第一節 遠雷が招く光芒 ①
ユリアは呆然としている。その顔は喜色か、それとも拒絶か。表情は読めない。
彼女の反応のなさに、ラウレンティウスはうっすらと恐怖を滲ませた。しかし、溢れ出す想いが勝ち、さらに心に秘めていた言葉を漏らす。
「俺は……お前のことが、身内としても大切で──」
ラウレンティウスは、ここで言い詰まらせた。さらに顔に濃い朱を走らせていく。喉に引っ掛かって抜け出せない言葉を、力任せになんとか紡ぎ続けようとしている。
「だ……だから、ローヴァイン家の──養子とかじゃなくて、本当の意味で家族の一員に……」
これは、アイオーンの想いを伝えられたときと同じだ──。
「……ローヴァインという名字を名乗って……俺の隣にいて、同じ時間を過ごす……家族に、なってほしい……」
プロポーズ。
これが、ラウレンティウスの心からの気持ち。
ユリアは、また頭がうまく動いてくれなくなってしまっていた。
彼は、羞恥と申し訳なさそうな顔をしている。自らの気持ちを重いものだと思っているからだろうか。それでも、あえてプロポーズの言葉を伝えたのは、アイオーンのプロポーズに対抗するためだろう。
「……わ、私は……」
ユリアは俯いた。手が震え、握った手のひらには冷や汗が滲んでいる。
言葉が何も浮かんでこない。
落ち着け。そのためにも、何か会話を──。
「……どうして……私を選んでくれたの……?」
必死に捻りだせた話題は、彼からの想いを知ったころからの疑問だった。
そのことに、ラウレンティウスは少しずつ首を傾げていく。
「……なんでだろうな。よく、わからん……」
「わからないのに……?」
「けど、笑った顔を見て……ひ、一目惚れ……した、気がする……」
と、彼は小声で恥ずかしそうに呟いた。
ユリアも、ラウレンティウスと同じく首を少しずつ傾げていく。
今までまったく判らなかった。しかし、アイオーンの直感は当たっていた。彼のいとこたちも、なんとなく察していたのだろう。
もしかして、気づいていなかったのは本当に私だけだったの──?
「──け、けど! それは昔のことだ! 昔!」
ユリアの無言が耐えられなかったのか、ラウレンティウスが突然つっけんどんな態度になった。
それなら今はなんなのだ。
「……今は……なんだろうな……。いつの間にか、変わったんだ……」
自分の心を言い表すための適切な言葉が思い浮かばないのか、ラウレンティウスは思案するように空を見上げた。
空に星はない。雲がかかっている。そういえば、今晩はところによって雨や雷雲が発生するとの予報だった。
「……なんというか……ユリアは、学校の同級生や職場にいるような女性とは全然違う」
「違う……?」
「変な意味じゃない。なんというか……落ち着く。安心できるんだ」
その言葉を聞いたユリアは、彼の内心を案じるように顔を曇らせた。
「……騎士団は、やっぱり大変だったの? 警察機関とはいえ、魔術師社会にはいろんな人がいると聞くわ。あなたは、いつも大丈夫だと言っていたけれど……」
「ん……? いや、まあ、大変じゃないと言えば嘘になるが……。それでも、やりがいを感じているから意外と苦じゃないのは本当だ。──それと、一応言っておくが、仕事が辛いからという理由で、安心できて一緒にいて落ち着くお前に……執着してるわけじゃないからな……。ユリアがユリアだから、ずっと好きなだけだ」
──素直に言い過ぎた、忘れろ。
しばらくして、ラウレンティウスが恥ずかしそうに目を逸らしてそう呟いた。彼の言葉は、いつでもユリアを見てくれていた証拠だ。
「……それと、なぜか放っておけないんだ。……見張っておかないと、食べ物を求めてどこかに行きそうだからだろうな」
「あなた、絶対に私のことを『食べ物のことになったら頭が弱くなる暴食魔人』だとか思っているでしょう?」
途端に、その場の空気が緩みだした。彼は、言ってやったというふうに口角を上げている。
なによ、その妙に腹の立つ顔は。先ほどまでの恥ずかしそうな表情はどこにいったのかしら。かくいう私も、いつの間にかそういう感情がどこかにいってしまったけれど。
プロポーズされたはずなのに、おかしい。不思議とムカムカしてくる。しかし、否定ができない。くやしい。
そのとき、ユリアは、ふと思う。もしかしたら、彼は意図的に普段の雰囲気に戻してくれたのかもしれない。緊張感のある空気が消え、すっかりいつも通りの雰囲気だ。
「……ともかく。いろいろ言ったが、俺の気持ちへの返事はしなくていい。俺が勝手に言いたかっただけだからな」
「……え?」
プロポーズの言葉を言っておきながら、その返事をしなくてもいいだなんて、どうして?
ユリアが困惑していると、ラウレンティウスは先ほどまでの笑みを消し、真剣な面持ちで見つめた。
「ユリアの反応を見て確信できた……。お前は、苦しんでいるんじゃないか……?」
「苦しんで、いる……?」
「俺は、お前の精神に負担がかかっているんじゃないかと思っていたんだ。俺かアイオーンか、どちらかを選ばないといけない──あるいは、両方とも断るか……。いつかはその二択を選ばないといけないということが、お前を苦しませてしまっているんじゃないか……?」
どうして、ここまで察しがいいのか。
見破ってほしくなかった。こんな情けない自分を見てほしくなかった。それなのに、心のどこかで本心を見つけてくれたことに、不思議と安心した自分がいる。我ながら面倒くさい人間だ。
「俺は、ユリアに自分の気持ちを押しつけたくはない。苦しませたくもない。お前には、少しでも今を生きることを楽しんでほしいと思う。──だから、お前を苦しませる『選択肢』を無くしたい。……俺は、もっと……お前の笑った顔が見たいんだ」
俺のことは気にするな。自分の抱く気持ちを大切にして生きていけ、という意味なのだろう。ユリアのために、自ら身を引くことを決意してくれた。
ここまで、この人は私の幸せを願ってくれるのか。その精神に対する憧憬を抱いてしまう。
そして、未だはっきりと決められない自分への嫌悪と悔しさにユリアは俯き、顔を歪めた。
「……ありがとう。私の苦しみを消そうとしてくれて……。やっぱり、私はあなたには敵わない……。いつか、あなたのような人間になりたい……」
「ユリアは、ユリアのままでいい。……俺なんかのようになるな」
「『なんか』じゃないわ。あなたは素敵な人よ。自分を卑下しないで」
妙に自己評価が低い台詞にユリアは優しく叱る。いつの間にか、うっすらと浮かんでいた涙を拭き、深くゆっくりと息を吐いた。
「……あなたがそう言ってくれたおかげで、心が軽くなった……。たしかに、選ぶのが嫌だったわ……。ふたりとも大好きだから……どうして、どちらかだけを選ばないといけないのと思っていたの……。本当に、情けない人間でごめんなさい……。決めることができなかった私を、許してくれてありがとう……」
ユリアは謝罪と感謝を丁寧に表した。そして、もうひとつの素直な気持ちをまっすぐな目で伝える。
自分は、未だに恋を知らず、人生を共に歩む者への愛もよくわからない。
そして、ユリアにはもうひとつの『選べない理由』があった。ラウレンティウスとアイオーンのどちらかを選ぶという事柄にずっと隠れていたが、これも間違いなく選べなかった理由のひとつだった。
むしろ、仮にどちらかを選べて愛し合えた状態だったとしても、愛し合うという選択を選ばないだろうとさえ思える理由かもしれない。
「──私は、これからも極秘部隊として活動していきたい。みんなが『普通の現代人』に戻って、日常に帰ったとしても、私は極秘任務を遂行していきたいの。この力を持つ私にしかできないことが、きっとこれからもあるでしょうから」
その理由だと、誰と愛し合っていても選べることではないかと感じることだろう。しかし、ユリアは愛を選べなかった。
「……ひとつ聞かせてくれ。なぜ、極秘部隊として活動していきたいと思っているんだ? お前のことだから、力があるからという理由だけではないだろう」
ラウレンティウスは、ユリアの心を見透かすような目を向けた。
このことも、彼は察しているのだろう。彼は、すでにユリアの過去を知っている。だから、ユリアは本心を──闇を打ち明けた。
「……両親とテオを殺すことになって、その衝撃で錯乱して死を選び、〈予言の子〉としての責務を放棄してしまった──その後悔は、今もずっと消えていないわ……」
深い傷を負いながら地を這いずるかのような重苦しい声とともに、ユリアは心に巣くう闇を吐く。のちに、テオドルスだけは戻ってきてくれたが、あの記憶がなかったことにはならない。
全部、私のせい──。
ユリアは自罰していた。だから、人生を共に歩む者との愛を避けようとしていた。その感情があるかぎり、誰から愛を語られようとも、その領域には踏み込めない。
それでも、今のユリアの目には、闇に染まるような弱さはない。少し前とは違い、光を宿す強さがあった。
「だから、私は誰かのために戦いたい。今を生きる人たちのために働きたい」
「……わかった。それが今のユリアの本音なら、俺は尊重したい。……だが、ひとつだけ頼みたいことがある」
「何……?」
「『英雄』に、なりたいとは思わないでくれ」
ラウレンティウスは直球なことはほとんど言えない性格なので、『結婚』『嫁』『妻』といった直接的な単語はできる限り排除しようと決めていました(笑)




