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ユリア・ジークリンデ (2) ―星の聲 薄明の瞳―  作者: 水城ともえ
第一章 凶星
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第四節 欠片と断片 ①

 アヴァル国立公園への入場許可申請と、ニムエ湖の様子についての連絡を待ち、さらに日が一度巡った。

 その夕方、ユリアは裏庭で自主トレーニングを行っていると、ポケットに入れていた端末が振動した。このリズムの振動は、メールを受信したのだろう。


「総長からのメール──」


 送り主はダグラスだった。メールの内容は、「各自携帯端末を持って居間に集合」という短いものだった。きっと、これはニムエ湖についての連絡が来たことに対する招集だ。ユリアはトレーニングに使っていた道具を簡単に片付け、駆け足で居間に向かった。

 居間に向かう途中で、階段から降りてくるイヴェットとアシュリーとテオドルス、食事の下準備のため厨房から出てきたアイオーン、そして向かい側の廊下からクレイグとラウレンティウスがやってきた。全員、手には携帯端末を持っている。ほぼ同時にメンバーが揃ったところで、ユリアが居間の扉を開ける。室内には、大きい手帳ほどの大きさがある携帯端末の画面を見つめながら動かないダグラスの姿があった。


「総長。全員、揃いました」


「……ああ。悪いな」


 ユリアの声を聞いたダグラスは、軽く息を吐いた。居間にメンバーが入り、扉が閉まると、彼は口を開く。


「……国立公園には、どこにも母なる息吹なんかないってのに、ニムエ湖の湖岸からは魔力濃度が高くなっているらしい。サンジェルマン伯爵からの情報通りに、聖杯の欠片があるとみていいだろうな」


 その瞬間、ユリアたちは驚嘆、疑念、思案などそれぞれの反応を見せた。


「ともかく。今から、湖周辺の調査結果のデータを全員の端末に送る。それを確認しながらどうするかを考えよう」


 ダグラスが端末を操作し、ほどなくして各々の携帯端末にデータが添付されたメールが届く。それを開くと、湖の写真と数値が書かれている調査結果の報告書が表示された。空から撮影された湖全体が写った写真や数値グラフがある。


「データには、普段の湖と現在の湖の様子の空中写真。それと、普段の湖周辺の魔力濃度数値と今回の数値の比較だ」


 メンバーは沈黙を続けながらデータを見ている。すると、イヴェットが写真を拡大し、気になった箇所を口にした。


「湖の中央部分の色が濃くなってる……。魔力がたくさんあるせいかな……」


 次に、アシュリー。


「この数値やと、中規模の母なる息吹くらいやな……」


「欠片だけで──しかも二日間だけで、これほどの魔力濃度が……」


 彼女の言葉から、ラウレンティウスが続く。


「狭い範囲とはいえ、これだとヴァルブルクに近い環境だよな……」


 最後に、クレイグが呟いた。


「湖から少し離れた場所の魔力濃度は、街中と同等で薄い。だが、湖岸からは突然、濃度が跳ね上がる。湖の中央部分あたりはもっと濃いらしい。……船で近寄ったら、なんらかの魔術で攻撃してくるだろうな」


 ダグラスの憶測に、ユリアが「でしょうね」と同意し、決意の目を向けた。


「──湖に魔力が満ちているなら、こちらもそれを利用しましょう。聖杯の欠片が逃げないよう、みんなで湖全体に障壁を張り、そのあとは私だけで回収を試みるという方法はどうでしょうか。魔力があれば、空気とともに水中を行くことができますし、水面の上を歩くこともできます。場合によっては、宙にも浮けます。障壁も、できるかぎり強度を落とさずに維持したほうがいいでしょうから、聖杯を回収する役目である私ひとりで行ったほうがよろしいかと」


 聖杯の欠片は、魔力を生み出せて遠くまで移動できる。だから、まずは気づかれないように湖全体を障壁で閉じ込めたほうがいいとユリアは考えた。


「けど、ユリアひとりで聖杯の欠片を相手にすんのって大丈夫なん?」


 アシュリーの心配はもっともだ。今は欠片になったとはいえ、森では周辺の植物を枯らし、動物や昆虫を死に至らし、あげく魔力の耐性があった動物を魔物のように変貌させた。能力は、おそらくそれだけではないだろう。


「星霊の欠片の能力は未知数だけれど、誰かが頑張らないといけないわ。これほどのことができるということは、おそらく戦闘能力は高いと思う──それでも、私が行くわ」


 正直、恐怖はある。それでも尻込みしているわけにはいかない。一刻も早く回収しなければ、次に何が起きてしまうか判らないのだから。


「いざという時は、私が矢を使って援護しよう。障壁を維持しないといけないから、持ち場からは離れられないけれどね」


 それに、こちらも戦力がユリアだけというわけではない。テオドルス、そしてアイオーンがいる。


「矢? ……あー。そういや、テオドルスの荷物のひとつにデカい筒みたいなのがあったな」


 と、クレイグは、アヴァルに入国した日のことを思い出す。


「ああ。実は、ヒルデブラントの王室研究所に頼んで、魔力を伝えやすい素材で作られた矢を用意してもらったんだ。弓矢があれば、遠距離攻撃だけでなく、術式を組むこともできる。弓はもちろん、ヴァルブルク製のものがここにある」


 そう言って、彼は、次元の狭間から約千年前の時代から愛用している弓を出現させた。これは一度、ユリアがラウレンティウスたちとの稽古で使用していたものだ。


「矢で術式を組むのか?」


「ああ。普通、遠くの場所で術式を組もうとすると、魔力の伝達のための時間はかかるし、集中力もかなり使うものだ。けれど、この方法だと時間の短縮ができ、集中力も少しで済む。何本かの矢が必要で、一本一本の矢に術式が発動させられるように、しっかりと連なるよう組まないといけないが──それは、私にとっては軽い作業だから心配はいらないよ」


「……へ……?」


 なんとなく解るようで解らないと言いたげに、クレイグは首を傾げた。ともかく、凄いことなのだろう。


「この人、とても器用なのよ。そういうところは誰も真似できなかったわね」


「……へぇ」

 

 ユリアがテオドルスを褒めるも、現代人の感覚ではその凄さがよく解らず、クレイグはあまり考えていないような軽い返事を返した。他の現代人たちもポカンとしている。


「……なあ、アイオーン。お前さんの見立てでは、聖杯はどのくらいの強さだと思う? 俺は、お前さんやテオドルス、姫さんがいるから大丈夫だとは思いたいんだけどよ」


 脱線してしまった話を、ダグラスが問いかけて元に戻す。すると、アイオーンはその問いに首を振やり否定した。


「──障壁が破られる可能性は、我々がいたとしても無きにしも非ず。今のわたしは、造られた『器』の身。出力できる力は、純粋な星霊だった頃よりも落ちている。そのうえ、『器』が壊れぬよう力の出力具合に気を配る必要もある。おそらく、森で見た聖杯の力はまだ一部分だろう。なぜ、聖杯は、全力を出さぬのかは不明だが……楽観視はするな」


「……お前さんがそこまで言うほどか」


「くわえて、聖杯には『呪い』がある。それも忘れるな」


 アイオーンが忠告すると、アシュリーは「うぇ」と嫌そうに声を漏らした。


「そうやった……『呪い』や──そのせいで、森でウチらの身体はダルくなってたな……」


 居間の雰囲気が、わずかに重くなる。しばしの静けさが流れたあとに、「アイオーンもそう感じるのなら……」と、テオドルスが呟くと、ユリアに目を向けた。


「ユリア。聖杯の欠片へ攻撃を加えて、動きを鈍らせようとはしないでくれ。攻撃を防御するよりも、近づくことを優先してくれないか。多少の怪我は承知のうえで欠片に近付き、力づくでも手早く回収を目指そう」


「ええ。わかったわ」


 彼の言葉は、目的のために自分を犠牲にしろとの意味だが、それを頼まれてもユリアは戸惑わなかった。約千年前の戦時下でも、そのように動いていたのだから。それでも、攻撃を加えるよりも近づいて回収ということにはユリアでも慣れない作業だった。もしかしたら手間取ってしまうかもしれない。ユリアが頷くと、テオドルスは仲間を見渡す。


「アイオーンとユリアも言っていたが、聖杯の欠片の能力や強さは未知数だ。だから、ユリアの戦況によっては、術式を変えて回収のサポートをお願いしたいと思う。そのため、私かアイオーンが皆を指揮させてほしい。……どうだろうか?」


「俺は構わんよ。この件は、テオドルスに任せる。ぶっちゃけ現代人の感覚じゃ判断しにくいことが多いしな」


 ダグラスが了承すると、他のメンバーも頷く。


「ありがとうございます。ちなみに、念話で指揮をとるつもりなので」


「えっ。ね、念話……? したことがないから、よく解らんが……?」


 ダグラスが困りながらラウレンティウスたちを見るが、彼らも困惑している。たが、アシュリーだけはヴァルブルクの地で行った訓練の際にノリで念話を扱っていたため、やり方とコツはひと足早く掴めている。


「食事のあとに指導する。そう難しい魔術ではないゆえ、すぐに習得できよう」


 アイオーンが教えてくれることとなり、ひとまず仲間たちは安心した。


(聖杯を回収したら、少しは謎も何かわかるのかしら……? それに──)


 ユリアは、胸元のあたりを指先で撫でる。

 聖杯の欠片は、自身の内側で保管する。その保管方法は、自分の身体が『容れ物』と『蓋』を兼ねる術だ。大気中の魔力を利用した封印術よりも、自身の身体そのものを利用する封印術のため、封印の力は強い。身体そのものが強い術式だ。

 『容れ物』は、身の内部に固定化されて作られた異空間となる。聖杯の欠片には何重にも封印を施して保管するが、聖杯の力が自身よりも上回れば、封印が効かないかもしれない。そうなれば、聖杯の力は『容れ物』から溢れ、自身にも影響が及ぶだろう。

 だが、今は、周囲に被害がいかないようにするにはこれしかないのだ。アイオーンは、造りものである『器』の身。テオドルスは、アイオーンの血を飲んでいるとはいえ、人間寄りの体質だ。それでは心許ない。

 ただ、ユリアだけは、アイオーンの核を身に得ていた影響で、星霊寄りの体質となっている。純粋な人間とは言い難い存在となっているのだ。聖杯の力に耐えられる可能性がある身体があるならば、それを使うしかない。しかし、確実性はない。だから不安がないと言えば嘘になる。そして時間もない。

 もう覚悟を決めるしかないのだ。

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