第九話
誰?
口の中を、かき回すのは?
キスされてる?
誰だ?
さかがみさん?
「・・ぱい。せ・ぱ・。せんぱい。せんぱい」
「う、う~ん。そんな、はれんちな」
「先輩?」
バチ―ンと叩かれた。
「いったいなあ。何?」
「先輩、おはようございます。朝です」
「いや、だから何で叩いたの?」
「さあ?夢でも見たんじゃないですか?」
「ああ、そうですか」
何だろう、やけに生々しい夢を見たような。
坂上さんに熱烈なキスをされたような、されてないような。
「坂上さん」
「はい」
「私が眠っている間、何かしなかった?」
彼女は、キョトンとしていた。
何と言うか、先輩、やっぱり馬鹿なんですねって、そんな感じで。
そうだよな、坂上さんが私とキスをするはずはない。
もしするなら、何かのお仕置の代わりだろう。
例えば、舌切っていいですかとか?
「先輩、早く支度してください。出かけますよ」
「え?どこへ?」
「先輩?」
だあああ、何で殴ろうとする?
「ちょっと待ちなさい。何でそう、君はいつも暴力に訴える?私だって、人権ぐらいはあるよ」
「先輩、何を当たり前のことを」
「それそれ」
私は坂上さんが振り上げた、そのこぶしを指さした。
「ああ、これですか?親愛の証です」
初めて聞いたよ。どこの世界の習慣だ?
「それよりも、朝食を用意してありますから、早く食べてください」
「ああ、ありがとう」
朝食?そんな食材なんて、あったのかな?
「ありあわせです」
だから、心を読むな。怖いだろう。
朝食といっても、トーストとゆで卵とサラダだった。
いえ、これでも普段の自分の食事よりは、遥かに文化的ですよ。
坂上さんはとっくに食べ終えており、どこで入手したのか新聞を読んでいた。
「新聞なんて、あったっけ?」
「コンビニまで、買いに行きました」
「ああ、そう。近くにコンビニが、そういやああったなあ」
「先輩?」
「近所のことなんか、知らないよ」
「そうですか」
意外に、反応が無かった。
とりあえず、ホッとした。
「先輩、食べ終わったら食器をシンクに置いてください。洗っておきますので」
「ええ?食洗器に突っ込めばいいじゃないか?」
「先輩?」
「はい、すみませんでした」
「まだ、何も言っていませんよ?」
顔が十分、語っていますよ。
「先輩、何で私にそんなに、怯えているんですか?」
「怯えてませんよ」
怖がっているだけです。
「まあ、いいですけど。女子として、ちょっと気分が悪いんですけど」
気分がいい日って、君にあるのかな?
あ?また眉間に、皺が寄ってきた。ほら、やっぱり。
「じゃあ、片付けたら出かけますよ」
「はい、どうぞ。いってらっしゃい」
「先輩?」
「冗談です、本気にしないでください」
「先輩のその寛ぎようを見たら、誰でも本気にしますよ?」
「だって、休日ぐらいいいじゃないか」
「先輩は、平日もそんな感じですよ」
「そうだった?」
「そうです」
「そうなのか」
「いいから、シャンとしてください」
「はいはい」
「先輩?」
「あああ、もう。はい!」
「車、動きますか?」
「多分」
私と坂上さんは、車庫にしまってある車で、出かけることにした。
近くのホームセンターに。
何で?
混んでるじゃないかなんて、とてもじゃないけど言えません。
「ああ、エンジンかかったよ」
「そうですか、じゃあ、出発しましょう」
「はいはい」
「先輩?」
「いいじゃないか、癖なんだから」
「私、まだ何も言っていませんよ?」
目は口ほどにモノを言うって、知っているかい?
いえ、何でもありません。こっち、見ないでください。
ホームセンターは混んでいたけど、駐車場はスムーズに入れた。
「先輩、早く行きますよ」
「ああ、はい」
一体、私はこの娘のなんなんだ?
「先輩、何か言いましたか}
「いいえ、何でもありませんよ」
「ふ~ん」
私と坂上さんは、寝具コーナーに向かった。
「坂上さん,寝具でも買うの?」
「ええ。あの掛け布団って、気持ち悪いので」
「いや、布団は布団だって。まあ、確かに干していないけど」
一応、出かける前に干して置いたけど。彼女の指示で。
「ダブルベッド用の掛布団を買いますよ」
「何で?」
「先輩?」
すみません、口答えをしたつもりは毛頭ありません。ただね、疑問なんだよ。
何で、ダブルベッド用の掛布団が必要なんだ?
「必要だから必要なんです」
ああ、そうですよね。私の考えとか疑問は、最初から存在していませんでした。
「だいたい、あれじゃ寒いじゃないですか?」
「ああ、だからあんなにくっついてきたのか?」
「先輩が、私にくっついてきたんです」
「まさか。私は暑がりだから、君に、君に、ええっと、何でもありません」
だから、眉間に皺を寄せるなって。怖いじゃないか。
もういい、買えばいいんでしょう、買えば。
「先輩この柄、どう思いますか?」
「いいんじゃないの?」
「じゃあ、先輩、こっちはどうですか?」
「うん、いいんじゃないの」
「先輩?」
「だから、私に聞いてどうする?大体、私のセンスに期待なんかしていないだろう?」
「確かに。私が馬鹿でした」
どうせ、私が選んでも、あれこれ非難が出るだけだろう。
それに、買っても押し入れ送りは間違い無いし。
「じゃあ、これをレジに持って行ってください」
「え?店員さんを呼ぼうよ」
「これぐらい、持ってください」
そうでしたね。私に選択肢はなかったね。
一応、彼女も運ぶのを手伝ってくれたけど、運び方が下手とか散々だった。
「では、次に調理器具コーナーに行きましょう」
「何で?」
「先輩?」
「ああ、もう、分かったから。そんな目で、私を見るな」
だって、本当に怖いんだもん。
調理器具にお布団と、大物を買いそろえ、我が家に帰宅することとなった。
はあ~、帰りたい。どこに?
「先輩、そっち持って」
「はいよ」
ダブルベッド用の掛布団を、我がベッドに掛けた。
確かに、しっくりくる。
「ほら、気持ちいいでしょう?」
何年ぶりだろうか、彼女の笑顔を見るの。もちろん、私に向けてだけど。
「さあ、次に行きましょうか」
「え?どこへ?」
「スーパーですよ」
「ええ?もう、いいじゃないか。疲れたよ」
「先輩?」
「分かったから、そんな目で見ないで」
何だろう、飼い慣らされてるような気がする。
というか、彼女は自分の家に帰らないのか?
まさか、今夜も泊まる気ではないのか?
今日は、何をやらされるのだろうか?