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ユリア・ジークリンデ (2) ―星の聲 薄明の瞳―  作者: 水城ともえ
第一章 凶星
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第六節 パーティーの裏側で ②

 ユリアは、煽りの言葉をすべて無視して別の話を問うた。サンジェルマンは、無反応を貫いたユリアに対して面白くなさそうな目をしている。


「……あたしは、生まれつき星霊の中でも特殊な能力があるのさ。人間のように魔力を生み出せるおかげで、母なる息吹が弱まっても生きていける身体でね。けど、今のあたしはかなりの老体だ。核の寿命はだいたいあと三、四十年ってとこかね」


 先日、たしかアイオーンが言っていた。星霊のなかには、大気中に含まれる物質から、魔力に近い性質のある物質へと作り変えることができる能力を持っていたという。その力を持つ星霊か。だからこそ、異空間を作り上げることができ、星霊の血を飲んだ魔術師を簡単に囚えることができているのだろう。


「聖杯の欠片……残りのふたつはどこにある……?」


 本当は、こんな性格の悪い存在に助力など請いたくはない。それでも背に腹は代えられない。今の自分たちには判らない。アヴァル国の警察機関でもだ。


「おや……。手伝ってほしそうな顔だね」


 あの笑みは──。

 それでも、ユリアは僅かな光を望む。


「あれは、この世の中にとって危険なもの……このまま放っておけば、人に害が出てしまう」


「そうかい。でも、お断りするよ。あたしは、正義の味方なんてものに興味はないんでね。協力者が欲しければ他をあたりな」


 断られることは、わかっていた。

 しかし、ユリアも正義の味方として行動しているつもりはない。ただ、人が傷付くのを見たくないだけだ。

 自分の心が、そうさせる。


「人が傷ついても……なんとも思わないのか……?」


「この世は、あんたみたいなお人好しばかりだと思っているのかい? おめでたいねぇ」


「──ああ、知らなかった。ここまで腹立たしい言葉を逐一添えてくる星霊がいるだなんて……まだまだ『箱入り』だったということを知ることができた。自ら社会勉強の教材となってくれたサンジェルマンには感謝しよう。反面教師としては、この上なく優れた御仁だ」


 腹を立てるのも疲れてきた。このような輩に、力など使いたくない。面倒だ。いっそのこと、サンジェルマンの一方的な勢いを少し掻き乱してやろうか。

 ユリアが吹っ切れたような言葉を言いはじめたことに、サンジェルマンは意外そうな目を向けている。予想外と感じたのなら上々。ユリアは無表情で、その調子でさらに言葉を紡ぐ。


「しかし、楽天的なものだな。お前にも聖杯の欠片の災いがやってくるかもしれないというのに」


「その時はその時さね。あたしゃ、もう十分生きた。そういう終わりでも足掻きはしないよ。ああ──けど、足掻こうとする者の必死な顔や、諦めた顔、嘆き悲しむ顔は見てみたいねぇ。最期くらいは楽しみたいという気持ちはあるからさ」


「なるほど。とても卑俗なご趣味をお持のようだ」


 ユリアは興味無さげに言い放つと、サンジェルマンは嬉しそうに微笑んだ。


「褒めてくれるとは嬉しいねぇ。だから、あたしとしては、あんたにゃもっと苦しみにもがいてほしいんだけどね」


「誰かの苦しむ顔が見たければ、地獄にでも行けばたくさん見られるのではないか? まあ、知らないが。──では、このパーティーも誰かを苦しませるに催したとでもいうのか」


「まさか。これは、純粋なパーティーだよ。今回は、若い男女に出会いの場を提供しただけさ」


「嘘をつくな」


「嘘じゃない。こう見えて、他者の恋愛事には興味があってね」


 すると、サンジェルマンは目を輝かせた。心の底から楽しんでいる目だ。


「──あんたさ……ラウレンティウスとアイオーンのどちらを選ぶんだい? それとも、簡単には決められないことを理由に、返事を長引かせてふたりを焦らせるのがお好きなのかい?」


 サンジェルマンが、ユリアにとって触れてほしくない話題にまた堂々と触れてきた。

 その時、空間に異変が起こった。サンジェルマンの背後に歪みが生じ、人の姿が現れる。


「──!? ユリアッ!」


 ラウレンティウスだ。来てくれた。

 彼は、突然変わった景色に驚いたが、魔術で囚われたユリアを見つけると即座に槍を出現させ、鋭い穂先をサンジェルマンの背後に向ける。


「……失礼します、くらい言ったらどうだい? 入る許可なんてしていないんだけどね……」


 槍を向けるラウレンティウスに背を向けたまま、サンジェルマンは不機嫌そうに腕を組んだ。


「俺の身内を魔術で閉じ込める輩に、礼儀など必要ない」


 サンジェルマンは、首を傾けながら何かを考えるように目を瞑る。ややあって、「ああ……」と残念そうに呟いた。


「うっかりしていたよ。この記憶は未確認だった……。そうかい──〈予言の子〉の血を飲んだから、ラウレンティウス・ローヴァインも僅かながら同胞の血を持っていたってわけか……」


「……なぜ、俺の名前を知っている……?」


 驚嘆の目をしたラウレンティウスが問うと、サンジェルマンはちらりと腕時計を確認した。


「詳しいことは、〈予言の子〉から聞いとくれ。あたしは、そろそろお暇しないといけない──次の約束があるんでね。約束の時間に間に合わなかったら、先方に申し訳ないだろう?」


「……ふざけるな」


 ラウレンティウスは怒りを込めた声で、槍の柄を強く握りしめた。退く気がないと判ると、サンジェルマンは深く息をつく。


「あんたね……。少なくとも腕のある〈予言の子〉が囚えられているという状況を見ても、あたしに挑む気なのかい? よほどの猪突猛進な性格か、自分の力量をはかり間違えているか──どちらにせよ、いつか任務中に死んじまいそうな人間だね」


「……」


 彼は、わずかに眉を顰めた。反論もしない。きっと、自分でもその自覚があるのだろう。だが、それでも彼は退こうとはしなかった。

 退いても、本当に見逃してくれるのか。不意打ちを狙おうとしているのではないか。信用できないからこそいろいろと考えているのだろうが、ユリアにとってはこの場は素直に退いてほしかった。


「ラルス、槍を下げて……。サンジェルマンは星霊だから、人間のあなたでは──」


 サンジェルマン。星霊。

 その単語を聞いた彼は、槍を下ろした。槍は光の泡となり、次元の狭間へと消えていく。いかに星霊に近い性質を持った人間の血を飲み、身体が変質しているとしても、真の星霊には太刀打ちできない。


「助かったよ、〈予言の子〉。この男に傷をつけても、アイオーンに命を狙われただろうからね。正当防衛だと言っても許してくれなさそうだ」


 わざとらしくホッと胸をなで下ろす仕草をすると、サンジェルマンは不敵な笑みを浮かべながらラウレンティウスの傍を通り過ぎる。


「あたしは、人間をなぶり殺すことには興味ないんだよ。──死んじまったら、面白いものが見れないからね」


 その後、サンジェルマンは優雅に「ご機嫌よう」と言いながら、一瞬のうちに姿を消した。同時に、宝石たちも光の粒となって消えると、ユリアは開放された。そして、白い空間が一瞬にして消え去り、魔力の気配もなくなった。

 身体の力が戻ってきたが、疲労感のせいでユリアはへたりと座りこむ。すると、ラウレンティウスが心配した顔で近づいてきて、しゃがみ込んでユリアと目線を合わせた。


「……無事か」


「ええ……。それよりも、ごめんなさい……。私の記憶を魔術で読まれて、私の知っていることすべてを知られてしまった……。サンジェルマンの目的は、わたしたちのことを知りたかったらしいわ……。戦うことには興味がなさそうだった」


「そうか……。サンジェルマンのあの言い方では、今日はもう接触はしてこないだろうな……」


「ええ……。いつか、また接触をはかってくるかもしれないけれど……」


 また性格の悪い言葉で煽ってくると思うと、とても憂鬱な気持ちになる。次が無いと願いたいが、そうはいかないか。それまでに、話を適当に受け流す技術や、皮肉を言う技術などを磨いておこうか。周囲には、あの老婦人のような性格に近い人物が一切いないため、技術を磨くことは難しいだろうが。強いていえば、アシュリーとクレイグの姉弟がそういった言葉を知っていそうだ。


「……サンジェルマンと出会ったことで、俺たちがあのパーティーにいる意味はもうないが、食事だけは軽く食べて帰ろう。これくらいはしないと割に合わないからな」


「けれど、会場で食べるのは……」


 興味のない人々から話しかけられるのは疲れてしまう。住む世界がまったく違えば尚更だ。そのうえ、サンジェルマンのことで疲弊しきっている。


「スタッフに、連れが体調不良だと言えば、どこかの部屋を使わせてもらえるかもしれない。──だから、しばらく病人のフリをしてくれ。サンジェルマンのせいで身体も怠いだろう」


 ラウレンティウスは、床に落ちていた封筒を拾い上げてスラックスのポケットにねじ込むと、座り込むユリアを抱き上げようとした。彼がしようとする抱き方は、いわゆるお姫様抱っこだ。敵の術に囚われていたとはいえ、さすがに大層に抱きかかえられるのは恥ずかしい。


「ちょ、待っ──お、おんぶがいい……!」


 近づいてきたラウレンティウスの胸板を手で押し止めながら、ユリアは顔を赤らめた。彼もほんのりと顔が赤い。

 

「……伸びる素材でもない幅の細いスカートだと、足が開きにくくておんぶどころじゃないだろう。レンタルのドレスを破く気か」


 正論だ。言い逃れができない。このタイプのスカートでは足を大きく広げられない。


「うっ……。そ、そうね……」

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