第一節 遠雷が招く光芒 ④
「……俺だって、アイオーンが羨ましい──というか……アイオーンのような精神には、まだまだ至れない。だから……悔しくもある」
「……なぜだ?」
「アイオーンは、自分の力や技能の高さに一切溺れず、驕らない。むしろ、力の扱いを誤らないよう警告するだろう? ──どうしたら、強大な力を持ちながらも自制できるんだ……? アイオーンの力の一端を得たときの俺は、力の強大さに対して恐ろしさを抱いたくせに、同時に根拠のない自信が湧き出てしまった……」
「……きみが飲んだのは、わたしの血ではなく、わたしの血を飲んだユリアの血だ。そのうえ、現代の人間がぎりぎり力に呑み込まれず、耐えられるほどの少ない量のみ。ゆえに、わたしからすれば、きみの持つ力は末端のもの──それでも……やはり現代の人間には強すぎたか……」
アイオーンは、静かに流れる川に身体を向け、それを見つめながら呟いた。声色は普段通りだが、どことなく悲しんでいるように感じる。
「そうかもな……ごく少量でこれだ……。だから、アイオーンが人や星霊を避け続けた理由がよくわかった。アイオーンの血から得られる力は、心の欲望を刺激して狂わせる。……俺は、これでユリアと並び立つ事ができる、強くなれたんだと勘違いしてしまった」
「……しかし、勘違いだと気付いてくれたのだな」
「森での火事の対処や、湖での欠片の回収のことを目にして、力だけを得て喜んでいた俺は、単純で傲慢だったんだと思った……。俺は、アイオーンたち三人に比べれば、そこまでの魔術技能はないし、戦闘技能も判断力もまだまだ未熟だ。それなのに、心のどこかで、この力があればユリアは俺を頼ってくれるだろうと思い込んでいた……」
アイオーンが本音を曝け出していたはずだったが、いつの間にかラウレンティウスも秘めていた本音を曝け出していた。ラウレンティウスからそのようなことを言い始めるとは思わなかったアイオーンは、目をぱちくりとさせて彼を見た。
「きみは……それほどまでに自信家で傲慢だったのか……。昔から多少はそうだと思ってはいたが」
「うっ」
アイオーンからもそう思われていたことを知ったラウレンティウスは、言葉を詰まらせた。このことは、サンジェルマンにも似たようなことを言われたばかりだ。
「……そうだな……。俺は、自信家で傲慢だ……」
「しかし、己の至らない側面を素直に認めることは難しい……。きみは、それを簡単にやってのけるのだな。ゆえに、大きな間違いを起こすことがないのだろう」
「……いや……だって……」
彼は、褒められることが納得できないようにたじろいでいる。複雑そうな顔が、少しずつ恥ずかしそうなむくれっ面になる。
「──格好悪いだろう……。そういう態度は……」
「フッ……。格好悪い、か……。まるで理想の偶像に憧憬を抱き、それを真似る幼子のような言い方だな」
アイオーンは、いじる感覚で多少の悪意がある表現を言った。付き合いが長いからだろう。ラウレンティウスは、小さな子どもと表現されたことに不服な顔を見せ、そっぽを向く。
「……ああ、そうだよ。俺は子どもだよ。基本的に俺は情けないんだ。わかってるさ、そんなこと──」
彼がここまで口調が幼く、投げやりな声を発することは珍しい。これが根の部分の彼なのだろう。
「そういじけるな。……わたしもだ。情けないところが、たくさんある。しかし、きみには素晴らしいところも確かにある」
それにしても、不思議なやり取りになったものだ。喧嘩をしそうな雰囲気から一転して、いつの間にか互いに心をさらけ出している。
「……それで──いろいろと気持ちを吐いてきたが、気分はどうだ?」
「そうだな……。心に溜まった言葉を吐いて、少しだけ気分が軽くなった。──やはり、わたしも変わるべきなのだと思う」
「……俺も……変わらないといけないんだろうな……。このままだと、いつかチームの足を引っ張りかねない……」
ふたりは、しばらく黙り込んだ。
今夜の天気は荒れるかもしれないとのことだったが、雷の音は遠ざかっている。雨も振っていない。それでも湿気を含んだ風が吹いているため、どこかで雨が振っているのだろう。
「……こんなふうに、本音を語り合うのは初めてだな」
ラウレンティウスが呟くと、アイオーンは頷いた。
「……この時間がやってくるまで……本音を語り合うということへの必要性が、わたしにはよく解らなかった。このような心は……おかしいものだと思っていた……」
「おかしい……? なんでだ……?」
「わたしは人間ではない。性別もなければ、この『器』が壊れないかぎりは寿命もない。持つ能力のうち、不老不死と時間跳躍という唯一無二のものがある。……人間と大差ない姿を持つ星霊もほとんどおらぬ。同胞といえど、他の星霊と明らかに異なっている部分が多い……。ゆえに、心も他の者たちとは何かが違うのだろうと──」
「……何言っているんだ。──何も違わない」
ラウレンティウスは、真剣な眼差しでアイオーンの言葉を即座に否定した。
「アイオーンにも趣味があって、恋もして、喜怒哀楽もある。俺からしてみればアイオーンはただの『人』だ。それでいいんだ。心に『種族』なんてものはないはずだ」
それを聞いたアイオーンは、しばらくぼんやりとしながら静かに流れる川のほうに目をやった。
アイオーンが無反応だ。何かおかしなことを言ってしまったか。堪らずラウレンティウスは「おい……」と遠慮がちに声をかける。それから、ようやく反応を見せた。
「……そうか。ああ──ゆえに、か……」
川を見続けながら、眩しそうに目を細めて微笑んでいる。ラウレンティウスには、何のことなのかさっぱりのようだ。
「……ラウレンティウスは、そういう人間だ──だからこそ、わたしはきみと喧嘩などしたくはないと思ったのか……。恋敵であっても、きみを邪険に扱うことはできなかった」
ともに過ごした十年間に築かれていた絆の証ともとれる友愛の言葉は、ラウレンティウスにとっては不意打ちをされたようなものだった。その不意打ちを食らったラウレンティウスは、恥ずかしそうにそっぽを向き、腕を組む。
「ま……まあ、俺もアイオーンとは言い争いたくない……。争っても、何の意味のないことだからな……」
「そうだな……。争いは何も生まない」
アイオーンは目を伏せ、柔らかな声で安堵した。
「……きみと話していると、ユリアが前に進もうと思うようになった理由が解った気がする。おそらく、変わらぬ安心を得られたがゆえか……。いかに弱い己であっても、それで良いと許し、受け入れてくれる存在がいれば心強いと思う。その心が力を生んだのだろう。──だが、ユリアはやらぬぞ」
「いや待て。急に声色低くして喧嘩腰になるな。俺だってそうだからな!?」
突如、思い出したかのように当初の話に変わった。あまりに唐突すぎたため、ラウレンティウスはツッコみながら軽く睨み合む。
「しかし、想いは伝えても、わたしに見せた情けない部分は、断固としてユリアに見せようとはせぬのだろうな。そのような心でも、ユリアは受け入れてくれることは、きみも知っているだろうに」
「見せてたまるか。そんなの──」
格好悪いからな。
アイオーンとラウレンティウスの声が、きれいに重なった。同じ言葉を同時に発したため、ラウレンティウスはポカンとした。アイオーンが、わざと声が重なることを狙うとは思わなかったからだ。
「……想い人には、格好良いところだけを見てほしいか」
と、言って、アイオーンは微笑んだ。ラウレンティウスも気の抜けた笑みを浮かべ、ふたりは小さく笑いあう。アイオーンなりのイタズラであり、友へ見せる軽いノリであった。
張り詰めた空気は完全に消えた。それよりも今は、それぞれが思う理想へと向かうために前に進むことだ。




