第三節 姿なき謎の伯爵 ①
「……高確率で、聖杯の欠片のことだろうな」
翌朝の朝食後。アシュリーとアイオーン以外のメンバーは、屋敷の居間にあるテレビをつけてニュース番組を見ていた。ユリアは落ち着かないのか、彼女だけはソファーに座らず、壁にもたれかかってテレビを見つめている。
アシュリーは、昨日の森で採取した凶暴化した動物の爪や体毛についての分析を進めているため、ここにはいない。アイオーンは、聖杯について思うことがあるためか、朝食をとったあとに散歩がしたいと言って出かけていった。
ニュース番組は、昨日の火球が流れたことについて軽く触れている。視聴者から寄せられた写真や動画を流すと、すぐに今日の天気予報のコーナーに移った。どこかに火球か隕石かが落ちてきたという話題は、別のチャンネルで流れている番組にも持ち上がっていない。
「……ダメだ。いろんなとこで探したけど、どこに落ちたとかの情報がない……。火球の数も、ひとつだけしか認知されてないっぽいな……」
ニュースを確認しつつ携帯端末をいじり続けていたクレイグだったが、そう言って肩を落とした。イヴェットも調べていたが、何も無かったようだ。
「大気中の魔力が薄まってる時代なのに、けっこう遠くまで飛んでいったみたいだね……」
イヴェットがため息をつく。クレイグは、何か少しでも手がかりはないか諦められず、再び携帯端末を操作を始めて聖杯の欠片について思い返す。
「──まさかとは思うけどよ……聖杯自体が、自分で魔力を作ってるのか……?」
聖杯は、古い時代に作られたものだ。現代ではあり得ないことでも起きる。現に、自分たちのおかれている状況がすでに『あり得ない』。なので、クレイグはその予想を立てた。
「その可能性はあると思うな。あの時の森は、通常よりも魔力濃度が濃かったらしいからね。それに、母なる息吹が活性化したとは考えにくい」
「ああ……。今までに、母なる息吹が活性化したという記録は見たことがない」
森で起こっていたことを思い返しながらテオドルスが答え、ラウレンティウスもそれに同意する。約千年前の時代を生きていたテオドルスも、聖杯には想定外の力があると踏んでいるらしい。
「……総長。あれから、連絡はありませんか? 子どもたちのこととか……」
ガラードとパーシーという子どもたちの特徴も、アヴァル国の警察機関やスミスにも伝えている。ユリアは問うも、ダグラスは首を振った。
「いいや……。今のところ、警察やスミスさんからの連絡はない。アイオーンもまだ帰ってこねぇし──いろいろと落ち着かんかもしれんが、今日は休息日にしよう。気分転換するのも任務の内だ」
ここにいる誰もが内心では焦りを感じていた。聖杯の欠片の力が何か悪さをしでかさないか。あのふたりの子どもが欠片を得て、何か騒動を起こさないか。そして、聖杯自体の謎と、それに関連しているかもしれないアイオーンは、気持ちを沈めたまま沈黙を続けている。焦っても結果は出てこない。今日のところは、休むことが最善のことなのかもしれない。
「では、よろしければ鍛錬でもしませんか? これからも、昨日や一昨日のような戦いが起きる可能性が高そうですし」
テオドルスが提案すると、ダグラスは少し考えたあとに頷いた。
「……そうだな。正直なところ、俺も気持ちが落ち着かん。戦闘に慣れて、自分なりに扱いやすい武器を見つけるとするかね」
「あたしも鍛錬したいです!」
「俺も」
イヴェットとラウレンティウスは鍛錬好きということもあるが、このふたりもじっとしていられないのだろう。
「もちろん、いいとも。それでは裏庭に行こうか」
こうして、四人が居間を出ていくと、ソファーに座るクレイグと壁に寄りかかるユリアのふたりだけとなった。
さて、自分はどうしようか。ユリアは、リモコンの電源ボタンを押してテレビを消しながら考えていると、携帯端末をいじっていたクレイグがちらりと目を向けてきた。
「……アイオーンと聖杯の関係──ユリアはなんか知らねぇのか?」
そう問われると、ユリアは首を振った。
「多少なりとも関わりがあったのかもしれない、というくらいの話を聞いただけよ。……あの人は、詳細なことを話そうはしなかったから、あえて追求しなかったの……。いつものアイオーンならば、私が何も聞かなくても問題に関わっていそうな事はすべて伝えてくれるから……」
それでも話してはくれなかった。話したくない理由があったのだろう。話したくないという気持ちを、ユリアは知っている。だから深く踏み込めなかったのだ。
「……まあ、自分の年齢が判らないほどに何千年も生きてるって言ってたもんな。そんだけ生きてりゃ、言いたくないことは当たり前にひとつやふたつはあるもんだ」
今は、アイオーンの心の整理がつくのを待っているしかない。何もできないのは歯痒く、何の状況も掴めていないため心が急いてしまうが、今は何もしないほうがいいのだろう。
「そうね……」
ユリアはため息をつき、気持ちを切り替えてクレイグを見た。
「休息日になったけれど、あなたはこれからどうするの?」
「ん〜……どっかに散歩に行くかね……。観光しに行く心の余裕がイマイチねぇし」
「それなら、私もついていってもいいかしら?」
「──は?」
なんでだよ。やめてくれよ。
本気でそう思っていそうな目と声は、氷の刃となってユリアの心を斬り裂いた。
「えっ、な、な、何……? 嫌、なの……?」
心が傷だらけになったユリアは、血の気を引いた顔をしながら、今にも崩れ落ちそうに膝を曲げた体勢で立っている。
「そりゃ嫌だよ」
クレイグはため息混じりにそう言った。
「……な、ななな、なんで……?」
何か嫌がることをしてしまったか。思い返すが、思い当たる節はない。理由が判らず、ワナワナと震えはじめる。
「アンタの三重防壁が怖ぇから」
「三重防壁……? ヴァルブルクの街の……? 壁を出す術……? 私、そんな能力ないわよ……」
これでも、昔はよくふたりで博物館や美術館に行った。今でも冗談や軽口を言い合える仲だ。それなのに「嫌」──彼から放たれた言葉の衝撃さのあまり、ユリアは頭が弱くなって頓珍漢な想像を始めた。
「いや、ラウレンティウスとアイオーンとテオドルスの三人のことだって。俺とふたりきりで散歩に行ったって知ったら、俺がアイツらに何されるか」
「た、ただの散歩よ……?」
「どうだかな。最近、ラウレンティウスとアイオーンは、アンタ絡みの話になるとちょっとピリつくし。テオドルスは兄バカだし。それに、今はただでさえ任務でも問題が多いだろ。これ以上、問題が起きるのは面倒だから、アンタとふたりきりは嫌だ」
再び「嫌だ」と発言され、ユリアは力を無くしたかのように崩れ落ちた。ちなみに、この行動はノリでも笑わせようとしているのでもなく、彼女の素の行動である。
「──いいえ。まだ……まだ手はあるわ……。要は、あなたを危険から遠ざければいいのでしょう?」
しかし、ユリアはまだ諦めていなかった。勢いよく立ち上がり、高らかに宣言する。
「だったら、あなたの身は私が守るわ!」
「いや、いいわ。行かなけりゃ済む話だし」
真顔で言葉を返され、ユリアは口をあんぐりさせた。だが、まだ諦めない。
「アイス奢るわよ! あっ、お肉がいい!?」
「食いもんで釣られんのはアンタくらいだよ」
ユリアは再び崩れ落ちた。
「クレイグが反抗期になった……」
「ユリアって、たまに頭の弱体期が来るよな」
淡々と言い返され、ユリアは不貞腐れて床に伏した。昔から、クレイグは対応が淡白なところはあったが、今はさらにそれが増している。昔はもう少し構ってくれていたのに。ユリアは寂しそうに悲しんだ。その様子は、まるで構ってほしい姉と少し鬱陶しい姉を軽くあしらう弟のようである。
すると、そんなやり取りを遮るかのように、この屋敷では鳴る機会はないと思っていた音が聞こえてきた。
「──えっ。呼び鈴……? 誰かが、この屋敷に来た……?」




