第五節 忍び寄る暗雲の影 ④
若者だけの、新たなご縁を繋ぐきっかけ──。
まさか、これはお見合いパーティーでは!? だから若者だけであり、集まった人々は値踏みするような目で見てくる人がいた。
そもそも、手紙にはそんなパーティーだとは一言も書いてなかったというのに!
「『それでは、皆様がた、今宵はごゆるりと縁を深め合いながらお過ごしください。皆様がたの未来に、祝福の鐘が鳴りますように』──サンジェルマン様からのお手紙は以上となります。本日のお食事はビュッフェ形式でご用意しておりますが、お飲み物も含めてご要望がございましたら、お近くのウェイターやウェイトレスまでご注文ください」
「ご、ごゆるりとなんかしていられないわよ……!」
しかし、パーティーに出席してすぐに退席すればサンジェルマンから何をされるだろう。当たり障りのない時間の過ごし方は、何かないだろうか。
「……適当な理由をつけて、この場から離れるぞ」
ラウレンティウスがそんなことをボソッ呟くと、ユリアの手を握り、引っ張った。近くにいたウェイターに、連れの具合が悪くなったから外の空気を吸わせたいといって会場から脱出し、人のいない廊下を歩いていく。やがて、窓から中庭らしきところを見かけ、そこに避難することにした。
「……サンジェルマン……とんでもないパーティーに私たちを放り込んでくれたわね……」
「お見合いパーティーまで主催するとは……。まったく読めなかった……」
そして、ふたりは重いため息をつく。
「……ごはんが食べられないわね……。今日の晩ごはんなのに……」
パーティーが終わったらどこかの店で買うしかないのだろうか。せっかくだから豪華な食事を堪能してみたかったものだが。
「……俺が取ってくる」
まさか彼が名乗り出てくれるとは思わず、ユリアは目を見開いて首を振った。
「え? いえ、大丈夫よ。私が行くわ」
「男に話しかけられるぞ」
「あなたも同じよ。私、何人かの女性から睨まれていたもの」
「誰だ……お前を睨んだ女は──」
その瞬間、ラウレンティウスは嫌悪をむき出した目をした。いつもは冷静だというのに、やはり今日はなんだか様子がおかしい。
「だ、駄目よ。変に目立ったら居づらくなるし、サンジェルマンにも伝わったら、どうなるかわからないわ。……食事は我慢する。帰りに何か買って帰りましょう」
「……」
彼は、小さく息を吐いた。ふたりの間に静かな時間が流れる。
中庭らしきところには、中央に女神らしき彫像が持つ水瓶から水が流れる噴水が設えていた。周囲の花壇からはたくさんの花が植えられており、甘い香りが漂ってくる。
ユリアは、噴水の女神の彫像を見上げた。さて、これからどうすればいいだろう。会場には戻りにくい。ここにいてもすることはない。彼と居続けてもすることがない。すると、ラウレンティウスがユリアの左隣に並んだ。
心なしか距離が近い。真っ直ぐに下ろしている左手の甲に、彼の手が触れる。視界の端に見える彼が、こちらへ顔を向けているような気がする。気のせい? いいや。気のせいではない。
彼の雰囲気が、いつもとは違う。こんな雰囲気は知らない。知らない人のようだ。心臓がうるさい。顔が熱い。声が出ない。
私を見ないで──。
(──っ)
左手の薬指と小指の間にある隙間に、彼の小指らしき感覚が入り込んできた。そして、ユリアの小指を滑るように絡める。
彼が、自分の意志で手に触れてきた。断りもなく触れてくることは、今までにはなかった。
とうとうユリアの頭は真っ白になった。
普段の彼は、こんなことをする人ではない。いつもと全然違う。甘く熱のある視線を感じる。
絡められた小指に、力を入れることができない。それに反して、彼は返事を求めるかのように、小指に力が込められていく。
心臓の鼓動がさらに速まる。
もう、何が起こっているのかすらよくわからない。
誰か──。
「──あの……申し訳ありません」
突如、ふたりの後ろで老齢の女性の声がした。
「っ!?」
「きゃあっ!?」
ラウレンティウスは即座にユリアから手を離し、ふたりは同時に振り返った。緊張が走る甘い雰囲気に気を取られていたため、ふたりはまったく気がつかなかった。
「……失礼いたしました」
頭を下げて謝罪するのは、この宴会場の職員制服を着用した六、七十代ほどのキビキビとした女性だった。脚腰はしっかりとしていて背筋も伸び、パンツスーツの形状に近い制服がよく似合っている。そんな彼女の手には、一枚の封筒があった。
「い、いいえ! 勝手にここへ入ってしまって申し訳ありません! 何のご用でしょう!?」
ユリアは、あからさまに慌てた様子で、かつ声を裏返させながら謝った。しかし、老齢の女性スタッフは特に気にしていない様子で淡々と話を進める。
「実は、当会場のスタッフルームにサンジェルマン伯爵様からの置き手紙がございました」
その言葉に、ユリアとラウレンティウスは驚く。
「まさか、ここにサンジェルマン伯爵がいらっしゃるのですか……!?」
「それは判りかねます。ともかく、その置き手紙には、こちらの赤い宝石のペンダントトップを受け取った方に、手紙の入った封筒をお渡しするようにと書かれておりました。ですので、どちら様かを調べさせていただき、おふたりにお渡ししようと探しておりました」
「そうですか……ありがとうございます」
「では、失礼いたします」
ユリアが老齢の女性スタッフから手紙を受け取ると、彼女は庭を去っていった。
封筒の中身を確認すると、そこには一枚の紙が折りたたまれていた。広げると、達筆な文字で書かれた文章がある。
「『会場の入口から、すぐ右側にある通路を進むと立入禁止の立て看板があります。そのさらに奥にある物置部屋と書かれた部屋で待っています。女性おひとりでお越しください』、ね……」
「ひとりにさせようとしているな……。何かを仕掛けてくる可能性がある」
物置部屋とは、明らかに人目を盗もうとしている。サンジェルマンは、他人に姿を見せようとはしない人物だからか。
「……けれど、要望通りにしたほうがいいと思うわ。サンジェルマンのことはよくわからないもの」
ユリアは、手紙に視線を向け続けながら言葉を紡ぐ。口調は真剣さを漂わせているが、明らかにラウレンティウスを見ないように意識していた。
「……二十分くらいしてもお前が戻らなければ、俺も行く。──何かがあったらと思うと、心配なんだ」
「……わかったわ。では、行ってくるわね」
手紙を封筒にしまいながら、ユリアは庭の出入り口に足を向けた。その場を去る最後まで、ラウレンティウスの顔を見ようとはしなかった。




