第六節 パーティーの裏側で ③
ユリアは身を委ねた。
背が高くて筋肉質で、わりと食べるほうだからきっと重たいだろう。そんなことを考えながら、ユリアはラウレンティウスにお姫様抱っこをされた。
彼も魔術師だ。だから、筋力を強化する魔術を使えば、人ひとりを持ち上げることなどなんてことはない──だが、それでもそんなことを考えてしまう。
緊急時でもない時に、ここまで密着したのは初めてだった。ユリアは彼の顔を見ないようにしている。ラウレンティウスも、ユリアの顔を見ようとはしない。
物置部屋を出て廊下を歩いていると、偶然にも近くを通りかかったスタッフと出会った。その人に、ユリアが体調不良となったことを伝える。そして、食欲はあるから何かを食べさせて、しばらくしてから帰宅する旨も付け加えた。
すると、スタッフは、「迎えが来ないのなら、タクシーを呼びましょうか」と言ってくれた。
だが、ラウレンティウスは交通機関を利用して帰ることを選んだ。タクシーのほうが早く帰れるような気がするが、ひとまず帰れるならなんでもいいかと思ったユリアは、それについてとやかく言わなかった。
そして、スタッフから控え室と思しき部屋に案内されると、ユリアは部屋でひとりきりになった。ラウレンティウスは、スタッフとともに食事を取りに行ったのだ。
(……あの指──)
左の小指を見ながら、庭の噴水前での出来後を思い返す。もしも、サンジェルマンが来なければ、彼は、もしかしたらあの言葉を言っていたのだろう。
先ほどは、もう『別人のような』雰囲気はまとってはいなかった。だから普通に接することができたが、もしも、またあの雰囲気になられると、緊張してまともに話ができなくなるかもしれない。
それでも、いつか言われたら、返事を言わなければいけない。
『後悔が少なさそうな選択肢』──アシュリーに言われた言葉が蘇る。
そして、イヴェットとの会話で思い浮かんだ自分の夢──。
ユリアは、ぼんやりとしながら小指から目を逸らし、天井を見上げた。
そして、およそ十分後。部屋の扉がノックされると、配膳カートとそれを押すスタッフ、そしてラウレンティウスが入ってきた。配膳カートには、食事が盛られた四つの皿が置かれている。スタッフが一礼して下がると、ラウレンティウスはユリアに食事が盛られた皿と食器を渡した。
「お前のは三皿ある」
皿には、隙間がないほどにさまざまな料理が敷き詰められていた。ほかの皿も同じだ。上流階級の出身にしては少々品のない欲張りな人だとスタッフに思われなかっただろうか。
ひとつひとつの料理を見たユリアは、思わず笑った。自分の好きなものだけしか乗ってない。あるいは、好きそうな部類の料理だった。
「……ふふ」
「なんだ」
「こんなにもたくさん盛られているお皿が来るとは思わなかったもの。変な目で見られなかった?」
「スタッフの人には、俺がよく食べるからということは言っておいた。一応、食べる量が普通じゃないという自覚はあったのか」
「仕方ないでしょう。みんなの言うような『普通の量』では足りないんだもの」
そう言って、ユリアは嬉しそうに料理を食べた。味わいながら噛んで飲み込むと、また次の料理を口に含んで咀嚼する。
どれもが笑みを溢してしまうほどに美味しい。これだけで、嫌な思いをしたことも和らいでいく。いくつかの料理を食べ終えると、ユリアはラウレンティウスに笑みを向けた。
「──盛られている料理は、全部私の好きなものだわ。ありがとう。覚えてくれていたのね」
「それくらい知っていて当然だろう」
あまりにも普通に、しかも早い返答に、ユリアはポカンとした。そして、即答した理由をなんとなく察する。それでもユリアは当たり障りのない言葉を返した。
「……そうよね。付き合いが長いものね。ローヴァイン家の屋敷に住みはじめて十年は経つもの」
「……ああ」
彼がそう頷くまで、妙な間があった。
なんとも言い難い空気が流れるなか、ふたりは静かに食事をとり続けた。
◆◆◆
時は、ユリアとラウレンティウスが食事を取りはじめてしばらくが経ったころのこと。
アイオーンが、ふたりが来ている宴会場へとやってきた。目くらましと気配遮断の魔術をかけているため、門前や建物の周辺を警備している守衛には見つからない。
アイオーンは、誰もいない静かな区域を探した。そこで地を蹴り上げ、一気に屋上まで登る。そして、目くらましと気配遮断の魔術を解き、辺りを見渡した。
目視するかぎり、誰もいない。しかし、アイオーンはとある気配を感じていた。
すでに誰かがいる。
姿を見せていないのは、何かを仕掛けようとしているからか──。
「……いつまで目くらましと気配遮断をしているつもりだ。何かをするつもりならば、わたしは容赦しない。姿を見せるがいい」
「──こいつは失敬。まさか、あの『手紙』に気付いたうえ、応じてくれるとは思わなくてね」
宴会場の職員制服に身を包んだ老婦人──サンジェルマンが喜々とした顔で姿を現した。
「……貴様は何者だ。共存派として戦った星霊ではなかろう」
アイオーンは、サンジェルマンの正体を看破していた。しかし、かの者は特に驚くことはなく微笑みながら頷く。
「ああ。あたしは共存派じゃないよ。もちろん、不信派でもない。だから、直接あんたと関わりがあったわけじゃないけど、噂はよく聞いていたよ。いろんな意味で有名だったからねぇ」
その言葉を聞いたアイオーンは、わずかに目を吊り上げる。サンジェルマンは微々たる雰囲気の変化に気がつき、呆れを含ませた笑みを浮かべた。
「そう睨まないでおくれよ。あたしは、今も昔もあんたの力に興味はない。気まぐれに何度かヴァルブルクを訪れた時に、あんたの姿を遠巻きに見たことがあるくらいさ」
それから、サンジェルマンはしみじみとして語り続ける。
「だから、まさかこの時代であんたを見かけるとは思わなかったんだよ。しかも日課の散歩中に……世の中、何があるかわからんもんだね」
「……あの日、公園のベンチに座って話しかけてきた老婆は貴様か」
アイオーンは、変わらず傍から見れば無表情な顔を貫いている。対して、サンジェルマンは楽しげな笑みを浮かべ続けている。剣呑としているのかそうでないのか、よくわからない雰囲気だ。
「ああ、そうさ。その時は、さすがに他人の空似かと思ったものだよ。けど、あんたに触れてみたらこの世の人間ではない魔力を感じ取れたから、星霊だと認識できた──まあ、それでも簡単には信じられなかったけどね。今のあんたは、噂に聞いていたのとは真逆の性格になっちまってたからさ」
そして、サンジェルマンは、何かを企むようににやにやと笑いはじめた。
「あの超然とした雰囲気──諦念、猜疑、嫌悪……人間にも星霊にも無関心だったくせに。負の感情に囚われていたあんたはどこにいったんだい? 穏やかな微笑みを浮かべて人間と談笑したり、ヨボヨボのババアが転けそうになって思わず手を差し伸べるなんざ、そこらへんにいるただの『人間』じゃないか」
「──貴様の今の姿は、本来のものではなかろう。『人間から遠くかけ離れた姿を持つ存在』の気配だ」
アイオーンは、投げられた言葉をすべて受け流した。サンジェルマンは感心したように微笑み、軽くため息をつく。
「あの一瞬の接触で、そこまで感知できていたかい。ワケあって、頑張って人間の姿に変えられる力を身につけたのさ」
「我々に近づく理由は何だ」
アイオーンは変わらず淡々と言葉を放つ。声色や表情はいつも通りだが、どこか物々しい雰囲気がある。
「そう身構えなさんな。今日は、古き同胞に挨拶しにきただけだよ。今となっちゃ同胞に会うことさえ奇跡だからね」
「味方ではなければ──敵か」
「たしかに、あたしはあんたや人間の味方になるつもりはない。あんたらの仕事にも特に興味はない。ちょいと挨拶をしたかったから、欲しがっていそうな情報をあげて接触を図っただけだよ」
と、サンジェルマンは突如として興味津々な顔をする。
「……ねえ。あんたの性格がそこまで変質した理由ってのは、あの〈予言の子〉のおかげなんだってね? ──命をかけてまで〈予言の子〉を生き返らせていたなんて、思いもしなかったよ」
刹那、アイオーンの目に殺意が湧き上がる。そのことは、よほどのことがないかぎり他者に教えることはしない記憶だからだ。
「……貴様、ユリアに何をした……?」
「〈予言の子〉から教えてもらっただけさ。傷ひとつつけちゃいないよ」
「『見た』のか──」
今にも殺してやると言わんばかりの目つきに対し、サンジェルマンは面白そうに微笑む。
「だから、傷つけてなんかいないったら。……そういやさ、今パーティーに来ているラウレンティウスとかいう人間の男が、あんたの恋敵なんだって? 今頃、〈予言の子〉とふたりで仲良くパーティーを楽しんでいるだろうねぇ」
サンジェルマンはアイオーンの目を見つめた。憤怒から、わずかに嫉妬の目が垣間見えたことを見逃さなかった。
主人公はユリアですが、ここでアイオーン視点の話があったほうがこの後の話も解りやすいかと思いましたので、アイオーン視点の話を入れさせていただきました。




