第三話
美女と二人で仲良く出勤と、普通の男性ならるんるん気分になるはずだと思うけど。
「先輩?」
「どうした?」
いかん、彼女の眉間に皺が寄った。よくない兆候だ。
「用があるならあるで、はっきりしてください」
「用があるとかではなく、ただ君を見ていただけだよ」
何か怖いことでも、しはしないかとね。
「先輩、次に・・・」
「ああ、はいはい、気を付けるよ」
「まだ、何も言っていませんけど?」
「言わなくても分かるよ」
「ふ~ん」
というか、ふたりで仲良く出社したら、噂になるよと警告したけど、それがどうかしましたかと一蹴された。
まあ、私と坂上さんがふたり並んで出社しても、おかしな噂は流れないだろう。
だって、どう見ても不釣り合いだから。
それにしても、坂上さんはどこか上機嫌だ。不機嫌に見えるのに、上機嫌に感じるのが不思議だ。
というか、私以外の社員に対して、気持ちのいい挨拶をしているし。
私には?
「先輩、今日はしっかりしてくださいね」
「ああ、いつもすまんね」
「だったら、埋め合わせを忘れないでください」
「三ツ星レストランかい?予約が取れたらね」
何だろう、坂上さんが俯きながら、少し震えているけど。
「約束破ったら、どうなるか分かりますよね?」
怖い、マジ怖いんですけど。
「取れたらだよ、約束はそれから」
「取れたらではなく、取ってください」
「ああ、はいはい」
「はいは、一回で」
「ああ、はい」
今日も疲れる一日になりそうだけど、明日は休みだから頑張ろう。
運がいいのか悪いのか、残業せずに仕事も無事終了した。
どうしてだろう、帰りたくない。
「先輩、帰りましょう」
一緒に帰りませんかとか、間違ってもご一緒してもいいですかと聞かないところが、彼女らしい。
「いや、予定が」
「キャンセルしてください」
「ええ!」
「冗談です。何ですか、予定って」
「ええっと、野暮用だよ」
ああ、ダメだこれは。坂上さんの眉間に、見事なまでの皺が寄り増した。
私の寿命は、もうすぐ終わるでしょう。
「先輩、私のことが嫌いなら嫌いで、はっきりとそう言ってください」
「そんなことはないよ。坂上さんは美人だし、仕事も出来るし、女性として申し分ないと思うよ」
しまった。彼女が震え始めた。いったい、何をされるんだ?
「嘘ですね」
意外に静かだったけど、かえって怖い。
「嘘じゃないよ。同僚に聞いてごらん。きっと、私と同じことを言うと思うよ」
「私、有象無象に興味ありません」
坂上さんを狙っている諸氏、頑張りたまえよ。早く、ひとりの人間として認められるようにね。
「先輩の気持ちを、伺っているんですけど」
「私?」
「そうです、私さんです」
「だから、美人だって、言ってるじゃないか」
「それは外見の話であって、中身の話ではありません」
「中身は、可愛いと思っているよ」
「嘘です」
「本当だって」
「なら、証明してください」
私にどうしろって言うんだ。もう、勘弁して。
「分かったよ。で、どうしろと」
「明日、私とデートしてください」
それって、私のせっかくの休日を、地獄にするということかな?
「三ツ星レストランの予約は、取れないと思うよ」
「あれは冗談です。いつまで待っても、先輩に予約が取れるとは思えませんので」
「はは、冗談だったか」
いえ、何でもありません。お願いです、私をそんな目でもう見ないでください。
「ですので、明日は普通のカップルがするようなデートプランを用意してください」
何それ?どうして、そういう流れになる?
「私には無理だよ」
「じゃあ、私がプランを考えます。それでいいですね?」
どうして、そうなる。
そもそも、何の話をしていたっけ?
「ああ、それでいいよ。じゃあ、明日ね」
「先輩、私を置いてどこへ行くんですか?」
「帰るんだよ。疲れたし、あんまり寝て無いし」
君のせいでね。
「あれ?私はぐっすり眠れましたけど?」
ホント、いい度胸だよ君は。
「私は小心者なんだよ。嫁入り前の女子と一緒に寝たら、緊張で眠れなかったんだよ」
「先輩、私が起こすまで、ぐっすりだったではありませんか?」
「そうだった?」
「そうでした」
「そうなのかな」
「そうなんです」
「まあ、とにかく明日ね。じゃあね」
怖くなった私は、構わず歩き出したら、何と彼女は付いてきた。
いや、駅まで方向は同じだから、不自然ではないけど。
「あの~、降りないの?」
「私が居たら、何か不都合でもあるんですか?」
「いや、別に」
「それで、どこに行くの?」
「プライバシーを詮索しないでください。セクハラですよ?」
「ああ、はい。すみません」
「何で先輩は、そんなに優柔不断なんですか?」
「何で?」
「怒ればいいじゃないですか。この小娘、黙れって」
「ええっと、仮にだよ、そう言ったら君は黙る?」
「10倍にして返しますけど」
やっぱりね。ほら、私が正しいじゃないか。証明出来て、何よりだよ。
「女性にそんな失礼なことは、私は言いませんよ」
「ただ面倒なだけって、聞こえましたけど?」
あんたさ、人の心読むのやめてくれないかな?
「とにかく、ご一緒します。どうせ明日は一緒なんですから、構わないでしょう?」
え?どういうこと?
「少し、買い物をしますので、付き合ってください」
「ああ、はい」
何がはいなんだろうか?
私と坂上さんは、私の家の最寄り駅で降りることになった。
「買い物って、ここでいいの?」
駅ビルの中にある、ショッピングモールに彼女は無言で進んだ。
私はというと、黙ってついて行った。
私に拒否権はもちろん、選択権もないようだから。
「坂上さん?」
「ちょっと、待っててください」
彼女は、ファストファッションのお店に入って行った。
「何だ、だったらひとりでいいじゃないか」
彼女を置いて帰るという選択肢は、当然の如く私には無いし、そんな度胸も無い。
しばらく待つと、彼女は下げていた買い物袋を私に手渡してくれた。
「ああ、どうもありがとう」
贈り物かと思ったら、どうも違ったようだ。
「それ、私の着替えですけど?もしかして、女装趣味でもあるんですか?キモイんですけど」
だったら、私に渡すなよという至極真っ当な意見は、この際封印しよう。
私だって、まだ死にたくないし。
「行きましょうか」
「え?どこへ?」
何だろう、あんた馬鹿なんですか、やっぱり馬鹿なんでしょうって表情をされると、むしろホッとするのは。
「先輩のおうちに決まってるでしょう」
え?いつ決まったの?
私、聞いてないんですけど?
ああ、でも最近、私のいない所で私の仕事や身の振り方が決まるよなあ。
いつものことか。
こうして、地獄の終末(週末)のスタートが、切って落とされた。