第一節 遠雷が招く光芒 ③
「いいや……。わたしも、サンジェルマンから『手紙』を受け取り、あの宴会場にいたのだ。会場内ではなく、屋上にだが」
対して、アイオーンはいつもの平然とした調子で言葉を紡ぎ、ラウレンティウスと向き合った。
「手紙だと?」
「サンジェルマンからの手紙に同封されていた宝石には、魔力でわたし宛の『手紙』が刻まれていた。それは古い時代の手法ゆえ、星霊の可能性を疑ってはいたが──」
「予測がついていたのか……? なら、なぜ教えてくれなかった? 怪我はなかったとはいえ、ユリアはサンジェルマンに囚えられていたんだぞ」
その言葉を聞いたアイオーンは、悔しそうにラウレンティウスから目を逸した。
「奴の手紙には、仲間に手は出さないから安心しろとあった。くわえて、現代人たちが多く集まるパーティーゆえ、目立つ行動はしてこないだろうと──そして、わたしと同じく何かを『器』とし、弱体化しながらも生き延びた星霊かと思い込んでしまった……。わたしの落ち度だ……」
「……俺も、まさかこの時代に、アイオーン以外の星霊が生きているとは考えなかったな」
現代には、星霊は生きていないというのが通説だ。たとえ魔力を生み出せる能力があったとしても、寿命や星霊特有の人間とは異なる姿──アイオーンのように細部も含めて人間と何ひとつ変わりない姿、または比較的人間に近い姿をした星霊はかなり珍しいという──であるため、変身術が使えない限り、人間社会で生きていればかなり目立つ。
「──それはともかく……なぜ、俺たちの会話を魔術で盗み聞きしていた? 俺たちを出し抜いて盗み聞きとは、なかなか趣味が悪いぞ」
本題を問かけられたその時、アイオーンはいつもとはまったく違う目をした。重々しい雰囲気のそれは、嫉妬や悔しさ、劣等感といった負の激情がこもったものだった。
「……それについても謝罪する……。サンジェルマンとの話が終わったあとに、きみたちが宴会場から去っていく姿を見かけたのだ。その時、いつもとは何かが違う雰囲気であったがゆえ、少し気になってしまってな」
「目敏いな。……それで、話というのは……?」
「……ユリアに対して、ずいぶんと爽やかに恰好をつけた台詞を吐いたものだなと思うてな。──何も諦めていないだろうに」
見せた表情は、苛立ちを内包した微笑み。アイオーンがここまではっきりと誰かに負の感情をぶつけようとしている姿のは初めてだった。かの者が見せた苛烈な感情に、ラウレンティウスは真っ直ぐ受け止めた。
理由は解っていた。だからこそ、アイオーンの感情と向きあう。そして、その想いと同等の、収まらぬ情熱を告白する。
「……ああ。何も諦めていないさ。だが、俺はユリアの苦しむ顔を見たくない。それならば……ユリアの心に、俺という存在を深く刻み込めるなら、刻もうと思っただけだ」
「刻む、だと……?」
アイオーンの笑みが消える。
「選べずに苦しむユリアの心を、少しでも軽くすることができれば、あいつの心に俺が強く刻まれるはず──だから、俺は『身を引いた』んだ」
ユリアを選択の苦しみから救うため。そして、彼女の心に自身のことを刻むため。今は想いが叶わないのなら、彼女の役に立ちたい。まず初めに助けを求めるのは、他の誰でもなく自分であってほしい──。
彼の言葉には、そんな想いが込められていた。表から見る彼からは、想像のできないほどにどろどろとした感情をぶつけられ、アイオーンは呆気にとられた。そして、醜いものを見るかのように眉を顰めて再び微笑んだ。
「フ……欲深いものだな。それがきみの本性か」
「アイオーンに言われたくはないな。俺以上に、昔から欲深いだろう」
アイオーンは微笑み続ける。だが、そこにはさまざまな負の感情が渦巻いている。ぶつけたくても、ぶつけられない。行き場のない激情をどうすればいいのか解らずにいるような印象だ。
「……ああ、そうだ。……だからこそ……本当に、腹立たしい──」
ユリアの精神を慮り、苦しみを取り除くために身を引くのは自分もやるべきことだと思っていた。しかし、それを先に恋敵にされてしまった。
そのうえ、自分はまだそれができるような精神ではないことを思い知らされた。身を引けば、繋がりが弱まってしまいそうだと感じてしまい、判断に二の足を踏んでしまった。
さらに、それをやってのけた当人に、されたくもない指摘をされた。それらの悔しさと嫉妬の激情に、アイオーンは手を握りしめ、震わせながら堪えている。このままでは理性なき争いに発展する。
しばしの静寂が場を支配する。その間に、消えない激情に苦悶する表情を見せていく。
「違う……。すまない……。このような醜い感情をぶつけるために来たのではない……。ここまで負の感情が強く渦巻き続けることは……初めてなのだ……」
感情のコントロールに苦しんでいる。永く生きていても、ここまで深い関係性を築いたことはなかったからだろう。だから、対処法がわからないのだ。
アイオーンは俯き、小さな声で言葉をさらに紡ぐ。
「……わたしは、きみと喧嘩がしたいわけではない。できるならば、このようなことでの喧嘩は避けたいとも思う……。ユリアやテオドルスたちに怒られるという理由ではなく──ただ、純粋にきみと喧嘩はしたくない……」
それは本音だった。今のアイオーンは、失敗して凹む子どものような雰囲気だ。ラウレンティウスは、見たこともないアイオーンの姿に内心戸惑いを感じながらも、返す言葉を選んだ。
「……それでも、話をしに来たのはなんでだ?」
「……手掛かりを……掴むために……」
「手掛かり?」
「……少し前に、ユリアはきみと話し合ったことで前に進むことができた──ならば……」
そして、アイオーンは顔を上げる。意を決した顔つきで、ラウレンティウスを見た。
「──わたしは、きみが妬ましい……そして、羨ましいとも思う。わたしには、ユリアを好きでいることを止めるという行動まではできなかった。ユリアが苦しんでいることを解っておきながら……苦しませないためのすべき事には移せなかった……。それも我欲のために……」
身を引くと伝えたら、もうユリアはそういうふうには見てくれないかもしれない。そう感じたのだろう。
それからアイオーンは沈黙した。しかし、まだ何かを伝えたそうにしている。
ラウレンティウスは、静かに言葉を待った。今は、心に溜め込んだ言葉を吐き出させてやったほうがいいと判断したのだろう。
やがて、再び言葉を零しはじめる。
「……今のわたしがすべきことは、ユリアを想い続けることよりも……まずは、今の己を改めるべきなのだろう。……そうすれば、この後悔とも……向き合えるやもしれぬ……」
「後悔……?」
おもわず問いかけてしまったが、アイオーンは目線を下げた。まだ言えないということか。
沈黙が続く。妙な静けさだ。居心地が悪いと思ったラウレンティウスは、たまらず口を開いた。




