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第三節 持たざる者たち ②

「……殺そうとしてましたけど……でも、あれはわざとですよね……? お姉さんは、ガラードを『人として』見ていましたよね……? だから、お姉さんに助けを求めようと思ったんですけど……」


「人として、って……あなたたちは人間でしょう……?」


 たしかに殺すつもりなどなかったけれど──『人として』?

 不穏な言い回しにユリアは眉を顰める。人以外にどう見ることがある。


「はい……。でも、人として見てくれたように感じたから……助けてって言ったら、話だけでも聞いてくれるかもって思って……。人として見てくれてるか、そうでないかの目の違いは判ります。だって、見てくれない目をたくさん見てきたから──」


「ま、待って。その言い方だと、人として見られていなかったように聞こえるけれど……」


 そういえば、ガラードは帰る場所などないと言っていた。恵まれているとも言っていたような気がする。

 パーシーは、恐怖を宿す目をユリアに向けた。その気持ちを飲み込み、口を開く。


「……ボ、ボクやガラードは……もともとは『持たざる者』でしたから……。魔術師の家系に生まれたけど、『持たざる者』だったせいで……小さい時に孤児院に入れられました。ガラードとは孤児院で出会って、仲良くなって……十歳くらいの時に、ガラードと一緒に実験体として研究所に売られたんです……」


「『持たざる者』だって──?」


 クレイグが一番早く反応した。

 『持たざる者』とは、大気中の魔力が少しずつ薄まってきた時代から存在する人間社会の闇である。魔術師の家系に生まれたが、魔力を生み出す体質を持っていない人間のことを指す言葉だ。両親が魔術師であっても、遺伝的に受け継ぐことなく生まれる子がいる。

 そして『持たざる者』として生まれた子は、魔術師社会では差別を受けることになる。現在では過激な差別はなくなりつつあるが、それでも未だに根強くその思想は残っている。

 クレイグは、十五歳の頃まで『持たざる者』だと思われていた。だから、彼も魔術師社会から差別を受けていた。ユリアが、彼は『持たざる者』ではなく、特異体質のせいでそうなっていることを見抜き、それから調整を行ったことで魔術師だと認められた経緯がある。


「実の親に捨てられて……孤児院の人に、研究所へ売られたってこと……?」


 イヴェットの問いに、パーシーは頷く。

 少年たちの正体を知り、ユリアは口を閉ざした。仲間たちも声が出ない。

 クレイグが『持たざる者』だったことで、彼自身やその家族、親戚はその辛さを実感している。両親や親戚は家族として彼を愛し、見捨てなかった。しかし、パーシーとガラードは親から見捨てられ、孤児院からも見捨てられた。

 一欠片も愛情を抱かなかったのか。人としてすら見ることもなかったのか──?

 クレイグたちから、魔術師社会の闇の一端を聞いてはいた。しかし、魔術師社会に生きる『持たざる者』が、ここまで酷い扱いを受ける者がいるとは知らなかった。

 きっと、あえて教えないようにしていたのだろう。教えてもらっていれば確実に気を病ませていた。それにこの先、自分が魔術師社会の一員になるわけでもない。なろうと思ってもなれない。だから、無理に闇を知る必要はないと、ローヴァイン家とベイツ家は判断したのだろう。

 話を聞いてから、悪寒や鳥肌が止まらない。理解ができない。同じ人間とは思えない。


「はい……。だから、ボクたちは研究所が大嫌いです……。苦しい実験を強制してきて……だから、研究所を壊そうと考えていました……」


 復讐の炎を燃やし、実行しようと思うほどの環境など──想像を絶する。

 復讐したいという研究所は、どうにかできないものか。詳しい話も気になるが、それでも今は優先すべきことをしなければならない。


「……話の続きは、聖杯の欠片を回収した後にしましょう。今は、怪物を探し──」


 その刹那、海のほうから濃い魔力が漂ってきた。仲間たちやパーシーも気付いている。


「あそこに、何かがいる……!」


 月明かりが、何かのシルエットをぼんやりと映す。人間ではない形をした黒い物体。そこから魔力が発している。こに居ることを主張しているかのようだ。

 その時、黒い物体の周囲の海が淡く光る。魔力が海水の中にまで漂っている。その光で、黒い物体の姿が判った。

 ほとんど球体といってもいい形状だが、表面が波打っている。ゴボゴボと水中で空気が発生したかのような音が聞こえてくる。

 その時、球体が弾けた。たくさんの球体に分裂し、その中からは人の形が現れた。


「ガラード!?」


 力ない姿で目を瞑るガラードがいた。たくさんの球体に囲まれて海の上を浮いている。


「起きてガラード!」


 パーシーが必死に叫ぶも目覚めない。球体たちは、ガラードに何がする動きは見せない。


「聖杯の欠片は、あの子を人質としているのかもしれない……。いつでも殺せると言いたげに見せつけている。下手に攻撃すれば、あの子を盾にしてくるだろう」


「卑怯やな……どうすればええねん……!」


 テオドルスの読みに、アシュリーが静かに苛立つ。

 あそこまで行くには、海の上を駆けていくしかない。聖杯の欠片は、作り出した魔力の大半を、大気中ではなく海の中に放出しているようだ。だから飛べない。ガラードを人質にされたことで攻撃をすることもできない。


 ──来い。


 ユリアの心臓が激しく鼓動する。

 なんだ、これは。

 危険な何かが、すぐそばにあるような感覚。

 それに、なぜ頭の中で『来い』という文字が浮かぶのだ。


 ──海を歩いて、ひとりでこちらに来い。


 また文字が浮かんだ。急かしている。ひとりで海に来ることを望んでいる。

 動かそうとしていないのに、足が勝手にガラードの方へ行こうとする。胸がざわめく。焦燥感が消えない。

 聖杯が、呼んでいる。


「……聖杯が、私を呼んでいる──」


 ユリアは無意識にそのことを口にしていた。そばにいたラウレンティウスが、不審そうに見つめている。


「……何を言っている……?」


 その時だった。

 黒い球体たちが、いっせいに針のような尖った形状になり、その尖端をガラードに向けた。

 いけない──!

 ユリアは衝動的に動き、海を駆ける。海に流れる魔力で海水を操り、ガラードを海水で包み込み、海水の中に逃がして浜辺にいる仲間たちのほうへ移動させた。それは数秒間の出来事だった。

 聖杯は、ユリアの魔術を妨害しようとはしなかった。ガラードは誘き寄せるための餌として囚えたのか。

 黒い物体たちが、海の上にやってきたユリアを囲む。ひとつひとつが球体へと戻り、ユリアの身体にまとわりついて大きな黒い球体へと姿を変えた。仲間たちが叫ぶ声が聞こえたが、遮断された。


(──痛みはない。寒さや暑さは感じない。……何も聞こえない)


 ユリアは黒い空間の中を浮いていた。意識はしっかりしている。

 ここが聖杯の黒い球体の中。あたりには何も見えず、無の空間だ。

 その時、目の前に金色の欠片が現れた。

 聖杯の欠片。魔力をまとうそれは、手を伸ばせば触れられるところにある。


「……」


 ユリアは手を伸ばした。触れてみるが、何もしてこない。


(……内側に吸収しろと、言っているような気がする……)


 聖杯に呼ばれている感覚にくわえて、足が勝手に動き出そうともした。内側に封じている聖杯の欠片が、この欠片と呼応してそうさせたのかもしれない。

 これ以上、聖杯の欠片を取り込めばどうなるのだろう。他者から死神と呼ばれるような存在になってしまうのかもしれない。

 それでも逃げはしない。聖杯の謎を解き、呪いを消す。人々の暮らしを脅かすものを取り除く。それが今の望みであり、自分の使命だ。何かが起これば、仲間たちが適切な判断をして対処してくれるだろう。

 ユリアの胸元あたりから空間の歪みが出現した。聖杯の欠片が吸い込まれると、空間は魔力を固定する存在を失ったことで崩壊を始める。

 意識が、朦朧とする。



◆◆◆



 また、あの『夢』を見ていた。

 小鳥が囀る穏やかな林の中にユリアはいた。

 しかし、今回の夢は何かが違う。自分の意志で身体を動かせる。これは自分の身体だ。

 あたりを見回すと、白銀の長い髪を持った人物の後ろ姿が見えた。立ち止まって空を見上げている。


「アイオーン」


 ユリアが思わず声をかける。だが、反応がない。夢なのだから。それでもユリアは駆け寄り、白銀の髪の人物の背中に触れようとした。


「あっ……」


 それもそうだ。これは夢なのだから。

 何をしているのだろう、私は。


『──アイオーン様!』

 

 この声は、ヴィヴィアンだ。まるで友達を見つけたかのような明るい声。ユリアは声がしたほうを振り返った。

 深海を思わせる青い短髪。長く尖った耳。ユリアと同じくらいの年齢と思わしき人間の女性が走ってきた。

 そして、アイオーンが女性のほうへ振り返る。かの者の目を見たユリアは驚いた。目つきは鋭いが、瞳の奥には心を許しつつある優しさを感じる。

 なぜ、そのような目を彼女に向けているの?

 心の底にふつふつと嫉妬と怒り、さらに何かよくわからないモヤモヤとした感情が湧いてきた。私が初めての友だちではないの? 自分の心が産声をあげることができたのは、私がきっかけだと言っていたくせに。


『……人間のような姿で何をしている』


 しかし、声色は今と比べてずいぶんと暗い。そのうえ無表情だから感情が読み取りにくい。アイオーンの言葉から、ヴィヴィアンの本当の姿は人間の形をしていないことが判る。ならば、『彼女』は星霊か。ヴィヴィアンは恥ずかしそうに頬を染めている。


『あ……その……先ほど、生まれて二年ほどの人間の子に、本当の姿を見せたら怖がられてしまったので──元の姿に戻るのが面倒になってしまいまして、このままこちらへ来てしまいました……』


 嘘。その顔は、アイオーンに想いを抱いているでしょう。想い人と近い姿──お揃いでいたいから、その姿になったのではないのかしら。

 ああ、そうだったのね。だから一回目と二回目の夢で感じた感情は、『そういう想い』だったんだわ。

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