第三節 姿なき謎の伯爵 ④
「ドレス着るのはいいんですけどね……。上流階級の人らとのパーティーが嫌なんですわ……。住む世界が違いすぎる……」
「むしろパーティー自体に興味ないんすよ」
「なんか気を遣いすぎて疲れそうですもん……。上流階級の人ってどんな話題で盛り上がるのか全然知らないし……」
上流階級に属するローヴァイン家の親戚にあたるアシュリー、クレイグ、イヴェットからこんな声が上がる。ダグラスは、そんな三人にとりあえず真実を伝えた。
「うん。一応、お前さんらも上流階級の一員なんだけどな?」
「んなことないですよ。オレらは上流階級の親戚ってだけで一般家庭ですし」
「ヒルデブラント王国の女王陛下と普通にテレビ通話できる人間が『一般家庭』なわけないだろ」
自覚があるのか無いのかわからないクレイグの言葉に、ダグラスはとりあえず自覚を促した。さらに、彼は言葉を続ける。
「──それにな。このパーティーは、情報提供の見返りとしてのお誘いだが、相手はわりと何でもできそうでめちゃくちゃ謎の多い御人だ。出席しておかねえと、何か良くないことをされるかもだぜ」
「そうですよね……。すでに、サンジェルマンは私たちがヒルデブラントの極秘部隊だということを知っていますし……」
ユリアが物憂げな顔で呟いた。もしも、サンジェルマンが我儘で短気な人物であれば、ヒルデブラント王国にちょっかいをかける行動をしてくるかもしれない。行かないという選択肢はとらないほうがいいだろう。
「適任としたら、女はユリア、男やったらラウレンティウスかテオドルスやと思うんやけどな。そういう空間に慣れてそうやし、ヘマもせんやろ?」
アシュリーがユリアに向かって言うが、ユリアは「どうかしら」と疑問を呈するように目線を逸らす。
「血筋は王族であっても、そのように育っていないわ。私は、ただの戦士よ。そう振る舞うことはできなくもないけれど、上流階級の方々を相手にうまく話ができるかどうか──」
「いや、やれる。アンタやったらやれる。絶対やれる」
「……とりあえず面倒だから私に押しつけたいという意思は伝わったわ」
と、ユリアは呆れた笑みをした。食卓にはまたしばしの沈黙が流れる。すると、ラウレンティウスが小さく手を上げた。
「……俺がパーティーに行く」
その言葉を発すると、全員が意外そうな目を彼に向けた。
「……まさか、君から名乗り出るとはね……。本当にいいのかい? 私も、上流階級の集まりは苦手な部類だから、あえて名乗らなかったのだけれど」
テオドルスが素直に白状すると、「俺も似たようなものだ」と言って話し始める。
「それでも……俺は、いつかローヴァイン家の家督を継ぐ予定なんだ。当主となれば、そういう場にも出なければならなくなる。慣れるための練習として行こうと思う」
「確かに、ローヴァイン家くらいの家なら上流階級のパーティーにお呼ばれする機会はあるだろうな。それじゃ、あとは女性陣。誰が行く?」
そう言い、ダグラスは女性陣を見た。
イヴェットとアシュリーは、ユリアに熱い視線を送っている。
「……」
「……」
行ってや。マジで頼むわ。優雅パーティーとかウチの趣味やないもん。
ムリムリあたし絶対行きたくない。
という声が聞こえてきそうな必死の形相を向けている。そんなにも嫌か。
「……わかったわよ。私が行くから。その代わり、次の日の私のぶんのご飯は、多めに作ってね」
その瞬間、イヴェットとアシュリーは「ははーっ」と仰々しく伏せた。取り引きは無事、成立である。
上流階級は、少しでも行儀が悪い、あるいは雰囲気が上流階級らしくない人がいると後ろ指をさされるときがあると聞く。そして、人間の嫌らしい陰湿なところが目立つ。ローヴァイン家はともかく、ベイツ家はそんな優雅さとはほぼ無縁な一族だ。なので、ふたりがそういった場を避けたがることはユリアにもわかっていたし、理解していた。
「ラウレンティウス──ユリアに変なことをしたらタダでは済まさないよ」
「……誰がするか」
テオドルスが微笑みながらラウレンティウスを見ると、彼は目を合わせずに零した。
「約束だよ。──ところで、アイオーン。黙り込んだままだが、何か言いたいことはないかい?」
「……異論はない。……ごちそうさま」
席を立ち、アイオーンは食べ終えて空になった食器やグラスなどを台所に持っていくために周囲を整えはじめた。
なぜ、ラウレンティウスとユリアが一緒に行くのだ。ユリアが行くならわたしも行きたい──誰もが、アイオーンならばこのような言葉を述べて、今の展開に不満を抱くはずだと思っていた。だが、それを口にすることはなかった。それに、なるべくひとりになりたがっている。静かに考えたいことがあるのだろうが、それもまだ話してくれない。
テオドルスは、何かを案じる目を向けて「アイオーン」と名を呼んだ。
「君は、もう独りではないんだよ」
「……わかっている」
そう呟くと、アイオーンは使っていたすべての食器を持って食事室から去っていった。誰もが、アイオーンの異変を気にしているが、ユリアが理由を問いかけても話してはくれなかったことから、今は見守ることしかできない。
薄暗い空気が漂う食事室に、空気を入れ替えるようにテオドルスが明るい口調で話しはじめた。
「──警察機関やスミスさんからの連絡は、そうすぐには来ないだろうから、明日はパーティーに着ていくためのドレスとスーツを選びに行こうか。早めにレンタル予約をしておかないと、良いものが無くなるかもしれないからね」
「……そうね。みんなも、それで良い?」
アイオーンのことを気にかけながらも、ユリアが問いかける。メンバーは頷いた。
「しかし……やはり、私もちょっとだけ行ってみたかったかな……。ユリアがカチコチに固まりながらパーティーに出席する様子はきっと面白いだろうからね」
「誰がカチコチに固まるものですか」
不服そうに反論するも、ユリアは内心ではギクッとしてしまった。それほどまでに慣れていないのだ。
「まあ、君なら上手く振る舞えるとは思うけれどね。──ところで、ドレスはどんなものを着てみたいんだい?」
テオドルスに問われると、ユリアは固まった。
どんなドレスが着てみたいのか。正直に言うと、わからない。必要がなかったから、興味を持たないように遠ざけていた。そして、いつしか興味を持とうとする気持ちすら湧かなくなってしまった『世界』。
「……肌を露出するものは避けたいわ。筋肉質な身体と、身体にある傷を隠してくれるものがいい……女らしくないから……。あと、背が高めだから、できればヒールは履きたくない」
着てみたいドレスが思い浮かばなかったユリアは、着たくないドレスの情報を伝えた。
ユリアは、実は現代男性の平均身長に近い身長を持っているのだ。テオドルスとも、背丈はそんなに変わらない。彼のほうが一、二センチほどだけ高い。街を歩けば、街中を歩く女性たちよりも高いため目立つ。それは昔からだった。人によっては格好良く映るであろうが、彼女にとっては長身が少しコンプレックスだった。パーティーに出たくないのも、それらの身体的特徴や戦争で受けた傷跡の多さのせいもある。
ちなみに、この特務チームのなかで一番背が高いのはラウレンティウスだ。平均身長よりもさらに十センチは高いため、彼も街中を歩けば目立つほうだ。
パーティーでは、彼のそばを離れずにいよう。そうすれば、目の錯覚で少しは小さく見えるかもしれない。
「では、それに近いドレスを探そうか。もちろん、ラウレンティウスのスーツもね。探すのは、イヴェットとアシュリーにお願いしてもいいかい? こういうものは、女性陣に選んでもらったほうが良さそうだし」
こうして、明日はドレスとスーツ選びのために、街に繰り出すことになった。
◆◆◆
目の前に、縁遠いものだと思っていた店がある。店舗の外観はきらびやかで、貴族の邸宅を思わせる造りだ。入口の扉の隣りに設置されているディスプレイには、華やかな赤色を基調としたパーティードレスと、その隣には男性の紺のジャケットとパンツに薄い灰色のベストのスリーピーススーツ。そして、結婚式用の純白のドレスとスーツが飾ってある。
「このドレス、かわいいね〜!」
イヴェットがディスプレイに近寄る。
昨日の話し合いのとおりに、ユリア、ラウレンティウス、イヴェット、アシュリーの四人はパーティー用のドレスとスーツを選びに来た。
「……結婚式のドレスもレンタルできるのね」
ユリアが、パーティー用のドレスではなく結婚式用のドレスに注目すると、そのことが意外だったのかラウレンティウスは驚いた。
「あ……ああ。そうだな」
というわけで(?)、作中ではほとんど使うことのない身長設定です。
ユリア…170cm
アイオーン…178cm(用意された『器』の大きさがこの大きさであり、本来の身体の身長ではない。もともとの身体は190㎝ほど)
ラウレンティウス…184cm
アシュリー…164cm
クレイグ…175cm
イヴェット…162cm
ダグラス…179cm
テオドルス…172cm
となっています。
こういう設定決めるの地味に好きなんですよね…。




