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ユリア・ジークリンデ (2) ―星の聲 薄明の瞳―  作者: 水城ともえ
第一章 凶星
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第四節 欠片と断片 ②

 アヴァル国立公園内を移動する手段は、国立公園の管理者が運転するワゴン車に乗り込むしかなかった。観光可能な自然保護区だが、ニムエ湖がある場所は観光できない区域であったからだ。特務チームは、ニムエ湖から離れたところで降ろしてもらい、そこからは徒歩で向かった。

 三十分ほどが経った頃、一行はニムエ湖に到着する。湖の水は、薄い青色に染まっている。天気は快晴。空には、目視できる範囲内に雲がひとつも無い。まるで、時が止まっているかのように静かで穏やかな場所だった。向こう側には緑に染まる低い山々が連なり、優しい風が地に生える草花を撫でている。

 しかし、目に映る風景が穏やかでも、肌で感じるものはそれとは真逆だった。近づかなくとも、湖岸からは途端に魔力が濃くなっていることがわかる。魔力が風に乗って流れていかないのは、聖杯の欠片が魔力を閉じ込めているのだろう。まるで見えない敵が殺気を放ちながら身を潜め、こちらの様子を伺っているような気配だ。


「はは……。見た目の雰囲気と気配の差がヤベェのなんの……。風邪ひきそうな差だな」


 肩をすくめ、クレイグが笑う。


「まだ湖岸には近づかないでくれ。そこからは、聖杯の欠片の領域となっているはずだ。欠片が我々の存在に気付いてしまう。近づかないよう移動し、予定した場所に向かおうか」


 湖を睨みつけながら、テオドルスは指揮をとる。

 湖の大きさは、そこまで大きくない。八人で力を合わせれば、短時間で半球体の障壁を作ることは可能だとみた。万が一、攻撃されたり逃げられそうであれば、ユリアが魔力融解や攻撃を加えてそれらを防ぐ。そして、障壁が出来上がれば、即座に聖杯の欠片に近づいて回収を狙うことにしている。手早く終わらせるためには、ユリアの判断力が要となる。


「では、ユリア。私たちは持ち場に向かうよ」


 ユリア以外のメンバーは、あらかじめ予定していた場所に向かっていく。ユリアは仲間を見送ると、湖岸に少しだけ近づいた。そして、湖の中央あたりを睨みつける。聖杯の欠片があるとすれば、あのあたりだ。空中写真では、水の色が濃くなっていた場所だろう。あそこが一番魔力が濃い。ここまで魔力が濃いと、両親の形見の剣を振るうよりも魔力を操った攻撃のほうが素早く攻撃できる。約千年前の戦時下でも武器を持たなかったのもそのためだ。だから、今日は帯剣していない。

 しばらくしてから、足元に矢が飛んできた。テオドルスが射った矢だ。ここは魔力が薄いため、念話は難しい。だから、準備が整えば、彼が矢を飛ばすことになった。

 ユリアは、魔力を操作して障壁術式を急いで組み上げ、障壁を作っていく。それぞれの場所の湖岸からも障壁が生まれていく。

 障壁が半分ほど組み上がってきた、その時。静かだった湖に突如として波が立つ。聖杯の欠片がこちらに気付いた。


(私が障壁を作れる時間は、ここまでね──)


 障壁を作り出すことを止めて、湖の水面に足を踏み入れた。右足、左手、顔、そして身体の前面の順に濃い魔力を肌から感じた。明らかに違う。そして、少しだけ懐かしい感覚が生まれた。当時のヴァルブルクの地ほどの魔力濃度ではないが、やはりそういった感覚が生まれるくらいには、自分は魔力が濃い環境に暮らし慣れている人間なのだと改めて実感する。

 ユリアは、水面を蹴り上げた。激しい水しぶきが舞い、湖の中央部をめがけて飛び上がる。湖の底は、水の色が濃くなっているせいで見えない。だが、魔力が湧き出ているところがある。きっと、あそこに聖杯の欠片がある。


(──!)


 ユリアが水中へ潜り込もうとする場所から、水でできた槍先のように尖ったものが生えてきた。それが勢いよく放たれる。魔力によって姿を変えた水は、ただの水ではない。刃と同等の切れ味を帯びる凶器だ。

 ユリアは、全身に障壁をまとい、水の槍先の攻撃を防いだ。外傷はないが、衝撃が骨まで響いている。しかし、骨は折れてはいない。この程度は、怪我のうちには入らない。たかがこの程度で恐れを抱く自分ではない。

 水中に潜ると、そこは方角が判らなくなるほどに暗いところだった。さらに、目視はできないが、水の衝撃波が行く手を阻んでくる。それでも魔力の気配でどこから来るか、どの程度のものかは判別できた。

 水中の戦場を、ユリアは己の『庭』のように素早く舞い続ける。水の中とはいえ、これほどの魔力があれば地を駆けるように泳ぐことができる。見えない攻撃を避けながら、確実に近づく──聖杯の欠片が、そこにある。

 近くに来た途端、聖杯の欠片が勢いよく動いた。水中から出るつもりだ。ユリアは追う。

 水中から飛び上がると、細かい水しぶきが飛ぶ。その水しぶきすべてが、聖杯の欠片によって凶器と変わり、一斉にユリアを襲う。


(速い……なかなか近づけない──聖杯の欠片は、私から逃げることに注力しているわね)


 暴風をまとい、難なく払い落とす。

 湖を半球体状に囲む障壁はすでに完成していた。聖杯の欠片は、これを突破して逃げるか──いや。宙に浮いているが、逃げる様子はない。この魔力量ならば、自身も飛翔し続けることはできる。

 空中戦が始まった。聖杯の欠片は、自身の分身のような魔力の塊の刃をいくつも生成し、それを周囲に放った。数は十以上。それは、銃弾のような単純なものではない。ユリアが避けても、旋回してまた攻撃をしかけてくる。ひとつひとつが意志を持った敵のようだ。

 ユリアが欠片に接近すると、聖杯の欠片が刃や魔術で攻撃を加えてくる。ユリアが防ぎ、拘束術を放つが、欠片はそれを魔術で振り払い、素早く距離をとる。ユリアよりも聖杯の欠片のほうが、魔術技能が一枚上手(うわて)だ。

 英雄として名前が残されているが、それは当時のヒルデブラント王──伯父がそうしたからだ。特に目立った活躍などしていない。あの勝利は、アイオーンがいて、皆がいたから取れたものだ。自分ひとりでできることなど限られている。それはわかっている。それでも、諦める理由にはならない。ユリアは、機を探りつづけた。

 だが、聖杯の欠片は、頑なにユリアから距離をとろうとする。殺そうとはしてこない。そもそも殺意をまったく感じない。このまま長期戦にもつれ込ませ、体力を削いだ後に決着をつけようとしているのか。しかし、何か違う気がする。

 それ以前に、本気で逃げようとするならば、障壁を破ろうとするはず。けれど、それをしようとしていない。

 ──もしかして、聖杯の欠片は何かを探しているのかもしれない。

 直感的にユリアは思った。

 聖杯は、人間が造ったものにあらず。伝承では神々に──神と呼ばれるほどに古い星霊によって鋳造されたという遺物。その欠片とはいえ、してくることは、ユリアから逃げるための攻撃と回避をしているだけ。もっと強力な攻撃をしかけてきてもいいはずだ。

 探す? 何を──。


 ──アイオーン。


 ふと、ユリアの脳裏に森での出来事が蘇った。聖杯はアイオーンを狙い、アイオーンは避けなかった。

 しかし、今はそれを考える時ではない。聖杯の欠片の回収に集中しなければ。ユリアは、再び欠片と距離を詰めようと試みた。

 その時、事態が一変する。

 欠片は周囲に魔力をまとい、瞬間移動のような速さで逃げた。

 違う。欠片は逃げていない。地上に向かって何かを狙っている。あそこにいるのは──。


「アイオーンッ!?」


 聖杯の狙いは、アイオーンだった。障壁の維持を阻害されないよう、外にいて気配遮断をしてると思っていたが、いつの間にか戦場に入ってきていた。

 アイオーンは、聖杯の欠片から目を離さずに見つめている。そして、聖杯の欠片は流星のようにアイオーンへと激突した。爆風が吹き荒れ、嵐のような波が湖の水面に起きる。


「……やはり……お前は、わたしを探していたのか」


 アイオーンは平然としながら、人差し指と中指の先で聖杯の欠片の突進を受け止めていた。聖杯の欠片からは、じわじわと黒い霧が発生し、アイオーンの指先を包んでいく。


「よかろう──ならば、来い」


 アイオーンは目にも止まらぬ瞬足で飛び上がると、聖杯の欠片も同じ速度で追った。

 空中では、まるで星霊同士の戦いのような激戦が繰り広げられた。爆風を伴う爆音。魔力同士の激しい摩擦で発生する火花のような煌めきと爆炎──このような動きの激しい戦闘に慣れていないと、判ることはそれだけだ。実際、あの戦闘の詳細な動きを掴めているのは、ユリアとテオドルスくらいだった。

 アイオーンは、千年前に生きていた星霊たちさこぞって頂点と称した存在。しかし、今の身体は『器』。あのような激しい戦い方は自殺行為だ。身体が耐えられない。


(……聖杯から──感情を感じる……)


 それを感じた時、ユリアはわずかに怯んだ。

 深い憎悪だ。今の聖杯の欠片には、アイオーンを殺そうとする意志しか感じない。

 ユリアは、加勢に向かおうとした。しかし、聖杯の欠片は、変わらずアイオーン以外を認めない。もうひとりの敵でるユリアが近くにいるというのに、そちらは無視してアイオーンにばかり猛攻している。まるで怒りに狂いすぎて、周りを見ていないようだ。

 戦闘が激しすぎる。下手に間に入れば、逆に足を引っ張るだろう。


 ──聖杯は、わたしだけが狙いだ。拘束できる隙を狙え。


 アイオーンの声が、ユリアの脳内に響く。

 すると、テオドルスが念話で指揮をとったのか、障壁術式が形を変えている。これは拘束術式だ。

 ユリアは、アイオーンと聖杯の欠片との戦況を注視した。姿と気配を消し、息を殺す。すぐに放てるよう術を準備し、隙を探す。先ほどは様々な術を操る必要があったため、強い拘束術はできなかった。今はアイオーンが戦ってくれている。なので、先ほどよりも強力な拘束術を放てる。

 聖杯の欠片と戦っていたため、ユリアにはあることが判っていた。あれの動きには、少し『癖』がある。この動きのあとに──まだだ。ここではない。──違う。

 ──そこだ。

 

「さすがは、我が戦友──」


 ほんの一瞬の出来事だった。鷹の目は、聖杯の欠片の隙を捉え、拘束術で動きを大きく鈍らせた。

 アイオーンは、逃さなかった好機を掴んだユリアを誇る笑みを一瞬だけ浮かべる。かつての戦場で、ふたりはこのように協力し合って勝機を掴んできた。だから、アイオーンはユリアを信じて頼んだのだ。

 アイオーンは、そのうえに拘束術を重ねる。聖杯の欠片は、さらに動きを鈍らせる。しかし、聖杯は抵抗を諦めていない。必死に破ろうと暴れている。ユリアは歯を食いしばった。だが、このままでは内側に吸収するどころか、拘束術が破られてしまいそうだ。

 なぜだ。アイオーンも拘束術を施しているのに、なぜ効いていないのか。ユリアは、アイオーンに目をやった。

 アイオーンは、歯を食いしばりながら冷や汗を垂らし、拘束術を施すために突き出した腕を震えさせている。身体が悲鳴をあげている──いけない。このまはまでは、アイオーンの身体が保たない!


 ──ふたりとも、もう少しだけ耐えてくれ。


 その言葉が脳内に響くとともに、矢が飛来した。六本の矢は、ふたりと聖杯の欠片を円形に囲むように放たれる。その一本一本の矢には、術式の一部が刻まれている。それらが揃ったとき、矢は輝き、聖杯の欠片に対する強力な拘束術が発動した。間違いなく、これはテオドルスの術だ。彼は、ラウレンティウスたちの術式の作成を手伝いながら、それとは別に拘束術式を作って援護してくれた。

 そして、ラウレンティウスたちの拘束術式も完成し、聖杯はさらに動きを弱める。

 今が好機だ。


「そこまでよ……我が内側に来い──聖杯ッ!!」


 ユリアの胸部から空間の歪みが発生した。すると、拘束術に囚われた聖杯の欠片が白い光に包まれ、その光は歪みの中へと入っていった。聖杯の欠片は、ユリアの内側に吸収された。これで目的は達成された。

 安堵したその直後、ユリアは何もしていないのに、すべての術が強制的に解除された。宙に浮いた身体が落下していき、力も抜けていく。さらに、少しずつ意識が遠くなっている。

 いったい、何が起こっているのか。ユリアにもわからなかった。もがくこともできず、ただ糸が切れた操り人形のように湖に向かって落ちていく。


「ユリアッ!?」


 アイオーンが叫び、落ちていくユリアに近づきながら震える手を伸ばす。アイオーンがユリアの手を掴むと同時に、水に落ちる音がした。

 ユリアの意識は、完全に途切れてしまった。

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