第二節 幕間 ①
「──ヴァルブルク王国が興るよりも、さらに数百年は前のことだ。わたしは、あの聖杯を所有していた小さな街の近郊で、一時的に滞在していたときがあった」
翌朝の朝食時。ユリアたちは食事室で椅子に座り、長テーブルに置かれた朝食をとっていた。
今日の朝食は、パンのトーストやソーセージ、スクランブルエッグ、シリアルなどだ。唯一、ユリアだけはそれらを食べ、追加で大量の菓子パンを頬張っている。食事量がおかしくとも、それはいつものことなのでメンバーのほとんどは特に気にしていなかった。
その最中に、ユリアとラウレンティウスは、仲間たちにサンジェルマンの正体や能力を伝えた。
その後、アイオーンが今まで口にしなかった聖杯との関わりを話しはじめたのだった。
「……その街は、善なる星霊を長としていた。街の長は、聖杯を鋳造した存在の弟子にあたる者だった。街の者は皆、満ち足りた暮らしをしており、わたしの力を欲するものはいなかった」
アイオーンは気重い顔をしながら続きの言葉を紡ぐ。
「街の長曰く、聖杯はその地に住む者たちを愛した古い星霊たちが鋳造したもので、街にとっては守り神のようなものだという。実際、あれは当時のわたしでも強力な遺物だと思ったものだ。それがあれば、おおよその敵は退けられるだろうと……」
「それなのに、いったい何があって聖杯は人を害するものになってしまったの……?」
ユリアが問う。アイオーンは、ゆっくりと首を振った。
「……その詳細は、わたしにも判らぬのだ。……しかし、わたしがあの街に滞在してしばらくが経ったある日──わたしの力を狙う者たちが、街を襲った」
平和な街が、邪悪なる者に襲われた。
ユリアは口をつぐむ。
「奴らの狙いは、街を蹂躙し物を盗むのではなく、わたしの血肉だ。ゆえに、わたしはすぐさま街から遠くへ離れた。さすれば敵は、わたしを追い、街から離れていくはず。街を害して得られる利などないはずだ。それに、街には聖杯がある。多少の被害はあれど、きっと人間も星霊も無事だ──そう思うたがゆえに……それ以降、あの街に赴いたことは一度もない」
ユリアは、ぼんやりと夢のことを思い出した。
ヴィヴィアンと呼ばれた女性は、その街に住む者だろうか。しかし、なぜ聖杯を得てからそのような夢を見るのか。その女性と聖杯の関係性も不明である。わかることは、アイオーンらしき後ろ姿の人物が何かしら関係していることくらいだ。
「街を襲ったヤツらが、聖杯に呪い的な何かを施したのかもしれないのか?」
クレイグの疑問に、アイオーンは頷いた。
「おそらくは……。ゆえに、わたしはあの日の選択を誤ったのだと思っている……。街を離れるのではなく、狼藉者どもを討っていれば、聖杯はあのようなものにはならなかったのではないかと……」
「……でも、まだそうだって決まったわけじゃないよ。聖杯がああなったのは、街の襲撃が原因じゃなくて、その後に起こった出来事かもしれないよ」
「たとえ、もしもそうだったとしても、だ。……自分自身を責め続けるのはもう止めにしようぜ。お前さんは、もう背負い続けすぎてる」
イヴェットとダグラスの言葉を、アイオーンは静かに聞いていた。それでも、かの者の表情は晴れない。
「──聖杯にかけられた呪いっぽいもん、どうやったら消せるんやろな?」
アシュリーは、アイオーンの内心を察して話を変えた。
「……呪いの類が、どのような性質のものなのかが判れば解くことはできる。しかし、性質についてはわたしもまだ判らぬのだ。──ユリアよ。保管している欠片から何か判ることはないか?」
「いいえ……聖杯の力がよく判らないのよ……。外にいるときはあのように暴れていたけれど、内側に吸収してから妙に静かなの……。調べようにも力のすべてを封じているのか、感じることもできなくて……」
ユリアの言葉に、メンバーは行き先を案ずるように眉を顰めていく。
「まさか、オレたちが欠片を全部探して揃えるときを待ってんのか……? そんで、欠片が揃わないかぎり、呪いっぽいものの消し方も調べられねぇって……?」
「かなり厄介だな……。できることが限られる」
と、クレイグとラウレンティウス。
そして、テオドルスが「そうだろうね」と彼らの呟きに同意し、仲間たちを見回した。
「今の私たちができることは、聖杯の力を魔術で抑圧することかもしれない。聖杯の欠片とはいえ、協力して拘束魔術を発動したら動きを封じることはできた。だから、これからも魔力の扱いにもっと慣れてもらって、瞬時に術を発動できるよう技能を高めていくことを目指してほしい。母なる息吹がある場所でないと魔術の実践は難しいけれど、それでも技能を高めるための練習方法はある。そして、誰かと協力して術式を素早く編み上げる練習もしていこう」
魔術というものは、ひとりよりも多数で編み上げて発動したほうが強力なものとなる。しかし、現代では、魔術師がそのような技能訓練を受ける機会など皆無だ。それでも、その技能が必要となるくらいに、聖杯の欠片は強敵だ。
「ヒルデブラントの研究所に依頼しとるモンが出来上がってくれたら、術式組み上げるのがまだ楽になるんやけど……まだちょいかかるわ。やから、たしかに今は、魔力の技能向上目指したほうがええやろな」
アシュリーもテオドルスの案に同意すると、ダグラスのほうを向いた。
「ちなみに、総長の武器は早めに出来上がりそうやねんやけど、その間にも魔力の扱いの練習はしたいですよね──ってことなんで、ハイこれ。しばらくは、ウチが即席で造った拳銃で練習しといてください」
すると、アシュリーは膝の上に乗せていた手のひらに収まるくらいの小さな拳銃を長テーブルに置き、ダグラスの方へと滑べらせた。ダグラスはそれを受け取り、まじまじと見つめる。
「……これって、あれか。体内の魔力を銃内に集束させて、それで弾丸作ってぶっ放す系の銃か。理論的にはできるが、現代人の魔力生成量じゃ無理だってやつ」
「正解でーす。総長って、実はアイオーンの血ぃ飲んだおかげで、ウチらのなかでもズバ抜けて魔力生成力高くなってるんですよ。マジで『実弾いらずの銃』が撃てるほどに。なんで、製作中の武器にその機能が搭載するつもりですんで、とりあえず今はそれで撃ち方の練習しといてください。弾込める動作がなければわりと楽でしょ」
「まあ、そいつは有り難いんだが……なんで、俺だけ魔力生成力がずば抜けてんだ?」
「やっぱ、ヒルデブラント王家の血筋やからやと思いますよ。アイオーンの血で体質が変化した影響で、ヒルデブラント家の遺伝的性質が出てきたからやないですかね」
ヒルデブラント王家は、国を建てた当時から魔力生成力が高い者が多く、それが今でも受け継がれているという。現代では大気中の魔力が薄まり、魔術も使わない時代であるため、魔力生成力を鍛える機会はほとんどない。だが、それでも一般的な現代の魔術師と比べると頭一つ抜けた生成力を誇る一族のようだ。
「姉貴、いつの間にこんなの造ってたんだよ」
ダグラスの隣で食事をとっていたクレイグが、小さな拳銃を興味深そうに見つめながら言った。
「アヴァルの研究所に行った時や。極秘部隊の特権で、最新設備やら貴重素材やらをいろいろ貸してもろたんよ。人工魔力が満ちた個室も借りて、ちゃちゃっと造ったってワケ。もちろん作業工程は極秘で造ったから、そのへんは問題ないで。ただ……その分の費用は、ヒルデブラント王国もちになったけど、カサンドラ様やったら許してくれると信じて造った。総長はカサンドラ様の甥っ子やし」
ユリアの血を飲んだ影響で、アシュリーには大気中の魔力を操って物を作るという技術も扱えるようになった。魔力が満ちていた古い時代では、製造師と呼ばれる職業の人たちが使っていた技術である。もともと魔術師としての筋が良かったため、その技術もすぐに習得できた。実際のところ、すぐに習得できる技術ではないのだが、それができたのはアシュリーが天才だったからだろう。
「費用に関しては、任務に関係するものだから捻出してくださると思うわ。……それにしても、小さい拳銃だけど、これをひとりで設計図なしで短時間でサラッと魔術で造るあたり、アシュリーって変なところで凄いわね……」
ユリアが微妙に褒めていないような褒め言葉を呟くと、アシュリーは顔を輝かせた。
「やろ〜!? 昔、騎士団からの依頼で拳銃造りまくった時期あるから、そのおかげで設計図は頭の中に入っとるんよ! もっと褒めてもええんやで!?」




