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始まりは秘密と共に ③

 そして、ユリアたちはスミスと衛兵、使用人たちに見送られながら車に乗り込んだ。車が発車するとスミスたちが一堂にして頭を下げた。

 車が宮殿の門を出たあたりで、ダグラスがユリアを見ながらぽつりと呟く。


「……わりと怯えてたな。スミスさん」


「誰かが傷つくものではないとはいえ、現代の魔術師が知るはずのない魔術ですからね。そんなものを使える人間が目の前にいるとなると、恐れてしまうのも仕方がないと思います」


 約千年前から、母なる息吹から噴出する魔力量が減衰するようになった。長き時が流れた現代では、一部の地域を除き、大気中に含まれる魔力の量がかなり少なくなってしまった。それに伴い、昔から魔術という技術はいずれ失われるものだという認識があったようで、時が流れるにつれて魔術を使おうとする者や、その技術を伝える者も減っていった。

 そのふたつの理由から、現代の魔術師は『皆が想像するような魔術師』とは言えない。普通の人よりも身体能力を意識的に向上させることができ、道具を使わずに少し便利なことができるという存在だ。その技術があっても、大掛かりな魔術ができない環境下であるため、『魔術師らしい』ことはほとんどできない。とはいえ、普通の人に比べると脅威的な力を持っていることは確かである。


「……極秘部隊に情報秘匿権限があるとはいえ、あそこまで堂々とその魔術を使っても大丈夫だったのかね」


 クレイグが、どことなく不安に感じたこと吐露すると、ユリアは「大丈夫よ」と答えた。


「口約束だけとはいえ、情報を秘匿するという約束事を破れば、ヒルデブラントとの信頼関係に亀裂が入る。それに、他の協力関係にある国からの信頼も落ちかねない。アヴァル国にとって良いことはないわ」


「スミスさんは王の側近だからね。それは判ってくれていると思うよ」


 テオドルスもそう言ったことで、ひとまずクレイグは頷いた。


「次は、アヴァル国が手配してくれた屋敷に向かうんだよね。街から離れてるから、買い物が少し面倒そうだけど」


 イヴェットが仮住まいとなる屋敷の不満点をあげると、ユリアは顎に手を添えて、何かを考える仕草を始めた。


「……それなら、食材は宅配サービスを頼って買ったほうが楽ね。大人が八人もいるんだもの。あとは、いつも屋敷にいるわけではないだろうから、置き配で頼まないと──」


 街中にある一軒家やアパートを借りてもよかったのだが、ユリアたちにはいろいろと秘密にしないといけないところが多い。そして、人がいないからこそできることもあるため、街から外れたところにある屋敷に決定した。だからこそ、買い物に行くのが不便なところは飲み込まないといけない。


「……お前……そんなことは屋敷に着いてからでもいいだろう」


「そんなことって何かしら。食事は大事よ」


 ラウレンティウスがユリアにジト目を向けると、彼女は真顔で言い返した。そして、彼は「そうだな」と適当に同意しておき、ツッコむことを止めた。



◆◆◆



 ユリアたちが屋敷に着いたのは、陽が傾きはじめた頃だった。

 仮住まいとなる屋敷の外観は、ローヴァイン家の屋敷よりも少し小さく、質素な印象だった。それでも敷地は広く、裕福な家族が暮らしていたに違いない。屋敷の広さも、大人八人が生活する分には十分なものだ。

 車から荷物を降ろして、いったんは玄関先まで運び終えると、エドガーがユリアたちに声をかけた。 


「さて。わたくしめの仕事は、これにて終了となりました。本日はお疲れ様でございます」


 エドガーは、ユリアたちを乗せる車の運転手としてアヴァルにやってきていただけだ。ラウレンティウスたちが「ありがとうございました」と礼を言うと、ユリアも頭を下げて感謝を伝える。


「お世話になりました。エドガーさんは、これからどうするのですか?」


「近くのホテルで一泊し、明日の朝にはアヴァルを発つ予定です。皆様、任務とはいえご無理はなさらぬよう。──ダグラスもな」


「わかってるって」


 ダグラスはすでにいい大人なのだが、それでもエドガーは養子を案じてしまうのが癖となっているようだ。


「それでは、これにて失礼いたします」


 エドガーが一礼すると、玄関の扉を開け、丁寧に閉めていき去っていった。これで特務チームのメンバー以外、アヴァル国内で知っている人がいなくなる。見知らぬ土地に新しい家──とうとう本格的に極秘部隊としての任務が始まるのだ。今のユリアの表情はいつも通りだが、内心では妙に落ち着かなかった。どこも知らない景色ばかりだからだろう。無意識に気が引き締まってしまう。


「よしっ。自分の部屋に荷物を置いたら、ちょっと周辺を探検してこようっと!」


 そんなユリアとは違い、イヴェットは旅行気分のような言葉を発しながら、床に置いていた荷物を持った。彼女らしい言葉に、ユリアも不思議と緊張が解かれ、少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「私も、バイクがどんな形状をしているのか少し気になるわ。どこに置いてあるのかしら?」


養父(とう)さんが、裏庭の方に車庫があるって言ってたけど──なぁ、姫さん。まさかバイクで戦いたいなんか言わないよな……?」


 ダグラスが、少し疑う目つきをしている。ユリアは不服そうにムッとした。


「言いませんよ。自分で走って攻撃したほうが当たりやすいと思いますし、小回りも効きます。それ以前にバイクは借り物ですから、無茶なんてできません。したとしても、後ろにテオを乗せて遠距離攻撃をしてもらうくらいです。テオは弓が得意ですから」


「いや……君の運転するバイクには、できれば乗りたくないんだけどな……」


 テオドルスは、微笑みながらやんわりと拒絶の意を示した。ユリアとは主従関係にあった彼でも、車内で耳にした元主人のはっちゃけたバイク技術にはついていけないようだ。


「何を言っているの。いざという時は乗ってもらうわよ」


「正直イヤだから他の誰かに頼みなさい」


「んな──!?」


 とうとうきっぱりと真顔で拒絶され、ユリアは声を裏返して驚いた。そして、彼は荷物を持ち、さっさと屋敷の奥へと歩いていった。


「ウチも乗れへんからなぁ、絶対」


「以下同文」


「以下同文」


 アシュリーもきっぱり断ると、クレイグとイヴェットが簡略した拒絶の言葉を順に言い放ち、そのまま荷物と共に屋敷の奥へと消えていく。


「荒っぽい運転をされれば、酔って戦うどころではなくなるだろうからな。俺もパスする」


「そうそう。姫さんと一般人を一緒にせんでくれよ」


 ラウレンティウスとダグラスまでそう言うと、荷物を手にしてその場を去っていった。ユリアは寂しそうに眉を八の字に曲げて、後ろにいたアイオーンを見た。


「……今晩のごはんは、どうしようかしら……?」


「あの様子では、各々自由に買ってくるだろう。今日ばかりは厨房に立つ必要もない。──それよりも、ちょいど良い機会だ」


 と、アイオーンは荷物を持ち、ユリアの前に立った。


「明日は、ここでの暮らしの準備を整えるために、まだ忙しなく動くであろうが……。明後日ならば、自由に過ごす余裕はあるはずだ。良ければ、その日にふたりだけでアヴァルの首都を観光せぬか」


「そうね。きっと、他の誰かもアヴァルを観光したいと言うだろうし。任務が本格的に始まれば、そういった時間は取りにくくなるものね」


 好奇心旺盛なイヴェットや、歴史好きなクレイグあたりは観光に出掛けるだろう。その前に、魔力を利用して得たアヴァル語の言語知識を全員に伝授しなければ。そうすれば、会話だけでなく案内板も難なく読むことができるため、不自由することなく観光ができる。


「ならば、決まりだ。では、明後日──楽しみにしている」


 そう言いながらアイオーンは微笑み、荷物を持ってその場を離れていった。


「──ねぇ。アイオーンは、どこに行きたい?」


 と、ユリアは、アイオーンの後ろ姿に問いかける。


「その時々の、好奇心がうずく場所へ。気ままに道を歩こう」


 ユリアのほうへ振り向くことはなかったが、声色から胸を踊らせていることがわかる。


「目的のない観光ね。わかったわ」


 昔のアイオーンならば、このようなことは決して言わなかっただろう。当時は、人間や星霊との関わりをほぼ断っており、社会にも馴染もうとは思わなかった。そのせいか、意味のないことや目的のない行動は嫌っていたのだ。

 それが変化した理由は、ユリアやテオドルス、そしてローヴァイン家とベイツ家の影響だろう。さまざまな気質を持つ人々と接し、アイオーンは変わった。冷たい雪と尖った氷が、春を迎え、悠々と流れる清水となったような雰囲気がある。さまざまな出来事があったが、ここに来て良かったと思ってくれていたらいい。

 ユリアは、屋敷の奥へ向かわず、それも荷物を玄関先に置いたたま車庫に向かった。なんだかんだでバイクへの好奇心が止まらなかったようだ。

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