第三節 姿なき謎の伯爵 ③
息継ぎもなしに、ユリアは盛大にツッコミの叫びを放った。謎ばかりの怪しい人物が、さらによくわからないパーティー好きの人物に変貌した。手紙一枚で、ここまで感情を振り回されたことは初めてである。
クレイグとユリアは互いに顔を合わせ、呆然とした。感情が忙しなく動き、疲れ果てているようにも見える。クレイグは、力が入っていない表情で手紙に目を移した。
「あー……えっと──『後日、招待状の入った封筒を再びお届けにあがります。パーティーの日時は、七日後の夕方六時。その日、アヴァル国では聖人誕生の記念日となっている日です。若い男性ひとりと、若い女性ひとりの合計二人で出席していただきます。ドレスコードがあるため、パーティーに相応しいお召し物をご用意ください。パーティーにお越しくださる時を楽しみにお待ちしております。』……いや、なんだよ。若い男女二人だけって条件は」
「……とりあえず、情報の信憑性については、とても自信があることだけは解ったわ……」
ふたりは、同時に深いため息をついた。
そして、これからすることはこのことだろう。
「……サンジェルマンのことは、裏庭にいる総長たちにも話して、警察機関とスミスさんにも連絡をお願いしましょう。サンジェルマン伯爵のことは知ってるだろうし、皆さんの判断も仰ぎましょうか」
「だな……」
「──クレイグー、ユリアー」
玄関の方向から気の抜けた女性の声が聞こえてきた。寝起きのような乱れた髪の毛をしたアシュリーだ。服装は部屋着だが、シワがたくさんある。先ほどまで寝ていたのかもしれない。
「アンタらが出とるってことは、さっきピンポン鳴ったん気のせいやなかったんか〜」
呼び鈴が鳴ったのはわりと少し前のことだが、すぐに出て来なかったのは、来客対応が面倒くさいから誰か代わりに対応してほしかったからだろう。
「おう。鳴ったぜー」
クレイグは手紙を軽く掲げ、ひらひらと動かして主張させる。
「手紙? 誰から?」
「サンジェルマン伯爵」
「寝言は寝てから言うもんや」
「寝てたのは姉貴だろ」
と、クレイグは姉に手紙を差し出した。手紙を見たアシュリーは、その数秒後。
「──ヴァッ!?」
悲鳴というには汚さが勝る声を上げた。予想通りの反応にクレイグは笑う。
「身なりのいい爺さんが、高級車乗り回して持ってきてくれたんだぜ」
「このことは、他のみんなにも知らせてくるわ。アイオーンはまだ戻ってきていないから、あの人が戻ってきてから本格的に話し合いましょう」
◆◆◆
その後、ユリアとクレイグは、裏庭で稽古をするテオドルスたちにサンジェルマンと手紙のことを伝えた。そして、ダグラスは即座に警察機関とスミスに連絡をとる。気持ちが落ち着かないところを流星の如くやってきたサンジェルマンの手紙に、誰もが驚愕した。
アイオーンが戻ってきたのは、夕方の時間帯だった。ちょうどユリアたちが夕食を作り終えて、台所の隣りにある食事室で食事を始めようとしたときだ。
「あー、おかえりー。アイオーン」
食事室の扉が開くと、アシュリーがそう言いながら席を立った。
「……ただいま。すまない……遅くなった」
変わらず元気がない。しかし、誰もそのことについては触れず、アシュリーとテオドルスがアイオーンの席に食事の準備を進めていく。
「いいよ。──さて。食べながら、サンジェルマンについて少し整理をしようか。おおよそのことは、アイオーンも知っているね?」
食事の準備を終え、テオドルスからそう問われると、アイオーンは小さく頷いた。
長方形の長机に置かれている食事は、数種類の野菜とともに煮込んだ肉料理。これがメインだ。それだけでは腹が膨れない人が多いため、米やパンもある。そして、豆やメイン料理に使われていない野菜のスープ。最後に、デザート代わりとしてのいくつかの果物が乗せられた大きな皿が、机の中央に置かれている。
「ああ……ユリアからの電話で話は聞いている。──サンジェルマン伯爵、か……。まさか、この件についての情報が部外者から届くとは……」
全員が席に座り、「いただきます」と食事前の挨拶をそれぞれが軽く言うと、ダグラスが現状を説明し始めた。
「そのことを、警察機関とスミスさんにも話したんだが、誰もがサンジェルマン伯爵が示した場所に行ってみる価値はあると言ってた。だから、まずはこちらで湖の周辺に異変がないかを調べてみますってさ。けど、国立公園は自然保護区でもあるからな。入るには申請やらなんやらの手続きが必要になって少し時間がかかるから、少し待ってくださいってことだ」
「聖杯の欠片は湖の中にあるとのことですが、さすがに近寄るのは危険なのでは……? 欠片そのものに魔力を生み出す力があるかもしれませんし……」
全員分のコップにお茶を注ぎ、それを配りながらユリアが問いかける。
「俺もそうだと思った。だから、周辺の調査は、魔力濃度の計測と周辺の様子の撮影するだけだ。遠隔操作の小型無人機で調べてくれることになってる」
「──あ。そういや、森で採取したサンプルから、よくわからへん魔力を検出したんですよ。これ、人工魔力でも母なる息吹から出てくる魔力でもないヤツで、新しい方法で生み出された魔力やと思います。魔力の構造が、ちょっと違うんですよね」
と、アシュリーが食べながら成果を伝える。森で採取したのは、熊の爪や体毛だ。その熊は聖杯の魔力のせいか姿が変質していた。すると、アイオーンがそのことに反応する。
「……もしや、星霊の──」
「え?」
アシュリーがアイオーンのほうを向くと、アイオーンは、目線を夕食のほうにゆっくりとずらしながら説明する。
「……星霊のなかには、大気中に含まれる物質から、魔力に近い性質のある物質へと作り変えることができる能力を持つものがいた。……そのことを思い出しただけだ」
「俺の単純な想像だが……その力があれば、現代のような環境下であっても、星霊は生きられるんじゃないか?」
ラウレンティウスがそう言うと、食卓が少しだけざわめいた。もしかして、この世に星霊が生きている──?
星霊が生きるには、大気中に魔力が潤沢になければならない。現代は、星霊が存在するほどの魔力がないため、特殊な事例で生きているアイオーンを除き、星霊はこの世にはもういないだろうとユリアたちは思っていた。世間でも、環境的に星霊はもう存在することができないということが当たり前として認知されている。
「……星霊ならば、誰もが持っている能力ではない。わたしはそのような力を持ってはおらぬゆえ、何も言えぬ……。しかし、人間に近い外見を持つ星霊であっても、どれだけ時が経とうと見た目が変わらぬ。ゆえに、人間社会に居れば目立つだろう。そして、わたし以外の星霊には寿命がある」
アイオーンは、肯定しなかったが否定もしなかった。もしも現代に星霊が生きていたとしても、この時代の人間社会のなかでは穏やかに暮らせないだろう。人間よりもはるかに長寿だが、すでに寿命が尽きている場合もある。
「星霊のなかには、魔力に近いものを生み出せた存在がいたんだね……。でも、聖杯は星霊じゃないし……」
「大昔に作られたもんやから、その機能が備えられとるって可能性はどうなんやろうな……」
イヴェットとアシュリーが考察を始めるが、アイオーンは会話に入ろうとはせずに肉料理を食べ始めた。
「──ちと話が逸れたから、元に戻すぞ」
と、ダグラスが、場を整えるために手を数回叩く。今は、星霊の能力についてではなく、サンジェルマンのことと湖に落ちた聖杯の欠片のことについての話し合いだ。
「聖杯の欠片については、スミスさんたちからの連絡が来たら動くとしようか。聖杯の欠片を見つければ、聖杯の機能についても判るかもしれないしな。だから、とりあえずはこの件はおいておこうぜ。……そして、だ──」
ふぅ、とダグラスは短くひと息いれる。そして、どこか面倒くさそうに肩をすくめて微笑んだ。
「……次は、サンジェルマンからの要望である、ドレスコードありのパーティーについて話し合おうかね……。──は〜い。行ってみたい人、挙手〜」
ダグラスは、まるで生徒に問いかけて意思表示を促す先生のような言い方をしながら右手を軽く上げた。その瞬間、メンバーは誰もダグラスを見ずに食事を取り始めた。これが返答であると理解したダグラスは、「やっぱりか」と納得し、右手を下ろす。
「うん。俺はおっさんだから出席できんが、俺も行くのは嫌だわ」
そして、真顔でそう言った。特務チーム全員がパーティーへの参加に拒絶を示したが、このメンバーでは仕方がなかった。




