第二節 幕間 ③
「でも、王になったら政治のことだけではなく、世継ぎのことなども考えないといけなくなるものだよ」
「もちろんよ。すべて覚悟の上で言っているわ。……けれど、結婚相手なんて他国に誰かいたかしら?」
「君の婚約者は他国の人ではなくて、私になっていたと思うよ」
「テオが? 私の婚約者に?」
思ってもいなかったことに、ユリアは思わず手を止めた。
「ヴァルブルクは、星霊と人間との共存を強く望んだがゆえに興った国だ。だから、周辺国との結びつきを強化する必要はない。それより重要視されることは、星霊と人間の民たちの納得だ。ヴァルブルクの女王の伴侶として相応しいかどうかのね」
「……確かに、副王として認められていたテオドルスが婚約者となったほうが、スムーズに話が進むでしょうね。ヴァルブルクの国民が求めていたのは、星霊と人間の両方から信頼されている人でしょうし……」
「民から認められていれば、きっと星霊でも良かったとは思うけれどね。建国したのはヴァルブルク家の人間だけれど、ヴァルブルク家の望みは、国を一族で治めることではなく平和的な共存だ。だから、治めるのに相応しい人間か星霊を国王にと考えていたことだろう」
国を治めるのに相応しい存在。
ユリアはしばらく考え、とある答えを出した。
「──私は、政略結婚をするならテオが良いわ。国のために一生懸命働いてくれるし、一緒にいて気が楽だもの」
「はははっ! そんなにも軽く言われるとは思わなかったな。まあ、私も政略結婚するのなら、君が良いのだがね」
洗い物を止めて、他愛ない会話のようにふたりは笑いあう。
何も知らない人が聞いていれば、お互いにプロポーズしあっているような会話だが、このふたりにはそんな気持ちなどまったくなかった。
ユリアとテオドルスにとって、自分たちの関係性には性別も年齢も些事なのだろう。ふたりは『血の繋がらない兄妹のようなもの』であり、『半身』なのだから。
笑いあった後、ふとテオドルスは悲しげに微笑む。
「……できることなら、君と一緒にヴァルブルクを治めたかった……。それが、私の夢だったんだ」
それは、紛れもないテオドルスの本心だった。
だからこそ、ヴァルブルクで展開されていた幻影術はユリアの戴冠式だった。彼は、本気でそれを願っていてくれていた。
「私もよ……。王になって、父上と母上と同じ場所に立って、責務を背負って──あなたと一緒に、ヴァルブルク王国とともに歩んでみたかった……」
しかし、城内で事件が起きた。テオドルスが解呪の可能性が不明な『不信派の呪い』に取り憑かれてしまった。これ以上の犠牲を出さないように、そして彼を制御不能の殺戮者とさせないように、ユリアはアイオーンの血から得た能力のひとつを使い、彼を死の異空間に追いやることを決めた。
彼がいなくとも、せめて王位を継げる精神力があれば──だが、あの時の自分にはその強さがなかった。それも後悔のひとつ。だから強くなりたいと何度も口にしてしまう。
「──これからは、新しい夢を見つけていければいいわね……」
「ああ……。今はまだ、なかなか難しいけれどね……。それでも、今は特務チームのみんなと一緒に任務をこなしたい。大変な任務だが、皆と一緒なら楽しいとも思える」
「私もそう思うわ」
「……そして、『セオドア』としての償いもだ。せめて少しでも償いになれたらと思う」
不信派の呪いにより、彼は不信派の野望に染まってしまい、さらには精神を汚染されていた。その影響で人格が激しく歪み、同じく現代のどこかにいるユリアを探すため、そして過去に帰るために、法律から外れた行いをしていた。
正気に戻ってからは、人格が歪んでいたときの記憶を辿り、ダグラスと共に違法者逮捕に協力した。だが、精神汚染されていた頃の記憶のせいで、彼はそのことに気を病ませている。
彼が自分を責めるのは、不信派の呪いからくる精神汚染に抗えなかったのではなく、あえて抗わなかったということもあるだろう。曰く、ユリアが『セオドア』のことを知り、彼女と共に不信派を討つチャンスが来るまで、力を温存することを選んだからとのことだ。そして、未だに活動をあまり弱めていないヴァルブルクの母なる息吹の魔力を利用して、『ユリアの戴冠式』という夢を歪んだ形で叶えようともしていた。この夢を、彼がどれほど望んでいたかの証左ともいえる。
「……私も……。今を生きる人たちのために戦っていきたいわ……」
今はもう、愛する国も民もいない。だからこそ、顔も知らぬ誰かのために。今はそのために任務を遂行している。
そして、ユリアは改めて自覚する。
こうして十年は現代人のように暮らしてきたが、自分はまだ『ヴァルブルクの戦士』の心を持ったままだった。幼い頃からそのように育ち、生きてきたからだろう。今からその生き方を変えるのは、少し骨が折れそうだ。
そもそも、自分はその生き方を変えたいのか、変えたくないのかと問われれば、今はこのままでいたい。
それでも、この極秘部隊としての任務を進めていくなかで、もっとさまざまなことを考えるきっかけや、未知なるものに触れられるきっかけに出会うかもしれない。その影響で、今の意識が変わる時が来るかもしれない。
未来のことなんて、誰にもわからない。
だからこそ、私はまだまだこれからだ。
互いの意思を確認しあい、ユリアとテオドルスは再び洗い物を片付けていく。
「──あの菓子パン、全部食べるつもりかい?」
一分もしないうちに、また別の話が始まる。
隣の食事室の長テーブルには、まだ五つの菓子パンがあった。
「もちろん食べるわよ?」
と、ユリアは不思議そうに言う。
すると、テオドルスは呆れを通り越したような微笑みを向けた。
「……食べ終えて少し休憩したら、私たちも稽古をしようか。君の食事事情を知ると不安になるからね……」
「大丈夫よ。これでも毎年、健康診断をしているけれどずっと問題なしだもの。これでも体重だって昔からほとんど変わっていないのよ?」
「……ユリアの胃の中だけ次元が違うのだと思っておくよ」
ユリアの体内では、何か違うことが起きている。
ともあれ、テオドルスは考えることを放棄した。
◆◆◆
昼食時の時刻が過ぎた頃。
アイオーンたちは、広い裏庭で練習や手合わせを再開した。
ユリアとテオドルスは、少し遅めに昼食をとり始めたため、現在は休憩中だ。その合間に、ユリアは裏庭へと向かった。アイオーンに不思議な夢のことを伝えるためだ。
裏庭に近づくにつれて、外から仲間たちの声が聞こえてくる。こっそりと窓から裏庭を覗くと、ラウレンティウスとクレイグが試合をしており、イヴェットとアシュリーが審判してる。アイオーンはどこにいるのだろう。ダグラスもいない。
裏庭に出るための扉がある廊下を歩いていると、その扉が少し開いていた。そこから、アイオーンとダグラスの声が聞こえる。
「──ふと疑問に思ったのだが……なぜ、ラウレンティウスは、あのように前向きで真っ直ぐなのであろうな」
「たぶん、理由のひとつは、父親の背中を見て育ってきたからだろうな」
「エゼルベルトの背中をか?」
どうやら話し込んでいるようだ。間に入っても嫌な顔はされないだろうが、それでも入りにくい。
休憩時間はまだある。ふたりの話が一段落するまではここにいよう。盗み聞きしているようで申し訳ない気持ちもあるが、話している内容は少し気になる。ユリアは、自身の身体が生成する魔力で存在を悟られないよう、こっそりと気配遮断の術を発動した。
「エゼルベルトさんは、俺よりも騎士団の団長に相応しい人なんだよ。なんてったって、俺よりも先に騎士団の団長にならないかって言われてたんだからな」
「そうだったのか……」
「ああ。実はな。けど、あの人は首を縦には振らなかった。あの人曰く、部下とか現場や数字を管理して誰かに命じるよりも、直接現場に行って犯人を捕まえてくるほうが性に合ってる。それに、高い地位に就くよりも、今の同僚や部下たちと一緒に仕事がしたいって言って、あっさりと昇進の話を蹴ったのさ」
エゼルベルトらしい言い分だとユリアは思った。彼だけでなく、ローヴァイン家は肩書きや立場に興味が薄い。くわえて、古い時代のヒルデブラント王家に連なるユリアや、星霊であるアイオーンを前にしても、初対面時では臆することなくフランクに話かけてきたことを思い出す。もちろん、それはベイツ家も同様だった。
ダグラスは、エゼルベルトについての話を続ける。
「仕事はできるし、親しみやすいし、そんなエゼルベルトさんを慕うやつは多い。ラウレンティウスもそんな父親に憧れてるからな。あいつには、背中を追いかけたいと思う人がいて、姫さんやお前さんという先生もいたからか、他のやつよりも成長が早かった。──要するに、あれだ。あいつの性根がもともとそんなんだったのと、それを最大限に伸ばせる環境があったってのも理由だと思うな」
「そうか……」
「良い環境下ではあったが……能力を高められたことで同期から妬まれることもあったみたいだな。それに、親が有名だと、子どもは子どもでいろいろと苦労することもあるんだよ。──あいつは、口には出さねぇが両親のことが好きなんだ。だから、親が自分のせいで周囲の人間から残念がられないように、あるいは迷惑をかけないように、我慢したり努力したりしていろいろと頑張ってたな」
「……それに比べ、わたしの精神は『幼子』のようなものか……。今になって、己の未熟さに気づいたのだから……」




