第二節 幕間 ②
「──総長。これを使って魔力の扱い方を練習していきましょうか。現代では大気中の魔力が薄いので、撃っても弾は見えにくいですが、しっかりと魔力を込めれば見えずとも強い衝撃を敵に与えることができます。銃の性能にもよりますが、凝縮された魔力というのは、少量でも銃弾並みの威力はあるかと思います。なので、扱いには気をつけてください」
「わかった」
しかし、ユリアとダグラスは受け流し、他のメンバーも無反応だった。
「無視かい!」
そう吠えるも、やはり受け流される。アシュリーは顎をテーブルに置いて拗ねはじめた。
「では、ダグラスの指導はわたしが──」
アイオーンがそう言葉を紡いだ、その時。ラウレンティウスが「アイオーン」と名前を呼んで割り込んできた。
「約束の手合わせは、食後の休憩のあとでどうだ」
「待て。ダグラスの指導は──」
「アシュリー。お前ならできるだろう? 頼めるか?」
「……まあ、ええけど」
ふたりのやり取りを珍しそうに見るアシュリーは、顎をテーブルに乗せるのをやめてそう答えた。
「だったら頼む。今のアイオーンは、気晴らしになることをしたほうがいいだろうからな」
どうやら、ラウレンティウスは聖杯のことについて気に病むアイオーンを気遣っていたようだ。しかし、それでも他の仲間たちは、なにやら不思議だというふうな顔をしている。
「手合わせの約束? ふたりがそんな約束してたなんて、なんか珍しいね?」
その不思議をイヴェットが問うと、ラウレンティウスはなんとなく恥ずかしげに目線を逸らす。
「……アイオーンが剣を使えるらしくてな。だから、一度、手合わせをしたいと思って約束をしたんだ」
「へえ〜! アイオーンが武器を使って戦えるなんて初めて知ったよ。いつも手と腕を刃に変えて戦うから、剣を使えたなんて知らなかった」
「しかし、剣など久しく触っておらぬ。ゆえに、ラウレンティウスよ。手柔らかに頼むぞ」
そう言って、アイオーンは微笑んだ。その顔を見たラウレンティウスは呆れを含ませた笑みを向ける。
「誰がするか。剣術を流用できるほどの腕前なんだろうが」
「期待されることが申し訳なく思うほどの腕前なのだがな。きみから残念に思われぬよう戦うつもりではあるが」
「どの口が言うんだ。戦い慣れしているくせに。それとも、油断させるつもりで言っているのか?」
「さて、どうだかな」
「食えない奴だな」
アイオーンが、ラウレンティウスに対して珍しく軽快な言葉を投げかけている。そもそも、このふたりが軽い会話をすること自体が珍しい。
「ユリアよ。きみの剣を借りても良いか?」
「ええ。部屋にあるから持っていって」
「ありがとう。……では、ラウレンティウスの食後の休憩が終わるまで、わたしはしばし素振りをしておく。残念がられては少しばかり傷つくのでな」
と言うと、アイオーンは席を立ち、食器を持って隣接する厨房室の流し台に置いた。
「……その謎の謙虚さ。一周まわって白々しいな」
そして、ラウレンティウスも鼻で笑いながら席を立ち、彼も厨房室へ食器を運んでいった。メンバーは、少し呆気にとられている。
「──あ! 待ってよ、アイオーン! ラルス兄! あたしも剣持ったアイオーンと手合わせしてみたい!」
「あー、オレも。アイオーンの剣術に興味ある」
イヴェットとクレイグが残りの朝食を口に運び、食器を持っていった。
「あまり期待するな」
「なんか信じられねぇなその言葉」
「なんかすっごく速い剣捌きしてきそう」
ふたりとそんな会話を繰り広げながら、アイオーンたちは揃って食事室を後にした。残ったユリアたち四人は、不思議そうに顔を見合わせる。
「……とりあえず、総長。ウチらも練習しましょか」
「まあ……そうだな」
アシュリーは食事を片付け、ダグラスも貰った拳銃をポケットに突っ込んでから食器を持っていき、ふたりも部屋を去っていく。
食事室は、ユリアとテオドルスだけになった。
「……アイオーンとラルス、少し変わったような気がするわ。昨日までは普通だったのに」
「そうだね。もともと仲は良かったけれど、ふたりの性格的に、中身のない雑談というか、遊ぶような会話は積極的にすることは少ないほうだったからね。買い物の時に何かあったのかな──。なんというか、ユリアとクレイグのようなやり取りだった。良い意味で雑に扱ってもお互い気にしないみたいな感じで」
テオドルスも席を立ち、食器を厨房室へと運んでいく。今日の食器洗い当番はユリアとテオドルスだ。
聖杯の欠片についての情報は来てない。頼みの綱となると思っていたサンジェルマンは協力を拒絶した。情報を探すにも闇雲に探すことになるため、それならアヴァルの警察機関を頼ったほうが効果的だ。くわえて、ユリアたちは聖杯の力に対抗するための魔術技能も高めていかないといけない。なので、今日一日は稽古漬けとなるだろう。
「テオが、ふたりに何か言ったわけではないのよね?」
菓子パンを食べきり、その包み袋をごみ箱に捨てる。そして、ユリアも厨房室の流し台に向かい、自分や仲間たちが朝食に使った食器を洗う準備をしながら問いかけた。
「ああ。私は何も言ってないよ」
「さっきのふたりのやり取りと、その時のなんだか楽しそうな顔は──なんだか初めて見た気がするわ」
ふたりはスポンジに洗剤をつけて泡立たせ、会話をしながら洗い物を開始する。屋敷は広いからか、厨房のひとつひとつの設備も大きい。流し台は、大人ふたりが使用していても余裕があり、蛇口もふたつある。
「話し合いを経て、ふたりにはふたりの特別な繋がりが出来たのかもしれない。私たちには、私たちの特別な繋がりがあるようにね」
「そうね。どんな話をしていたのかしら」
「案外、喧嘩して仲を深めたのかもしれないな。きみ関係の話題で」
「……」
その時、ユリアの動きが止まった。
もしもそうならば、その喧嘩の原因は自分だ。どうしよう。不勉強なせいだ──。
ユリアの顔がみるみる青ざめていくと、テオドルスは笑いながら肘で彼女をつついた。
「こらこら、信じないでくれ。ただの冗談さ。私の勝手な想像だよ。どちらもいい大人なんだから、そんなことで喧嘩はしないだろうさ」
「そ、そうよね……」
気を取り直し、ユリアは再び手を動かした。
しばらくの間、ふたりは無言で洗い物を進めていく。
「……ねえ、テオ……」
ユリアが流し台のほうを向き続けて、手を動かしながら呟いた。
「なんだい?」
テオドルスもユリアに目を向けることなく、洗い物をこなしながら問う。
「……ごめんなさい……やっぱりなんでもないわ……」
いや。こんなことを話しても無意味だ。話しをする時間がもったいない。そう思ったユリアは、口にするのをやめた。そのつもりだったのだが。
「言ってごらん」
テオドルスが優しく促してくれた。彼の「してごらん」という言葉には不思議と甘えてしまう。
「……今の私だったら……ヴァルブルクの王の務めを果たせていたと思う……?」
昔に比べると、少しだけ今の自分は前に進めているという自信がある。王としては、まだまだ未熟者であることも解っている。それでも、ヴァルブルク王国の副王だった彼に、今の自分はどうなのかを聞きたかったのだ。
「ユリアは昔から責任感があって、要領がいい子だった。はじめの頃は慣れないことも多くて苦労していただろうけど、それでもちゃんと責務を果たせていたと思うよ。国王様も、次期国王として君が相応しいと思っていたからこそ、ユリアのために戴冠式用の鎧と衣装を用意しておられた。……国王様の病が酷くなってきた頃に、君の戴冠式の衣装のことを私に教えてくださったんだ。ご自分の死期を、悟っておられたんだろうね……」
ユリアは、いずれ争いの時代を終焉に導く英雄──〈予言の子〉として育てられた。そのため、両親とは親子らしいやり取りなど一切できなかった。両親は、世のためにユリアを我が子として見ることはなく、英雄として接した。ユリアもそれに応えようと振る舞っていた。
それでも、心では両親の子どもとして接してほしいことを求めていた。許されないのはわかっている。だから、誰にも見つからないように両親の後ろ姿をこっそりと見つめ続けていた。両親が背負う重い責務を、その後ろ姿から感じ取っていた。
そして、父もまた、娘である自分を見えないところから見てくれていた。母もそうだろう。ふたりはよく似ている。接することがなくても、ユリアは確信していた。
「そう、だったの……」
そして、もう二度と叶わない夢を零す。
「──やっぱり、王になってみたかったと思うわ」
ユリアの言葉を聞いたテオドルスは、「やっぱりそうか」と呟く。




