第二節 幕間 ④
アイオーンが未熟さを恥じている。それにしても、かの者が思う己の未熟さとはどこの部分なのだろうか。
何にせよ、やはりアイオーンは少し変わった。こんな悩みは本人の口から聞いたことがない。
「『幼子』ねぇ……。そうは見えないけどな」
「ならば何になる」
「『伸びしろがある人』とか、かね」
「伸びしろ……?」
「前に進もうとするのって、そう簡単にホイホイできることじゃないと思うんだよ。自分を変えるのって意外と勇気がいることだし、前に進み続けるためのエネルギーもいるからな。そう思えるアイオーンは、成長できる可能性を秘めた人なんだろうなってな」
「……では、わたしが成長するには何をすればいいと思う?」
自分自身もそうなりたい感じている。
総長は、なんと答えてくれるだろう。
「ん〜……。まず、アイオーンはどんな自分になりたいんだ? アイオーンの思う『成長』ってなんだ?」
「わたしの思う、成長……」
「目指す所によって、成長の仕方や進む道とかも違ってくるんじゃねえかな。だから、もしもまだ見つけられてないんだったら、世の中のいろいろなもんを見ていきながら探していけばいいと思うぜ」
「……そうだな」
どのような自分になりたいか。
したいことはあるが、どのような自分になりたいかと聞かれたら少し困ってしまう。
王として相応しい──いいや。もう王を目指す意味はない。それは違う。
「アイオーン。次、頼むー」
クレイグの声がかすかに聞こえた。
「ああ。わかった」
足音が遠ざかる。アイオーンはその場を去っていったようだ。
間が悪かった。仕方がない、夜にでも聞こう。
(総長は、まだ居るのかしら?)
それでも、せっかくここまで来たのだから、少し話でもしよう。
気配遮断を解き、何も知らないふうにユリアは扉に近付いた。扉の隙間からダグラスの後ろ姿を発見する。
「──総長。お疲れ様です」
扉を広く開けながら、ユリアはそう挨拶をした。
「おー、姫さん。休憩時間か?」
「はい。昼ごはんの休憩です」
「朝あんだけ食べといて、昼もしっかり食べたんだな……。夜、食べれるのか?」
まるで間食として菓子をたくさん食べる子どものような言い草に、ユリアは唇を尖らせる。
「食べれますよ……子ども扱いはしないでください。総長のほうが年上ですけど、私だって大人なんですからね?」
「姫さんは、もっと子どもっぽく振る舞ってもいいと思うんだけどな」
「今さら子どもっぽく振る舞えなんて言われても、どうしろと」
「エゼルベルトさんに頭撫でられてた時の姫さん、嬉しそうな顔してただろ。ああいう感じでいいんだよ」
エゼルベルトからの子ども扱いは、うまく言えないが別に気にならない。たまにしかしてこないし、あっさりしているからだろうか。しかし、ダグラスの子ども扱いはなぜか素直に受け止められない。頻繁にしてくるため複雑だった。だからか彼の『姫さん』呼びも子どもっぽく感じてしまう。
そもそも、この『姫さん』呼びはいつから始まったことだったか。
「……総長は、たしか初めて会った日から私のことを『姫さん』呼びしてましたっけ……?」
「うん。まあ、あだ名で呼んだほうが、姫さん的にはとっつきやすいかなって思ってな。──なんだ。『姫さん』呼びが子どもっぽく聞こえるからイヤになったか?」
図星だ。
しかし、それを素直に言うとさらに子ども扱いされそうなので黙っておくことにした。
「いいえ。ただ、いつから始まった呼び名だったかなと思っただけです。今更、普通に名前呼びされるとなんだか違和感がありますもの」
「はは。まあ、今更すぎるわな。姫さんだって、あいつらの影響だか知らんが、いつの間にか『総長』呼びになったしよ。俺も今更、名前呼びされたら違和感だわ」
「でしょう? 確かに私のほうが年下ですけれど、子ども扱いはやめてくださいね。ダグラスさん」
くらえ。不意打ちの名前呼び。
ダグラスは、一瞬何を言われたのか解らずにきょとんとしたが、少しずつ眉を下げ、困り顔のような照れ顔を見せていく。存外、効いたようだ。
「……おい。おっさんをからかうな」
「子ども扱いしてくる仕返しです。……あら。なんだか顔が赤いですね?」
ユリアが意地悪な笑みでそう言うと、ダグラスは怒りを含ませた笑みを浮かべた。
「子どもっぽく振る舞えとは言ったけどな。そいつは、ちとクソガキみてぇな態度だぞ。──それじゃ、ユリア。お前さんは何とも思わねえのか?」
ユリアは斜め上に目線をやって思案するも、いまいちしっくりこないのか眉を顰めている。
「……なんというか、その呼び方に慣れていなさすぎてコレジャナイ感があります。総長のパチモンような」
「何がパチモンだよ! ダグラスさん呼びしてくるお前さんこそがパチモンだよ!」
「違います! 総長がです!」
「いーや! 姫さんが!」
お互いに勢いよく言い放っていく。いい大人が大人気ない姿を晒し合う口喧嘩がしばらく繰り広げられた。
このふたりは、本当に心を許していないと素の自分を見せようとはしない性格だ。そして、お互いに『これくらい言っても、相手は自分のことを嫌うことはない』という自信があるからこそ、このような言い争いが起こった。どちらも基本的には相手のことを慮る性格である。相当親しい間柄でないと、素の子どものような一側面を見せることはないのだ。
特務チームとして常に一緒にいるようになったからこそ、新たに見えた互いの一面だ。そのため、ふとふたりは思うのだった。
あっ。意外と同レベルの言い合いができる相手だった。もっと大人だと思ってたのに──。
「総長〜。練習始めましょか〜」
アシュリーの声が聞こえてきた。あちらはあちらで盛り上がっていたのか、こちらの騒ぎには気付いていない様子だ。
口喧嘩がぴたりと止まる。そして、彼はなんともいえない顔で「……名前呼びは無しな」と呟いて、アシュリーたちのもとへと向かっていった。
(──いけない。お互いにヒルデブラントの血が騒いでしまったわ……)
カサンドラによれば、代々ヒルデブラント家の血を継ぐ者は、意地っ張りか負けず嫌いか血の気が多いかだという。ユリアの母は戦場に立ち、父を巡って星霊と決闘している。カサンドラも、楚々としているが意外と気が強く、口喧嘩も強い。そして、先ほどのダグラスと自分。過去のヒルデブラント家の人たちも、わりと似たような性質を持っているらしい。
さらに、かつて自身が言った「一周回って全員子どもよ」という発言は、本当に的を得たことだと自ら立証してしまった。
どんな自分になりたいか。
まずは『ヒルデブラント家の血を抑えられる人』にしておこう。
◆◆◆
夕食後。ユリアは三階にある自室に戻り、携帯端末を手に持ってバルコニーに出た。
携帯端末を持ったのは、少し経ったあとでアイオーンに連絡を入れるためだ。夢のことと、そして今の自分の心を伝えるために。長く話し込んでしまうかもしれない。その前に少しだけ夜空に輝く星を眺めたかった。昨日は曇り空だったが、今日は天気がいい。この旧貴族街は、市街地ほど地上を照らす光がないため星が見えやすい。
真っ黒な空に小さく光る星。
星を見ていると故郷を思い出す。故郷で星といえば、まず明星の紋章が思い浮かぶ。ヴァルブルク王国で星を象ったその紋章が流行ったのは、当時の人々が暗闇に光る星と自分たちの境遇を重ねたからだ。
共存派と不信派の戦いは激化し始めたときに、ヴァルブルク王国は興った。戦いが激化した理由は、不信派の人間たちが、殺した星霊から力を手に入れすぎたことで身体が変質し、理性なき異形と化したからだ。人間だろうが星霊だろうが無差別に殺し、環境すら破壊していく様は、もはや厄災そのものだった。
そんな昏い世の中だった当時、ヴァルブルクには暁を探す星のような者たちが集っていた。まさに、ヴァルブルクは『星の街』だった。
少し前までは、過去の自分を自罰するあまり、真っ直ぐに星を見上げることができなかった。けれど今は、真っ直ぐに見ることができる。
「──メール?」
手に持っていた携帯端末が振動を始めた。メールの送り主はアイオーン。そこには短い文面があった。
話したいことがある。屋敷の屋根の上で待つ。偶然にも、あちらも話がしたいと思ってくれていたようだ。
ユリアはバルコニーの柵の上に立ち、軽く飛び上がる。屋根に登り、きょろきょろと目線を動かすと、向こう側に長い髪を靡かせているアイオーンを発見した。かの者もこちらに気付いた。お互いに歩み寄り、アイオーンから声をかけてきた。
「……突然、このような場所に呼び出してすまない。誰にも邪魔されない場所はどこかと考えた末、屋根の上ならばどうかと思うてな」
「気にしないで。それで、どうしたの? 話たいことがあるとのことだけれど」
「わたしが、きみに伴侶になってほしいと伝えたことについての話だ」
「あの時のプロポーズのこと……?」
「ああ。きみへの愛は今も変わらぬ。しかし、その誓いの言葉に対する返答は必要はない。きみの心を縛り、苦しめる一端となりたくはない。……それは、もっと早くに伝えるべきだった。だが、今までのわたしは未熟者ゆえ、伝えることができなかった」
アイオーンの目が、昨日までとは少し違うような気がする。どう違うのかと問われれ伝え方に困ってしまうが、強い意志が宿っている。あるいは、芯があるという感じだ。




