどこから手に入れていたんだ」
ダグラスが問いかけると、パーシーは顔を強張らせた。
「……裕福そうな家に忍び込んで、お金になりそうな物を盗みました……」
「……研究所には、他にも子どもがいるのか?」
ダグラスは続けて問うと、パーシーは頷く。
「はい。まだ、います……。研究所は、魔力のことだけじゃなくて魔術の研究もしていました。だから僕たちは魔術を使えます。でも、その魔術を使えるようになったせいか、ボクらを紛争している国に兵士として売り飛ばそうとする話が持ち上がって……」
今から百年ほど前までの魔術師社会では、『持たざる者』は、神々や先祖から認められずに生まれてきた罪深い魂の人間だという考え方があった。そのため、昔からぞんざいに扱われていたのだ。認められなかったその人は罪深い──その差別意識の残滓である。現代ではかなり薄れてきているようだが、クレイグはそれに苦しめられてきた。そして、この子たちも。
魔術師の遺伝子は消えやすいものなのだという。そのため、普通の現代人には、すでに魔術師の遺伝子が消えているか、持っていても魔力耐性はかなり低いという。しかし、『持たざる者』は、両親または片親が魔術師なので、遺伝子的に魔力耐性を持っている可能性が高い。そのことも重なって『持たざる者』が実験体として選ばれてしまったのだろう。
「……復讐に成功した後は、どうするつもりだったんだ? 国は研究所を罰するだろう。子どもたちは保護されるだろうが──聖杯を持ったお前さんらはタダじゃ済まないぞ」
パーシーとガラードは、聖杯だけでなく、一般宅に侵入して金品を奪っている。そして、森で火事を起こしたことも罪に問われるだろう。
「……わかってます……。ボクとガラードは、全部覚悟したうえで復讐してやろうと決めてました。……それでも、言葉もわからない遠くの国の紛争地域に売られるよりはマシだと思ったので……」
実験に苦しむその次は、戦力として売られる運命──全員が言葉を失った。クレイグは、苦悩の表情を浮かべて俯く。
「……綺麗事言ったって、簡単にどうにかできる世の中じゃないのはオレも知ってるし、お前らの復讐の動機も嫌というほど解る……。オレだって、もとは『持たざる者』だったからな……」
そして、じょじょに目つきを昏くしながら呟いた。パーシーは予想外の言葉を聞いて驚いている。
クレイグの心中は複雑なはずだ。パーシーとガラードが差別されていた気持ちを一番理解できるのはクレイグだ。しかし、それでも──。
「けど……情状酌量の余地はあるだろうが、お前らのやったことは白紙にはならない。金目のものと聖杯を盗んだこと、森に火をつけたこと、そしてこの騒動──国の人たちに迷惑かけた罰は受けろよ」
理解できても、罪は罪。
ふたりも罪を自覚していて、捕まるつもりで犯した。パーシーは、クレイグを真っ直ぐ見つめながら頷く。酷い扱いを受けてきたというのに、その目は澄んでいた。そんな少年の目を見ていたクレイグは、深く息をつき、ダグラスのほうを見た。
「……総長。パーシーたちがいた研究所は、なんとかできませんかね……?」
「まぁ……こんなことが判明したら、さすがに誰でも無視できんわな……」
ふたりのやりとりに誰も口を挟まない。特務チーム全員が同じことを考えているようだ。
パーシーだけは、理解が追いつかないように大人たちの顔をきょろきょろと見ている。そんな少年に、ダグラスは優しい声で語りかけた。
「──パーシー。俺も、小さい頃に実の両親から捨てられちまった経験があるんだよ……。だから、お前さんらの辛い気持ちのひとつは、俺も知ってる」
「……おじさんも……?」
現女王カサンドラの弟が、彼の父にあたる。しかし、その男は素行が悪く、家出をして女遊びに耽っていた。その時にできた子どもがダグラスだ。
しかし、父も母も、息子に興味はなかった。父はダグラスを息子と認めず放置し、母は王家という肩書きに目が眩み、王家の血を引いた子を男に認めさせて金を得ようと考えていた。しかし、男は無視し、やがて女は諦めて息子を置いてどこかへ消えた。息子は母を待ち続けたが帰って来ず、気を失って、次に目が覚めたら身寄りのない子どもを保護する施設の中だったという。
やがて、カサンドラの弟はヒルデブラント家から勘当され、家系図からも抹消された。その後は国外へ行って消息不明らしい。愚弟の行いを知ったカサンドラはダグラスを保護した。その後、執事のエドガー・ロイの養子として引き取られて今に至る。
「ああ──。まぁ、それは余談だ。まずは、スミスさんや警察機関に相談するのが先になる。俺たちは、アヴァル国籍の人ですらねぇからな。他国の問題に介入していいもんなのかは、さすがの俺でも判断できない。介入できたとしても、証拠として機材とかデータとか研究書類とか、出来る限り全部回収しないといけなくなる」
「それは、戦うなという意味か」
若干、不服そうにアイオーンが呟くと、ダグラスは複雑そうに眉を落とす。
「悪に染まった奴らでも、この国の社会に属してる人間だ。だから、裁くのはアヴァル国の人々や法律であって、俺たちよそ者じゃない。怒りはごもっともだが、抑えてくれ。俺たちは別の任務でヒルデブラント王国の女王から派遣された極秘部隊なんだ。身勝手なことをしたら、俺の伯母さんに怒られて面倒事になるぜ?」
「……待っているのは、カサンドラの小言とその他諸々か……」
アイオーンは少しだけ肩を落としながら呟いた。
「……ですが、皆さんがいいのなら、研究所をどうにかしてほしいです……。あそこは並大抵の魔術師じゃ、きっと無理です。人工魔力を使ったセキュリティが頑丈で簡単には突破できません。ボクらは隙をついて逃げましたが、それでもかなり大変でした……」
「俺たちが介入できるのかは今後の話し合い次第だが、交渉はしてみるよ。今から連絡を入れれば、明日くらいには話し合いができるかもしれないな。その時は、パーシーもついてきてもらうぞ。だから今日は、俺たちの拠点に一緒に帰ろう」
「は、はい……! ありがとうございます!」
ラウレンティウス、クレイグ、イヴェットは警察機関のひとつである騎士団に所属していたからか、衝撃的な話を聞いていても落ち着いている。ダグラスは騎士団のトップだった。アシュリーは研究者だが、気持ちの切り替えが早くできるほうだ。アイオーンやテオドルスは、こういう時は冷静に物事を見ることができる。
子どもたちのことを案じすぎて落ち着いていられないのは、おそらく自分だけなのだろう。
その子たちは、どのような環境で過ごしているのだろう。親に見捨てられ、人として見られてすらいない。そんな人生など──。
「……ユリア。大丈夫だから。もう数日もしないうちに、子どもたちは太陽に当たることができる」
「……そうね」
「あと、自分の身体の状態にも気を配っていてくれ。欠片は回収できたけれど、それは内側にある聖杯が力を取り戻しつつあることでもある。……君の身に何が起こりはじめてもおかしくないだろうからね」
「……ええ……その通りだわ。異変があったらすぐに伝えるから」
また、後ろ向きなことばかり考えてしまっていた。子どもたちを助けるために、まず今はスミスと警察機関へ話を持っていくことだ。後ろ向きな思考は、良いことなど何も生み出さない。わかっていたのに、やってしまう。
ユリアはダグラスを見た。彼が騎士団の総長に選ばれ、その役目を問題なく務めていた理由が解った気がする。感情に振り回されないで、自身の背負う肩書きで対応できる範疇を遵守し、冷静に物事を見据えて指示ができる。今の自身に欠けていることは、感情をコントロールすることだろう。冷静を装っていても、テオドルスには看破されてしまった。
(……もしも私に『何か』が起こったら……総長とテオは『望まないこと』でもやってくれるかしら……)
ふたりならば、『望まないこと』でも、それが必要なことだと思えばきっと実行できる人ではないだろうか。テオドルスは、きっとできる。ダグラスもそれができる人だろう。
彼らのその強さに、甘えたくなるときが来るかもしれない。本当は、こんなことで甘えたくはないのだが、聖杯の力が未知数なのだ。
きっと、こんなことを言えばこっぴどく怒られるだろう。しばらく話も聞いてくれなくなるかもしれない。
けれど、それでも──私には『そうなる未来』が待っているかもしれない。




