第六節 パーティーの裏側で ①
ユリアは駆け足で会場の入口に向かう。そこから、すぐ右側にある通路を進むと、立入禁止の立て看板があった。そのさらに奥にある物置部屋と書かれた部屋で、サンジェルマンは待っている。
(ここだわ……)
とある部屋の扉に、物置部屋と書かれた札がかけられていた。周囲に人の気配はない。
扉を開けると、狭い部屋だった。明かりを点けるスイッチを探すが、見当たらない。ここにサンジェルマンが待っているはずなのだが、部屋の中には人の気配がない。不審に思いながらも、ユリアは一歩ずつゆっくりと部屋の中に入る。
手を離した扉が、締まる音がした。
次の瞬間──。
「!?」
暗い部屋が、明るく真っ白な空間に変貌した。そして、母なる息吹がある場所でもないのに、微弱な魔力を感じる。
ユリアは勢いよく後ろを振り返った。扉がない。何もかもが白に塗りつぶされてしまっている。
「……やっと来たかい」
痺れを切らせたような老婆の声が聞こえると、ユリアは丸い障壁の中に囚われてしまった。身体は麻痺を起こし、思うように動かせない。持っていた封筒が、力を失った手から滑り落ちて床に落ちていく。
「っ……!」
丸い障壁は地から浮きあがり、内側に囚われたユリアの身体も浮かせた。障壁の周囲には、赤、青、黄、緑などのたくさんの宝石のルースが浮いており、その宝石からは魔力が溢れ出している。
「これで、ようやく個人的な話ができるね」
後ろから声の主が現れる。
その姿は、先ほど手紙を持ってきた老齢の女性スタッフだった。
「あなたは、先ほどの……! ここはいったい……!?」
「あたしが簡易的に作った異空間だよ。せっかくの面会を邪魔されたくないから、現実と隔離したのさ」
(この人、現代人ではない──!)
ユリアは、己を抑えようとする術に抵抗した。身体は麻痺しているが、まったく魔術が使えない状態ではない。障壁が震え、亀裂が入る。
しかし。
「きゃあッ!?」
全身に強い電撃のような衝撃が走った。
ユリアの体内にある魔力が、身体に何らかの害を与えたようだ。ユリアは息切れを起こし、ぐったりとしている。
「ああ、悪いね。意外と破られそうだったから、思わず力を入れちまったよ。けど、安心しな。あたしは、ちょいと話がしたいだけさ。話すのに魔力は必要ないからね。しばらく封じさせてもらうよ。けど、口はきけるだろう?」
老齢の女性は、この状況を楽しんでいるように微笑んでいる。
先ほどの衝撃で身体がさらに重くなったユリアは、弱々しい目で老婦人を睨みつけた。
「ついでに言っとくけど、あんたの相方の男はここには来れないよ。同胞の気配がある者にしか空間が開かないようにしてあるからね」
「……同胞、ですって……?」
「そうだよ。では、ネタバレといこうか。──あたしが『サンジェルマン伯爵』であり、星霊さ」
「!?」
サンジェルマン伯爵は、姿を見せていた時は男だったという証言があったはずだ。それに、爵位を名乗ることは人間だけだ。共存していたとはいえ、人間と星霊では構成する社会の在り方が違っていたからだ。
本物のサンジェルマン伯爵から名を継いだのか。姿を変えていたのか。まさか、アイオーン以外にも現代で生きている星霊がいるなんて。
ユリアは、動揺と警戒を混じらせた目をサンジェルマンに向け、黙りこむ。
「驚きすぎて声も出ないかい? けど、こちらの疑問には答えてもらうよ。あまり時間がないから単刀直入に聞こうかね。──あんたは人間のくせに、なんで同胞の気配を漂わせてるんだい?」
ユリアから感じる星霊の気配とは、アイオーンの血によって変質した魔力のことだろう。それ以外考えられない。ユリアは沈黙を続ける。
「……言いたくないって? だったら、あんたの記憶から教えてもらうとするかね」
サンジェルマンは、障壁に手を触れた。
おそらく彼女の言う魔術は、対象の人の記憶を読み取るもの。抵抗できない今、見られたくない記憶まですべてを強制的に見られてしまう──ユリアは顔を蒼白させる。
「い、嫌……! 『私』を見ないでぇッ!!」
刹那、ユリアの頭の中は何かに掻き乱されている感覚に陥った。楽しかったこと、嬉しかったこと、苦しかったこと、悲しかったこと、そして、思い出したくないことが次々と強制的に思い浮かび、消えていった。
短時間に様々な思い出を巡り、たくさんの感情が湧き出した。そのせいで、ユリアは疲労により呆然としており、目には涙が流れていた。
ユリアの記憶を見たサンジェルマンは目を見開く。
「──あっはっはっはっ!」
そして、サンジェルマンの大きな笑い声が何もない空間に響く。腹をかかえ、顔を伏せて震えている。
ユリアの心に怒りの炎が燃える。しかし、魔術によって力を抑えつけられ、身体も動かない。悔しさに歯を食いしばり、笑い続けるサンジェルマンを睨むしかできなかった。
「そうかいそうかい! やっぱり、あたしの記憶違いじゃなかった──あの日、あんたの隣にいたあいつはアイオーンだったかい!」
あの日、ユリアの隣にいたアイオーン。
任務開始前に、アイオーンと出掛けた日のことを言っているのか。ならば、アイオーンに話しかけてきたあの老婆がサンジェルマンということなのか。サンジェルマンは感慨深そうに目を瞑る。魔力を経て、自らの脳内に入ったユリアの記憶を調べているようだ。
「へぇ……。アイオーンがここまで骨抜きにされるとは……。〈予言の子〉は魔性の子でもあったようだねぇ」
そう言って、サンジェルマンは含み笑いをした。
〈予言の子〉という言葉と、サンジェルマンの何かを思う目に、ユリアは身を強張らせる。
「……私の名は、ユリア・ジークリンデだ」
ユリアの雰囲気が、ヴァルブルクの姫であり戦士としての堅苦しいものに変わる。しかし、サンジェルマンにはそれが虚勢に見えたのか、鼻で笑った。
「なんだい。アイオーンから貰った名前のほうが好みだって? けど、これも生まれて持ってきたあんたの立派な名前じゃないかい。嫌でも馴染みがあるだろう? あたしはこっちのほうが好みだから、〈予言の子〉と呼ばせてもらおうかねぇ」
やはり、一番見られたくない記憶も見られている。嫌らしく、意地の悪そうな目だ。
もう呼ばれることはないと思っていたのに──消せない罪を呼び起こす名で呼ばれ、ユリアは顔をわずかに歪ませた。
「おやおや、なんだい? その嫌そうな顔は。……ん~? そういや、〈予言の子〉という名は、現代の歴史に残っていないね。ユリア・ジークリンデという名は残されているのに……不思議なもんだねぇ……?」
触れられたくないところに触れるどころか、あまつさえ踏み込んでくるか。記憶を覗たことで、その理由も知っているはずなのに。
駄目だ。煽りに乗るな。ユリアは、必死に怒りを鎮めた。
「……何が目的だ」
怒りを抑えた声色でユリアは問う。その目には、黒い感情が宿っていた。しかし、サンジェルマンはユリアの怒りすら面白いおもちゃのように扱う笑みを浮かべている。
「たんに、あんたのことが知りたかっただけだよ。おかげで久しぶりに面白いことを知ることができた。いやぁ、長生きするものだねぇ。あんたもアイオーンから貰った不老不死の力を取り除かずに、長生きしてみりゃよかったのに」
不老不死など興味はない。その力のせいで、アイオーンがどれだけ苦しんだと思っている。ふざけるな。
いけない。抑えろ。怒りが増えればサンジェルマンを喜ばせてしまう。心の内に抱いても、表には出さないようにしなくては。
「──ああ、そうだ。面白いといえば、もうひとつあるね。あんた、今もアイオーンに深い愛情を向けられているようじゃないか。あれが伴侶にしたいと言い出すほどに。……それじゃ、あんたに何かあったら、あいつはどんな顔するのかねぇ……。ちょいと見てみたいものだよ」
「──なぜ、お前はこの時代まで生きている? 母なる息吹は、活動を弱めているというのに」




