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第二節 幕間 ⑤

「──わたしは、変わりたいと思っている。きみの隣にいたいがために、永く孤独だった過去を言い訳にして甘えていた。しかし、その精神では、いずれきみの重荷となってゆくことだろう」


 そして、アイオーンは星空を見上げる。その目を見たユリアは、暗闇に輝く星と例えられたヴァルブルクの戦士たちのことを思い出した。かの者は今、その戦士たちと同じ目をしている。


「今日は、さまざまなことを考えていた。そして、あることが判った。──わたしは、『今のわたし』のことが好きではない……。きみたちは、このようなわたしを受け入れてくれた。その心地良さに、これで良いのだと勘違いをしていた。今まで、己の未熟さを実感することなく生きていた……。しかし、今は違う。このままではいけない。──自身すら愛せぬ者が、他者を幸せになどできるはずがない。ゆえに、わたしは成長したいと思った。自らの至らぬ部分を認め、前に進む『強き者』になりたいと」


 アイオーンが伝えてくれた本心に、ユリアは親近感を抱いた。

 かつての私もそうだった。自分のことが好きではなかった。今は、少しだけ好きになれていると思う。昔ほど嫌ではないから、きっと好きになれている。

 そして、もっと強い人になれたらとも思う。目指すものは、小さくとも輝きを失わない星のような人だろうか。ヴァルブルクの戦士たちのように。


「それが、アイオーンの気持ちなのね」


「ああ……。なので、まずは初めに『きみへの口付け』を卒業しようと思う」


「──え? キスを?」


 どうしてそれがいきなり出てくるのだろう。思わぬ宣言にユリアは首を傾げながら目を見開いた。


「今思えば、それは己の心の弱さと甘え、そして愛されている実感が欲しいという我欲にまみれた行動だった。今のわたしには、必要のないものだ」


「……わかったわ」


 そう宣言されると、なんか寂しい気がする。だが、これから離別するわけでもないのだ。アイオーンがそう決心したのなら、それを尊重したい。アイオーンは、アイオーンの行きたい道を歩んでほしい。今のその目は、とても素敵なものだと思うから。


「すまない。長々と自分語りをしてしまったな。──改めて、このような未熟なわたしを受け入れ続けてくれてくれたことに深く感謝する。心優しききみの隣にあるべきなのは、きみに甘える者ではない。わたしは、きみの隣に立ち、共に助けあい、背中を預けあう者でありたい」


「ありがとう。──実はね、アイオーン。私も今より強い人になりたいと思っているの」


「そうか。きみもか」


 アイオーンは、光を灯した目でユリアを見つめて、一步前に進みながら微笑む。


「ならば、共に行こう。──『旅』をしに」


 そして、ユリアの手をそっと掴んだ。

 どうしてか、アイオーンの発言と行動にはなんとなくの既視感がある。

 ああ、そうだ。『あの時』の光景だ。

 アイオーンに素直な心を伝えることができて、ようやく友達になれた時のこと。


「ええ。また一緒に『旅』をしていきましょうか」


 あの日は、自分がアイオーンの手を取り、握り返してくれた。

 今日は、アイオーンが自分の手を取り、自分がその手を握り返す。

 ふたりだけが理解できる特別なジェスチャーだ。


「──覚えていてくれていたのね。『あの日』のこと」


「忘れるわけがなかろう。あの日は、わたしの人生の初まりのようなもの。……ようやく、『わたし』は産声をあげることができた日なのだ」


「……あなたは、本当に孤独であり続けていたのね……」


 ユリアが悲しげに呟くと、アイオーンは笑みを消してゆっくりと手を離した。


「……ああ。世の中には、いつの時代にも悪がいる。ゆえに、安易に信じることができなかった」


 アイオーンの持つ時間跳躍の力を奪われれば、歴史はその者の都合のよいものに変えられる恐れがある。アイオーンは、影で世界を守っていたといっても過言ではない気がするとユリアは思った。

 過去のことなど、もう思い返したくはないだろうが──それでも聞いておかなければいけない気がする。

 聖杯を取り込んでから見るようになった夢のこと。そして、ヴィヴィアンという名の女性のことを伝えなければ。


「……ねぇ、アイオーン。話が変わるのだけれど……あなたは、ヴィヴィアンという名前に聞き覚えはない? 女性だとは思うのだけれど……」


「ヴィヴィアン……? 女性……?」


「聖杯を取り込んでから、ヴィヴィアンと呼ばれる人の視点から物事を見る夢を二回見たの。声は女性だったわ。夢のはずなのに、その人の感情らしきものも感じることもあったの……」


 アイオーンが怪訝そうに眉を顰めていく。

 訳のわからない夢だから、何を言っていると呆れられているのか。自分でもよく判らない夢だが、それでも事実だ。


「嘘のように感じるかもしれないけど、本当よ」


「……人間ではなく、星霊ならば……わたしはその名の者を知っている」


 ユリアは目を見開いた。


「一回目も二回目の夢でも、私はヴィヴィアンの目からアイオーンのような後ろ姿をした人を見ていたの。あなたは、どちらもずっと空を見上げていたわ。白いローブのような、ゆったりとした服装で。ヴィヴィアンは、あなたに話しかけようとしていたけれど、二の足を踏んでしまってできなかったの」


 刹那、アイオーンが固まった。

 動揺していることが目から感じ取れる。おそらく恐怖も。

 ユリアは、その理由を問いかけようと口を開いた。だが、手に持っていた携帯端末から電話を知らせる音が流れて声が出せなかった。

 画面を見ると、『総長』という文字が表示されている。出ないわけにはいかない電話だ。


「……はい。どうしました?」


『悪ぃ。実は今、港方面の警察署から連絡が来てるんだ。なんでも、パーシー・ゲールって名乗る十四、五歳の少年が、森で聖杯を探していた長い金髪にスーツ姿の若い女の人と話がしたいって言ってるらしいんだよ……。俺が話を聞こうにも、その少年は、その女の人にしか話せないって言ってるみたいでな──このまま繋げて対応を頼んでもいいか?』


「はい……お願いします」


 森、聖杯、パーシー。

 そうだ。聖杯を欠片にした子どもの名だ。

 その子どもが警察署にいる? しかも話がしたい? いったい何があったというのだ。

 プツッと回線が切り替わる音が聞こえた。警察署のほうへと繋がったようだ。


『夜分遅くに申し訳──ちょっ、こら!』


『お願いします! 貸してください!』


 男性の声と、焦る少年の声。

 何度か低い物音がすると、興奮状態なのか浅く息をする音が聞こえてきた。


『あ──あ、あの! た、助けてください! ガラードを助けてくださいッ!!』

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