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ユリア・ジークリンデ (2) ―星の聲 薄明の瞳―  作者: 水城ともえ
第一章 凶星
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第五節 忍び寄る暗雲の影 ②

 いろいろなことをしている内に、あっという間に時間が過ぎ去った。パーティーの開始時刻まで、あと一時間半ほどとなった頃。

 ユリアとラウレンティウスが、ドレスとスーツに着替えて屋敷の玄関先にやってくると、そこにはすでに仲間全員が待機していた。ダグラスは、パーティー会場まで車で送迎してくれることになっているため、ここにいるのは納得だ。しかし、ほかの仲間たちは、明らかに純粋な見送りでここに来ているのではない。理由は、十中八九、初めてまともにドレスを着たユリアを見るためだろう。


「姫さん。帰りの私服と招待状の宝石は持ったな?」


 ダグラスがユリアに声をかけた。

 サンジェルマンに招待されたパーティーだが、何事もなく終わるのかはわからない。他の人たちもいるため身の危険はないだろうが、何らかの都合で帰りが遅くなるかもしれない。ダグラスに迎えをお願いするのも気が引けたため、帰りはタクシーか交通機関を利用するつもりだ。ユリアだけは、ドレスのままで帰りたくはないという理由で、私服を持参することになった。私服が入った手提げ袋はパーティーにそぐわないため、会場の受け付けで預けることになるだろう。

 送られてきた招待状代わりの赤い宝石は、アイオーン曰く、特に問題はなかったらしい。魔力を込めると保有し続けることができる珍しい宝石だという。サンジェルマンが魔術師なのかはわからないが、ともかくそういう物だった。


「はい。大丈夫です」


 ユリアのドレスは、上半身から膝までがタイトなラインで、膝から下がフレア状のスカートになっている長いマーメイドドレスだ。

 ドレスの上半身は、上品な淡い水色のレースでハイネックとなっており、袖のないノースリーブ状で肩は丸出しだ。淡い水色のレースは鎖骨あたりまでを覆っており、そこから下からは厚手の光沢のある素材と合わさり、豪華さを演出している。下半身からのドレスの色は濃くなり、そのグラデーションが美しい。

 手と腕には、二の腕までを覆う繊細なレースの長手袋。その色も淡い水色だ。

 淡い金の長髪には編み込みを施し、小さな宝石があしらわれた髪飾りを付けて上げている。これでは身体のラインがはっきりと露わになってしまうため、体型を隠すために大きくて長い純白のショールを肩に羽織っている。そのおかげで、艶やかさを隠して上品さが表に出ている印象だ。いつもはしないが、今回ばかりは軽く化粧もしている。スカートに隠れているため靴は見えにくいが、なるべくヒールの低いものを選んだ。きらびやかな装飾品は髪飾りくらいだが、それでも目を引く雰囲気を放っている。

 ちなみに、ラウレンティウスのスーツは、ユリアが選んだものである。


「……なので、総長、ラルス。行きましょう」


 ユリアは、嫌そうに顔を引き攣らせながら、ラウレンティウスの腕を引っ張り玄関を目指そうとする。

 ここには仲間が全員いる。絶対に冷やかされるに違いない。すでにアシュリーはニヤニヤしている。そして、今はおとなしいが、暴走する前触れのような雰囲気を醸し出す人物が一名──アイオーンは、ユリアの姿をガン見しながら間抜けた顔をしてまったく動かない。


「──ちょい待ち。まだちょっと時間あるやろ。やから記念写真」


 アシュリーが携帯端末のカメラを向けた瞬間、素早く連続で鳴り続ける撮影音が聞こえてきた。ユリアは身体を強張らせる。


「ちょ、ちょっと! 連写しないで……! 恥ずかしいから……」


 そして、急いでラウレンティウスの後ろに隠れ、顔だけをひょっこり見せながら顔を赤らめた。何枚かははっきりと撮られてしまっただろう。いろんな意味で滅多に見られないユリアの姿に、ダグラスは微笑ましそうに笑っている。


「アシュリー。あとで、写りの良いものを一枚くれないかい? なんならいい値で買おうかな」


「それやったら、テオドルスの血との物々交換でどうや? 研究の一環として、ちょい調べてみたいんよ」


「お安い御用さ。では、取引成立だね」


「ちょっと。テオまで、なんなの……」


 ユリアがそう呟くと、テオドルスはお茶目な笑みを浮かべながらユリアにウィンクをした。それに対して、ユリアは恨めしそうに見つめる。顔を赤らめているため迫力は皆無である。


「ユリア。そう恥ずかしがっていないで、もっと堂々としていなさい。身内に対してすらそのようでは、周囲の人から侮られてしまうよ」


「……わかっているわ」


 少しだけむくれながら、ユリアはラウレンティウスの陰から出てきた。すると、テオドルスがまじまじと彼女のドレス姿を見つめる。何か物申したい顔だ。


「──な、何……? 何か変か……?」


「いや、良く似合っているよ。けれど、ユリアにしてはなかなか大胆なドレスを選んだものだなと思ってね……。まあ、肩に掛けているその長い布が隠してくれるだろうけど」


「──待て、テオドルスよ……。これはパーティーどころの話ではなかろう。そのようなドレスなど……」


 今まで動かなかったアイオーンが、ついに口を開いた。いつもなら無表情で淡々とした口調だが、今は苦悩と戸惑いを混じらせながら顔を歪めている。すると、状況を静観していたダグラスが呆れながら間に入った。


「こらこら、文句言うな。似合ってるんだからそれでいいだろ。姫さんを困らせるなって──」


「わたしも困っている! その姿では、男どもの劣情を煽りにいくようなものではないかッ!?」


「なんつーセリフぶっ放すんだお前さんは!?」


 ダグラスが慌ててツッコむ。どうやら、アイオーンにとっては、ユリアが予想外に色気を感じさせるドレスに身を包んだことの衝撃が強すぎたようだ。褒めたらいいのか止めたほうがいいのか、それとも喜べばいいのか──そんな葛藤に囚われた必死な顔と、とてつもなく力の入った口調だった。

 滅多に見られない表情に、アシュリー、クレイグ、イヴェットは笑いを堪えることができず盛大に吹き出してしまう。

 ユリア、ラウレンティウス、テオドルスは「そこまで(りき)むほど気にするか」というように遠い目をしている。

 アイオーンは、そんな周囲を気にすることなく頭を抱えはじめた。


「ユリアよ……なぜ、それを選んだ……? そのような意匠は、きみの趣味趣向ではなかろう……!?」


「……アシュリーとイヴェットが、これ以外許してくれなかったから……」


 「だから私は悪くない」と言いたげにむくれると、アイオーンはジト目でアシュリーとイヴェットに目を向ける。


「アイオーンは、このドレス似合わないと思う?」


「ウチらは似合うって思うねんけど?」


 と、彼女たちは笑いながら首を傾げる。すると、アイオーンは真顔で言い放った。


「似合わぬなど一言も言ってはおらぬ。似合うということついては、きみたちと同意見だ。そもそも、ユリアに似合わぬドレスなど、この世に存在するはずがない」


「お、おう……。過激派ガチ勢っぷりが見れてなんか安心したぜ」


 任務が始まってからのアイオーンは、暗い雰囲気をまとう時が多かった。そのせいか、ユリアの過激派ガチ勢と呼ばれるに相応しい台詞を聞くことができ、クレイグはある意味で安心した。


「アイオーン。いろいろと思うところはあれど、今は我慢しよう。ね?」


 テオドルスになだめられ、アイオーンは不服そうではあるが、こくりと頷いた。


「ラルスがいるから大丈夫よ、アイオーン。心配してくれてありがとう」


 ユリアが微笑んで礼を言うと、アイオーンは彼女に心配そうな目を向けた。そして、そのままスッといつもの表情になり、どこか殺気を含んだ目つきでラウレンティウスを見る。


「……ラウレンティウスよ。ユリアに近寄ろうとする不埒な男どもの駆除はきみに頼んだぞ」


「そうだね。パーティーに行けば、きみだけが頼りだ。責任重大だよ」


「……わかったから、無表情と笑顔で殺気を放つのを止めてくれ」


 テオドルスも凄みを感じる気配を放つと、ラウレンティウスは、げんなりとしてため息をつく。そのやり取りを見ていたユリアも呆れていた。


「もう……心配しすぎよ。何かあったら私がその輩を殴るから大丈夫よ」


「確実に相手が病院送りになるから止めてくれ」


 別の意味で気が滅入る要素が増えてしまい、ラウレンティウスはさらに気落ちした。


「──ほら、行くぞ。ふたりとも。間に合わなくなる」


 ダグラスが急かす。

 ユリアは仲間たちに軽く手を振り、ダグラスとラウレンティウスとともに屋敷の外へと出ていった。



◆◆◆



 玄関の扉が閉まる。

 賑やかだった玄関先が静かになると、イヴェットが「晩ごはん作ろ〜」と残りの仲間たちに声をかける。すると、アイオーンが口を開いた。


「……今夜の夕食後、また少し出掛けてくる」


「まさか、こっそりとパーティーを見にいくのかい?」


 テオドルスの言葉にアイオーンは口元を緩ませる。


「そうしたい気持ちは山々なのだが、さすがにユリアに怒られてしまう。──いろいろと考えをまとめたいのだ。ゆえに、ひとりで散歩をしにいく」


「……聖杯についてか?」


 クレイグが問うと、アイオーンは頷いた。


「……ん。まあ、遅くならんようにな」


「今夜の天気、もしかしたら雷鳴って荒れ模様になるかもしれないって予報で言ってたよ。気をつけてね」


 アイオーンの気持ちを察してか、誰一人として踏み込もうとはしなかった。アシュリーとイヴェットからそう言われ、アイオーンは頷く。

 仲間たちが、食事を作りに屋敷の奥へ戻っていくと、アイオーンはしばらく玄関先で立ちすくみ、仲間たちの後ろ姿を見つめた。


「……すまない。嘘をついた……」


 そして、誰にも聞こえないほど小さな声で謝罪する。

 真の理由は、サンジェルマンに会うこと。

 今夜七時、パーティー会場の屋上。

 窓から見える青空を見上げながら、アイオーンは鋭い目つきに変えた。


「『仲間に手を出すつもりはない』か──されど、僅かでも妙な真似をすれば、わたしは許さぬぞ」

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